天狼星−シリウス− 投稿者:dye



     天狼星−シリウス−          作成:97.11.05(水)
       (完全版)                加筆:97.11.12(水)
                                 修正:98.03.01(日)


<前編〜届かない光〜>


光を強く感じるのは自分が闇にいるから
そこに光は無いから
焦がれて狂おしいほど
その光は遠い……
 ・
 ・
 ・
 ・
「香奈子ちゃん、大丈夫?」
親友の瑞穂が私の顔をのぞき込む。
「えっ・・・あ、ぜんぜんOKよ。ほら!」
そう言って私は、今日1番の笑顔をしてみせた。
いらぬ心配をかけたくない。「強がれるうちは大丈夫」が私のモットーだ。
私の名は太田香奈子、17歳。親友の藍原瑞穂とは中学からのつき合いだ。
私には恋人がいる。生徒会長の月島さん。
あ、そうそう、その生徒会で私が副会長、瑞穂が書記をしている。
絵に描いたような恋人と親友を得て、私は幸せで一杯だ。

……いや、幸せだった。
私は知ったのだ。
私にとって太陽のあの人が、その日差しを別の人に向けていたことを。
その光が私を照らさないことを。


それを知ったのは、あの夜のことだった。
私が初めてあの人に抱かれ、その腕の中で浅い眠りについていた夜。
あの人の温もりに包まれながら、私は幸せのまどろみにいた。
「………」
はじめ夢だと思った。
「……コ」
続いて耳元でやけにハッキリと聞こえた。
「…リコ」
夢でないことに気づいた私が目を開くと、あの人の唇が言葉をつむいでいた。
どうやら寝言のようだ。私は笑い声を洩らしそうになった。
「ルリコ」
私は知っている。それが妹さんの名前であることを。
会話の中によく登場するから、あの人が妹思いの兄であるのは承知だ。
(何も今じゃなくても)
少し嫉妬しつつ、急に寝顔を覗いて見たくなる。
「瑠璃子」
 ・
 ・
 ・
あの人の寝顔は―――涙で濡れていた。泣いているのだ。
私は呆然とした。
しばらくして私は耳をふさぎ、あの人に背を向けて眠った。
いや、眠ろうとした。激しい後悔が今頃になって襲ってくる。
胸の痛みがまぶたに伝わり雫を生むのに、さほど時間はかからなかった。
「瑠璃子」
背中から聞こえる声は、なかなか止まない。
まるで闇を怖がる子供のように、私は早く朝の来ることを願い続けた。


私はあの夜のことを忘れようと努めた。
何事もなかったように振る舞い、あの人のために出来ることは何でもした。
ひたすら気に入られるよう頑張った。
時間は未来へと確実に流れていく。
私の努力は、ほんの少しでもあの人との別れを延ばしたと信じたい。


(あの人に捨てられる……)
もう終わりが近いことを感じながら、私は瑞穂に電話していた。
これからあの人に会うこと。これが最後になるかもしれないこと。
受話器を持つ腕に雫が散る。
自分でも知らないうちに泣いていたのだ。

(こんなに涙もろくなったのは、あの人と付き合いはじめてからだ)
そう思うと涙が止まらなくなった。
こんな私、今まで瑞穂にさえ見せたことない。

「……香奈子ちゃん?」
これ以上、話すのは出来そうもない。
「……えへ☆瑞穂、ごめんね。じゃあ、行ってくる」
そう言って受話器を落ろす。

運命とは皮肉なものだ。
私は数週間後、この時と同じ言葉を瑞穂に言うことになる。
「…ミズホ……ゴメンネ……」


                                          〜前編・終〜  
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  天狼星−シリウス−

<後編〜夜に届く光〜>


あの人は太陽であり、光だった
しかし陽は沈み、その光は星ほどにしかない
月もない暗い中、星は輝く
天に一つの天狼星(シリウス)のように
 ・
 ・
 ・
 ・
私はあの人と会った。話すことは、もう残り少なかった。
そして私は知ったのだ。私同様、いやそれ以上に彼もまた
愛に焦がれ、狂おしく生きていることを。

(…甘えかもしれない)
同じ苦しみを抱えているのなら、分かってくれるのでは?
(…同情でもいい)
ねえ、捨てないで。私、何でもするから。お願いよ!
(…好きなの、愛しているの!)
私は…わたしは……!!

「……瑠璃子じゃなきゃダメなんだ」

その名前が引き金となり、私はあの人にしがみついた。
言葉は出なかった。代わりに涙がこぼれた。


あの人と私はオブジェのように、しばらく動かなかった。
静かに時間が流れてゆく。
ポツリとあの人がささやいた。
「そんなに苦しいのなら、楽にしてあげるよ。もう苦しまないようにね……」
残酷なまでに優しい微笑みと囁き。
それが私自身でいられた時の、最後となる「あの人の認識」

――そして彼がチカラを放った

感覚的に「私」が壊れていくのが分かる。
苦痛の声が口から漏れるが、私は気にならなかった。
あの人が私を相手してくれているのだから。
壊れていく……こわれて……コワレ……Ko……
それは例えるのなら、記憶の断片が次々と失われてゆく感じだった。
私の中から大切な何かが流れて、もう戻らない予感。
「さようなら、太田さん」
体中をあの人の光が、駆け抜けていった。
目の前が真っ白になり、耳以外の器官が動きを止める。

(あっ―――)
どこか遠くで、昔に聞いた瑞穂のオルゴールの音色が流れたような気がした。
 


光を強く感じるのは自分が闇にいるから
そこに光は無いから
焦がれて狂おしいほど
その光は遠い……

あの人は太陽であり、光だった
しかし陽は沈み、その光は星ほどにしかない
月もない暗い中、星は輝く
天に一つの天狼星(シリウス)のように

後悔する感情なんて、今の私にはない
もはや他の光を見たって
天狼星(シリウス)に優る星はないのだから
 ・
 ・
 ・
 ・
今「私自身」は深く暗い眠りの状態にある。
もう2度と覚めない深淵の中に。
「壊れた」という表現は正確ではない。
なぜなら、この状態のおかげで私はあの人の光を受ける事が
多くなったのだから。
あの人の妹さんも、光の受信ができるようだ。
フフフッ。
今の私は、あの人の最愛の存在に近いところにいる。


――そして、今日もあの人から光が届く。私に逢いたいと。
行き先は、無駄な光が少ない夜の学校だ。
天に独りある天狼星(シリウス)のように、あの人の光だけが
私の唯一であり、全てなのだから。
日記に「学校へ行く」と残し、私は光に導かれるまま
一路、あの人を目指した。



        太田 香奈子 SS: 天狼星−シリウス−(完)

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                  <あとがき>

  リーフさんの「即興小説」に投稿したものに、加筆・修正したのが
本作です。元は4章に分けていて、ラストは後編の詩

 「天狼星(シリウス)に優る星はないのだから」

で完結していました。この後の続きは完全加筆になります。
  お読み下さり、ありがとうございました。   m(_ _)m