天使集散 投稿者:dye
                      <始めに>

   これは『創造・邂逅・流転・共鳴』(各章5話)の続きものです。
   前話については、図書館のログを参照して下さい。
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「…確かにチェックメイトね」
  綾香さんが低く笑うのを、私は冷たい汗を感じながら見ていた。
「――お互いに」
「我がチカラで満足に動けぬくせに、よく大口を叩くわ。…何が言いたい?」
「あなたは知らないのよ。3つの事を」
  私が口を挟もうとするのを、綾香さんが視線で制する。
「…知らないだと?」
「そう。でも、教える前に一つだけ聞かせて欲しいわ。なぜ姉さんを狙うの?
来栖川グループに対する遺恨かしら?」
  だが、男は冷笑を浮かべただけだった。
「面白い娘だ。こちらが言わずに吐かせる選択も有るんだぞ?」
「その時は彼女に、私ごと攻撃して貰うだけよ。勝てなくても、痛手ぐらいは
与えるでしょうね」
  人質を抱え、玉砕覚悟の相手と闘うのは確かに分が悪い。私にも分かる話を
相手は理解したのか、それとも好奇心からなのか。男が口を開いた。


「…約20年前だ。世界有数企業の経営者達による秘密の計画があった。軍事
にロボット工学を交えた兵器プロジェクト。そこには来栖川の名もあり、計画
は進められていた」
  私は初めて耳にする話だ。
「ところが、10年前に就任したばかりの来栖川の新社長が突然、計画脱退を
申し出た。当然だが、他の経営者達はこぞって反対したらしい。その会議の席
で反対する一人が、冗談を口にした」
  綾香さんは無表情で聞いている。
「来栖川がメイド・ロボを生産中止すれば認めようと。他の者達も笑いながら
賛同したそうだ。兵器計画の一角にして、当時の来栖川の経営の要であった、
メイド・ロボ生産を手放すなんて無理な話だからな…」
  私や世間一般が知っている、生産中止の事情とは違う…。
「…しかし来栖川の新社長は、約5年の歳月でそれを実行して脱退を果たした。
その結果、主力を失った計画は衰退のため断念され、別口で進められていた半
機械兵士は、計画の記録隠滅の為に皆殺しに遭ったのさ…1人を除いて」
  男が口の端を上げた。その目は笑っていない。
「生き残った1人は、その能力を駆使して組織を成した。自分の半身を科学者
に解析させ、分身たる兵士を造った。そして動き始めた…全てを狂わせておき
ながら、涼しい顔の来栖川の新社長――魔女の氷の表情を歪めてやろうと!」


  激昂した男の叫びにも、綾香さんは無表情だった。
「…昔話は終わりだ。さて、教えて貰おうか。こちらの知らない3つを」
「――4つよ」
  綾香さんが冷めた口調で応じる。
「1つ。その新社長も、結果として傷ついたのよ。知り合いの『妹達』を
戦場に送らない配慮のつもりが、『大切な友人』を悲しませてしまって…」

  胸が早鐘を打ち鳴らす。たぶん、その友人の名は『藤田浩之』。そして知り
合いとは…。私は後方を振り返り、若草色の髪を視界に映した。
  生命創造の禁断さを口にしながらも、社長がなぜ協力したのか。真の理由は
『償い』…?

「…それがどうした」
「2つ目。私の護衛してた長瀬さん、探索に関しては姉さんをも凌ぐ『千里眼』
なのよ。襲撃犯の本拠地を調査してた彼女は、『日本魔術協会』を率いて叩い
ているわ。チェックメイトは、そちら同じよ」
  そう。私達が『終わった』と言っていたのは、この作戦なのだ。もっとも、
こっちに大物が居たのは予想外だったが…。

「3つ目。数回の襲撃を受けた人間が、何の準備もせずに歩き回ると思う?
まして、屈指の魔術師である姉を持つ私が、護符の一つを持っていても不思議
じゃないでしょ」
「何だと!?」
  これは私も知らなかった切り札だ。無表情だった綾香さんが、再び低く笑う。
彼女の物騒な笑みと対照的に、男は初めて狼狽の声を上げた。動かないはずの
人質が動いて。

「ラスト。私は姉を『魔女』と呼ぶ人間が嫌いなの。あなたは3度も、それを
口にしたわ…」
  やはり彼女は怒っていた。半回転する主の動きに流れた黒髪が、男の視界を
遮るように広がり、そして過ぎ去った瞬間。

「――姉さんを…『魔女』と呼ぶなッ!」

  弧を描く容赦のない拳が標的に見舞われた。もう、彼女の攻撃は止まらない。
もちろん、私の方も彼女を止める気はさらさら無かった。


                                        −第5話・完−

                                        以上『天使集散』の章、終了
                                        以降『天使哀笑』の章、開始
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            <沈黙あとがき>

 浩之 :綾香のヤツ、おいしい所、総取りじゃねーか。
 志保 :ゲッ、何でヒロがここに居るのよっ!
 浩之 :いや…ほら、オレの名前が本編に出てきたし(汗)。
 志保 :名前「だ・け」ね。
 浩之 :(沈黙)
 志保 :今回の登場者に加え、私とマルチは次章、登場が確定よ♪
 浩之 :あと何人かは未定らしいな。
 志保 :ちなみにヒロじゃない事は確かね。
 浩之 :(激沈黙)
 志保 :それじゃあ、真のヒロインの出番をお楽しみ〜☆


            不安を残しつつ  −終幕−