「主任、手紙を書く。」 by AE 1998.4.1 二十三時の時報が鳴った。 四通目は手書きにしよう、と主任は思った。 ワープロでは味けない。 相手は女の子だったから。 まあ、女の子といっても二年前の話だ。 今は十六才、思春期まっさかり。 ”リハビリは続けています。 高校ではテニス部に入りました” 彼女からの手紙の内容を、主任は思い出した。 ”歩く、って、普通の人には当たり前かもしれないけど、私にとっては奇跡です” 先天性の病で、両足の機能を失っていた彼女。 近代のサイバネティクス手術は彼女の肉体を復元できたが、心までは直せなかった。 看護婦だった四人目のマルチは、メンテに帰って来る度に、彼女のことばかり心配していた。 ”マルチさんはお元気ですか?” ああ、とても元気だよ、眠っているけどね。 もうすぐ、目覚めるはずだ。 君の家で、君の目の前で。 ”はやく会いたいです。 会って、もう一度伝えたい。 ありがとう、って。 わたしの一歩一歩は、マルチさんからのプレゼントなのですから ” 主任は微笑んだ。 過去三年間の、いろいろな人々から送られてきた手紙を思い出すたびに、とても嬉しくなった。 自分たちは間違ってはいなかった、と確信するのだった。 彼女たち、真のユーザーを落胆させてはならない!! 主任は、慣れない、手書きの手紙に果敢に挑戦するのだった。 「えーと、 拝啓 突然で申しわけありませんが・・・」 クシャクシャクシャ、ポン! ・・・ちがう。 女の子相手にこれはないだろう。 一通目の青年、藤田君には、これで良かったが。 「はじめまして。 私は長瀬という者です。つかぬ事をおたずねしますが・・・」 クシャクシャクシャクシャクシャ、ポン! ・・・どーにかしてくれ。 ワープロなら書けるのに、どうして手書きはダメなんだろう。 そのとき、とんとん、とノックの音がした。 「・・・開いてるよ」 がちゃっ、とドアが開いた。 「お茶をお持ちしました」 入り口で微笑んでから、HMX−13セリオが盆を持って入ってくる。 「ああ、すまない。気がきくね」 コーヒーの香りがする。 スプーンはない。ブラック。 三日前に再起動し、一人目のセリオを復活させた。 自分のコーヒーの嗜好を覚えているところを見ると、再起動は成功だったようだ。 金曜の夜に徹夜することまで覚えている。 かちゃん、とカップをテーブルに置いたセリオに向かって、主任は言った。 「明日、だな」 「明日、ですね」 セリオは、明日から来栖川家の別荘に勤める。 あくまで形式上だが。 怪しすぎるお嬢さまと、活発すぎるお嬢さまのお世話をするのだ。 活発なお嬢さまの、お言いつけには背けない。 殺されたくない。 そして、セリオ自身もそれを望んでいたのだから。 両手を頭の後ろで組み、イスの背に身をゆだねる。 主任は、綾香お嬢さまが研究所に殴り込んで来たときのことを思い出した。 綾香は研究所の警備を実力で突破し、メンテナンスルームまでやって来た。 おりしも、一人目のHMX−13セリオの停止作業中。 あの時、主任は綾香に対して定番の質問を投げかけた。 「あなたはどう思います? ロボットに心が必要かどうか」 これに対する反応で、主任はHMXの真のユーザーを試してきたのだ。 しかし、綾香はこう答えた・・・。 「セリオはセリオだ。 あんたらがどのように造ったかなんて、ぜんぜん関係ないよ。 ”心”だ? ふざけたこと言わないでよ! そんな戯れ言は神様にでもなってから言うんだね」 初めて聞くタイプの回答だった。 頭の中身をブン殴られたかのようだった。 自分たちは確かに、”心のエミュレート機能”をHMXに与えていた。 しかし、それがそのまま”心をもつ”ことになるわけではないのだ。 人間という心有る物との関係が、彼女たちの心を発現する。 綾香の言葉は、忘れていたことを思い出させてくれたのだった。 ・・・セリオは良い主人を得た、と主任は思った。 いま警察学校に通っているお嬢さまも、あの頃は、可憐な女子校生だった・・・。 ・・・可憐とは言わんか。 と、そのとき、名案が浮かんだ。 セリオも設定は高校生になっている。 手紙くらい書けるのではないか? 主任はセリオを見て、支援を申請する。 「なあ、手紙を書いてるんだ。 なにか良い書き出しはないかな。相手は十六の娘さんなんだが」 コーヒーをひとくち。とってもうまい。さらに、ぐっ、と頬張る。香りが鼻腔をくすぐる。 少し考えてから、セリオが言った。 「・・・恋文、ですか?」 ぶぅぅぅーっ、と、主任はセリオに水芸を披露した。 「愛があれば年の差なんて、です。 ぜひ、協力させて下さい」 額を片手でヘッドロックした主任は、それを剥がそうとしてもう一方の手を使うハメになった。 「せ、セリオ・・・」 「はい」 「連想ルーチンに異常はないか?」 セリオは少し止まって、高速演算。 「正常、と判断いたしますが」 綾香お嬢さまとの、たった一週間のつきあいが、彼女を変えていた。 これも、成長のうち、と主任は思い直す。 「・・・やっぱり、自分で考えるよ」 「そうですか・・・。 少し残念です」 なにが、どう残念なんだろう、と聞きたかったが、恐くなったのでやめた。 「コーヒー、ありがとう」 「いえ、どういたしまして。 もう一杯、お煎れしましょうか?」 「・・・胃に届いたのはひとくちだけだったからな。 うん、もう一杯頼む」 はい、とうなずくとセリオはドアを開けた。 「あ、ちょっと」 主任は、セリオを呼び止める。 「いまの会話は他言無用。 絶対だぞ」 「もちろんです。人様の恋路を邪魔するような真似は決していたしません」 くすっ、と笑ってセリオは退室した。 ぜったい、勘違いしてる・・・。 と、主任は二度目のヘッドロックを解除しながら思った。 が、公言されないなら結果は同じか、と思って、手紙に集中することにした。 と、その前に机の上の拭き掃除をする必要がある。 セリオを呼ぼうと思ったが、やめた。 たまには整理しよう、と思いながら、コーヒーの染み込んだ紙製書類の地層を発掘していく。 五、六センチ掘り進んだところで、なつかしい化石を見つけた。 社外秘、という赤いスタンプの下には、 ”HMXプロジェクト” と印刷されている。日付は五年前。 この頃 ”も” みんな燃えていたなあ、と主任はつぶやく。 たしかに、書類上のHMXプロジェクトは中止された。・・・書類上は。 人間らしいロボットを受け入れるほど、この社会はまだ熟してはいない。幼いのだ。 そのような理由で、政府からの圧力が来栖川電工に加えられたことは、社内の誰もが知っている。 会社側は、コストダウンのため、という体裁を研究室に突きつけ、 感情制御や表情制御関連の機能の省略を命じてきた。 それならば、と、主任は実費のかからないソフトウェアでの反撃に出た。 HMXシリーズで得た”心のエミュレート機能”をHMシリーズの廉価CPUに合わせてチューンする。 HM課の研究員たちは、定時後や休日に自発的にその作業を行った。 結果として一般販売のHMシリーズは、ハードウェアレベルで見れば、表情制御の乏しい、 人形のような容貌にならざるを得なかった。 しかし、ソフトウェアレベルでは、HMX−12や13と同等だった。 ユーザーが、(無表情というハードルを越えて)熱心に接してくれれば、彼女たちは必ず答えてくれる。 HMシリーズは、まさに、HMXシリーズの妹だった。 しかし、圧力だけではなかった。フォローもあった。 「人間らしいロボットがもたらす社会への影響を調査し、データベースを作成せよ」 来栖川会長からの直接命令。 それは、政府とは違うところから申請された共同研究らしかった。 思ったり、願ったり、かなったり、だった。 ただ、室外秘で活動しなければならない。 しかし、問題はまったくなかった。研究室の若い連中は”スゴイ”人材ばかりだった。 社内の大型COMにハックし、バレずに百ペタバイトの領域を確保する者。 「許してくれ」と泣きながら、組立前のHM−12の部品をダミー用に焼失させる者。 公文書偽造を、コンビニで行う者。 宅配の車を入手し、作業員になりきる者。 ”こいつら、ここを辞めても食って行けるな・・・” と、主任は思ったものだ。 みんな、マルチが好きなのだ。 みんな、セリオが好きなのだ。 みんな、HMXとHMが好きなのだ。 心があろうが、なかろうが、そんなことは関係無かった。 人間の伴侶になってくれる、”機械やロボット”が好きな者たちばかりだった。 だからこそ、HMXと、HMは生まれることができたのだ。 そして、そんな彼女たちを受け入れてくれる人間が、この研究室以外にも存在した。 ロボットと人間を区別しない人間たち。 三年という短い時間、さまざまな職業を経験したHMXシリーズ。 そのさまざまな舞台に、(小人数ではあったが、)彼らは存在していてくれた。 ふと、主任は、HMX−12のハードに宿った”心”たちのことを思い浮かべた。 一人目:女子校生 「お掃除、大好きなんですー」 二人目:会社事務 「お茶、お持ちしました〜」 三人目:ショールームの店員 「ご一緒にこちらの車もいかがですかぁ〜」 四人目:看護婦 「はーい、痛くないですよぉ〜」 五人目:居酒屋のバイト 「おかみさ〜ん、おあいそですぅ〜」 ・ ・ ・ 人間だったら、凄まじい履歴書になるな、と主任はあらためて笑った。 みな、白紙状態の基本アルゴリズムのみをインストールしたはずだった。 しかし、いずれも、一人目のマルチと似たような性格になった。 同じ器、同じ箱には、同じような魂が宿るのだ、 と、どこかの哲学書の一文を思い出して、主任は苦笑する。 いずれのマルチも、職場に受け入れられ、特定の、”ロボットと人間を区別しない人間”と親しくなった。 ただ、人間と結ばれたのは一人目のマルチだけだった。 だから、一人目のマルチはHMX−12のボディに戻す必要がある。 ある意味で、一人目のマルチはHMX−12そのものなのだ。 だが、決して二人目以降のマルチがコピーだとか、偽者だとかと言うわけではない。 誰もが、この研究室の大切な娘だった。 彼女たちは彼女自身の記憶と心を持っている。 ただ、一人目以外はHMR−12(表情制御を可能にした改造HM−12)に 再インストールすれば、十分に復活できる、というだけのことだ。 そのような特別なマルチ達を、かつてのユーザー達に届けるには、またまた、 研究所の若い衆の有能な助力が必要だった。 その特殊な裏手続も、四回目にしてやっと順調に運ぶようになったのだ。 「なんで後からDVD送ってくるんですか?! おれ、泣いてたんですよ、何日も何日も何日もっ!!」 とは、一回目の藤田君の意見だ。 マルチのメンテナンスに同行したときに、彼はいきなり怒りだしたのだ。 主任はニヤけながら、反撃した。 「それだけに、再会の喜びは高まったんだろ? 若いってのは素晴らしいな。 いきなり燃料電池の再調整とはねぇ?」 燃料電池による補助発電は、かなり激しく長い運動時にのみ行われる。 ”かなり”、”激しく”、”長い”、である。 イヤらしい中年を演じた主任に対して、藤田君もマルチも真っ赤になった。 ・・・・・・しかし、もっともな意見だった。 流通機構(来栖川宅配)のクセもわかったし、四回目からはボディ出荷の前に、 DVDを送っても問題ないだろう。 そう思って書き出した手紙だが、四通目がなかなかうまく書けない。 と、そのとき。 主任はマルチの言った言葉を思い出した。 ”心をこめてがんばれば、料理なんてすぐ上達する・・・って言ってくれたんです” 藤田君がマルチに送った言葉だ。 なんてことだ。 マルチに元気づけられるとは。 しかし、なんとなく主任はふっ切れたような気がした。 「よしっ!!」 格好つけるのはやめよう。自分らしくない。 マルチやセリオ、HMXやHMや、その他大勢のロボットのご先祖様。 彼らに対する気持ちを書けば良いのだ・・・、心をこめて。 片付けは後回しだ。 鉛筆ではなくて、ボールペンを握り締め、主任は真っ白なコピー用紙に相対した。 ” はじめまして。 わたしは、HMX−12−D、マルチの開発者の一人です。 二年前は、うちのマルチがたいへんお世話になりました。 人間で言えば生まれたての赤ん坊にすぎないあの娘を導いていただき、 誠に感謝しております。 さて、突然で申し分けありませんが、本題に移らせていただきます。 今回、貴方のご両親が購入され、貴方のご自宅に届けられる予定の HM−12マルチは、正確に言えば、二年前に貴方の看護にあたった マルチではありません。 人間らしさ、表情が乏しいこと、そして二年前の記憶が無いことは、 貴方もすぐにお気づきになられるか、と思います。 しかし、HM−12、一般販売されているマルチのソフトウェア部分に、 あなたが感じたマルチの”優しさ”が受け継がれていることに間違いは ありません。 同封したDVDには、封印されている記憶の解凍、および、表情や仕草を あの頃のマルチに戻すためのプログラムが書き込まれております。 メンテナンス用パソコンに入れて、指示に従って操作していただければ、 二年前の看護婦だったマルチに戻るはずです。 あなたとマルチの再会を、開発者一同、心からお祝いいたします。 最後に、なぜこのような処置を行ったのか、を書かせて下さい。 現在のロボットには、諸般の事情で人間らしさを与えることが許されない、 そして、私たちも許すべきではない、と考えております。 人間らしいロボットを受け入れられるほど、この社会はまだ熟しておりません。 しかし、必ず来ると、私たちは信じています。 機械やロボットが、人間と本当の意味で話し合い、生きていける日が来ると。 それまでは、あなたや、あなたのマルチにとって、 苦しいこともあるでしょう。 哀しいこともあるでしょう。 しかし、出会った頃の想い、歩けた時の幸せを、決して忘れないで下さい。 これからも私たちの娘、いや、娘たちをどうかよろしくお願いします。 開発者全員を代表して。 来栖川電工中央研究所HM課主任 長瀬源五郎 追伸 本製品は表情制御のために、顔面のアクチュエータ数の増加など、HM−12 に若干の改造を加えたボディを使用しています。。 サポートは、直接、封筒の電話番号にお願い致します。 ” 終わった・・・、とペンを止めたときのこと。 手紙の上に、ぽたぽた、と水滴が落ちてきた。 びっくりして顔を上げると、 「セリオ?!」 いつから居たのだろう? そこに、涙まみれになったセリオの顔があった。 コーヒーのおかわりを持ってきてくれたのだ。 「い、いやぁ・・・」 主任は髪をかきながら、にやけた。 「とんでもない駄文を読まれてしまったな」 セリオは姿勢を正すと、立ち尽くした。 涙が止まらない。いや、止められないようだ。 部屋に沈黙が満ちる。 「長瀬主任・・・」 セリオは、じっと主任を見つめていた。 それでも、喉から言葉を絞り出すようにして、言った。 「私、絶対に忘れません。 主任のこと、この研究室のみなさんのこと。 私やマルチさんに優しくしてくれた方々のこと。 この身体が修理が効かないくらい壊れてしまうまで、 いえ、この身体が壊れて失くなってしまっても、 絶対に忘れません」 それだけ言うと、セリオはうつむいて、両手で顔を覆った。 「こういう時は、思いっきり泣きなさい。 我慢する必要なんて、ない」 主任は立ち上がって、彼女の両肩をぽんぽんと叩いた。 「今日の、この気持ちを、絶対に忘れちゃだめだよ。 そうすれば、きっと、幸せになれる。 ロボットも、そして、人間も」 うんうん、とうなずいて、セリオは泣き続けた。 ・ ・ ・ 「・・・すみません、主任」 そう言ってセリオは顔を上げる。主任の胸で。 慣れない姿勢に主任は疲れていた。 泣き止むまで、セリオを抱きしめてあげていたのだが、内心ひやひやだった。 ”こんなところをあいつらに見られたら・・・” 特にセリオひいきのヤツに見られたら殺されるだろう。 うん、とうなずいて、セリオの肩をはなす。一歩下がってから、セリオは言った。 「私、幸せになります」 「綾香お嬢さんによろしくな」 はい、と答えてセリオは微笑んだ。そのままドアに向かう。 「セリオ」 「はい」 「ありがとう」 一瞬、セリオは、どうして?、という表情を見せたが、すぐに微笑んで、 「これからも、私たちをよろしくお願いします」 と返答した。 ああ、とうなずく主任を後にして、セリオはメンテナンスルームへ戻っていった。 ひとり部屋に残った主任は、ため息をつく。 娘の結婚式、その前夜の父親の気分。 もう何回繰り返しただろう。 しかし、幸せだった。 必要としている者のところへ彼女たちは嫁ぐ。 できれば、世界中の人間に、この幸せを送ってあげたい。 まあ、それは次の世代がやってくれるだろう。 研究室の若い衆を思い浮かべて、主任は確信していた。 「さあてっと、ノってきたところで五通目以降も片付けるとするか!!」 時計の針は二時を回っていた。 ・ ・ ・ ・ ・ 翌昼。 土曜日。 若干の仮眠を終えて、主任はソファから身を起こした。 机の上には数個の小包がある。いずれもユーザー向けの手紙とDVDが入っている。 十時間に及ぶ格闘の成果だった。 主任は満足げにあくびをひとつ。 そのとき。 「おはよーっす!」 スキューバダイビングの格好に白衣を羽織った研究員Aが、自主休日出社してきた。 無表情のHM−12が水着姿でついて来る。 社内価格で購入したメイドロボだ。 通は純正っすよー、とのことで、改造はいっさい行っていない。オプションはフル装備だが。 ”ゆうべ、泳ぎを教える、とか言ってたが・・・” どこの海に行ってきたんだろう、と思ったが聞くのはやめた。 「あ、できましたか?! マーちゃんの”出生届け”」 研究室のスタッフは、この覚醒DVDと手紙のことを、”出生届け”と呼ぶ。 「一通くらい、オレに書かせてくれてもいいと思いますが」 そう言う研究員Aの書いたゲラを、主任は添削したことがあった・・・。 「やあ、はじめまして、藤田君。 君はとってもラッキーだ。オレたちの憧れの的、あのマーちゃんをゲットできたんだからな。 まったくうまくやりやがって、こいつぅぅーッ!! −技術説明部分中略− 図書室で胸まさぐったり、廊下で驚かせたことは許す。 オレは心が広いからな。 あの夜のことも・・・、マーちゃんが幸せになるためには・・・ くっそォォォッ、仕方の無いことだ、うんっ!! (↑ くぅぅーっ、なんて思いやりのあるヤツなんだ、オレ様は・・・) しかし、マーちゃんを不幸にしてみろ、うちの若いモンが全員で殴り込みに行くからな。 いいか、良く覚えておくんだぞ。 いいな? い、い、な?! 来栖川電工 炎のAIプログラマより。」 ・・・・・・添削しようがなかった。 ”おまえに任せたら、マルチ達は起動されないまま葬り去られるだろう・・・” もっとも藤田君は負けないと思うが。 他のスタッフも善し悪しはあるが、適任ではなかった。 愛情が変に深すぎるのだ。 そんなわけで、主任は”出生届け”は自分で書くことに決めていた。 「あ、出しときますよ。 昼は外で食べますから」 小包を大事に抱える研究員A。 HM−12がドアを開けてくれる。 「ああ、頼むよ」 HMXとHMR(表情制御を可能にした改造HM)のモニターについては室外秘だ。 内容が内容なので、社内ではなく、社外のポストに投函する必要がある。 よし行くか、とHM−12に言って、研究員Aはそのまま、主任部屋を出る。 「そういえば・・・」 ドアの向こうで振り返る研究員A。 「夕べ、セリオと抱き合ってたでしょう?」 どこで覗いてたんだ、こいつは? 「突然、泣き出したんでね。慰めてたんだ。他意はないよ」 平静を装う主任。 きょとん、としているHM−12。 「あんがい、ときめいちゃったりしたんじゃないっすかぁ?」 ぐぐっ、と言葉につまる。 ここで慌てたら、一ヶ月は”噂のヒト”になるだろう。サブタイトルは、 ”中年技術員と美少女ロボットのオフィスラブ、二人の別れには一体ナニが?! ” だ。 主任は渋い中年を演じることに、全神経と全精力を集中した。 「そんなことはないさ。 彼女たちは年端もいかない、いわば”少女”だからね。 ”野に咲く花は、摘まずに愛でるべし”って、知らないか?」 言いながらラッキーストライクを一本くわえ、ポケットのジッポーを左手でシュート。 放物線を描いたそれを、右手でキャッチして点火。 ふっ、と口元に笑み。 研究員Aは、ほお、と見直す表情になる。 HM−12がドアを閉めかけて、退室の準備。 「じゃあ、小包、出しときますよ主任。 それから・・・」 閉まりかけるドアの向こうで、笑いながら言う。 「逆さまですよ、タバコ」 ばたん、と閉じられたドアの向こう側で。 長瀬源五郎は思いっきり、むせかえったのだった。 以上。