投稿者:dye
  LF97ネタバレものです。
  ダークのつもりでなく、秘めた意図もない、ただの物語です。
  ただ、後味が良いとは言えない話であることを断っておきます。
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  ガディム召喚が近付き、戦闘の激化する日々。
  それは夜を迎えた中学校のグランドでの、他愛無い談話の一つだった。

「ねえ、祐くん。あれ、止めるにはどうすればいいと思う?」

  沙織ちゃんの指差す『あれ』とは、ありふれた光景だ。
  闇の世界となったグランドで、孤独に光る照明へ集う羽虫の群れ。
  地上に注ぐ光の帯の中、透明な羽根へ反射を起こしながら蠢くその様は、燈篭にも似た
妖しい美すら感じさせている。
  だがそれは、離れて見ているからこそだ。近付けばそれは不快な輪舞でしかない。時に
は火を放ち、終焉を与えたい嫌悪すら芽生えてしまう。
  火の粉と化し、一つ一つ、地上に失墜する羽虫達。
  それは昏い愉悦を生み出す光景でもある。
  身を焼く匂いする煙が立つ。

「燃え尽き堕ちる姿もまた、美しいと思わない?」

  まるで僕の思考を読んだかのように、沙織ちゃんが冷たい笑みを浮かべた。
  いかにも、炎の技の使い手である彼女らしい。
「…そうかもしれないね。でも、僕の好みではないよ」
  僕の答えに彼女は不満のようだった。
  だけど仕方がない。本当に違うのだから。
  視線を再び光源に向ける。
  水銀灯そのものに。

(僕ならば……光そのものを……壊してみせる…)
  砕け散るガラス片。
  点滅しながら消えゆく光源。
  止まる羽虫達の輪舞。
  閉じた瞼に浮かぶ幻影が、僕の身を微かに震わせる。
  そして、静かに視界を開放した。
  僕だけに聞こえた足音に。

「…朝になれば、自然に止まるよ」

  話を聞いていたのだろう。振返れば、そこには月島瑠璃子がいた。
  ただし、僕らとは違う『本物』の。
  沙織ちゃんが舌打ちをして、瑞穂ちゃんと瑠璃子さんを呼ぶ。
  更なる敵の出現に。

「朝はまだか――って、誰か言ってたよな」
「柏木耕一ッ!  貴様ッ…!」
  鬼の力を有する二人の姿を確認する。
  そして残る一人。

「ふふふ、来たね」
「…僕のコピーか!?」

  太陽に群がる、羽虫の群れの一匹。
  そいつは僕の姿に、驚き戸惑っている。

(僕ならば……光そのものを……)

「ガディム召喚の妨げになるようなやつは、この僕が狂わせてやる」

(……壊してみせる…)

「毒電波でね」
「くっ!」

  戦闘の火蓋が切って落とされた。
  瞬時に、それぞれの組み合わせが生れる。

  沙織ちゃんVS柳川。
「あんたなんか、燃やしてあげるよ!」
「ふふふ、この程度の炎でか?」

  瑞穂ちゃんVS柏木耕一。
「では分析します――判りました。あなたの属性は鬼ですね」
「コピーとは言え、なんだか闘いにくいよな…」

  残る二組は自動的に決まってしまった。
  向こうの『僕』が、こちらの瑠璃子さんとの組み合わせを拒否したのだ。
  瑠璃子さん同士の対戦は、不思議な対話から始まっている。

  もう止めよう…相手が寂しげに微笑み、
  ごめんなさい…もう止まらないの…瑠璃子さんは悲しげに返す。
  そう…彼女の顔から笑みが消えた。
  そうなの…瑠璃子さんが代わりに疲れた笑みを浮かべる。
「だったら…」
  そよいでいた風が流れることを放棄した。彼女達の言葉をかき消さないように。
「だったら、私が止めてあげるよ」
「…ありがとう」

  彼女達の会話を、『僕』は痛ましそうに見ている。
  正直、その様子は不快だった。ちくり、という程度のものだが。
(これが僕のオリジナル…)
  近親憎悪ではない。むしろ、落胆に近いあきらめ。

「本気でいくぞ!」
「…………」
  相手は何も答えない。
「――壊れろっ!」
  意思が直線に走り抜けた。
  相手からも紫電が飛ぶ。
「!」
  互いの送別の波が空中で溶け合っていた。
  飲み込もうとして…
  打ち消そうとして…
  届こうとして…
  白い光で埋め尽くされる空間。
  灼かれた視界に色が戻った時、世界には僕だけが立っているはずだ。
(そうだよ。早く消えてしまえ!)
  その瞬間、僕は初めて『僕』の存在を強く意識した。ただし、憎悪という形で。
  ちりちりと痛む程、光の白さが強まる。
  影は強い光で消えてしまう。だから、この電波で消えるのは影なのだ。
  勝者こそが『本物』。

(だから、僕は消えない)
  僕はそれを自分の余裕と解釈した。
  ガディム召喚を望む僕に、自分の消滅は関係ないはずだから。
「僕は死なんて怖くないよ」
  微笑みを浮かべて見せる。
  しかし、相手はまた何も答えない。
  ただ。
(…まただ。また、痛ましそうな視線)
「そんな目で見るなッ!」
  苦い胸の内が、急速に温度を上げていく。

「――ガディム召喚を待つまでもない」
  たぎる感情に反して、自分の口から洩れる言葉は、冷たい響きをしていた。
  声の代わり、胸の温度は紫電となって周囲を揺らめぐ。

「…滅んでしまえ。…みんな…みんな、みんな滅んでしまえッ!!」

  みんな。そう、みんなだ。
  目前の敵を滅ぼした後、僕らを生んだラルヴァも滅ぼしてやる。
  所詮、彼らもまた、ガディムという漆黒の太陽に群がる羽虫に過ぎない。
(僕ならば……光そのものを……壊してみせる…)
  ガディムさえも。
  紫電の弾ける音が強まり、心の中で生れる危険なものが、解除されようとした瞬間。

「グオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォーーーーーーーッ!」

  それは柏木耕一が、瑞穂ちゃんに向けて放った鬼の咆哮だった。
  周囲の生きるものを震わせ、すくみ上げる獣の咆哮。影響を受ける自分の身体。
  電波を集め、粒子を操る鋭敏な知覚となった最中、ダウンしなかったのは奇跡に近い。
  しかし、集めていた粒子達は僕の手から離れた。
(それは相手も同じはずだ)
  そう言い切ろうとして、相手の異変に気付く。
「なっ!  僕の電波を拾っただと!?」
  制御を失ったばかりの僕の電波。
  その波は、先程まで争っていた相手の電波と融合し、そして怒涛となって押し寄せた。
(くっ…)
  大海に飲まれ、底に堕ちてゆく僕の意識。
  浮上することなく、失墜の感覚が続く。
  明るくも暗くもない、ある意味、色を失った真っ白にくすんだ世界。
  そこに光は存在しない。
「僕ならば……光そのものを……」
  呟きは続かず、虚ろな空間に自分の喉がしゃくる音が響いた。
  ここに壊すものは何もない。
  何一つ。

  ・
  ・
  ・

  強い電波を放った余韻が、現実の感覚となって現れていた。
  鈍痛が頭の中で、鼓動に付随してどくどくと脈を打っている。
  夜でも重い夏の空気に、汗は流れていなかった。
  熱い汗はもちろん、冷たい汗さえも。
  全身が渇いていて、そして喘いでいた。
  胸に湧いた苦いものが、ゆっくりと渇いた口腔を突き動かす。

「――これが僕の最後か」

  それが勝者の言葉だった。


                                                      −了−
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                    <あとがき>

  某イベントを膨らませてみました。実際は真昼の戦闘なんでしょうが。
  リーダーによって、勝利後のコピーへの言葉が違います。
  話のラストは、本編の祐介の発言に倣ったものです。

  なお、冒頭で断った通り、秘めた意図はありません。
  物語の一つとして捉えて頂ければ幸いです。