「我が輩は・・・」 by AE 1998.4.4 ”我が輩はネコである。” 別に意味はないが、ふと、思いついたので心の中でつぶやいた。 名前は・・・・・・あるにはあるのだが、気にいらないので名乗らない。 気がついたら、この店の前に捨てられていた。 店の主人はそんな私の手当をし、看病し、ここまで私を育ててくれた。 そんな主人のために、少しでもがんばらねばならぬ。 よし。 私は今日も道行く人々に声をかける。 少しでも主人の暮らしを助けるために。 と、さっそくカモ、いや、お客様がやっていらっしゃった。 すかさず、目標を捕捉。 坂の上から歩いて来る二十人程度の集団。 二十代後半(?)の男女。 それなりに整えられた服装。 全員が知り合い同士、 カップルあり。 たしか、この坂の上には高校があったはず。 春、桜の舞い散るこの季節に、この時間(昼)、この集団・・・・ 同窓会だな、と私は推測する。 午前中に母校に集まって、懐かしいひとときを過ごしてから、ただれた二次会へと進むのだ。 まさしくカモだ。 そのとき。 舌なめずりをする私は、集団の中のある一組に注目した。 男と女と、その間に少女。 少女は、女の腰の後ろあたりに手をあてて、いたわる感じ。 それもそのはず、女は身重だった。 まだ出産日まで間があるらしく、お腹はそんなに目立たないが、マタニティが良く似合っている。 そして、私は少女に見覚えがあった。 緑色の髪、耳の大きなパーツ。 彼女はロボットだ。 私は道行く人を、見て、鳴いて、捕まえることで生計をたてている。 一度、お目こぼしを頂いた相手は、誰であろうと可能な限り覚えるようにしている。 よーく見ると、男にも見覚えがある。ヒトは数年経つと顔かたちが変わるから厄介だ。 同窓会ご一行様は、バス停に並んでバスを待ち始めた。 バスが来るまで、時間は、ある。 よし。 私は鳴いた。 哀願するように。 「あ、あのときのネコ・・・さんです」 並んでいたロボットが、私を指差す。 よぉし、捕まえた。 「お、まだ元気そうだな。 何年ぶりかね?」 振り向いた男も私を見た。 もう一度鳴く。 「なになに?」 今度は奥方も振り向いた。 三人そろって、私の前までやって来る。 とどめだ。 私はもう一度鳴いた。 「浩之さん・・・」 「あなた・・・」 うるうるうるうるうる・・・・・・・・・。 ロボットと少女は、申し合わせたように男に懇願する。 「しょ、しょうがないなあ・・・」 男は私に、お恵みをくださった。 「恥ずかしいじゃないか、こういうの。 志保に見られたら・・・」 男の視線方向には、こちらを指差すショートカットのご婦人がいらっしゃった。 オーバーな身振りで、ご学友たちにこちらの状況を実況中継しているらしい。 「・・・もうニュースになっている」 女は、ぼやく男の腕をとり、私のほうに引き寄せた。 男とロボットと女。 私の前に並んで立つ。 背伸びをしているロボットの脇を、よいしょ、と男が抱え上げる。 それを見て微笑む女。 その瞬間、私はこの三人の幸せを永久に刻み込むことにした。 ・ ・ ・ 時が来た。 私は、お客様に対していつものセリフを言った。 「・・・できた写真を取れニャン」 私は、三人のために心を込めて印刷したプリントシールを吐き出した。 待ち切れずに覗き込んでいたロボットが、取り出し口に落ちるそれをキャッチ。 「わああー、浩之さんとあかりさんと、わたしが映ってますー」 ロボットは本当に幸せそうに、うっとりと私の作品に見入っていた。 「・・・聞いたぜ、そのセリフ」 と、男は苦笑する。 「え、なになに? わたし、その話聞いたことないよ〜?」 女がはしゃいで男の腕をとった。 「え、いやあ、話すほどのことでは・・・」 男が髪をかきあげてゴマかしている。 ・・・まあ、あの時は本当に良い雰囲気だったからな。奥方に知られるのはマズいのだろう。 「いいよ、マルチちゃんに聞くから」 と言って、女がロボットの肩を、つんつん。 「あー、マルチくん、切ってあげようかねぇ」 男は、女とロボットの間に割り込むように移動。 そして、ロボットの持つシールを取り上げて、切ろうとした。 「あ、四つに分けてね」 と女が言う。 「・・・なんで?」 「あなたとわたしとマルチちゃんと、それから・・・」 女は視線を落として自分のお腹を見る。 「両親の若かりし頃、って興味あるんじゃないかなぁ、って」 「な、なるほど」 男は照れくさそうに、ニヤけてから、ぴりぴり、と私の作品を切り分けた。 と、そのとき。 そろそろ時間だよ〜、と大きく活発な声がバス停の方から聞こえた。 おっけー、と答える男の袖を、ロボットが引っ張る。 「浩之さん・・・」 「なんだ、マルチ?」 ロボットは顔を上げて、ご主人様らしい男を見た。 「また来ましょうね、またみなさんで一緒に撮りましょうね」 「そう、今度は四人でね」 と女が言った。 「もちろん。 でも、こいつ、壊れちゃうんじゃないかな、四人も乗ったら」 と言って、笑いながら男は私を見た。 女も、くすくす、と笑う。 ロボットは、それは困ります、可哀想です、などと真面目に困ってくれていた。 振り返ってバス停に向かう一行に、私は声をかける。 「また来るニャン」 不揮発メモリに刻まれた、私の商売セリフだ。 しかし、ロボットは私の方を振り向いて、ぺこり、とおじぎをしてくれた。 「ネコさんも、いつまでもお大事に。 おたがい、がんばりましょうね」 と、ガッツポーズ。 私は小さなメモリ領域を最大限に活用し、音声合成を試みる。 「また会うニャン」 はいっ、と強くうなずいて、バス停に向かうロボット。 そんな彼女を見て、私は確信する。 きっと、また、会えるだろう、 あの変わらない笑顔に。 やがて、バスが到着し、彼らは去っていった・・・・・・。 私は幸せだ。 縁(えにし)を結ぶのが我々の仕事。 彼らのように成就した縁を”見る”のは、我々にとっての極上の幸せであり、糧なのだ。 我が輩はネコである。 我が輩は機械である。 名前は・・・・・・・・・ 気にいらないのだが、こういう気分の時には、まあいいだろう。 ”我が輩はネコプリントである。” 以上。