伝染病 投稿者:AE’
本作は、OLHさんの「夢の〜 後書き」m005008を(勝手に)元にしているので、
OLHさんの同シリーズを先にお読みになることをお勧めします。
OLHさん、無断借用ごめんなさい。

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「伝染病」                   by AE’
                    1998.4.25



「君は犠牲者だ」
  オッサンは静かに言った。

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  月曜の放課後。
  少し落ち込んでいた俺を気づかって、あかりは志保を連れて先に帰ってくれた。
  そんなあかりの優しさが、今の俺には身に染みて暖かい。
  公園に来た。
  おととい、ゲームセンターから自宅まで、マルチと歩いた道。
  まだ残っていた桜の花びらが、少し強まった初春の春風に、散る。
  ベンチに座った。
  向かいのベンチに座っているカップルに自分を重ねる。
  あと少し、あいつと過ごせたら、あんな風に笑い合う時を過ごせたのだろうか?
  そんな思い出をあいつにも分けてやりたかった。
  目の前を、乳母車を押す夫婦が通り過ぎる。
  いや、これには重ねられない。
  あいつはロボットだから。
  俺は人間だから。
  遠くで、シートを広げてくつろぐ家族。夫婦と子供二人。
  子供のうち、一人は真っ青な髪、きっとメイドロボだ。
  ここからはよく見えないが、きっと無表情で、ロボットロボットしていて。
  マルチとは違う・・・・・・。
  でも、なにがちがうんだろう?
  彼女にじゃれつく小さな女の子の笑い声が聞こえる。とても楽しそうだ。
  あの青髪のメイドロボが相手でも、マルチが相手でも・・・。
  きっとあの小さな女の子は同じ様に笑うんだろう。屈託のない笑顔で。

  そんなことを想っていたとき、突然、隣に白衣の男が座った。
「失礼」
  座ってから言った。
  立ち去ろうと決めた時に、オッサンはつぶやいた。
「藤田・・・浩之君ですね」
  俺は腰を落とした。うなずいて。
「私はマルチの製作者のひとりです」
  俺は目を見開いた。
  警戒する。俺とマルチとのことが会社側にバレたのは当然だ。
  それを承知の上で、抱いた。
  どんな不都合があっても、俺は後悔しない。
  きっと、器物破損、とか訴えられるんだろう。
  でも、オッサンはうつむいたままで言った。
「私はいま、とても後悔している」
  俺と視線を合わせる。
「君は今、とても悲しんでいる」
  うん、と俺はうなずいて認めた。とても悲しい。あのマルチには二度と会えない。
「君は犠牲者だ。
 ロボットは、マルチは心を持つべきではなかったんです。
 マルチがロボットらしいロボットだったら、君はマルチに興味を持たなかったでしょう。
 犠牲者を増やすわけにはいかない。
 私はマルチのような人間らしいロボットの開発を中止するよう、上に意見書を出しました。
 そして、それは・・・受け入れられたようです」
  オッサンは静かに言った。
  技術者が学会発表(?聞いたことないけど)するような淡々としたセリフ。
  チュンチュン、とすずめが変に騒ぎ出した。・・・ああ、雨が降るんだな・・・。
  ・・・ただ、衝撃はあった。
  マルチの妹達はマルチにはならないわけか。なれないわけか・・・。
  でも、マルチとの約束は果たす気持ちに、変わりはなかった。
「マルチを見て、思い出した事があるんだ」
  俺は先程の家族の方を見た。女の子はメイドロボになにかをねだっている・・・折り紙かな?
「幼稚園の頃、オヤジに車を買って貰った事があるんだよ。バッテリ式の小さいカート。
 自分で言うのも何だけど、かなり名ドライバーだったんだ。
 どこに行くのも一緒だった。幼なじみと三人乗りして壊したり、充電忘れて帰れないのを引きずったり。
 たしか、小学校に上がる頃に飽きて捨てたんだ」
  オッサンは不思議そうに俺を見ている。
  まあ、いきなりこんな話を始めりゃ、こうなるだろ。
  思いついたのは今この瞬間だが、これが俺の本心。もう少しつきあってもらおう。
「・・・今じゃ、何も言わずに捨てたことを後悔してる」
  オッサンを見た。何も言わない。続けろってことだな。
「マルチって、なんでも言う通りにこなすだろ?とても一生懸命に。
 一生懸命に、っていうのは表情や汗や言葉で良くわかった。
 人間に似せて造られたんだから、それは当たり前だ・・・。
 でも、俺、思うんだ。
 あのカートも、じつはマルチと同じで、とても一生懸命だったんだな、って」
  メイドロボは折った折り紙(動物かなにか)を、女の子に手渡した。
  女の子、とても嬉しそう。
「俺は、マルチが好きだよ。人間を好きになるように好きなんだろう。
 でも、今、思うんだ。もし、マルチに表情がなくて、そういったものを表わせなかったら
 どうだったろうか?」
  風が二人の間を吹き抜ける。とても強い風。 春一番?
「マルチに心がなかったら、ということですか?」
  オッサンは言った。ううん、と俺は首を振る。
「心って、俺にはよくわかんないよ。
 俺が言ってるのはそれが”ある”と思わせるような機能のことだよ」
  女の子は重そうな荷物を引きずって来る。そこからコードを取り出して、メイドロボに手渡した。
  メイドロボはおじぎしてからそれを受け取る。 あ、充電か。
  旧式(マルチの一式前のタイプ?)だから、一日五回くらいは行うんだろう。
「マルチに心を”表す”機能がなくても、俺はマルチの事が好きになるように努力する。
 幸せにしようと努力する。
 ホントウの心の有る無しは・・・俺には関係ない」
  そこでオッサンは口をはさんだ。
「おととい、マルチを会いに行かせたのは、私なんですよ。あの娘の意志ではない。
 私がそのように調整したんです。それでもあなたは・・・」
  どうでもいいんだよオッサン。そんなことはさ。
「・・・あいつ、終わったときに言ってたよ。
 ”そのように造られているから”って。
 でも、こうも言ったんだ。
 ”おかげで浩之さんのお役に立てました”って。
 俺、とても恥ずかしかった。
 人間がなにしようが、あいつらはあいつらなんだ。
 俺、マルチのこと風呂に入れてやったよ。最後に、綺麗にしてやりたかった。
 天使みたいに優しい、あのロボットを」
  そう、天使みたいだ。俺なんかの、いや、人間なんかの道具にするには高貴すぎる。
  まだ早すぎるんだ。人間があんなロボットの主人になるには。
「俺さ、機械関係の学部に進学するつもりだ。
 マルチやあいつ・・・子供の頃世話になったあのカートに、恩返しをしてやりたい。
 そのために、もっと知恵をつけなきゃなんないからな」
  俺は一息ついた。話したい事は全て話せた。
  すっきりした。
  目標が形になったよ。ありがとう、オッサン。

「君にとって・・・マルチはなんだったのです?」
  オッサンは真剣な表情で聞いた。
  困った。
  恋人、だと思ってたけど、ちょっと違う。
  いろんなことを感じさせてくれた、機械人形。できれば一生そばにいて欲しい・・・
「伴侶・・・かな」
「妻?」
「ちがうよ。パートナーかな?・・・うーん、よくわかんねえや」
  俺は良くわからなかったので、答えをはぐらかせた。
  ふと、思いついたので聞いてみた。
「オッサンにとってはどうなんだよ?」
  オッサンはすでに背を向けて歩き去っていた。
  これ以上話すこともないので、俺は立ち上がった。

  ・・・帰りに受験用の参考書を買っていかなきゃな。物理と英語の。








  三年後。
  優しい初春の陽射しの中、俺たちは抱き合っていた。
  マルチの身体からは、開梱されたばかりの梱包剤の香りがする。
  そんなことは関係なかった。こいつはロボットなのだから。
  それでも、俺はこいつを抱きしめる。
  こいつと出会えたから、今の俺があるのだ。
  人間の姿に造られたマルチを、このように愛でるのに、なんの不都合があるのか?
  ありはしない。
  と、そのとき、マルチのレオタードのような服装の背中側に異物感を認めた。
  ごそごそ、と手の平で確かめ、抜き出す。
  封筒だった。
  追伸、と書いてある。
「なんでしょうか・・・?」
  身を離したマルチと並んで座り、俺は封を切る。
  一通目はDVDと同封されていたから、最初に開けた。
  それにはマルチの記憶再生手順と感情制御起動手順が書かれていた。
  あと、この機体が三年前のマルチそのものであることも。
  二通目がマルチの背中に、ということは俺が再起動とともに抱きしめることを予想していたわけか?
  ニクいオッサンだぜ。
  中身は当然、手紙だった。
  ・・・一通目とは違い、手書きだった。

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拝啓 藤田浩之殿

あなたと話した翌日、マルチの停止処理を行いました。この手紙はその直後に書いています。
あなたの質問にお答えします。
私はマルチを、過去の想い人に重ねて造りました。
重ねて、ではありません。とてもよく似てしまった・・・そのものになってしまったんです。
そんな彼女が試験運用三日目に、私に言いました。”好きな人ができました”・・・と。
私は恐れました。また彼女は私を置いてどこかへ消えてしまう。
彼女は最後の日、あなたには会いに行こうとはしませんでした。
彼女は言いました。

『わたしはロボットです。これ以上浩之さんに未練を与えたら、あの方は不幸になります。
 わたしは自分があの方を好きだと知っています。あの方もきっと、わたしを好いてくれているでしょう。
 でも。
 わたしはあの方が求めるような存在にはなれません。ロボットですから。
 だから、これ以上親密になるわけにはいかないんです。』

そう言って、彼女は大粒の涙をこぼしていました。

私は悔しかった。

それで、マルチの感情抑制ルーチンを弱めるように調整しました。
あなたに対する気配りを、弱めるように指示したんです。
当然、マルチは自分の幸せを優先して活動し、あなたに会いに行った。
そして、結ばれた。
翌朝、私はマルチに言いました。
ほれ見ろ、あいつもただの男だ。おまえは弄ばれたんだ、と。
その時マルチは、何も言わずに私を見つめるだけでした。

しかし。
機能停止の日(あなたと会った翌日)、マルチは最後の最後に言ったんです。

『これでよろしかったのですか、長瀬主任? わたしはあなたの望むように、浩之さんに抱かれました。
 浩之さんは幸せでした。わたしも幸せでした。あなたは幸せになれましたか?』

・・・皮肉ではありませんでした。あの娘はそのようには造られてはいない。
あなたへの気配りを弱められた彼女は、自分よりも、私のことを考えていてくれたんです!!
・・・私は泣きました。
・・・思い知らされました。
機械の優しさに。
”機能”というのは”優しさ”なんですね。
二十年間、技術者をやってきて、初めてわかりましたよ。
マルチを、パートナー、と言ったあなたの言葉が実感できました。
そして気づきました。
あなたは、私が造った”彼女そのもの”を認めたのですね。
私が調整した”彼女そのもの”を認めたのですね。
私の迷いもひっくるめて。彼女の懸念もひっくるめて。
完敗です。
いや、負けた気はしません。私は思い出しました。大切なことを。

この、あなたと彼女との再会は私が仕組んだことです。
しかし、以前のように他意はありません。ただ、一言だけ言わせて下さい。
彼女と添い遂げてくれ、とは言いません。言えません。
彼女に幸せを感じさせてあげて下さい。
彼女が幸せと感じるような幸せを。

いつか、またお会いできることを心より願いつつ。

                       来栖川重工中央研究所HM課主任
                                 長瀬源五郎
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  俺は最後まで読んで、一緒に読んでいたマルチを見た。
  マルチは頬を押さえて、指の隙間から溢れんばかりの、大粒の涙を流し続けていた。
  つくりもののなみだ。
  つくりもののかなしみ。
  それがなんだというんだ。
  オッサンは正しい。俺だって同じことをしただろう。
  それをひっくるめたうえで、悲しみ、泣く機械。
  優しさは伝染する。
  マルチの優しさはオッサンの優しさなんだ。育てたオッサンの。
「マルチ」
「はい」
「おまえの幸せ、ってなんだ?」
「浩之さんの、幸せ、です」
「俺の幸せはおまえと一緒にいることだ」
「でも、そうすることで浩之さんは不幸になりませんか? わたしはロボットです・・・」
「わかった」
  俺は強くうなずいた。心の中で、なにかが吹っ切れたような気がする。
「俺はおまえを人間の、恋人のように考えていた、少なくとも三年前のアノ時はね。
 でも、いまはちがう。
 おまえがロボットだってのは、はっきりとわかっている。
 おまえを抱きたいって気持ちも、今だって、ある・・・・・・。
 とにかく俺は、俺自信が幸せであるまま、おまえと暮らしていける方法を考えるつもりだ。
 それでいいか?」
  少し悩んでから、こくん、とマルチはうなずいた。
  それから手紙を見て、マルチは、このとても優しい機械は、つぶやいた。
「みんながみんな、幸せになる事はできないんでしょうか?」
    ・
    ・
    ・
  俺はマルチの肩を抱いた。
  その質問は遠い昔から人間が悩んできたものだ。
  いま、この瞬間、俺などが答えられる問題じゃあ、ない。
  なぜなら、人間一人一人には「プライド」っていう壁があるから。
  なければ、ないで、困ってしまう”機能”だが、
  この壁が浸透膜のように機能できる日が来るのではないか、と俺は思った。
  そのヒントはマルチのようなロボットにあるのでは、とも思う。
  人に似せて造られた、人に従順な、「心がある、と認められる」機械。
  そう、マルチに心があるかどうかは、俺には断言できない。
  ただ、少なくとも、俺は認める。
  マルチには心がある。
  あいつ、幼い頃世話になったあのカートにもあったんだ、心が。
「その方が楽しいじゃねえか・・・」
  つぶやきながら、俺はロボットの両肩を抱いて、向かい合った。
  抱きたい、と思った。
  人間ではない。だから、これはセックスの真似事に過ぎない。
  ロボットに対してこんな想いを持つのは、タブー、と認められるんだろう。
「今のところは、ね」
  え?、と言いかけたマルチの唇を、唇で塞ぐ。
  ディープキスをしながら、不貞ながらも、あかりの顔を想ってしまった。
  あかりも幸せにしたい。
  マルチも幸せにしたい。
  どうすれば良いのか、は、まだわからなかった。
  でも、全力で努力するつもりだ。

・・・どうやら、マルチとオッサンの優しさは、俺にも伝染してしまったようだった。



以上。