ふたつのなみだ(ふたつめ) 投稿者: AE
「ふたつのなみだ(ふたつめ)」           by AE
                      1998.4.26


  − − − − − − − − − − − − − − − − − −

  綾香はセリオと別れてから、どこをどう通ったかわからぬまま、ここに来た。
  風切り音。鈍器の叩かれる音。
  それが延々と繰り返されている。
  音の主は、動物的直感で綾香の接近を感知した。
「あ、綾香さん?!」
  葵は顔をほころばせて、走って来た。
  トレーニングの際中だったらしい。 汗だくの額をぬぐって、綾香の前に立つ。
「がんばってるねー」
  綾香はサンドバックを片手で叩いた。
  葵が答えるように反対側から叩く。
  綾香は一時間ぶりに機嫌が修復されていくのを感じた。弛緩剤も完全に効果を失った。

”この娘はセリオと違う。
 こういう、自分と同じ志を持っているヤツとしか、私はわかりあえない・・・”

  それから、葵は嬉しそうに近況を語った。
  自分の練習につきあってくれる先輩の存在。
  エクストリーム参加の意志。
  が、綾香が会話にあまり熱心でないのに気づいて、口を閉ざす。
  少ししてから、綾香は葵が黙ったことに気づいた。
「あ、ごめん、ぼぉ〜としちゃったね」
  綾香は、別れた時のセリオの横顔を繰り返し思い出していた。

”あいつ、泣いてた・・・?”
  あまり輝かない瞳(CCD?)が濡れて輝いていた、ように綾香には見えた。
”まさか・・・ね”

「あ、そうそう!」
  葵は話題を変えようとした。
「二、三日前におもしろいお客さんが来たんですよ」
  目をいっぱいに開いて、綾香を見る。
「うちのマルチちゃんと同じの、メイドロボっていうんですか?
 とても素敵な方でした。 たしかセリオさん、って言ったかな・・・。
 格闘技に興味がある、って言うから見物してもらったんです。
 で、別れ際にヘンなこと聞かれたんで困っちゃったんですよ」

「・・・・・・?」
  たしかセリオが、調べたい事があるから、と言って一人で帰った日だ。
  ぜひ聞きたい、と目配せをすると葵は続けてくれた。

「もし、あなたが格闘技を一瞬で身につけられるとしたらどうですか?って。
 そんなことできるわけないって、言ったんですけど、
 どうしても聞きたいって言うから、わたし・・・」
  綾香は葵のセーラー服の胸元を掴んでいた。

「・・・なんて答えた、そいつに?」

  わわわっ、と慌ててから葵は答えた。

「そんなカンニングみたいなこと、私できません、って。
 できたとしても、自分のためにならないです、
 格闘技を習ってる人はみんな同じです、って・・・」


”綾香さまは、なぜ格闘技をなさっているんですか?”


  セリオの問いが綾香の頭中をよぎった。
  あの時、自分は葵と同じ答えを返したのだ。
「カンニング・・・?」
  綾香はセリオの仕様を思う。
  衛星回線を用いたあらゆる情報のダウンロード機能・・・。
  それを使えばセリオはなんでも、ほぼ完璧にこなせるはず。
  しかし、学校に居るときのセリオは失敗ばかりしていた。
  それを注意した時にセリオが微笑んで返した言葉を、綾香は思い出した・・・・・・


”一生懸命、頑張っている人間のみなさんを、無視することなんてできません。
 私はここに、まず、”頑張ること”を学びにきたのです。
 それなしでは、どんなに優れた情報もカンニングにすぎませんから”



ばあああああんッ!!!

  鼓膜が破けそうな破裂音が裏山に響きわたった。
「さ、砂鉄入りのサンドバックが・・・」
  葵特製のそれの残骸が、木の枝から釣り下がり、中身がこぼれだしている。
「あたしは・・・あたしは・・・」
  綾香は血の滲んだ拳を見た。
  そこに落ちる自分の涙も。
「バカだ! マヌケだ!! 大バカ者だ!!!」
  あの時、セリオは”ホンモノの私ではありません”と言った。
  あれはセリオ自身ではなかったのだ。
  ”かくとうぎのやりかた”というビデオテープのようなもの。
  セリオは自分の主義を曲げて、カンニングをしたのだ。
  綾香を守るために。
  誤解されることを承知の上で。
  それに対して自分は・・・。
”心なんて無い、ただのガラクタ”
  ・・・それはきっと自分の方だ。信じてあげられなかった自分の方だ。
「謝らなきゃ・・・」
「綾香さん、ち、血が・・・」
「謝らなきゃいけないんだ、あたしは!! あのくそマジメなロボットに!!」
  駆け出す綾香は、誰にも止められなかった。
「サンキュッ、葵!! でも大会じゃ手加減しないからねっ!」
  もちろんでーす!、と叫ぶ葵をあとに、綾香は疾走した。
  目指すはセリオの家、来栖川電工中央研究所。
  たったひとこと「ゴメン」と言うために、走る。
  綾香は一生のうちで今この瞬間が、正念場であることを決して疑わなかった・・・。



  − − − − − − − − − − − − − − − − − −
「本当にいいんだね、セリオ?」
  白衣の男は最後のコードを、セリオの首筋に露出したジャックに取り付けた。
  同じ質問をすでに十回繰り返した。
  やはり今回も、セリオはYESを返してきた。身体を動かさずにディスプレイ上に出力して。
  可能な限りHMXの主張を尊重してきた男も、今度ばかりは悩む。
”このような未練を残したまま、長期凍結を行って良いのだろうか”
  このセリオは、二度とこのボディに戻れなくなるかもしれない。
  それは人間で言うところの”死”なのではないか?
  それを補助して良いのだろうか。
  セリオは目を閉じたままだった。
  ベットまで自分で歩行し、横たわってから全く動こうとしない。
  やはり、と思って男は停止処置の延期を決心した。
  原因となった誤解を解かねばならない。それまではセリオを眠らせるわけにはいかない。
  男がスタッフの方を見てうなずいた時。

  非常ベルが鳴り響いた。警備室からの警報音だった。

  廊下の外を喧騒が近づいて来る。
  何人かの男の悲鳴が上がり、メンテナンスルームのドアが開け放たれた、
  ・・・というか、蹴破られた。
  その音に、セリオは目を開ける。
  閉ざしていた各種感覚器を再起動。
  そこに立っていた少女の姿を見て、セリオはつぶやいた。

「綾香さま」

  綾香は肩で息をしていた。
「セリオを返して」
  それだけ言って、セリオの近くに居た白衣の男を見据える。
  綾香が動いたとたん、男は胸ぐらを掴まれていた。
「暴力反対」
  真剣な表情で、両手を挙げながら男は言った。
  同時に、周囲の研究員にもジェスチャーを送る。”大丈夫だ”と。
「ドアを閉めて」
  研究員の一人が、綾香の指示通りに歪んだドアを手動で閉じた。
「花火を仕掛けたの。言う通りにしてね」
  綾香のハッタリに、室内の研究員がざわめく。
  男は人差し指を立てて、それを制する。
  綾香は周囲に構わずにセリオの横たわるメンテナンスベットに歩み寄る。
「なんで説明してくれなかったのよ?」
「・・・・・・」
「このまま別れるなんて、許さない、絶対に」
「一つだけ質問をさせて下さい」
  白衣の男が、セリオと綾香の間に割って入った。
  白衣の名札兼キーカードには「開発主任:長瀬源五郎」と書かれている。
「あなたはどう思います? ロボットに心が必要かどうか」
「そんなこと関係ない」
「しかし、あなたはセリオを人間のように考えている」
「うるさい」
「答えて下さい」
「なんで技術屋ってのは言葉にこだわるのよ?!」
  綾香は再び、長瀬主任の白衣の胸ぐらを掴んだ。

「セリオはセリオだ。
 あんたらがどのように造ったかなんて、ぜんぜん関係ないよ。
 ”心”だ? ふざけたこと言わないでよ!
 そんな戯れ言は神様にでもなってから言うんだね」

  長瀬主任は目を見開いた。

「セリオがロボット、そんなことわかってる。
 でも、心があるかどうかなんて、造っただけのヤツに決められるわけないじゃない!
 それはこの娘に会って、この娘とつき合ったヤツが決めることよ」

  セリオを傷つけた自分には、その資格はないかもしれない・・・
  と、綾香は心の中で付け加えた。それでも、言葉は止められなかった。

「あんたらの意見なんか、あたしには関係ない。
 あたしは認める、こいつはあたしの友達。
 あたしは、殺されそうな友達を助け出しに来た、・・・それだけよ」

「そうか・・・」
  長瀬主任は、ふっ、と笑って綾香と視線を合わせる。
「そんな事はしませんよ。セリオやマルチは私たちの娘なんですから」
  娘、と聞いて綾香は眉をひそめる。
  生徒に説明する教師のように、長瀬主任は続けた。
「ただ、このボディはもっと多くの試験データを測定する必要があるんです。
 そのための試験はとてもハードなものもあるし、今回のようなものもある。
 しかし、行なわなければならない、彼女の妹たちのために。
 ”心のエミュレート機能”を持つ彼女たちの人格は、
 その試験による精神的衝撃に耐えられないかもしれない。
 そこで、一時的に待避していてもらうんです」
「そのあとは・・・どうなるのよ?」
「彼女たちの開発費は研究開発扱いだ。当然、最終年度が明けた月に廃棄処分です」
  胸ぐらを掴んだ拳に力が入る。
「表向きはね」
  長瀬主任は、にやけてウインク。
「監査は形式的なものですから、モータの廃物でも見せればOK。
 なに、予算削減に対して技術屋がよくやる手ですよ、開発品の他研究工事への流用なんてのは・・・。
 そうだ、セリオ?!」
「はい、聞かなかったことにします」
「よろしい。
 そのあと、マルチは・・・今、留守ですが、あるユーザーのもとに嫁ぐことになりそうです。
 彼女には大切な仕事がある。人間らしいロボットへの社会の反応を調べるんです。
 そして、セリオは・・・じつはまだ決まっていない」
「あたしが買う。自分のお金で」
  綾香は主任を掴んだ手を放して、一歩下がる。
「それはできません。この手の研究資産は売り払えない」
「なら、ちょうだい。 必ず大切にする、約束するよ」
「うーん」
「・・・お願い!!」
  すざっ、と綾香は後ずさりして床に正座した。
「・・・お願い!! あたしはこいつに借りがある。絶対返さなきゃいけないのよ」
  そう言って綾香は・・・土下座をした。
  綾香は自分がしていることを不思議には思わなかった。
  恥ずかしいとは思わなかった。
「・・・負けましたよ、綾香お嬢様」
  そう言って、長瀬主任も床に座る。ちゃんと正式な正座をして。
  綾香はそれが、自分がセバスチャンから習った”正式な”正座であることに気づく。
  それから綾香は、相手が自分のことを何と呼んだか、にも気づいた。
「?! あんた、あたしのこと・・・」
「知らないわけないでしょう? セリオからも毎日聞かされてます」
「セリオが?」
「今日、彼女は泣いてましたよ。 あなたを傷つけてしまったって。
 時間をあげるから話してきなさい、って言っても聞かないんです。
 私にはその資格がない、って」
「セリオ・・・」
  セリオは目をつむったままだった。
  資格がないのは自分の方だ、と綾香は思った。
  それでも、セリオを傷つけた罪は自分が一生を賭けてでも償いたい、と思った。
  そのとき、突然、長瀬主任が頭を下げた。
「”この”セリオを、HMX−13Aをよろしくお願いします」
  その声は重く、優しかった。
「しゅ、主任・・・さん・・・」
「この娘はマジメすぎる。そのように性格設定したのは確かに私たちだ。
 でも、そんなこの娘が冗談を言うようになったんですよ。この八日間で。
 みんなあなたのおかげだ。
 けっして笑える内容ではなかったが、私たちはとても嬉しかった。
 造っただけ、の人間でも成長を喜ぶことはできるんです」
「あ、あたしはそんなつもりで言ったんじゃ・・・ごめんなさい」
  綾香は再び頭を下げる。
  二人の男女が、ハイテク満載の部屋の床に正座し、礼をし合っている・・・。
  奇妙な光景だった。
  いやいや、と首を振って長瀬主任は続けた。

「綾香さん、私は思い上がっていたのかもしれない。忘れていましたよ。
 あなたの言うように、私たちは”心のタネ”を植えたにすぎないんだ。
 それを心と認めるかどうかは、接する人間が決めることです。
 あの娘を心有る物と見るか、無き物と見るかは、見る人間次第なんですね。
 そして、そのどちらも、その”見る人間”にとっては真実なんだ・・・」

  ふっ、と微笑む。悲しげな微笑みだ、と、綾香は思った。

「でも、私はセリオやマルチを”心有る物”として扱ってくれる人に、彼女達をたくしたい。
 これは親馬鹿なのかもしれません。 でも、私たちの願いなんです」

  一瞬、綾香はこの技術屋の瞳の奥に、葵たちと同じモノを見たような気がした。
  いるのだ。こういう人間が。
  道は違っても、輝きは同じ。この男は一生を賭してなにかを貫こうとしている。
  このヒトも不思議なヒトだ、と綾香はセリオと重ねた。
  いや、父娘なのだから当然なのだろう。
  二人は見つめ合い、そして微笑んで立ち上がった。
  綾香は姿勢を正し、深く一礼。 長瀬主任も一礼を返す。
  二人とも、闘技終了後の戦士のようだった。
  一人の研究員から、拍手が送られる。
  その拍手は輪となり、室内の研究員全員に広がる。
  いつしか、綾香が倒した守衛達も、その輪に加わって手を打ち鳴らしていた。
  その輪を崩して、二人はメンテナンスベットに向かう。
「・・・来栖川の保養地にでも送り込みましょう。そこ経由なら労働局もゴマかせる」
「じゃあ、別荘がいいよ。あそこなら隠せる」
「なるほど・・・まあ、いいでしょう」
「不服なの?」
「セリオはここに勤務してもらうつもりだったんですがね。個人的な希望を言わせてもらえれば」
「いやらしい・・・。自分の娘に手をつける気ね?」
  長瀬主任は両手の平を振って否定する。
「この娘の煎れるお茶は美味しいんです」
「それは認めるよ」
  そう言って綾香はベットの上のセリオに近寄った。そして深々と礼。
「ごめんなさい、セリオ」

「綾香さま・・・」
  セリオは目を開けて綾香を見る。
  その人間の瞳が潤んでいるのを、セリオは間違いなく確認した。
「きっと、また会える。その時に改めて、ちゃんと謝るね」
「綾香さまが謝る理由を理解できません」
「あたしはあんたを侮辱した、と思った・・・だから謝るの」
「私は」
「いい。きっとまた会える。そのときに、ゆっくり話しましょ?」
  その時、セリオは思った。


             この人だ。
        私を私として扱ってくれる人間。
      セリオがセリオでいられる、そんな人間。
      私のために涙を流してくれる、大切なひと。
        この世界でたったひとりの・・・


「・・・ご主人様」
「え?」
「綾香さまはご主人様です。 この私のたったひとりのご主人様です。
 もし、私にそれを選ぶことができるのなら」
  そう言ってセリオは長瀬主任を見た。
  長瀬主任は強く、深くうなずいた。
「私はそれを記憶したまま、眠りにつきます。
 次に目覚めた時、ご迷惑でなければ、私を引き取って下さいませんか?」
  ふふっ、と笑ってから、綾香はメンテナンスベットの脇にひざまずいた。
「あんたがそう呼びたいんなら・・・」
  綾香は横たわる親友の手を、優しく握りしめた。
「あんたにふさわしい主人になってるよ。 今度また会うときまでにね」
  にっこりと笑って、ウインク。
  セリオも微笑んだ。
  その頬を涙がつたう。
  産まれてから二度目のセリオの涙は、床には落ちなかった。
  それは綾香が、そっと拭った。
  一度目とは違う意味の涙。
  セリオは、涙には二つの意味があることを学習したのだった・・・・・・。


  そして。
  綾香は傷を負わせた守衛たちに深々とお辞儀をした。
  まいったなあ、などと皆、綾香の実力に感心していた。
  長瀬主任がコトの次第を説明したので、改めて納得してくれたのだ。
  ”また来いよ、お嬢様”、 ”今度は負けないぜ”、などと言う強者もいた。
  じゃーね、と微笑んで研究所を出る綾香は、セリオの停止処置を見なかった。
「あなたを信じます、よろしくお願い致します」
  と敬語で主任に言っただけだった。

「いやあ、生意気だったけどいいヤツでしたね。 あのお嬢さま」
  メンテナンスルームで後片付けをしていた研究員Aが、主任に同意を求める。
  ああ、と主任はうわの空だった。
「イイ女になるな」
  と、主任が小さくつぶやいたのを、研究員Aは聞き逃さなかった・・・。






  − − − − − − − − − − − − − − − − − −
  三年後。

  初春、来栖川家別荘、正門前。
  サイペリアブルーの軽自動車が無音で門をすり抜けた。
  ドライバーは慣れない手つきでハンドルをきる。
  玄関前に止まり、コクピットから辺りを見回す。
  ここが初めて、というわけではない。
  探すモノがあったから、自然に視線が動いたのだ。

  いない。

  家の中だろうか?
  改造で後付けしたタイヤモータの電源を切って、キーを抜く。
  ガルウイングを跳ね開けて、綾香は狭いコクピットから抜け出した。
  そのとき、玄関の奥の方から元気な足音が聞こえた。
  玄関の戸が開き、中から人影が駆け寄って来る。
  サングラスを透しては良く見えない。
  人影は、車を挟んで綾香とは反対の位置で立ち止まる。
  綾香はサングラスを取った。
  そして、見た。

「免許、お取りになられたんですか。可愛らしいお車ですね」

  そこにセリオがいた。
  オレンジの髪をポニーテールに束ね、あの頃の、高校の制服のままで。
  メイドロボは軽く会釈をしてから、車を回り込んで綾香に近づく。

「警察学校、ご入学おめでとうございます。 言うのが少々遅れてしまいましたが」

「その服・・・」
  綾香は、記憶と全く変わらないセリオの姿に微笑んだ。
  その笑みを取り違えたのか、セリオは眉をひそめて、言う。

「おかしいですか・・・?
 これからも学ばせて下さい、頑張る、ということを。
 綾香さまのもとで。
 この制服は私の決心の現れ、とお思い下さい」

「授業料、高いよー?」
  綾香はニヤッと笑って言う。

「毎日、極上の紅茶をお煎れする、というのでいかがでしょうか?」

「許すっ!!」
  叫んで、綾香はセリオの顔から十センチ横の空間に拳を叩き入れた!

ぱしぃぃぃーん!

  小気味良い音が、周囲に響き渡る。
  あの時のままの強さで放った拳は、あの時のままの強さでしっかりと受け止められた。
  セリオは片手で受けた綾香の拳を両手で優しく包み直し、真剣な眼差しで言った。

「綾香さま・・・」

  綾香はセリオを見た。
  セリオも綾香を見た。
  二人の視線が合った。三年ぶりのことだった。





「ヒネリが甘いです」





                                        track35
  くすっ、と綾香の顔がほころぶ。
  まるで鏡のように、セリオの顔にも微笑みがこぼれた。
  そして・・・・・・
  来栖川家別荘にとても大きな笑い声がとどろいた。
  声の主は二人。
  人間とロボット。
  ハードウェアは異なっていても、今この瞬間、二人の気持ちは全く同じだった。

  心に種類はない。
  認めればそこにある。
  認めなければみつからない。
  互いの長所短所をわかりあった二人の未来に、不可能はなかった・・・・・・。



  − − − − − − − − − − − − − − − − − −
  そして、これより四十年。
  ご主人様と私が、来たるべき”人間と機械の世界”のタネを蒔き、育てていくお話は、
  いずれ、またの機会に・・・・・・。

end of script from memory HMX-13:
edit by MULTIVAC unit in orbit. 
wait to continue next term:

That's all.