天使帰還 投稿者:dye
                       <始めに>

   これは『創造・邂逅・流転・共鳴・集散・哀笑』(各章5話)の続きです。
   前話については、図書館のログを参照して下さい。
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                       −ED2.A−

        松原さんに2人を託し、私は元の道を引き返す。
        昏い世界に浮かぶ光景。
        座り込んだ少女は、微笑んで目を閉じていた。
        白でなく、赤い雪が地面に積もっている。
        心に生れた負荷が与える精神の酸欠状態。
        喘ぎながら伸ばした手に伝わらない鼓動と熱。
      「後でまた笑い合いましょう」
        私は笑うことが出来ない。
        約束を破ったのは自分かもしれない。でも破らせたのはアナタだ。
      「…独りで笑っているなんて…ズルイわよ…」
        肩を叩くと、詫びるように、カクンと少女が頭を垂れた。
      「…起きなさい…お願いだから…起きて…」
        つかんだ衣服を揺すると、彼女の頭が左右に否定を示す。
      「…ここは寒くて暗いわ…ねぇ…帰りましょう…帰るのよ…」
        私の声に彼女の目が薄く開きかけ…。
      「…あっ」


  …そこで私は目覚める。
  繰り返される日々の中、痛みは薄れても、映像は鮮明さを失わなかった。
  現実で目撃した光景だからだろうか?
  時間が必要だった。
  忘れるのでなく、追憶の彼女と笑い合う為。
  私なりに約束を果たす為に。
  そして夢を見なくなった頃、一人の女性が日曜日の柏木家に訪れた。


  目の前のお客は、まるで泣き腫らしたような紅い瞳をしている。
  私と違い、彼女は小さな友人の葬儀に参列していない。
  なぜなら深い傷の為に、病室で眠りに就いていたのだから。
  眠っていた空白の時間を埋めようと、退院後に私の元を訪れた彼女に請われ、
私は語っている。もう、三ヶ月前になる出来事の全てを。

「――きっと、また逢えます…姫川さん」
  話の結びで思わず口についた言葉。どんなに希有なことか、自分が一番よく
知っているはずなのに。
「…それは予言ですか?」
  寂しい微笑みが、軽はずみな言葉を後悔させる。
「ごめんなさい…私…」
「…他の方に聞いた話では、あの子は髪の色が変色していたそうです。しかも
身体から異質な反応があったとも…」
  誤解していた。
  紅い瞳は、悲しみ以外の色も秘めている。
「…そうなんですか」
「…柏木さん。先程の話があの子にどう関係しているのか、私は知りたいだけ
なんです。話して頂けませんか、あなたの知る『本当の』全てを」
「私は全て話しましたけど…」
  気持ちは痛いほど判るが、エルクゥ、そして柏木家の『血』は簡単に話せる
ものでない。実際あの時に2人を運んだことも、火事場の何とかを理由に言い
逃れをしている。

「…残留思念って知っています?」
「…ええ」
「…カエリタイ…の所に…カエリタイ…の傍に…」
「………」
「そしてあなたの思念も残っていました。懸念は理解できるつもりです。私も
特殊なチカラを有してますから。決してご迷惑をかけるような真似は…」
「…条件が有ります」
「…柏木さん」
「私の一存では話せません。家族に了承を得る必要が有ります。あいにく外出
していますので、おそらく夜になるかと…」
「夜…ですか」
「ですから、姫川さん。ご都合が宜しければ、今晩うちに泊まりませんか?」
「お宅にですか?」
  さすがに予想外だったらしい。
「私は…構いませんが…」
「その方が助かるんです。了承を得られた時には、長い物語を――姫川さんが
信じられないような話をすることになりますから」
「…それは大丈夫です」
「?」
「私の仕事柄…」
「???」
  初めて彼女が普通に微笑んだ。紅い瞳の曇りは変わらぬまま…。


  姫川さんにお風呂を勧めると、私は客間に布団を敷き終えて、茶の間の帰り
道である縁側に出た。
  月がむせるような光で、夜空に真円を描いている。
  冷たい大気に冴え渡るその姿に、私は故人が遺した言葉を反芻していた。

  ――カエリタイ――

  漂流者達は、母なる星へ帰ることは叶わなかった。だから「還った」のだ。
この地球の新たな生命として。
  星海の漂流者だった私の想いが届いたのだ。まして、この地球で生れ育った
彼女の想いが届かぬはずがない。

  ――この人の傍に居たい。あなたの所に帰りたい

(それはきっと叶うはずだから…)
  温かく、そして大きな手が私の肩をそっと包んだ。
「…ただいま」
「お帰りなさい」
  小さく頷いて答える。

  そう…私もこの人の傍に還ってきた。


                                        −ED2.Bへ−
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  なぜエルクゥは転生するのか?
  初音シナリオのラスト、ダリエリの言葉にふと浮かんだ考えが今回です。
  物語は次で終わります。ED2.Bへどうぞ。
  最後に私信。

  一番古い友人Kへ
   ED2.Aを捧げます
  6月30日からまだ抜けられない友人より