次郎衛門、二人(3) 投稿者:dye 投稿日:10月3日(火)20時30分

   < Seen 3. >


 閉じた影に光が差し込むように、意識と無意識の戯れは、少しずつ奪い奪われて行く。
 やがてそれは完全に一つとなり、つがいを失う形となって、目覚めるという形を取った。
 眠りを必要としない存在が、自らに生み出した、かりそめの時間。
 人で言う、夢想めいた状態に近い。
 氷室めいた冷気と闇の勾配、ヨークと地上を結ぶ関道を離れた、ヨークの船室・中央部にダリエリは居た。
 同族から長として敗北の責を問われ、彼はこの場所に隔離されている。
「役目を果たせなかったもの」と皮肉を込めて、「飛べないヨーク」の一室が選ばれたのだ。
 恥辱は感じなかった。
 胸に開いた虚ろな穴に浮かぶ感情を眺め、もしくは過去をぼんやりと反芻する日々が続いた。
 そこに猛々しいエルクゥの姿はない。

 ……おおオオぉぉォォんんんん…………

 この地底における唯一の遠い音色。
 吹き抜ける風の音の如き、関道を徘徊する同族達の咆哮も、ダリエリには届かない。
 まるで、次郎衛門に伝染したかの如く、憎悪に駆られ続ける同胞達。
 …同胞…か……。
 ヨークの船室・中央部の一番奥の席へ鎮座すると、空となった部屋を見渡す。
 ここには、かつて一同の姿が在ったものだ。
 数百年も繰り返した、一族の存続と繁栄を果たせなかった長としての失意と共に、ダリエリは瞑目した。
 瞼の裏に、鮮やかな母なる星の光景が浮かび上がる。
 次郎衛門との戦いで自覚した、故郷への寂寥。
 過ぎし日々への想いが交錯する。
 どちらも、遥かなる場所のものだった。距離にしても、時間としても。
 星々の海から流れ墜ち、
 故郷を失った。
 裏切りを得て、同胞を失った。
 強き敵を得て、肉体を失った。
 失ったものを取り戻すことなく、刻だけが延々と流れていた。
 流れ続ける刻の中を、せせらぎに沈んだ小石のように、亡者として立ち止まっている。
 石が水流に磨滅するに等しく、ゆっくりと消滅の日へ向け、己の存在を削られながら。
 ただ、刻に失われることない、鮮やかな瞼の幻を追い続けている。
 ある意味、それは届かない夢だ。

 …夢。
 そう、夢を見ている。
 暗い部屋の中で、ひとり感慨に震えながら。
 何故だか、ひどく静かな落ち着きがあった。
 おそらく、消滅の日が近いのだろう。
 漠然と思いながら、彼は眠るように祈り続け、そして夢を見ていた。
 叶える希望なのか、失ったものと再会する追憶なのか。

 ……いつからだろう?
 流れてくる数百年ぶりの音に気付き、ダリエリは閉じ続けていた目を開いた。
 微睡んでいた知覚が、はっきりとする。
 同胞ではない。
 外界からの音だ。
 その音に合わせるように、ヨークの内壁が唸るように震えていた。
 何かが……何かが起こっている。


       ※


 長かったようで短い三週間が、この場で終わりを告げようとしている。
 ティリア・フレイの導いた異界の門と、それを取り巻く結界の影響で、世界は黄昏色に染まっていた。
 この気象を除けば、いつもと変わらぬ夏の一日。
 ガディムは強制召還され、激戦が展開されている。
 鶴来屋の屋上から、結界の方角を見ながら、柳川裕也は吹いてきた涼風に目を細めた。
 屋上には、柳川以外の者の姿も在る。
 待ち続けることしか出来ないのならば、せめて目の届く場所で、親しき者を待ち続けたいのだろう。
 ラスト・バトルに向かったのは四人。
「柏木耕一」
「長瀬祐介」
「ルミラ・ディ・デュラル」
「エリア・ノース」
 リーダーの柏木耕一の弁によれば、柳川は留守番役なのだ。
 戦いに向かった四人が、敗れた時の為の――――

 視線を軽く下にやる。
 結界の余波で、喧騒の波が醒めた降山市街が、柳川の目には映った。
 隙だらけの日常。
 ほんの僅かな要素で、一転した惨劇を引き起こす可能性を秘めた、この平和という危うさが心地よい。
 だから、平和は好きだ。
 退屈な夜と同じくらいには。

 強い者と戦うことで、己の空虚が満たされるからか?
 その考えに鼓動の高鳴りが変化を示す。
 今の自分は、薄氷の上を己の意志で渡る人間なのだろう。
 常に心のどこかで、薄氷の下にある冷たい水の世界を求める類の。
 言うなれば、死そのものが救いでなく、己の死が身近な手元にあることこそが安堵に繋がる、一種の病。
 だがこの病を得て、柳川は自分の中の『奴』と共存に成功したのだ。常に『奴』を抑え、己の死を願い
続けた日々から、いつでも死ねるという安堵を得た結果により。
 それが正誤どちらであれ、己の現状を把握した点で、柳川にはゆとりが生まれている。
 その為だろう。
 確実に柳川は、以前よりも強くなった。
 ―――もちろん、今が終点ではない。


 視線を移した拍子に、ふと一人の少女が目に止まった。
 柏木楓。
 かつて耕一と二人、柳川の自宅へ訪れた柏木家の三女。
 なぜか狩猟者の感覚を備え持つ、柳川に近い――――だが、それを否定する感のある不思議な少女。
 じっと結界を見つめる本人にも自覚はないのだろう。
 柏木耕一が心配なのか、その手は自然と祈りの形に組まれている。

(……ふん、馬鹿馬鹿しい。俺を倒したアイツが、そう簡単にくたばるものか。不安ならこの場に残らず、
無理やりにでも、着いて行けばいいだろうが……!)

 柳川の視線に気付き、戸惑いと気恥ずかしげな表情を交差した楓は、軽く会釈を返すと、再び結界の方
角を眺め始めた。
 気まずさを面に出さず、柳川もその方向へ目を向ける。
 柏木邸に近い、人里離れた水門。
 結界を張るティリアによれば、ガディム誕生の素となった人間の負の感情が乏しいこと、そして一般人
を巻き込む心配のない点が好都合らしい。


 ―――だが、柳川を始め、誰もが知らなかった。
 降臨したガディムの足元には、土くれを隔てて、五百余年の怨念達が棲まうことを。
 滅びに瀕し、本能的にガディムは己の“餌”に気付いた。
 地表近くに居た怨念達から、ガディムに吸収され始める。

 ……おおオオぉぉォォんんんん…………

 まだ幼く不完全なガディムは、その糧を元に、次々とその姿を変えていく。
 プラズマの帯をまとった、丸く黒い巨石。
 続いて、プラズマの帯と丸みが失われ、鋭角な菱形を成す。
 それでも四人は、ことごとく各ガディムを撃破し続けた。
 繰り返し、ガディムに変化が現れる。
 黒かった巨石が、一転して煌めく水晶の塊と化した。
 その内には、赤紫色の肉片が蠢いている。
 美と醜。
 生物と鉱物。
 対照的な二物のキメラ。
 しかし、四人は攻撃の手を緩めない。
 やがて巨大な水晶体が叩き割られ、中に在った肉片が露わとなった。
 赤紫のそれは球体をしている。
「これは―――」
 息を飲む耕一達の言葉を、
「……まるで子宮ね」
 ルミラが忌々しそうに引き取った。
 彼女の発言に、他の皆が同じ予感を浮かべた。
 何かが誕生するのだと。
「来ますっ!」
 むっとする血の臭いと共に、球体に亀裂が生じ、弾けて肉塊と崩れた。
 蓮華に座す釈迦の如く、その生き物は、血溜まりの中心に起っていた。
「そ、そんな……!?」
 目前にしたエリアと、結界を張るティリアは各々の目を疑った。
 もはや、彼女達が知っているガディムとは、似ても似つかぬ代物ゆえに。
 双角と隆々とした筋肉を持ち、頭部のみならず、胸にさえ牙を乱立する顎を持ったそれは、どことなく
この世界で呼ばれる“鬼”に似ている。
 容貌に反し、吠えることなく、ニヤリとそれが笑った。
 嫌な笑みだと、ルミラは思った。
 獲物を前にした、喜びの表れだと気付いた為に。


       ※


 その存在は自分と同じく、この惑星で生を受けたものでは無いようだった。
 戦いの中、“ソレ”が視ている映像と匂いが伝わって来た。
 消滅を迎えようとする、自分の波長が合ったのだろうか?
 …また<同調>か……。
 エルクゥ生来の能力が、煩わしく思えてくる。
 その存在の視野にはニンゲンが居た。
“ソレ”の攻撃を受け、ニンゲンの男が傷を負う。
 辺りに鮮血の匂いが漂う。
 そしてニンゲンの血に交じる、遥か昔ダリエリの手を濡らした、同族でも限られた者の血の匂い。
 すなわち、エルクゥ皇族の血脈。
 皇族の血は絶えたはずだった。ただ、一人を除いて………

 ――リネット……!?

 だが、箱船の巫女が子を成すことは、エルクゥの歴史には存在しない。
 皇族から選出される、生涯身を汚すことない、ヨークを朋友とする孤独な存在。
 故にこの星には、血肉を備えたエルクゥは残っていないはずだ。
 そしてヨークに残された命を啜る、自分達も消え去ろうとしている。
 ……なのに……なぜ……?
 ニンゲンを見る感覚を、生命の炎を視るエルクゥ独特のものとする。
 ………………
 …………
 ……
 ――そういうことか!
 薄い笑いが、ダリエリの口元に浮かんだ。
 忘れ得ぬ、あの男の激しく燃える生命の炎を再現する肉体。
 有り得ないはずの皇族の血脈。

(…箱船の巫女が子を成した……しかも、同族でない者を伴侶として…………)

 映像の中で、ニンゲンが完全なエルクゥの姿へと変身を遂げる。
 驚くべきことに、その人間は完全に制御しているようだった。
 あれより六百年余り。
 一時的に継いだ次郎衛門とは異なる、この星に根付いた、新たな亜種たるエルクゥの姿。
 しかし、エルクゥの根本を成す、「生きる」という目的を果たした形でもある。
 あの時、次郎衛門は忌むべき「死」を望み、それを同族達へと運ぶ存在だった。
 だが――
「………………」
 そこに到達するまで、何人が血を流したのだろう。
 そして幾人の生命が失われただろうか?
 つがいを失い、独りとなった次郎衛門。
 苦悩の末、追われる道を取った二人の皇姫。
 全てを見届け、ただ一人生き残った末姫。
 ひとり同士で伴になった、人間とエルクゥ。

「くっくっく……ふ、ふっ、フハハハハハハハーーー!!」

 …面白い。
 …そう、面白かった。
 予想だに出来なかった顛末。
 途絶えていたはずの根が続き、連なる葉が実を生み出している。
 一族を滅ぼした怨敵………同時に血を遺した恩敵の手で。

 嘆きとも恐怖ともつかぬ叫びが、遠くで木霊している。
 怨念の塊と化した同朋達が、次々と消えていく気配が伝わる。
 皆、喰われていた。
 喰われて、その存在の血肉となっていた。
 早かれ遅かれ、ダリエリもまた、同じ道を辿っていたに違いない。
 だが、生まれた笑いに、何かが変わっていた。
 この気持ちは何なのだ?
 狂おしくこの胸に去来するものは…………

 自分は箱舟の巫女でなく、祈る資格は無いように思える。
 だけど、生物が生涯で一度でも祈ることがあるのなら、ただ一つ応えて欲しい。
 輪廻の輪から外れようとも――――
 種族の誇りを違えようとも――――
 蔑まれ、重罪を背負うとも――――


 ……奇しくもそれは、数百年前に『彼女』が胸の内に秘めた決意。
   そして、他種族と交わったことにより、改めて認識した自分達の本質……


 己に自由なものがエルクゥなれば、
 どこに居ようと、
 どんな形を成そうと、エルクゥではないか。
 だから、この星で――――

                        、、、、、、、
「――誓おう。我は再び、エルクゥとして輪廻する! 名も知らぬ存在よ、悪いが、このまま喰われる訳
にはゆかぬ。受けた貸し一つを、今ここで返すがゆえに――――!」



    < Seen Fainal. >



「……手間を取らせるわね。もういい加減、あなたの不味い血は飽きてるんだけど………」
 あくまでも優雅に。
 ルミラの闇の刃が、ガディムの放った炎塊を遮断する。
 決して己のペースを崩さぬ彼女の横では、祐介とエリアが肩で息をしていた。
 大丈夫か? とは問わない。
 覚悟して臨んだことは、お互いが知っている。
「…二人とも、まだイケる?」
 口を利く余裕もないのだろう。
 ルミラの呼びかけに、各々は黙って頷いてみせた。
 最終局面。
 状況は、四人に不利だった。
 ガディム最終形態は、圧倒的な治癒力で傷を再生させている。
 その傷も、耕一とルミラが与えたものだ。
 新たにガディムが得た強靱な皮膚は、祐介やエリアの攻撃を受け付けなかった。
 その為、二人は防戦に回らざる得なく、加えて他の二人とは違い、肉体は一般人と変わらぬ祐介とエリア
には、徐々に疲労の色が見え始めていた。
(くそっ、このままでは……!)
 身のエルクゥを開放した耕一の目には、ガディムの生命の炎が視えていた。
 再生の度に、桁外れの生命力が激しく燃え盛る。その絶対量から、相手の力が尽きる前に、自分達が先に
倒れることは明白だった。
 それでも、攻撃の手を弛める訳にはいかない。
 膠着状態であっても、今は他に方法はないのだから。
 シュバァァァッッッ!
 斬り付け過ぎて、痛む爪を振りながら、耕一は迫ってきたガディムの腕を避け、大きく距離を取った。
 黒き返り血を浴びた、真なる鬼の形態。
 それは『視ていた者』の内で、五百年を隔てた刻の重なりを生み、深いためいきと感慨を与えていた。


 ルミラもまた攻めあぐねていた。
 従者の娘達にも、秘密である奥の手。
「魂喰らい」または「吸精主」の名を冠せられた、デュラル家当主に伝来の武器の使用を考える程に。
 死してなお生命を啜ることを欲した、ある魔物の遺骨を削りし、「吸血器」なる忌み刀。
 それはある儀式を経て、肋骨の一本としてルミラの体内に納めてある。
(だけどアレは、酷く疲れるのよね……)
 ひとたび取り出して使えば、ルミラは数十年の間、深い眠りに就くことになる。
 それ自体は悪くない。
 ただ、抱える借金が心配だ。
 従者である、トラブルメイカーの娘達が、自分の不在中に借金を返せるだろうか?
 数十年後に目覚めたら、逆に返済が増えていたというのは、かなりぞっとしない。

(……あらあら。世界の危機に、借金の心配をするなんて、私も随分と余裕よね……)

 艶やかな苦笑を浮かべると、ルミラは妖しく瞳を輝かせた。
 まだ、奥の手を使う気はない。
 彼女だけが―――ガディムも含め―――ただ一人、この窮地を楽しんでいた。


       ※


 驚異的な再生能力を誇り、四人を圧倒していたガディム最終形態は狼狽を見せた。
 地の底より何者かが干渉し始めた為に、再生する速度が極端に落ちている。
 ガディムのみが、己の身に起きていることを知覚していた。
 不遜にも何者かは、自分の膨大な生体エネルギーを喰らっていた。
 むろん、一個の生物にそれは不可能だ。
 しかし、何者かは自分をパイプとし、生体エネルギーを地下に横たわる巨大な何かに送っている。
 機械めいた生物のような何かに。
(!)
 凌いでいた攻撃が上回り、ガディムの身体に塞がれない傷跡が付き始めた。
「祐介さん、今です!」
 皮膚で阻まれていた攻撃も、傷口からなら通るはず。
 エリアの意図を察知し、祐介の周囲に紫電が、エリア自身に魔力が収束される。
 同時に戦闘に長けた二人が、申し合わせたように先を駆けた。
(コレで終わらせるッ!)
 勝機を確信して、耕一はガディムの巨腕に取り付いた。
 ありったけの力を込めて、その爪の一つを引き抜く。
「グオオオオオォォォォーーーーッッッッ!!!」
 ガディムの巨体が震えた。
 抜かれた爪の痛みに。
 続く、その爪が背中に突き立てられた痛みに。
 あたかも、巨筆を和紙の大地に走らせる書家のように、血を滴らせたそれを抱えて耕一が疾った。
 ガディムの背に緋文字が生まれ、たちまち鮮血に埋もれる。
 下から上へ。
 右から左へ。
 緋文字の先端は、明らかにガディムの左背―――心臓の裏を目指していた。


       ※


「…そうそう。エビルが話していたわ。古きインドでは『神とは輪廻を必要としない存在。そして人間は
いつか神になることを目指して輪廻を繰り返す』と説く修行僧が居たと……」

 古今東西、魔物は獲物を狩る際、手向けの言葉か饒舌になりやすい。
 おとぎ話では逆転に繋がるが、ここでそれは有り得ない。

「……ならね、破壊神さん。輪廻しない神の死こそ、永遠の消滅と思わない?」

 妖しい輝きの瞳に、冷たい光が宿る。
 彼女の従者が見れば「ルミラ様、本気にゃ!」と騒ぎ立てたに違いない。
 もっとも、別の従者は「あの、魔族も輪廻しない存在なんですが……」と呟いただろが。

 迫る攻撃を、不規則な落葉の動きでかわす宙のルミラ。
 踊るような動きの中、闇の波動を高めながら、ふわりと地に降り立つ。
 ガディムの真正面。
 耕一の攻撃で、半狂乱になり始めたガディムへ。
 闇の貴族の優雅さを以て。

「――ごきげんよう」

 艶やかな唇が、別れの言葉を紡いだ。
 その瞬間、結界の内に光と闇と破壊。
 そして絶叫が満ち溢れて、混沌を成した。


       ※


 柏木楓。
 彼女は、エルクゥの力と前世の記憶を宿している。
 前世の記憶。
 それは、昔より今に至る血の絆。
 二つの刻を重ねる思いと、自身を責める罪の反芻。
 異なる時代の「人間」として、同族達の最期を、そして次郎衛門と姉妹の顛末を伝え知った時、楓は
自責の思いで息が止まりそうだった。
 一番先に死した自分(エディフェル)は、ズルイとさえ思った。
 そして、次郎衛門と結ばれたリネットに、羨望めいた嫉妬を感じて自己嫌悪を覚えた。
 故に、姉妹の中でただ独り、前世の記憶を持って生を受けたことを、罰だと考えた。
 自分の罪を忘れない為だと。
 罰は罪を意識した時より始まった。

<……ふぅ、またか。罪は私独りのもの。お前は、自身の幸せを願えば良い……>

 エディフェルの記憶が成す“私”が、脳裏で囁きかける。

<…お前は知っているはずだ。この街には、狩猟者としての力を失った子孫が存在することを……柏木
の血もまた、いつの日かヒトの血へ薄れゆく。でもそれは、必ずしも悲しいことでない……>

 種族としての滅びかもしれない。
 だが、かつて“私”と次郎衛門が願った形でもあるのだ。
 どちらの種族でなく、そして双方が争うことなく、一つとなることは。

<お前が愛しき者との想い出を増やす毎に、私の記憶が薄れていく。早く眠らせて欲しいものだ……>

 揶揄するような口調で……しかし、温かみを込めて嘆息される。
         、、、、、
(それでも、私はアナタ達のこと、忘れない…………)

<―――まあ、好きにするのだな………>


       ※


 この星での、新しい生き方。
 リズエルがそう発言した時、自分はそれを裏切りと感じた。
 ヨークの翼を失った、末妹の責への目眩まし。
 ニンゲンと結ばれた、次妹の追求の庇い立て。
 種族の誇りや、一族の『掟』など、建前であったのかもしれない。
 最も許せなかったこと。
 その提唱が、母なる星への帰還を諦めた行為―――に思えたこと。
 それは私情の曇りかもしれない。
 全ては過ぎた出来事。
 ただ、今、思うのは、
 我はエルクゥ。
 ただ一人の、自由なるエルクゥ……


 ガディムの生体エネルギーにより活性化し、翼の再生すら果たしたヨークに看取られながら―――それ
に気付くことなく、ダリエリの存在はゆっくりと崩れ去った。
 誰も居なくなった、エルクゥの隠れ里。
 箱船たるヨークだけが、眠るように静かに息づいていた。
 故郷を。
 星々の海の夢を、視ているのかもしれない。

 ―――暗い地中の中、ひとりで。



                           <了>

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          <長いあとがき>

 作中でダリエリが云う「掟のない野に放たれたはぐれ者」は、柳川内の狩猟者にも相当します。
 そして現在、そのことが指摘できるとすれば、前世の記憶を持つ楓だけです。
 これが「if」の始まり。
 以上の点から、「痕」柳川シナリオ・アフターから開始。
 が、ある理由でカット。後半、柳川が語っているのは、その名残りです。
 結末までは、割とスラスラ書けたのですが、エンディングで詰まり、半年以上も推敲の繰り返しでした。
 その間、他の部分も付け足して、随分バランスが悪くなったような……特にルミラ(汗)。

 最後に。
 ダリエリがこんな性格になったのは、確信的なものです。
 既存のエルクゥ型じゃ、つまらなく思えたもので。
 個人的には、もっと冷たく、容赦ない性格を望みます。
 別案では、エルクゥ同士の内乱、リズエルとの共謀による“賭け”でも有りましたから(笑)。
 また同様に、エディフェルを記憶でなく、二重人格っぽい存在にしてみました。
 本編にない設定と同様、二次創作の「遊び」として、大目に見て頂ければ幸いに思います。


                                 -2000.10.03(TU)-