天使哀笑 投稿者:dye
                      <始めに>

   これは『創造・邂逅・流転・共鳴・集散』(各章5話)の続きものです。
   前話については、図書館のログを参照して下さい。
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          …この身体には秘密があった
          …この記憶には細工があった
          …このココロには謎があった

  両目を閉じて奔流に身を委ねながら、私は今に至るまでの2つの過去を反芻
していた。1つ目の過去に登場する、お父さん以外の男の人。
 (――浩之さん…)
  心の中でその名を唱えると、新たに沸く感情が『人間でない』悲しい事実を
少しだけ紛らわしてくれる。切ないような、淡く霞んだ痛みに代えて。
  さらに回想が進み、現在の私に至る過去へと時が流れ始めてしばらく。身体
が急に不快な熱さに悲鳴をあげた。街で倒れた時に見た、白光の世界の記憶を
見た瞬間に。一体どうして…?

(…破壊に対して『血』が反応したのよ…)

  目を開けると、美しくもどこか寂しそうな微笑みを浮かべた女の人が、私を
見ていた。艶やかな黒髪のその人は――「楓さん…?」


  マルチナスさんに名を呼ばれた瞬間、私は胸を覆う悲しみに息が切れそうに
なった。おそらく感覚が伝わったのだろう。彼女が表情を曇らせている。

(…言葉で話さずとも、私達はより深い理解が可能となったの…)
(…どうして、そんなことが…)
(…これも『血』が成せる現象よ…)
(…分かります。私が記憶を戻した時に、椿さんの想いも伝わったから…)

  希なことだが、エルクゥの精神感応は片方が『血』を持たなくても、相手が
近い存在ならば可能な場合がある。かつて私と次郎衛門が、戦の中で交わした
ように。たぶん彼女の場合は、植物の因子という要素が関係していたのだろう。

(…でも破壊に対してって、どういう意味なんですか…)
(…詳しくは分からないけど、あの感覚は覚えがあるの…)
(…………)
(…あなたは、まだ何か秘めているのかもしれない…)
(…楓さん、あの…)
(…ごめんなさい。ずっと見てたの…)
(…そうですか。あのね、私、分かったんです。自分が悩んでいた想いが
  何なのか。この人の傍に居たい、あの人の所に帰りたい――でした…)

  ――カエリタイ――
  遥か昔、この雨月山で漂流者達がこぼした言葉。

(…そうなの…)
(…どうすればいいのか、正直分かんないです。ただ…)
(…ただ?…)
(…今はお姉ちゃんを助けてあげたい。後はそれから考えようって…)
(…そうね。だったら急がなくちゃ…)
(…はい、行ってきます…)

  現実世界に目覚めようと、薄れゆく彼女の精神体を見ながら、私はもう一度
考えていた。あの『血』の反応は何だったのだろう…?


「結界の発動なんて、初めてお目にかかったよ。…ええと」
「…長岡志保よ、源五郎さん」
  第一秘書の長瀬さんと混乱しそうで、私はこの人を名前の方で呼んでいる。
私達は鶴来屋・新館を覆う結界と、それを取り囲む襲撃者達の中心にいた。
  発動された結界装置は芹香さん直々のもので、一度張ると3日は解除不能の
強力な物らしい。その使い難さからお蔵入りになっていたのを、綾香が密かに
引っ張り出した代物だ。
  旅館の設備上、3日程度の篭城は問題ない。さらに明日には、作戦を終えた
『協会』の救援が駆け付けるはずだ。要は、従業員と客の混乱を静める面倒な
仕事のみ。相手と同様、こちらも結界に対して打つ手がないのだから。
「…娘は大丈夫だろうか」
  結界の外で動き回る、人ではない兵士達を眺めながら、源五郎さんが呟く。
「待つしかないわ、綾香達の報告を」
  その綾香達は、娘さんの行き先を源五郎さんから聞くと、私を残して移動を
開始している。襲撃の可能性を懸念し、結界装置を私に託して。
  今頃、彼女は闘っているかもしれない。『エクストリームの女王』の称号に
相応しく…。


  男は痛みよりも混乱が強いようだ。
「ば…馬鹿なッ!」
「――エクストリームにはね、演技と駆け引きは付き物なのよッ!」
  拳に続いて蹴りを見舞いながら、綾香さんが叫ぶ。私は身体を巡る脱力感に
耐えながら、チカラを放つ機会を待っていた。まだ眠る訳にはいかない。
  彼女がマントの端を掴み、相手の身体に巻き付けるように絞り上げた途端、
男は宙を反転して地面へ叩き付けられる。
「――今よっ!」
  投げを決めた綾香さんが大きく横へ跳んだ刹那、集めた全てを解き放った。
風が地を這い――破裂音と共に世界が雪煙で白く染め抜けられる。


                                        −第1話・完−
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          <状況確認あとがき>

あかり:志保の登場ですが、当初は結界でなく、帰国した宮内さんとコンビで
        鶴来屋・新館の防戦だったそうです。
 浩之 :未消化の伏線、第1号か(笑)。
あかり:浩之ちゃん、私達も笑えない状況なんだけど…。
 浩之 :………。
あかり:とりあえず、マルチちゃんの復活は次回です。
 浩之 :予定では『集散』ラストだったくせに(ボソッ)。
あかり:あ、あの…浩之ちゃんの機嫌悪そうなんで、この辺で(ぺこり)。
 浩之 :オレだって、好きで荒れてるじゃねぇ!(涙)

            男泣きの  −終幕−