機械婦警12&13 投稿者: AE
「機械婦警12&13(とぅえるぶ あんど さーてぃーん)」  by AE
                           1998.3.21


「それじゃ先生、確かにお預かりします。ありがとうございました!」
 ファミレスの中、僕は目の前のロボットに礼をした。
 読み切り小説作家のメリル先生は、HN−16タイプの女性型ロボットだ。
 とても無口だが、本当に優しい文章を書くので人間の子供たちにも人気がある。
 今日も校正案を出すと、なにも言わずに相談にのってくれた。
 無口のまま微笑んで礼を返す先生に、僕はもう一度手を上げてあいさつをする。
 レジに向かった。もちろんレシートも忘れずに・・・。

 僕は月刊誌の編集者をやって生計を立てている。
 月刊ロボメディアという雑誌。
 ロボットの雑誌、ではなく、最近流行りだした「ロボットが読む雑誌」だ。
 二十一世紀半ばになっても、編集という作業は激務である、地獄である。
 三十路を越えたばかりの独身男性(当然、人間)にはぴったりの・・・、もとい、辛く悲しい職業だ。
 せめて家の中の仕事を誰かに頼めれば良いのだが・・・。
 この淡い願いが浮かぶたびに、僕はメイドロボの存在を思い出す。
 ほんの数年前まではメイドロボという、家事手伝いのロボットを自由に購入できた。
 しかし、ロボット人権、通称”ロボ権”が立法されてからというもの・・・。
 ロボットにも主人を選ぶ権利が生まれて、自由に雇うことができなくなったのだ。
 無論、正式な手続を踏めば、こちらの要求と向こうの要求が合致した場合にのみ、ロボットを雇うことができる。
 でも、僕は申し込んだことがなかった・・・断られるのが恐かったのだ。
 あなたにはその資格がありません、あなたなんて大キライ、なんて言われたらどうしよう・・・なんて。
 まあ、そんな与太話はここまでとして。
 僕は携帯端末にメリル先生の原稿フロッピーを差し込むと、編集部に転送した。
 これで、今月のミッションはおしまいだ。二日間の休みをどう過ごそうか・・・。
 などと考えながら、愛車の待つ裏通りへ出た時のことである。
「なんだ・・・?」
 愛車はファミレスの入り口から離れた裏通りに止めておいた。駐車場が混んでいたからだ。
 ・・・そのリアとフロントを持ち上げて、運ぼうとしている人影がある。
 が、重量は重く、タイヤが地面をこすっていた。
 二人は息を合わせて、よっこらしょ、
ずりずりずりずりずり・・・。
「ちょ、ちょっと待ったーっ!」
がちがちがちがちがちゃーん!!!
 無理矢理回されたタイヤのブレーキ機構が、音をたてて砕け散った・・・らしい。
 僕は駆け寄った。
 確かに違法駐車には違いなかった。しかし、ここはファミレスの近く、”暗黙の了解”地帯のはず。
 現に、他にも止めてある車があるじゃないか。
 どこのどいつだ、こんなことをしでかす世間知らずは?!
 と、そのとき、愛車だったものの傍らから犯人が立ち上がった。
「やはり、わたしたちだけでは無理のようです、セリオさん」
 背の低い緑色の髪の少女が言う。
「そのようですね、マルチさん。この方に申し分けないことをしてしまいました」
 赤い髪のお姉さん風の少女が答える。
 二人して僕の愛車に向き直り、
 ・・・合掌。
 この方、というのは僕の愛車を指しているらしい。
 それなりに反省しているようだが、僕の車は元には戻らない。
「おいおい、どうしてくれるんだよ!!」
 僕の罵声に振り向く二人。
 婦警さんだ。
 それもロボット婦警。耳のパーツが全てを物語っている。
 きわめて無表情で、勤務にまじめな模範警官、といった印象を受ける。
 ロボット婦警自体は珍しくはない。が、それよりも僕の注意を引いたことがあった。
「HMシリーズだ・・・」
 編集、という職業がら、ロボットの歴史に詳しくなった僕には、すぐわかった。
 メイドロボ。現存する普及ロボットの原点、五十年前に発売されたご先祖さま。
 二人とも、目に輝きが無い。
 いわゆる、”原画さん、瞳はハイライト無しでお願いします” 状態。
 眼球表面に反射防止の膜を入れてあるのだ。破損防止、というのがタテマエだったと思う。
 当時の風潮では、人間らしいロボットは受け入れられていなかった。そのためのメーカーの措置だったらしい。
「HM−13、通称セリオと申します」
「HM−12、通称マルチと申します」
「よろしく」
 よろしく、はハモった。ぺこり、と同時におじぎ。
 いえいえ、どういたしまして、と僕もおじぎを返してしまう。
「さっそくですが、あなたは駐車違反を犯しました」
 HM−12が、おじぎから起き上がりざまに言う。
「すみやかに署まで出頭し、刑に服してください」
 HM−13が続けた。
 刑って言ったって、罰金払うだけだろうに。それよりも、愛車の始末をどうしてくれるんだ。
「最近の取り締まりは、破壊活動まで認めてるのかい?」
 僕は破壊されたタイヤを見た。内蔵された走行モータがひしゃげている。
 このごろの自動車は駆動系の全てがタイヤに入っている。
 タイヤ交換するくらいなら、丸ごと買い換えた方が良いのだ。
「これはヤリすぎだぜ?! だいたいどうして僕の車だけ狙うんだよ?」
「いえ、他の車も順々に動かす予定でしたが」
 HM−13が答える。無表情。HMシリーズはそういうものである。
 見るとHM−12の方は、次の獲物に向かって歩き出している。
「これなら軽そうです、セリオさん」
 よいしょ、とHM−12は隣の軽自動車のフロントを持ち上げた。どうやらこのHM−12は強化改造を受けているようだ。
「だーかーらー、破壊活動はやめろと言ってるのに!!」
 僕は大声をあげた。
 HM−12はこちらを振り向いてから、動作を停止。
 姿勢はそのままに、バンパーを持ち上げていた両手を離す。
 どしゃっ。
 軽自動車のフロントが地面に激突した。
「こういうのは、タイヤを養生してからレッカー車で運ぶもんだろ!」
 HM−12は僕と視線を合わせた。
「・・・れっかーしゃ?」
 僕は、うん、とうなずく。
「れっかーしゃ・・・、れっかー車・・・、レッカー車・・・」
 HM−12の動きが止まった。記憶を解凍しているか、演算しているか、そのどちらかだろう。
「・・・ああ!」
 ぽん、と胸の前で手の平を合わせるHM−12。
「そういえば、そんな用途の作業車の存在が、わたしの記憶に書き込まれています」
 額を押さえる僕。
「・・・あの」
「はい」
「君たち、婦警になってどのくらい?」
「赴任してから一週間になります」
 HM−13の方が答えた。
「ちゃんと全情報を警察学校でインストールして頂きました」
 HM−13は学習型だ。加えて補助記憶機能があって、そこに情報を書き込んで後から参照することができる。
「わたしはちゃんと、教官から頂いた教本を読みました。今も大事に持ち歩いています」
 HM−12も学習型だが、HM−13のような補助記憶機能はない。
「つまり、まったくの新米、というわけね・・・」
 ”得た知識”と”使う知識”は違う。それは人間もロボットも同じだ。
 HM−13だって、初めての作業は失敗することがあった、らしい。
 補助記憶にダウンロードした情報は、ロボットのハード的な個体差までは考慮されていないからだ。
 例えば、サーボモータ。料理のときの手首の返し方、裁縫のときの糸目の着け方などは、
 サーボモータの微妙な調整が必要だけど、彼女たち全てに同じモータが使われているわけではない。
 もちろん型番は同じだが、その個体差を学習しながら、彼女たちは作業を行うのだ。
 そういった努力が必要なのは、現在のロボットも変わりはない。しかし・・・。
「こういう未熟な連中を、一般社会に放置しておいて良いのだろうか・・・」
 僕はつぶやいた。二人に聞こえないような小さな声で。
「何事も経験が大切だ、と教官はおっしゃっていました」
「わっ?!」
 いつのまにか背後に忍び寄っていたHM−13が、僕のつぶやきに答える。
 耳のセンサは飾りじゃないらしい。
「・・・二人はもう十分、ベンキョウした。これからは実体験でシュギョウを続けるように、
 と、にこやかに微笑んでいらっしゃいました」
 HM−12が無表情のまま、言う。
 が、この二人を見て、僕は確信する。
 きっと、そのときの教官の頬は、ひきつっていたに違いない。
「と、とにかく、君たちの未熟な行動が僕の車を再起不能にしたんだ」
 こほん、と咳払いをして僕が言うと、
「・・・それは確かにこちらの落ち度です」
 HM−13は素直に認めた。
「わかったなら、ちゃんと弁償してくれよ・・・。駐車違反の罰金はちゃんと払うから」
 最大限の譲歩だ。肉を切らせて骨を断つ。
「わかりました、あなたのおっしゃるとおりに致しましょう」
 HM−13が言う。
「それだけではわたしたちの気が済みません。他に何かお役に立てることはないでしょうか」
 HM−12が僕にたずねた。
 ふむ、なかなかものわかりの良い婦警さんじゃないか。
「うーん、じゃあ、家まで送ってもらおうかな。足がなくなっちゃったわけだし」
 それに、この二人に興味を持ったのだ。
 完動しているHMシリーズなんて超珍しい。
 うまくインタビュー記事にしてしまえば、来々月号で一ページは稼げるはず。
「それでは、セリオさん」
「はい、マルチさん」
 二人は見つめ合い、
 うむ、と、うなずき合った。
「さあさあ、こちらへ」
「どうぞどうぞ」
 手招きするHM−13、背中を押すHM−12。
 どうやらメイドロボのときの接待ルーチンは削除していないらしい。
 妙に丁寧で礼儀正しい仕草で、僕はミニパトの右後部座席に迎えられた。
 左のドアからHM−12、右からHM−13。HM−13がドライバーシートに着いた。
 その時、無線が入った。
「はい、こちら、とぅえるぶアンドさーてぃーん、です」
 HM−12が速やかに車載無線のマイクに返答した。発音は速やかではなかったが。
 HM−12には無線機能は内蔵されていないらしい。
 ところで、どうやら、婦警登録ナンバーは12と13で通用しているようだ。
「・・・はい、了解しました」
 HM−12はマイクを置いてから、HM−13の方に向き直る。
「セリオさん」
「はい」
「課長から連絡です。銀行強盗発生、ただちに現場のサポートをせよ、とのことです」
「サポートをするのですね」
「そうです」
 再び二人は見つめ合い、
 うむ、と、うなずき合った。
 完全に目の会話(←電磁波の会話?)を会得しているようで、僕は感心した・・・。
 ・・・ちょっと待て。
「お、降ろして」
 くれーっ、の前にミニパトは急発進。僕はシートに叩きつけられる。
 サイレンが、けたたましく鳴り響く。
 恐ろしい加速度。ボンネットの方からは轟音が聞こえている。
 ・・・ガソリンエンジンを積んでいる・・・。
 それもかなり強力なヤツ。
 違法だが、警察には許されている。でも、ミニパトに積んでるって話は聞いたことがない・・・。
 ふと、飛び去る窓の外を見た。いつのまにか広い国道を走っていた。
「あ、あのぅ・・・?」
「なんでしょうか」
「お二人の仲は長いのでしょうか?」
 いつのまにか丁寧語になっている、僕。
「このHM−12とは、五十年の付き合いになります」
 HM−13が言うと、HM−12は、うん、とうなずく。
「最初のユーザーが、ロールアウト間もない私と、このHM−12をセットでお求めになりました」
「せ、セットぉぉぉ〜?!」
 僕は驚いた。愕然とした。
 この二人が発売された頃は、まだメイドロボは高級自家用車数台分の価格だったはず。
 HM−12ですら二台分、HM−13なら検討もつかない。
 いったい、なにが目的でそんな贅沢を・・・?
「なんでも、はーれむ、を作るなどとおっしゃっておりましたが」
「マルチさん、ハーレム、などという言葉をみだりに口にしてはいけません」
 HM−12の語彙は少ない。
「すみませんセリオさん、以後、気をつけます」
 その時、僕はシートに叩きつけられた。
 HM−13がアクセルを踏み込んで、前の車を追い抜いたのだ。
 スポイラーやらウイングやらアルミやらで、かなりチューンされた走り屋さんの車、
 ・・・らしかった。
 風圧を受けて、その車は姿勢を崩したままガードレールに接触する。
 飛び散る火花がとてもきれい。あっという間に遠ざかる。
 いったい、このミニパトはいま何キロ出ているのだろう・・・。
 スピードメーターを確認したい僕だったが、見たら見たで恐いので、やめた。
「・・・そしてその後、現在までにユーザー変更が四十九回行われました」
「よ、四十九回?!・・・わっ?!」
 HM−13の言葉に驚くヒマもなく、また追い越し。
 今度は反対車線にまで飛び出たので、そちらにまで被害が及んだ。
「・・・どうも私たちは、人間のみなさんのお役に立てなかったようなのです」
 ハンドルが動いていない。
 HM−13は悩んでいるようだった。理由の演算に全力を傾けているのだ。
「セリオさん、車が」
”あんなところにネコが”という感覚でHM−12が指差した先には、巨大なトラックがあった。
 しかも対向して。
「わーっ!」
 HM−13はリアブレーキを一瞬ロックして、ハンドルを正確に十五度、左にきった。
 滑る車体に任せ、反対側に三十度。
 スケートのようにタイヤが滑り、まるでスラロームのような軌道で元の車線に収まる。
 見事なドライビングテクニックだった。
 こんなに見事なら、こんなアクシデントを起こさなければ良いのに・・・。
 一瞬、いやな予想が浮かぶ。
 ・・・もしかして、わざとやっているのではないだろうか?・・・
「失礼しました」
 僕の方を向いてHM−13はおじぎをする。
 その一瞬、にやり、と笑ったような気がしたのは、間違いなく僕の思い違いだったに違いない・・・、と信じたい。
「・・・頼むから前を向いて運転して」
 泣きそうな声で、僕は懇願する。
”おねがいです、女王さま。この卑しい人間に生き続けることをお許し下さい”
 と、心の中で、つけ加えた。
「しかしながら、本当に理解できません。私たちに到らない点があるのなら、直したいと思うのですが・・・」
 HM−13の回路の中では、先程の会話が続いていたらしい。
 ・・・ユーザーが何回も変わる理由は、なんとなくわかる気がした。
 HM−13には夜のお相手機能がついたタイプがあったはず。彼女はたぶん、そうなのだろう。
 HM−12には付属していない。普及廉価版だから。
 たとえばだ、ユーザーがハーレム気分で、めくるめく一夜を過ごしたいとしよう。
 おいで、二人とも。 可愛い子猫ちゃん・・・。
 HM−13を抱く。
 HM−12は同じベットで、じぃぃぃーっ、と見ているだけ。
 それで、ときどき、この二人が会話なんかするわけだ。
「いかがですか、セリオさん」
 すると、つい先程まで悩ましげにあえいでいたHM−13が、正気(?)に戻って、
「ええ、技術的にかろうじて及第点、と判断できます、マルチさん」
・・・つらくなったユーザーは、次の夜からはHM−13だけをベットに迎えるのだろう。
 でも、翌朝のキッチンで、二人が会話するのだ。
「昨晩はいかがでしたか、セリオさん」
「少々、元気が足りなかったように思えます、マルチさん」
 ・・・これが毎日続いたら、(僕だったら)不能になるかもしれない。
 たぶん、一ヶ月ともたないだろう。
 考えてみると、当時、メイドロボのユーザー登録期間は、最低一年間と決められていたはず。
 使い回しが効かないように、行政や労働基準局などが定めたのだ。
 ということは、一日で返品したとしても、登録上の一年間が過ぎなければ次のユーザーに販売はされない。
 HM−13は、産まれてから五十年と言っていた。
 でも、もしかすると、彼女たちが人間に仕えていた延べ日数は五十日に満たないかもしれない・・・。
「・・・で、五十回目に婦警さんに?」
「はい。ロボット人権なるものを設定いただき、自由に職種を選ばせていただきました」 HM−12が、うんうん、とうなずく。
「しかし、どうして婦警なんかに・・・」
 と言いながら、また連想してしまう・・・。
 そのロボットがロボ権に値するかどうかの審査は、様々な場所で様々なテストが行われる。
 しかし、交付されるのは最終登録ユーザーの最寄りの警察署なのだ・・・・・・。
「これからどうしましょうか、セリオさん」
「困りましたね、マルチさん。 おや、こんなところにポスターが」
”来たれ若人! 警察は君の力を求めている!! 警察官大募集中!!!”
「・・・求めているのだそうです、マルチさん」
「これにしましょうか、セリオさん」
 見つめ合う二人。
 うむ、と満足げにうなずく。
・・・とまあ、こんな感じだったのではないだろうか?!    ←その通りです(筆者)。
 なんて迷惑な話なんだろう、などと思っていると、
「着きましたね、セリオさん」
 HM−13の運転するミニパトは、無傷で現場に到着した。
 二人がミニパトを降りる。
 銀行強盗、犯人(人間、男)はろう城中。
 事件発生後、間もないと見えて、他の取材者はまだいない。
 チャンスだ。こうなると、僕もプロの端くれ。
 うちの編集部は人手(含ロボット)が足りないので、編集=記者でもある。
 二人の活躍を暖か〜く見守りつつ、取材をすることにしよう。
 ザックの中から、メリル先生のインタビュー用に準備していたデジカメを取り出す。
 レンズを外して、眼鏡につけた小型レンズにリンク。これで見た通りの映像を動画で記録できる。現場取材、開始だ。
 まず、後部座席の窓から外の様子をうかがった。
 通りを挟んだ反対側、白く巨大な銀行がそびえ立つ。
「無駄な抵抗はやめて速やかに(以下略)」
「てやんでい! こっちはもう三体もバラしてるんだ(以下略)」
 いわゆるひとつの”現場のかけ引き”である。取材の価値は、まったくない。
 警察側は二台のパトカーと、人間男性の警察官が四名。
 婦警はHM−12とHM−13だけであろう。
 ふと気付くと、その二人の姿が見えなかった。
 ふつう、婦警のサポートってのは交通整理などである。おそらく、てきぱきと付近の四つ角で手信号などを行なっているのだろう。
 撮影しなければ、ネタにならない。僕は、ミニパトにしては広い窓から、大通りの方を見回した。
 いない。
 と、そのとき、アラームが鳴った。デジカメのバッテリ警告音。
 しまった。インタビューの後に交換しておくのを忘れてた。予備はザックの中だ。
 シートの後ろに投げ込んだザックを手に取ったとき、そこに設けられたトランクボックスに目が止まった。
 見ると、右側と左側に一つずつある。
 右座席側には、「セリオ用」
 左座席側には、「マルチ用」
 と、描かれていた。
「・・・取材、取材」
 いいわけをつぶやきながら、ためらわずに右を開ける。
 中身は全て、古いパルプ雑誌だった。マンガの単行本というヤツ。題名は、
    「よろしくメ○ドック」全巻
    「空手バカ○代」全巻
    「修羅の○」全巻
       ・
       ・
       ・
 なんだこれは? 彼女の趣味か?
 負けずにHM−12用を開けてみる。
    「○○しちゃうぞ」全巻
    「○○におまかせ」全巻
    「○○が日曜日」全巻
       ・
       ・
       ・
 いわゆる婦警さんもののコミックが、ずらぁっと並んでいた。二十世紀娯楽の名作マンガ群。
 あのHM−12らしい、と僕は微笑んだ。まぁHM−13のメカ&格闘技よりはマシである。
 が、ふと、先程のHM−12のセリフがエコー付きで再生された。
”・・・教官から頂いた教本を読みました。今も大事に持ち歩いています”
 ・・・ということは。
 額を虫が這う感覚。冷や汗だと気づくのに、たっぷり五秒かかった。
 ・・・これが、あいつらの教本か?!
 ならば、あの二人の行動は説明がつく。
 いったいどういう教官なんだーっ、というフォローを一人芝居しようとした時、
ちゅっど〜〜ん!!!
 という、べたべたの爆発音とともに、人々の戸惑う声、逃げる声。
 混ざって、イヌやネコの悲鳴。
 合わせて、瓦礫の崩れる音。
 僕は頭を抱えてシートに突っ伏した。
 騒音が鳴り止むまでは、五分かかった。体感時間は十倍くらいだったが。
 おそるおそる顔を上げ、外を覗く。
 黒煙が晴れ、視界が澄んできた。
 ・・・銀行はなかった。
 ・・・なくなっていた。
 ・・・教本の成果らしかった。
 黒煙のくすぶる向こう側から、人影が近づいて来る。
 二人。
 そのあいだに背の低いのが一人。
 じつは二人に引きずられているのだ、と気づいた頃には、二人の姿がはっきりと見えた。
ずりずりずりずりずり・・・・・・
 ぼろぼろの制服に身を包んだHM−12とHM−13が、無表情で獲物を引きずって来る。
 ミニパトのところまで来ると、HM−12が左ドアを開けて無線を手にとった。
「とぅえるぶより本部、とぅえるぶより本部、犯人を取り押さえました。
 人質のみなさんに被害はありません」
 そのとたんに、ミニパトの周囲から一斉に歓声が上がった。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「本官は感激したであります!」
「やるなぁ、姉ちゃん!」
 人質や警官、果ては見物人まで、その盛り上がりは只事ではなかった。
 二人に近寄った警官が、ぴしっ、と敬礼。
 二人も背筋を伸ばして、ぴししっ、と敬礼を返す。
 警官は黒焦げの犯人を担架に乗せて、立ち去った。

 全ては一瞬の出来事のように思えた。
 いつの間にか、あんぐりと開けていた口を無理矢理閉じて、僕は思った。
”これはこれでいいのかもしれない・・・”
 まぁ、怪我人もいなかったらしいし(除 犯人)。
 それに、二人が揃って黒煙の中から現れた映像は、映画の一シーンのようだった。
 取材は大成功。なかなかの写真が出来ていることだろう。
「すごかったよ、ご苦労さま!」
 すごい、というのは様々な意味を含んではいたが、僕はとにかく二人を激励しようとミニパトを降りた。
「ありがとうございます」
 HM−13が言う。
「市民のみなさんに喜んで頂き、光栄です」
 と言ったHM−12の左手首から、バチバチッ、と火花が散ったのを僕は見た。
「大変だ、腕がショートしてる?!」
 僕は急いでHM−12の左袖の破れを覗き込み、切断されたらしい金属部分をひきずりだすと、注意深く絶縁しようとした。
「ぎゃっ・・・・」
ぎぃぃいぃぃいぃぃぃっ!!!
 歯が鳴った。 感電すると振動でこの擬音が聞こえるのだ。
 電圧は意外に高かった。しゅぅっ、という音がデジカメ本体から聞こえる。
 しびれた手はHM−12にくっついたまま離れない。
 ・・・早く離れないと死ぬかもしれない、と引き伸ばされた時間感覚の中、僕は思った。
 そのとき、HM−13が僕の背中をとり、力を加えた。
「たあっ」
 HM−13の激のもと、僕は宙に浮いた。そのまま景色が逆さになったと思うと、背中に衝撃。
 HM−13にバックブリーカー(?)をかけられたらしい。
 僕は、三メートルくらい離れたビルの壁に、上下逆さにめり込んでいた。
 悪気がないのはわかっている。HM−13は感電した僕をHM−12から離そうとして、最速かつ最善の手段を講じたのだ。
 しかし。
 デジカメのデータは消去されているに違いない。
 デジカメの本体も、僕の背中と壁との間で厚めのせんべいになった。
「大丈夫ですか」
 HM−13が言う。
「心配して頂かなくても、これは護身用のスタンガンでしたのに」
HM−12がつけ加えた。左袖に隠し持った接触子を僕に見せる。
 どうりで、身体に力が入らないわけだ。
こつこつこつこつ・・・・・・。
 ヒールの音を響かせて、二人が近づいて来る。
 もちろん、無表情のまま。
 身体よ動け。このままでは殺される。
 しかし、スタンガンの影響で、僕の脳は自分の肉体を認識できなかった。
 それでも、近づいて来る二人から逃げようと、僕は最後の力を振り絞った。
 感覚の無い身体を立ち上がらせ、顔をにっこりと笑わせる。
「本当に大丈夫ですか?」
 HM−12がたずねる。心配そうに。
「ははっ、いや、ぜんぜん大丈夫だよ」
「それなら、ご自宅までお送りしたいと思うのですが」
 HM−13が進言。
「いえ、僕はまだ仕事が残ってますから。編集部、この近くですし・・・」
 さわやかな笑顔を作るように、顔面神経に指令する。
 もう二度と乗りたくない、会いたくない。
 はやくここから、この二人から逃げ出したい。
「そうですか、残念です」
 HM−12がつぶやく。
「それでは署に戻りましょうか、マルチさん」
 HM−13の問いかけにHM−12はうなずいた、が、思いついたように言った。
「そうだ、ぶてぃっく、でも見に行きませんか、セリオさん」
「ブティック、ですか」
「とても素敵なお洋服を見つけたんです。MサイズとSサイズ揃いで」
「それは良いですね、ちょうど定時ですし。それでは・・・」
 二人は見つめ合い、
 うむ、と、うなずき合った。
 たしかに、この二人がお揃いの服を着たら似合うだろう。可愛いだろう。
 でも。
 絶対に、僕は絶対に近寄りたくない。
 抑揚はないが、楽しそうに会話しながら遠ざかる二人。
 二人の乗ったミニパトが地平線の向こうに消えてしまうのを確認してから、
 僕は安心して気を失ったのだった・・・。
 
 
 そして、帰途についたミニパトの中。
「・・・どうやら、あの方を気に入られたらしいですね、マルチさん」
 HM−12はなにも言わずにうつむく。
 両手の指が”糸無しあやとり”をしていた。
「隠し事は無しですよ。私たちは並列充電した仲じゃないですか」
 HM−12は、こくん、とうなずいた。
「また、お会いできると良いですね」
「はい、そう思います、セリオさん」
 HM−12はそう言うと、うんうんうん、と、うなずいたのだった・・・・・・。


 以上。