機械婦警12&13(非番) 投稿者: AE
「機械婦警12&13(非番)」  by AE
                            1998.3.29



「終わったぁぁぁ!」
 ロボット読者数一万を突破した月刊誌、「ロボメディア」四月号は無事校了した。
 秋葉原シティのど真ん中にある、編集部の入ったビルの正面玄関で、僕は大きく背伸びをした。
 夕暮れの街の空気は、電気自動車の普及した二十一世紀でも、決しておいしいとはいえない。
 しかし、心地好い達成感がそれをフォローしてくれる。
 見れば、世界に誇る電脳街はまだまだ活気に包まれていた。 道行く人々もさまざまだ。
「今度、あのオプションつけてみないか」
「やだ、もう。 いまのままで十分よ」
 などという、男性(ロボット)と女性(人間)の微笑ましい会話。
「あの噂ってホントかな」
「いやあ、そんなおいしい改造パーツあるわけないよ。あったって、おまえ、相手がいないだろ?」
 などという怪しげなマニアの会話。
 昔の秋葉原はもっと健全な良い子の街だったと聞くが、いまではロボット関連のあらゆる技術を扱う自由街と化した。
 パーツ状態から一体のロボットを組み上げる”つわモノ”がいるかと思えば、
 組み上げたロボットに、(ロボ権を認可された途端に)”フラれる”哀れなヤツもいる。
 とにかく、楽しい街なのだ。
 徹夜明けとはいえ、たまには部品散策でもしよう、と思ったときのことである。
 ビルの脇の路地裏からネコのダミ声が聞こえた。
 警戒しているらしい。
 そぉっと覗くと、太いシッポが見えた。
 茶と白のトラ。 その柄には見覚えがあった。
 編集部の空調の室外機を叩き落としたり、充電中のロボットのコードを噛み切ったり。
 近所でも悪名高い、機械ギライの野良猫のシッポだ。
 シッポのふくらみ加減からすると、驚異の度合はかなり高いらしい。
 ざまあみろ、いい気味だ・・・と、死角になっていたトラネコの胴体を見ようとしたときのこと。
「おいで、おいで、ネコ」
「いらっしゃい、ネコ」
 ・・・どこかで聞いた声がした。
 ヒビの入った肋骨が痛む。 僕はその場を逃げようとしているのだが、肉体が恐怖にうち震えて動かない。
 そこに居たのは二人の女性だった。 ロボット婦警のお二方。
 背の高い赤い髪、背の低い緑の髪。耳の大きなパーツ。
 齢(よわい)五十年の年月を生き抜いた破壊神たち。
 現在普及しているロボットの原点、メイドロボHM−12,13のお二人がそこに居た。
 HM−12とHM−13に包囲され、トラネコは逃げ場を失っていた。
 ふーっ、と威嚇する。
 やめておけ!、と僕は心の中で叫んだ。 明らかに強がる相手を間違っている。
 そんな猛禽類肉食獣の姿に変わったトラネコを見て、HM−12は言った。
「まあ、なんて可愛いネコ」
 とても可愛くは見えない。少なくとも僕には。
 逃げる間もなく、トラネコはHM−12に捕まった。
 いや、どうやらHM−12はそっと頭を撫でようとしているらしい。
 が、その小さな手はトラネコの頭蓋をガッシリとワシ掴みしている。少なくとも僕にはそう見える。
 トラネコはもがいた。
 しかし、HM−12はロックした手をゆるめずに、
「いい子、いい子」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐり・・・。
 大地に押し付けられたトラネコは必死で逃げようとしている、が、今度はHM−13に腰を押さえられた。
がしぃぃぃっ。
「私にも撫でさせて下さい、マルチさん」
 二人は見つめ合い、
 うむ、と、うなずき合った。
 HM−13は背中を撫で始めた・・・つもりのようだった。
「可愛いですね、ネコ」
ざりざりざりざりざりざり・・・。
 背中の上のHM−13の手はすべってはいない。
 すべっているのは、地面に押し付けられたトラネコの腹の方だった。
 カンナか、ダイコンおろしで削られているようなものである。
 まるで拷問だ。
 しゃがんだ二人のロボットが、通りがかりのネコにイタズラをしている・・・、おとぎ話の浦島太郎の一場面だ。
 生命の危機を察知したトラネコは、僕の気配を感じ取り、僕の潜んでいる方を向いて鳴いた。
”た、助けてくれニャン”
 真摯な瞳は、そう訴えている。
 しかし、なんて余計なことを!! とばっちりはゴメンだ。僕の姓は浦島じゃない。
「ああっ、あなたは先日の・・・」
 身を潜めた僕だったが、あっさりとHM−12に見つかった。
「おひさしぶりです」
 HM−13は俊足で僕の背後に回り込んでいた。
 トラネコはHM−13の手にぶらさげられたままで、加速度のため意識を失っていた。
 前にHM−12、後ろにHM−13。
 無表情のまま、にじり寄って来るのだが、僕には、ふっふっふっ、という笑い声が聞こえる・・・ような気がした。
「このあいだは捜査にご協力いただき、ありがとうございました」
 HM−13が言った。
「お身体はもうよろしいのですか」
 HM−12が気づかってくれる。
「ええ、まあ、大したことないですよ」
 はっはっは、と後ずさるが、背がHM−13に当たって、びくん、となる。
 そんな僕を、意識を回復したトラネコが、じぃっと見つめている。
”ざまあみろニャン”
 ほっとけ、とテレパシーを送ると、そっぽを向いた。
「お二人はどうして、こんなところへ?」
 と、僕は話題を反らす。
「今日は非番ですので」
 とHM−12。
「新居の近くを散策しております」
 とHM−13。 ふむふむ、なるほど・・・。
 ・・・新居ぉぉぉっ?!
 ゾクッ、とした。
「あの、お二人の住まいというのは・・・」
「最近、この近くに引っ越してきたのです。署が近くて便利ですので」
 こくん、とHM−12もうなずく。
”どおりでネコを見かけないわけだ”
 と、最近になってネコ通りの少なくなった理由を僕は悟った。
 それよりも。 これで彼女たちとの遭遇確率が増大したことは間違いない。
「お顔の色がすぐれませんが」
 HM−12が僕を見上げて言った。
「いや、まあ・・・」
 原因を正直に言うわけにはいくまい。
 その時、HM−12の背後に回ったHM−13が、肘でHM−12をつつくのが見えた。
 HM−12はHM−13を振り向いて、うんうん、わかってる、とつぶやいた。
「あ、あの」
 HM−12が口を開く。なぜかトーンが全く無い。
「ごいっしょ・に・おゆうしょく・でも・いかが・ですか」
 棒読みで言うとHM−12は、ぷしゅーっ、という音を立ててうつむく。
 活動不能。
 一分経過。
 HM−12は再起動した。背中から支える必要がなくなったHM−13は、僕の方にやって来て、片腕をとる。
ずりずりずりずり・・・。
 そのまま、路地裏に連れ込まれた。
「じつは、あのマルチさんがあなたに興味をお持ちのようで」
 ひそひそ。
「はあ?」
「毎晩、充電効率が悪くてしようがない、と言うのです」
 ひそひそひそひそ。
「はあ・・・」
 見ると、HM−12は無表情のままでうつむき、独り指相撲をしている。
「ここはぜひ、お付き合い頂けないでしょうか。私からもお願い致します」
 HM−13はそう言って、ぺこり、とおじぎをした。
 ここまで礼儀正しくされると、断れない。
 彼女たちは決してウソはつかないし、素直なのだ。
 僕はHM−12に視線を移した。
 緑髪のおチビちゃん。あこがれの君、の量産型(←彼は古き良きHMX−12のファン)。
 うつむきながらも、その暗い瞳はまっすぐに僕を見つめている。悪い気はしない。
 それにこのHM−13だって、なかなか友達想いの良い性格ではないか。
 校了後の徹夜明けとはいえ、丸二日の休日をもらってるし、
「じゃ、じゃあ、付き合わせてもらおうかな」
「嬉しいです。ありがとうございます」
 HM−12は無表情だが、とても嬉しそうなトーンで言った。
 そんなわけで、僕は二人の元メイドロボに逆ナンパ(←死語)されたのだった。
 その時、待ち受ける苦難を予感するように、
 HM−13に釣り下げられたトラネコが長い声で鳴いた・・・。

 ・・・そして。
「ここでお食事はいかがでしょうか」
 僕たちが立つ前には、開口百メートルはあろうかという巨大な玄関。
 新TOKIOホテルの正面入口だ。
「ここ? ここって高いんじゃ・・・」
「それでは参りましょう」
「さあさあ、こちらへ」
 助けに出たボーイやカウンタを丁寧に断って、二人はエレベータに僕を押し込んだ。
 屋上を目指す。地下の食堂街ではなく、屋上の・・・。
「おいおい、あそこ、三つ星のレストランだぜ」
「本日だけは、私たちにご馳走させて下さい」
 HM−13が言う。
「わたしたちの感謝の気持ちです」
 HM−12も言う。
 たしかに、前回は被害者だった。このくらい贅沢させてもらってもバチはあたるまい。
 それに、両手に花でこんなところで食事とは、一生に一度あるかないかだろう。
 着いたエレベータの外は、そのままレストランの入り口だった。
 耳パーツをつけた客もいる。
 最近は生体部品を多用したロボットも多いので、こういうところの出入りも増えてきた。
 もっとも、政府高官の秘書とか、資産家の愛人とかが主流だと思うが。
 席に着いて、HM−13がボーイにひとこと。
 すぐに前菜のサラダがひとつ、運ばれてきた。
「いっただきま〜す!」
 二食抜きで空腹の極致。我慢できずに頬張った。
 うまい。 前菜のサラダでこの妙技。三つ星はダテじゃない。
 こんなんじゃ、メインディッシュを口にした瞬間、感涙するんじゃないだろうか。
 と、皿を持って食べまくる僕の視線が、HM−12とHM−13に合った。
じぃぃぃっ・・・・・・。
 二人は僕の食べるのを、じぃっ、と見つめている。
「あ、あの・・・」
「はい、なんでしょうか」
「お二人はなにも取らないんですか?」
 HM−13は目の前にあるコップの水をひとくち飲んで、
「ええ、私たちは水だけでいいんです」
 HM−12もコップを傾ける。でも視線は僕に合わせたまま。
「そう、水だけでいいんです。水だけで」
じぃぃぃっ・・・・・・。
 た、食べられない。
 確かにHMシリーズには食物の摂取機能はない。
 咀嚼くらいはできるらしいが、本当に摂取できるのは水だけだった。
 しかし、これでは・・・。
 僕の心臓には毛が生えていない。
「ごちそうさまでした」
 目をつむって、食べかけのサラダをテーブルに置く。
 そのまま、立ち上がって帰り支度。
「もうよろしいのですか」
 HM−12がたずねる。
「今日は私たちの給料日ですので、いくらお食べになってもかまいませんのに」
 HM−13も不思議そうなトーンでたずねる。
「いや、あまり食欲が無いんだ。徹夜明けだから気分も悪いし・・・」
 本当は徹夜明けだからこそ、食べまくりたいのだが。
「それはたいへんです、セリオさん」
「すぐに睡眠をとらないと、お身体に差し支えますよ。さあ、マルチさん」
 二人は見つめ合い、
 うむ、と、うなずき合った。
「ちょ、ちょっと、なにを・・・」
がしぃぃぃっ!
 HM−12とHM−13に両腕を担がれる僕。
 そのまま後ろ向きにレジへ引きずられ、HM−13が会計を済まし、エレベータへ。
 僕はホテルの屋上に近い一室に連行された。
 夜景がとてもきれい。
「はっ? なぜ僕はこんなところに・・・」
 あまりの手際の良さに、我を失っていた。
 どうやら、HM−13が先程の会計時に部屋を予約したらしい。
「さあさ、急いでお休みなさいませ」
 HM−12が僕の上着を脱がす。
 さすがは元メイドロボ、手つきがちがうなあ、などと思っていたら、
「どうしてズボンまで・・・?」
「さあさあ、こちらへ」
 手招きするHM−13、背中を押すHM−12。
 恐るべき連携プレーに、僕は翻弄されるまま、浴室へ。
「わぁ・・・」
 浴室にはHM−13が正座していた。バスタオルを巻いただけ。
 振り向くとHM−12も同じ格好にクロスアウツしている。
「お背中をお流し致します」
 HM−13が僕の手を取ってイスに座らせた。
 HM−12がシャワーの温度を確かめてから、僕の肩にかけ始める。
「これが殿方に対する究極のもてなしだと」
 ごしごし、タオルで背中を流すHM−13。
「初めてのご主人様がおっしゃっておりました」
 じゃぶじゃぶ、浴槽の湯加減をみるHM−12。
 ちょっと違ってないか・・・などと思いきや、この世の極楽をもう少し味わっていたい僕がいた。
 見れば二人とも、すごく真剣に作業に熱中している。
 五十年の間、ユーザーが四十九回変わったという、いわく付きの二人だった。
 でも、二人は常に人間のために精一杯働いてきたのだ・・・・・・。
「・・・って、なにをしてるんですか、セリオさん?」
「こうやって肌でこするのが、一番かと」
ふにふにふに・・・。
「わあ、ずいぶんとご立派ですね」
 教わったらしい、棒読みのセリフ。
ドキドキドキ・・・、
 という擬音を身にまとい、輝かないはずの瞳を輝かせて、HM−12が見つめていた。
「・・・僕はここで何をしているのだろう?」
 それは心の選択、いや洗濯です、と聞こえたやら聞こえないやら。
 その時、物音がした。
 がちゃがちゃ、玄関(?)のドアロックが開かれる音。
 どたどた、近づく足音。
 どさあっ、何かがベットの上に放り出される音。
 三種類の音が鳴り終わってから、はた、と気づいた。
「どうして鍵が開くんだ?」
 オートロックの電子錠。 部屋の主以外に、開けられるわけがない。しかし・・・。
 僕は正解を導き出したような気がした。確信があった。
「あの・・・マルチさん?」
 HM−12はまだ僕を眺めていた。
 両腿をしっかり閉じてHM−12の視線を切断してから、僕は言った。
「部屋番号は間違ってないですよね」
「お部屋の番号、ですか」
「そう、部屋番号。・・・って、セリオさん、もういいですから」
 HM−13は僕の背に、ぴたっ、と吸い着いてその身体を揺らし続けていた。
 石鹸の泡が心地好い潤滑剤になっている。二つの突起がくすぐったい。
 もう少しだけ、続けていてもらいたいのはやまやまだが、状況が状況だ。
「確かにここに、はっぴゃくきゅうじゅういち号室と・・・」
 HM−12が指差した浴室の壁。
 確かに、891号室。
 ただし、S−891号室だった。
 S−は、ハイクラスかつスイートを意味する別棟のことである。二人は乗るエレベータを間違えたらしい。
「ああっ、そういえば」
 HM−13が叫ぶ。僕はその口を押さえて、しぃぃぃっ!
「・・・先程、電磁キーが合わなかったもので、ハッキングして解除したのです」
 合わない部屋の鍵を無視して、こじ開けてしまった、というわけだ。
 普通、フロントに問い合わせるか、部屋番号を確認するとか、しないか?
 と、言おうとしたが、無駄だと思ってやめた。
「たいへんです。すぐにお部屋の主に謝罪しないと」
 そりゃそうだ。
 休日を二人きりで過ごそうとする恋人たち。なんとか取れた有名高級ホテルのスイートルーム。
 チェックインしたら、バスルームで男女三人が”お風呂屋さんゴッコ”をしていた・・・
 なんて状況を見たら、どんな反応をするのだろう? とても楽しみだ。
 ・・・じゃあなくて。
 それはそれで興味があるが、今はとにかく、大事に至らぬ前に撤収するのがいちばんだ。
 と、その時、僕は声の主が二人の男であることに気づいた。
「ちょっと待って・・・様子が変だ」
 僕は聞き耳をたてて、リビングの声を聞きとろうとした。
 ドアの前に陣取り、隣の部屋に聞き耳をたてる三人の男女。しかも全裸。泡まみれ。
 奇妙なシチュエーションだなあ、と思いながら僕は耳をすました。
 声の主は、確かに二人の男だった。
「・・・なかなか上玉のロボッ娘じゃないか、今度のは」
「苦労したんですぜ、最近のロボットはハックが難しいからねえ」
 むーっむーっ、というくぐもった声。
「こうやって身体の駆動部分だけ電源を切るってのがいいねえ。いい趣向だよ」
「へへっ、涙目がそそるでしょう? ダンナ」
 いかがですかお代官さま? 桔梗屋、そちも悪党よのう・・・
 べたべたの定番だ。(ちなみにこの二十一世紀でも、日本が世界に誇る文化、時代劇は制作され続けている。)
 どうやらこの男たちは、最近頻発しているロボット誘拐事件の犯人とブローカーらしい。
 一人暮しの女性型ロボットに電話をかけ、聴覚センサからウィルスを流し込んで暴走したところを誘拐する。
 当然、ロボ権のある現在では、立派な誘拐罪である。
 これは事件だ。
「お二人に活躍してもらわないといけないな」
「じゃあ、わたしたちもさっそく」
 HM−12が浴室を出ようとする。
「なんでそうなるの? あんたら婦警でしょうが?!」
「あの方たちは修理サービスの方ではないんですか」
 HM−12の連想ルーチンは人間に比べてかなり劣る。
「あの二人は犯罪者のようです、マルチさん」
 HM−13は賢かった。
「ロボ権の適用により、あの女性型ロボットの安全を守る義務があります」
「では、仕事ですね、セリオさん」
「そうです」
 二人は見つめ合って、
 うむ、とうなずき合った。
「頼むから、まず服を着てくれ」
 HM−12とHM−13は、ぽん、と手を合わせてから服を身につけ始めた。
「・・・僕の服は?」
「一晩、お休みになると思ってクリーニングに出しましたが」
 HM−12は脱衣室のダスターシュートを指差した。高級ホテルならではのサービス。
「じゃあ、僕はここで観戦していよう」
 断言する。
 はっきり言って、彼女たちに助力は必要ない。
「陽動作戦で参りましょう」
 HM−13はHM−12を見つめて言った。
「マルチさんは、部屋の周囲の物品を破壊し続けて下さい。
 そのスキに私が犯人を取り押さえ、人質を救助します」
「わかりました」
 無表情のまま、うなずくHM−12。
 うずうず、という擬音がその体内から聞こえて来たような気がした。 危険だ。
「それはちょっ」
「それでは、行きます」
 僕の制止を無視してHM−12が浴室から飛び出し、いや、歩き出したぁ?!
「な、なんだ、おまえは?!」
 二人の男が見えていないかのように、HM−12は壁際までゆっくりと歩行。
 立ち止まって、目標を捕捉。 巨大な、彼女の背より頭一個分低い、14インチ径スピーカ+ウーファーユニット。
 突然、HM−12は、片手をその運搬用の取っ手に忍ばせると、反対側の壁に投げつけた!
「うっわあぁぁぁぁぁっ?!」
 じつは、僕も叫んでいた。BOSEの年代物のスピーカー。どうせなら一度聞きたかったのに。
「止まりなさい。機械警察婦警のHM−13セリオです。」
 そこへ、HM−13が乗り入れた。 歩いて。
「あなた方の行為は、ロボ権の侵害に値します」
 ばっしゃあぁぁぁん、どばぁぁぁっ、と流し台のある方から横向きの噴水が吹き出した。
「速やかに署に出頭し、」
 ばちばちばちばちばち・・・・・・、と火花が散って、部屋中の照明が全開になる。
「刑に服して下さい」
 どっこぉぉぉぉん、ひゅぅぅぅぅ〜、と風が吹き込む。鉄筋コンクリート二百ミリ厚の壁から夜景が見えるようになった。
「ろ、ロボット婦警? いつの間に・・・」
「こいつはわかるが、あいつはいったい何をしてるんだ?!」
「陽動作戦を遂行中です」
 HM−13はHM−12の方を向いて、うんうん、とうなずいた。
 HM−12は、右手に先程のBOSEのスピーカを掴んで、どっかん、どっかん、と振り降ろしている。
「下がってな、ダンナ! こいつで強制停止だ!」
 ハッカーらしき男が、ブローカーらしき男の前に出て、銃らしきものを構えた。
 びびびびびびび・・・・・・、というハム音が聞こえる。が、婦警たちの放つ喧騒は止まらない。
「き、効かねぇ?!」
「わぁぁぁぁーっ、こいつら旧式だぁぁぁぁーっ」
 犯人たちは最近の光CPU用の撹乱銃かなにかを使ったらしい。当然、五十年前に生産された彼女たちには効果が無い。
 男たちの悲鳴が上がった。逃げようにも玄関方向にはHM−12がいる。
 男たちの頭上をBOSEが飛行し、窓をブチ抜いて夜の闇に消えていく。一直線に。
 HM−13が近づく。
 男たちは頭を抱えてうずくまると、泣き叫んだ。
 助けて下さい、おねがいです、と言っているらしい。
 HM−13はそんな犯人たちを無視して、ベットの上の女性に自分のカーディガンを羽織わせた。
 そして、自分の耳パーツから彼女の耳パーツへコードを直結すると、目を閉じて高速演算。
 どうやら、駆動部の停止命令を解除しているらしい。
「大丈夫ですか」
 と、HM−13が言うと、わーーん、お姉さまー、などと叫んで人質が抱きついた。
「もう、大丈夫ですよ、すぐに警察が来ますから」
 ぽんぽん、と人質の背をたたくHM−13。 僕はほんの少し感動した。
 が、HM−12の放つ大音響が、僕を呼び覚ました。
 HM−12は、危うく部屋の外に進攻するところだった・・・。


 そのあと、すぐに警察が来た。僕も証言のために居残らされたが、それが終わるとHM−12もHM−13も署に戻っていった。
 僕に対して、深々と頭を下げた二人が印象的だった。
 服を取り戻してロビーに降りた頃には、朝日がのぞいていた。
 憑かれた・・・、いや、疲れた。
 しかし、僕は彼女たちを見直していた。
 やる時はやるじゃないか。 食事はむちゃくちゃだったが、あの捕り物には大満足だ。
 写真は撮れなかったけど、良い記事になるな、と思いながらカウンタの脇を通り過ぎた時。

「お客様、お支払いを」
「は? 夕食なら連れが払ったよ」
 カウンタは首を横に振った。
「S−891号室の使用料金、修復代、洗濯代はこちらになります」
 一枚の請求書。
 受け取って額面を見る。
ぴきっ!!!
 と、僕は凍りついた。


「身をもって、人身売買、いやロボット売買の現場を押さえるとは・・・」
 署長は、咳払いをしてから、
「君たちはロボット婦警の鏡だ」
 重々しく、並んだ二人の胸に勲章(?)を授けた。
「これからも職務に注力してくれたまえ。一同拍手!!」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・・・・。
 HM−12とHM−13は、ぴししっ、と敬礼。
 一斉にストロボが焚かれる。
「・・・なにか忘れているような気がするのですが、マルチさん」
「わたしもそう思います、セリオさん」
 しかし、二人の短期記憶は、マスコミの方々にどのように奉仕しよう、
 どういう受け答えをしたら喜んでくれるだろうか、
 を考えるので一杯になり、哀れな一編集者の末路にまではメモリが割けなかった。

・・・・・・合掌。



以上。