夜の心 投稿者: dye


  食事や入浴に安らぐ者…疲れからまどろむ者…仲間と談笑する者。
  一日の探索と激闘を終えた若者達がそれぞれの夜を過ごす中、一組の
男女が鶴来屋のラウンジで語っていた。


「耕一さん、柳川さんを知りませんか?」
「見てないけど。いつものように夜の散歩だろ」
  数日前から柳川が外出を頻繁に重ねているのは、周知の事実となっている。
「…そうですか」
  耕一の答えに千鶴は視線を伏した。それを見た耕一が慌てて付け加える。
「心配いらないさ。大方、やつらを狩る!ってラルヴァを……」
「気になるんです」
  耕一の言葉を静かに、だが強い意志で千鶴が遮る。
「知っていますか?柳川さんがいつから外出し始めたか」
「いや…」
「メイフィアさんが夕食後に演奏しているのを見て、急に外へ出て行った
のが最初だそうです」
  行動の原因は演奏なのか曲なのか?もっとも、それが何を意味するのか
誰にも分からないし、もしかすると全く無関係なのかもしれない。


「…以前、私とあの人は似ていると言いましたよね」
  柳川をラルヴァから解放した時の事である。
「以前の私を見ているようで、気になるんです。私の場合は、耕一さんが
凍らせた心を温めてくれました。ですが柳川さんは……」
  ホテル内の軽いざわめきへ耳を傾けるかのように二人は押し黙った。
(…冷たくて乾いている、深い夜の砂漠のような心)
  でも千鶴は思う。凍てついた心の底には、昼の砂漠のような灼熱の激情も
埋もれているのではないだろうかと。




  突如、目前に出現した黒い壁。
それは立ち並ぶ無数の黒きラルヴァ達であった。
「…今日は団体か」
  淡々と呟く柳川。
夜の散歩と称して毎晩のように追っていたが、今夜は違ったようだ。


(…俺は他の連中とは違う意味で闘っている)
  生き抜く為の闘いではない。世界や勝利の為とも違う。
勝てば一時の愉悦、負ければ死という名の解放を味わうだけだ。
そう、その瞬間の為という表現が最も近いかもしれない。
  闘いの間は全ての悲しみを忘れ、喪失した生の感触を得られる。
冷めた身体に熱い奔流を生み、虚ろな心に昏い歓喜が走る戦闘は、
身を掠める危うい一撃すら甘美だ。
  それを悼む者も、痛む心も自分には無い。
(死人同然の自分に生を与えるが敵の死とは皮肉だな……)
柳川の浮かんだ苦笑を嘲笑と取ったか、黒壁が一斉に弾けた。


  相手の攻撃を待つまでも無い。
(…遅い!)
  すれ違いざまに爪を振るう。
  裂かれた翼を苦悶に震わせる個体。
その翼に視界を塞がれ、動きを止めた数体が瞬時に血煙を上げた。
  へし折った角を胸に投げつけられ、更に傍の2体が沈む。
そして開いた包囲網の隙間を殺戮が疾り抜けた。
  もはや生命の炎を狩る獣はいなかった。
  そこに在るは魂を刈る死神。
振るわれる刃は今宵も黒く濡れ、乾く暇も得ない。


  最後のラルヴァの爪を掻い潜り、抜き打ち気味に一撃を放つ。
確かな手応えの一呼吸後、背後で崩れ落ちる微震が両足に伝わった。
「………」
  現世から風化して消えていく屍の列に一瞥くれると、柳川は鶴来屋の方角へ
顔を向けた。もう昂揚は去り、いつもの喪失感が心身を包んでいる。
  こんなものか…と微かに洩らし、勝者は夜空に跳躍した。街灯を受けた眼鏡
のフレームが、闇空に一瞬の軌道を描いて消える。


…そして辺りは再び静寂を取り戻した。


                                               <了>
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                    <あとがき>

              「あなたは私と似ているわ…」

LF97・痕 編の終盤、千鶴さんの柳川への発言です。
  当初はギャグSS「頑張れ!狩猟者」のネタの一つとして考えてました。
上の発言に柳川が「いいや、似てない。俺は狩猟者であって偽善者じゃ…」
と反論しかけ、千鶴さんに経験値が入るというオチ。

  結果はご覧の通りです。今回、説教臭くない・無理に話を完結させない事を
心掛けましたが……また精進して参ります(泣)。それでは。