天使帰還 投稿者:dye
                       <始めに>

   これは『創造・邂逅・流転・共鳴・集散・哀笑』(各章5話)の続きです。
   前話については、図書館のログを参照して下さい。
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                       −ED2.B−

  翌日、屋敷の一室で柏木さんが語り始めた。
  人と人ならざる者の始まり。柏木家の始まり。柏木さんと旦那さんの始まり。
途中、昼食を兼ねて休憩が取られる。再開されるあの日の出来事。
  そして、マルチと柏木さんの別れを最後に、長く不思議な物語は幕を閉じた。
  
  ――きっと、また逢えます…姫川さん

  今なら分かる。柏木さんの昨日の発言は、御自身の体験から出たのだと。
  それは奇跡にも等しく、不可能に近い出来事だ。
(――奇跡?)
  私はふと自分の立場を思い出した。

  <再び生き返らせることはしません>
  <『マルチナス』に【次】は無いんです>

  マルチからマルチナスは一度っきり。
  マルチナスからマルチナスは有り得ない。
  社長のあの時の言葉はこうとも取れる。だから――


                (…7度後の春…)


  その夜、社長室に呼ばれた私は懐かしい品を手渡された。
  忘れるはずがない。7年前の病室で、社長から悲報と共に手渡された形見。
私は現実を受け入れられず、受け取りを拒否したのだ。
  私がプレゼントした相手に…持ち主へ返して下さいと。てっきり父親である
長瀬氏の手にあると思っていた品…。
「…持ち主へ返せばいいんですよね」
  続けて簡単な書類が数枚。
  社長はただ、お願いしますね、と言って他に何も語らない。
「――分かりました。すぐに参ります」
  震える指でそれを掴むと、銀鎖が音を立てた。
「あっ、あの、長瀬氏にこのことは……?」
  待合室でお待ちですよ。唇がそう動くのを確認し、私は礼もそこそこに部屋
を飛び出そうとして立ち止まる。
「…分かっています。今回限りですよね」
  こくり。
  頷きを見届けて私は待合室へ向かった。


  春は始まりの季節。
  長男の輝(あきら)に続いて生れた、長女の真由美も今年で4歳になる。
  折り悪く2人の行事が重なり、輝の入学式に向かったあかりに対し、オレは
真由美の入園式を付き添っていた。
  微笑ましくも、どこかハラハラする式は終わり、園児達の歓声が周囲を包む。
まるで祝福するように、桜の花弁が子供達に降り注いだ。

「真由美も明日から幼稚園か。いいか…変な男には注意するんだぞ」
「?」
「パパ、真由美の結婚式には、わんわん泣いちゃうからな」
「ふふっ。あたし大人になっても結婚せずに、ずっとパパの傍に居るよ」
「そーかそーか。じゃあ、いっそのことパパのお嫁さんになるか?」
「…うん」
「ははっ、嬉しいこと言ってくれるなぁ」

  角を曲がり、公園を突き抜けるショートカット。ここも桜が咲き乱れている。

「…パパ、桜の樹の下には、死んだ人が眠っているって本当?」
「おいおい、誰から聞いた」
「…お兄ちゃん」
「………」
「本当なの?」
「ふぅ…そんなの嘘に決まってるだろ?  桜の樹の下には…」
  呼吸一つ。
「…天使が眠ってるんだ。不器用で、怖がりな泣き虫、料理が下手な上、よく
転ぶんだコレが。しかもお人好しさ――でも…純粋で一生懸命な…」

  続きを言おうとして、オレは娘の首の光に気付いた。

「真由美。これ、どうした?」
「…んとね、昨日、公園でおばちゃんとおじちゃんがくれたの。おばちゃん、
紅いお目めでキレイだったよ」
「あのな。知らない人には気を付けなさいって…」
  しゅんと沈む姿に言葉が止まる。
  甘い父親を自覚しながら、真由美の首のペンダントを手に取る。特に危ない
ものではないようだ。極ありふれた、飾り気の無いペンダント。
「ちゃんとお礼は言ったか…って、お前は輝と違うもんな」
  頭を撫でると、途端に真由美の顔が輝いた。

「…あのね」
「んっ?」
「さっきの天使さんにお名前はあるの?」
「もちろん、あるよ。それはね…」
  オレはゆっくりと3音を紡いだ。真由美と同じ母音を持つ、懐かしい名を。

  落ちた桜が風に転がり、足元を駆け抜けては消えてゆく。
  手を繋ぐオレ達親子の帰り道を誘導するように。
  また一つ角を曲がり、目に入る我が家。
  玄関に2人で足を踏み入れて。
  ドアノブを掴んで。
  声を合わせる。

「…ただいま!」
「お帰りなさい」

                                                      −完−
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  お粗末さまでした。これで終了です。
  長い間、ここに物語の言い訳と懺悔のあとがきを書こうと思っていました。
  一時はそれを楽しみに、話を終わらせようとしてたっけ(しみじみ)。
  そして今日!

  …止めました(爆)。まとまらないこと甚だしいので(笑)。
  ですので、ここはシンプルに。

  ありがとうございました。そして失礼します。    m(_ _)m


    98.07.05(SU)    太陽に苛められながら    dye