あたらしい予感 投稿者: AE
筆者注: 1.筆者はWAの封を切っていません。これは予想SSです。
     2.シチュエーションはパクリです。(某名作同人誌の。)
     3.ごめんなさい。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「あたらしい予感」                  by AE
                        1998.5.4



「はあ」
  娘はため息をついた。
  少し肌寒い、初冬の公園のブランコに乗っている。
  気晴らし、という名の自己逃避。
  時間は半時ほど与えられている。
  ・・・やらなくてはならないことがあった。
  それ以上に、考えなくてはいけないことが、山ほどあった。

  このまま唄えるのだろうか?
  このまま唄い続けるのだろうか?
  好きだから唄っていた。認められたくて唄っていた。
  でも、最近になって気づいた。
    言われて、唄う。
    求められて唄う。
  それだけなのだ。
  得たものは大きかったが、失ったものも大きかった。
  やすらぎ・・・自由・・・自分らしさ・・・そして、
「・・・・・・」
  声にならない。
  なぜ言えないのだろう。大好きなひとの名前なのに。

  会いたい。

  その想いを振り切ってまで、唄う自分。
  ・・・唄わされている自分。

「唄うの、イヤだな」

  今夜は唄えそうにない。
  ”唄わされる”こともできそうになかった。
  このまま、逃げてしまおうか・・・・・・

  と、思った時のことである。
  唄が聞こえてきた。
  たどたどしい歌声が、ひとけのない公園に響いている。
  お世辞にも、うまい、とは言えない。
  娘はブランコを降りて、辺りを見回す。
  声の主はすぐに見つかった。
  少し離れた、ベンチに一人。
  買い物カゴを脇に置いて座っている、緑色の髪の女の子。
  スゴイ染め方だなあ、と思ってから気づく。
  そういえば、ああいうロボットが流行ってるんだっけ。
  家事一般のお手伝いさん、メイドロボット。
  買い物カゴの中からはフランスパンやら野菜やらが顔を出している。
  買い物帰りに、ちょっと休憩、ってところなのだろうか。
  声はとても綺麗だったけど、テンポの取り方が、だめだ。
  サビらしい部分を、何回も繰り返して唄っている。
  ・・・唄い直すたびに、首を傾げて。
  前向きなロボットさんだなあ、と娘は思った。
  唄っているのは、ちょっと前のなにかのテーマソング・・・か?
  チャートにも上がらない曲だったが、娘は一、二度聞いたことがあった。
  なんとなく気になった彼女は、声をかける決心をする。
  さりげなく近づいていって・・・

「こんにちは」
「あ、こんにちは。 いい天気ですね」
  小さなロボットは、にっこりと微笑んで返事をしてくれた。
「サビのところ、ね。
 息継ぎした方が唄いやすいと思うよ」
  娘が言うと、ロボットは真っ赤になった。
「き、き、聞かれていたんですか?!」
  うん、とうなずくと、さらに真っ赤になる。
「す、すみませ〜んっ! お聞き苦しいものを・・・わたしったら」
「そんなことないよ。とても綺麗な声だったよ、ロボットさんの声」
  お世辞抜きで正直に言うと、ロボットはさらに困った顔になる。
「本当は唄うなんて恥ずかしいんですけど、
 あか・・・奥様のお友達がカラオケパーティを開かれるので、ぜひ参加しろと・・・」

  困るロボットを見て、娘は思う。
  この娘も唄わされてるんだ。
  命令で。
  いやなのに。

「でも、どうせなら、浩・・・いえ、だんな様に対する気持ちを唄いたくて。
 そういう唄を選んだつもりなんですけど・・・難しいですねえ」
  えへへ、と笑うロボットの言葉に、娘は反応した。

  いやだけど、唄う。
  それは自分と同じだ。
  でも。
  それでも、誰かのために唄う・・・?

「だけど、その・・・御主人のために唄うわけ?」
  はい、と言ってロボットは続けた。
「わたし、だんな様のことが大好きです。・・・だから頑張ろうと。
 昔、わたしがまだ発売されてなかった頃、わたしが試験運用の頃・・・。
 ひとりで掃除をしていたら、だんな様が手伝ってくれたことがありました。
 わたし、てっきり、だんな様も掃除が好きだから手伝うのかと思ってました・・・」
  ロボットは空を見上げて、つぶやくように言った。
「だんな様、おっしゃったんです。
 掃除は嫌いだけど、おまえの喜ぶ顔が嬉しいから、って。
 おまえのために手伝うんだ、って」

  誰かのため?
  好きだから、じゃなく、
  言われたから、じゃなく、
  誰かのため?

  わたしは唄うのが好き。
  注目されるのも好き。
  認められるのも好き。
  だから今の自分に、なった。
  でも・・・
  他の誰かのために唄ったこと・・・あったかな?

「わたし、本当にドジなんで、だんな様や奥様にご迷惑ばかりかけてるんですけど・・・
 でも、落ち込んでるヒマなんてありません。
 『自分にできることを精一杯やれ』・・・これも、だんな様のお言葉なんです」
「そっか・・・」
「そう、ですよ!
 わたし、もうスパゲッティだって作れるんです。
 お裁縫だってできるんです。
 旦那様のために、って頑張ってきたから、今のわたしがあるんです」

  いま、できることを一生懸命にやる。
  いまできることって、なに?
  後でできないことって、なに?
  ・・・唄うこと。
  いまのわたしには、それしかない。・・・ないじゃないか!

「うんっ!」
「はいっ!」
  うなずく娘と、うなずくロボット。
  にっこりと微笑んだロボットに、娘も微笑みを返す。
  時計を見る。 時間だ。
  休憩はおしまい。
  ほぼ同時に、公園の外でクラクションが鳴り響く。
「ねえ、あなたのところ、衛星放送入る?」
「え?・・・あ、はい、入ると思いますけど・・・」
「八時から十八チャンネル、見てね。 わたし、思いっきり頑張っちゃうから!」
  は、はあ・・・と答えるロボットに手を振って、公園の外へダッシュ。
  出口で待っていた車の後部座席に滑り込む。
「ありがとうっ!!」
  車が出る直前、娘は大きな声で叫んだ。
  遠くに見えるロボットが、両手を大きく振って送り出してくれた。

「大丈夫、なのね?」
  ドライバーの女性がたずねる。
  娘は強くうなずいて、言った。
「今やれることを、今やるだけです」
  ドライバーは微笑んで、時計を見る。
「飛ばすわよ」
  車は加速し、夕暮れの喧騒の中へと紛れ込んでいった・・・。





 − − − − − − − − − − − − − − − − − −

「今日は本当にありがとうございましたーっ!」

  そう言っておじぎをすると、割れんばかりの歓声が返ってくる。
  久しぶりのコンサートは相も変わらず大入りだ。
  いつになく、とても気持ち好く唄えた晩だった。
  昼間の、悩んでいた時間が嘘のよう。

「最後の、ホントに最後の曲になっちゃいました。
 この曲はちょっと古い曲なんです。
 友達が唄ってるのを聞いて、すごく気に入っちゃって・・・
 お願いして入れてもらいました!」

  友達・・・そう、もう一度会えたら、きっと友達になろう。
  大切なコトに、忘れていたコトに気づかせてくれた、友達。
  きっと、きっとまた会えるよね、小さなロボットさん・・・。

「最後の曲は、今日、ここに集まってくれたみなさんに捧げます」

  そう言ってからマイクを持った手を降ろして、まぶたを閉じる。

「・・・大好きな・・・あなたのために、唄います」

  そう囁いてから、大きく開いた森川由綺の瞳には、迷いが消えていた。

     好きだから唄う。
     ・・・言われるから唄う。
     誰かのために唄う。
     みんな、唄、だ。
     この詩を綴った人も、この曲を奏でた人も、唄う自分も。
     それぞれ違った理由と想いで、この唄を造った。
     そして。
     この唄を聞いている誰かに芽生える”想い”もそれぞれ違うんだ。
     唄はみんなのもの。
     ひとりひとりの中に、違って響くもの。
     だから、好きなように、想うままに唄えばいいんだ。
     だから、わたしは唄おう。
     自分の想うとおりに。
     自分のために。
     ・・・大好きな、あなたのために。

  マイクを上げて、見えない誰かに捧げるようなジェスチャーのまま、由綺は言った。



「聞いてください・・・
      『あたらしい予感』・・・です」



  イントロが始まる。
  それは少し前に流行った、ちっちゃな、ちっちゃなラブソング。
  大切なひとに出会った頃、輝いて見えた空や緑や・・・
  溶けていく心が奏でる、春の唄。

  ・・・いつしか散り始めた粉雪が、屋外ステージに舞う。
  スポットライトに照らされたそれは、まるで桜の花びらのように見えた。
  春の到来を感じさせる風景だった。

  間奏。

  マイクを降ろして、由綺は見る。そして想う。
  唄はすごい。季節まで変えてしまう。
  だから、きっと、変えられる。
  いつか、きっと、全てがうまくいく。
  ”自分ができることを、精一杯、しよう”
  あの小さなロボットが教えてくれた言葉を、何度となく繰り返す。

「それしかないんだ」

  そうつぶやいたとき。
  観客席から、大きな歌声が響いてくる。
  いつしか始まっていた二番に気づいて、由綺はマイクを上げた。
  そして、響いてくるたくさんの想いに負けないよう、
  自分の想いを唄い続けるのだった・・・。






以上。