『三想散話〜Sansou Sanwa〜』 投稿者:dye



              『三想散話〜Sansou Sanwa〜』


  これは『Lファイト97』の綾香EDをきっかけに作った『痕』SSです


                  <エディフェル>

 「この葉の名は楓だ。源氏の絵巻きに『柏木と楓との物よりけに若(し)か
 なる色して』とある。確かにこの上ない秋の色だな」

 私の問いに対する次郎衛門の答え。そう、この不思議な紅色ゆえ尋ねたのだ。
   我々の種族は「赤」に惹かれる。全てを灰塵に帰すヨークの炎・この星の
 生物が流す血の飛沫・そして、狩りへの欲求の源である鮮やかな命の炎。
   これらは興奮と破壊をもたらすが、この楓の「赤」は安らぎに似た念を呼び
 起こす。真なるレザムへの望郷の渇きを潤すがごとく。

   エルクゥは互いの意識を信号化し、伝え合うことができる。それは言葉より
 も深い理解。私の意識が伝わったのだろう。次郎衛門が私を背中からそっと抱
 きしめた。
 「鬼となった俺も人里には戻れぬ。違うな、戻るつもりはない。エディフェル、
 お前には俺がいる。ずっと側にいるから……」
   この人の想いと肌の温もりが、私の心身を温めてくれる。いつもなら嬉しく
 思える温もりが、今は胸を焦がすように熱く切なかった。

   私はこの人のことを皆に話すつもりだ。一族、いや、姉達は獲物の存在と肌
 を重ねた異端をどう思うだろうか。答えは今宵得られる。
   これは告白という名の闘い。私達の行く末を定める為の。死の道も有り得る。
 しかし、私も高潔なる狩猟の民の娘。闘いは怖くない……が。
  (……離れたくない)
   1つの想いが2人の意識を巡った。エルクゥには無縁とも思える脅えに似た
 感情。私が出会った次郎衛門という新たなレザムの温もりを背に、楓の紅色が
 視界で熱くぼやけて足元で静かに弾けた。

 「エルゼテア……」
   それはエルクゥの言葉で別れの意味。そして再会を約束する言葉。必ず戻っ
 てくる。次郎衛門のこの腕の中……私のレザムに。
 楓が誓いに応えるように、風にそよいで小さな手を振り続けていた。
 

                  <リネット>

            エディフェルの同族を滅ぼした
            愛しい者を奪われたゆえに
            赤く染まったこの腕は、どちらの血で濡れているのだろう
            ヤツラのものか、それとも傷を受けた俺の血か
            答えは、同じ一つの血だ
            ヤツラと俺に流れていた鬼の血
            エディフェルから受け継いだ命
            俺の側から彼女の温かみは失われた
            ここに居るのはリネット
            エディフェルと同じ匂いのする娘


   夢で繰り返される恋物語の終焉。消えない痛みと悲しみ、復讐への猛り。
 次郎衛門の意識が私に流れ込んできた。この人は失われた姉さんの像を求め、
 名を叫びつつ泣いている。
   夜毎に繰り返される悲しい心の交わり。私がみんなを滅ぼす結果を引き起
 こしたした罰なの、姉さん?
  (あっ……)
 眠ってたはずの手が私の涙を拭う。
 「あんたの一族を滅ぼしたのは俺だ。本当にすまない……」
   この人の優しさが辛かった。違うの。私がヨークの翼を失うミスを犯し
 この星に着いたのが始まりで、あなたに武器を手渡したのが終わり。そう、
 全ては私が。姉さん……みんな……次郎衛門、本当にごめんね。

   朝は未だ訪れず、光は届かない。罪は刻まれたまま心は晴れない。私に
 この人を慰めれるだろうか。自分の心もままならないのに。
 「……あの人の想いが私の心を温めるの」
   かつて姉さんの語った言葉が頭をかすめた。そうだ、私に出来る事はある。
 エルクゥなればこそ可能な方法が。

  (姉妹で同じ人を……か)
   必ず次郎衛門の悲しみは癒してみせる。姉さんの愛した人を。
   この決意は偽善かもしれない。自分の存在理由を見つけた事による安堵も
 少しは感じていたから。それでも誰かを救えることは、みんなを死なせた私
 にはこの上なく嬉しかった。


                  <次郎衛門>

 「次郎衛門・・・・無理しなくてもいいのよ」
 リネットへ妻になって欲しいと告げた際、返事は静かな笑顔だった。

 「あなたの心を温める為、私はあなたを愛した。あなたの感情は私の想いの
 写しかもしれない。私は……あなたの悲しみが薄れたことだけで満足だから」

   確かにエディフェルの事は忘れられない。しかし、俺はリネットに姉の姿
 を重ねて愛したつもりは無かった。
 『想いの写し』。鬼の能力を言っているのだろう。確かに俺はエディフェル
 から血を受け継ぎ、鬼同士で深く意識を交じえる事が可能になった。俺の心
 が彼女の心を温めたとも。
   だが、リネットの優しさに助けられながら、俺は彼女に惹かれていったのだ。
 それが単なる『写し』だろうか。彼女の言う通り、鬼の能力によるものならば。
 「次郎衛門、あなた一体……」
 突然、鬼の力を解放し始めた俺にリネットが驚く。そして……。

   鬼の爪を一閃させ、俺はその場に膝を着いた。ひどい脱力感が襲ってくる。
 リネットが慌てて駆け寄り、崩れかけた俺の身体を支えた。

 「何て無茶を。角を切る行為は、エルクゥの力を失うことなのよ!!」
   まだ脱力感は続いている。暗闇に飲み込まれそうな意識を叱咤しながら、
 俺は言葉を吐いた。
 「……知って…いる…その為に……した……」
 「どうしてまた……」
 リネットの涙を拭おうとして、右手から鬼の爪が消えていることに気付く。
 「……俺の…想いが…『写し』なら……力と共に…消える……」
 「・・・・・・・・」
 彼女の蒼白な顔色を落ち着かせようと無理に笑みを作るが、うまくいかない。
 「……リネット……俺の…気持ちは……変わらぬよ……」
 それを最後に、俺の意識は途切れた。

   後日、俺はリネットと祝言を挙げる。切り落とした鬼の角は、刀と一緒に
 雨月山の寺へ納めた。血の匂いのするものは、もう俺達に不要なはずだから。
 「侍が刀を捨てるか」と住職に笑われながら俺は寺を後にした。石段の所で
 赤い落陽に目を細める。
  (これで良かったんだよな……)
 誰へともつかぬ独白。悲しみか喜びなのか自分でも不明な感情は、俺の両眼
 を熱くした。


      ──そして数百年の時を刻み、3人は再び巡り会う──


                                                              <了>
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                <説明を兼ねたあとがき>

   来栖川姉妹と楓・初音姉妹の関係に共通を感じたのが根底にあります。
 どちらも同じ人を好きになり、妹が姉に遠慮がある所が・・・・。

 「次郎衛門」の終わり方は自分でも安易と思います。なお、「エルゼテア」
 は初音シナリオからです。これは「ありがとう」の意味かもしれません。
 ヨーク脱出の会話から引用したものです。

   それではこの辺で。お読み下さり、ありがとうございました。  m(_ _)m