『伯牙絶絃−hakugaZetugen−』 投稿者:dye
                  ・・・・伯牙絶絃・・・・

  国語の授業で登場した中国故事「ハクガゼツゲン」。試験入学期間2日目、
セリオのデータに加えられた新たな言葉である。

  春秋時代の頃に伯牙[はくが]という琴の名手と、その友であり優れた聴き手
の鍾子期[しょうしき]という二人の若者がいた。
  伯牙が琴で弾き描こうとする心を、鍾子期は違わず言い当てたという。二人
はそれ程よく気の合った弾き手と聴き手であったが、やがて不幸な事に鍾子期
は病で死去してしまう。
  すると伯牙は無双の名人と言われていたにも関わらず、愛用の琴を打ち壊し、
絃を断ち切って死ぬまで二度と琴を手にしなかった・・・・。

  この物語から生まれたのが『伯牙絶絃』である。国語教師は「真の友人知己
を得る事は無上の幸福であり、逆にそれを失う事は不幸なのだろう」と真面目
に語った後に、テストでの絃と弦の漢字ミスを注意して皆を白けさせたのだが。

  来栖川のデータベース経由でダウンロードすれば手軽に入手できる故事成語
なのだが、それに伴う物語はセリオに複雑な思いを与えていた。
  物語で伯牙の琴で奏でる調べから、鍾子期は託された心を聴き分けたとある。
峻厳なる泰山や流れ行く水の面影、嵐の長雨よる山崩れ。特に山崩れの曲は、
二人が泰山の山奥で嵐に遭い、生命の危機に晒されていた折りの演奏であった
為に伯牙は鍾子期の感想に深い感激を覚えたという。

  人間は言葉だけで無く、音楽でも心が通じるものなのかと驚きを覚える反面、
人を模して造られた自分達にも同じ事が可能ではないかという思いがセリオの
胸にあった。・・・・私は友人であるマルチさんの調べを分かるのだろうか?

  セリオの言う調べとは、マルチの清掃時の鼻歌である。作業中に音楽を流し
効率の上昇を生む人間とは違い、自分達には必要の無い行為。では、なぜ彼女
は歌うのだろうか。今のセリオにその答えは出せそうも無く、そして歌の心も
得られないように思われた。
(マルチさんに直接、聞いてみよう・・・・)
放課後になり級友に別れを告げると、セリオは下校時の待ち合わせ場所である
バス停を目指した。


  帰路でのマルチとの語らい。それは互いの一日の報告でもある。専らマルチ
が嬉しそうに体験を語りセリオが聞き手なのだが、今日は珍しく彼女の方から
話を切り出していた。
  もちろん『伯牙絶絃』のエピソードである。しかしマルチは鍾子期の病死の
下りで泣き出してしまい、ハンカチを手渡して慰めた為、セリオが全てを話し
終えるには多少の時間を必要とした。

「・・・・以上の話をマルチさんはどう思いますか」

  本当はすぐにでも例の質問をしたかったのだが、学校のクラスメートと違い
同じ立場で考える事の出来るこの友人の意見も興味深いように思えた。
「私ですか?・・・・ええと・・・・」
いつもは学校での出来事を語り合うだけで、意見を求められる事はないのだ。
マルチの戸惑いをセリオは理解し、無言で返答を待った。


  二人の乗るバスはゆっくりと進んでいる。
・・・・夕飯の買い出し帰りの主婦達・・・・時計を覗くサラリーマン・・・・友人と談笑
する学生・・・・自転車の回る銀の輪・・・・しまい遅れた白い洗濯物・・・・
  全てが午後の陽光の中で踊っている。窓ガラス越しの揺れる街並みに視線を
泳がせていたセリオに、おずおずとマルチが口を開いた。

「・・あの・・・・琴さんは」
「はい?」
  一瞬、何の話か分からなかった。
「その壊された琴さんは、まだ演奏して欲しかったと思います」
「・・・・・・・」

  伯牙が鍾子期の死を悲しんで壊した愛用の琴。無二の聴き手を失った演奏者
として壊したのか、それとも二人の思い出の品を傍に置いておくのが辛かった
のか。恐らくその両方であろうが、セリオには確たる自信が無い。
  だがマルチの指す琴の心は、同じ人に仕える立場として理解できそうだった。
誰かの役に立つ働きは、人々を楽しませる琴の音色とある意味、同じではない
だろうか?

「あの・・・・私、変な事を言ってませんか?」
「いいえ。とても参考になりました」

  沈黙した自分に心配したのだろう。マルチに礼を述べ、セリオは国語教師の
語った注釈を含めて『伯牙絶絃』を説明した。テストの漢字ミスの話を除いて
ではあるが。

「それじゃ私、セリオさんがご病気になられたらお掃除道具を壊さなければ
ならないんでしょうか?」
「あの、マルチさん?」
「壊すのは嫌ですけど、セリオさんお友達ですし・・・・」
「・・・・大丈夫ですよ、マルチさん。私達は病気になりませんから」
「あっ!そ、そうでした」

  それに死ぬことも無いと言いかけ、セリオは口を閉ざした。8日の試験入学
期間を過ぎれば試作機である自分達のうち、一人は眠る可能性がある。それは
人間の永眠に等しく死と言えなくもない。教師の言葉がリフレインする。

「真の友人知己を得る事は無上の幸福であり、逆にそれを失う事は不幸
なのだろう」

  不定な未来の予想を捨て、セリオは再び問い掛けた。その答えを欲して話し
始めたのだ自分は。
  
「もう一つ質問が有りました。お掃除の時、マルチさんはなぜ歌うのです?」
「私がですか?」
「はい。誰かに聴かせる訳でなく、作業の効率の為でも無いのに歌う理由です」

  この時、娯楽や芸術といった観念はセリオには存在しない。自ら歌うマルチ
は歌の心を理解しているのではという気持ちが強い。
  問いの答えを知れば自分も彼女のように歌え、その心を知るのはマルチの友
として単純に素敵だと思えた。二人で合唱するのも悪くない。

「理由は分かんないです。今まで考えたこと無かったです、私」
「そうですか」
  軽い失望、いや大きな落胆を覚える。
「・・・・ただ」
「はい、何でしょう?」
「お話のショウシキさんのように、聴くことも私は好きですよ」

  後日、彼女は忘れられない歌を聴く。それは入学期間・最終日の一人だけの
卒業式に浩之の歌ってくれた「仰げば尊し」。だが、それは先の話である。

「聴くこと?・・・・そうですか」

  託された心を知るには、それを歌えなければならないと考えていた。しかし
聴くことも等しく大事であると、セリオはマルチが言っているように思えた。
この友人は度々ごく自然に何か語っては自分を驚かせている。彼女自身は自分
の影響力を知っているのだろうか。

「・・・・マルチさん、あなた凄い人です」
「そんな。セリオさんの方が私よりも、ず〜〜〜〜〜とスゴイですよ」


  バスはゆっくりと進行している。停留所ごとに人を乗せては降ろし、また次
の所で降ろしては乗せ、やがて客は二人を残すのみとなった。彼女達の我が家
はもうすぐである。
  もしマルチが伯牙であったら、自分は友の鍾子期でなく愛用の琴であっても
良いかもしれない。ふとそう思いつつ、セリオは普段のように友人の声へ耳を
傾けた。

                                                  −完−
-----------------------------------------------------------------------
<最近、To Heartモノしか書いてないよなぁ・・・・と思いつつ、あとがき>

  作中の故事成語は18の時に知りました。当初、原案はレミィもので弓の弦
を切る話だったんです。・・・・結果は(笑)。
  レミィに関しては別案で、弓道の経験を生かした少し明るい話を考えてます。
ですが、連載の方を進める予定なので未定に等しいです。


                −ネタ提供−

  若かりし頃のセバスと耕平(耕一の祖父)の出会い。
悩む耕平(鬼の力or女性問題・・柳川の母・・など)に解決の光を示すセバス。
  そして数十年後、再会をした二人。恩も込めて素直に喜ぶ耕平に対し、
セバスは執事の立場を貫き、自分の主人の客である鶴来屋グループ社長と
してしか対応しない。
  流れた月日の重さと、変わってしまった互いの立場を痛感する耕平。

  ・・・・みたいな話なんて、どうです?


            <周回遅れな感想レス:順不同>


Hi-waitさん:タイトルの『―痛―』は、楓のものと受け取りました。
             『―笑―』はかなり好きです。祐介の切り札のネタって
              体張ったものになりそうだ。ば***ですから(ネタバレ避け)

UMAさん:『初音の部屋』の初音ちゃん。耕一そりゃ帰れないでしょう(笑)。
              隠れた部屋で、柳川さん御用達の『貴之の部屋』があると
              思われます。しかし耕一、千鶴さんのチョコ食べたのか・・・・。

ひめろくさん:「春の風を運んでくる鳥の話」はひめろくさんの創作ですか?
               続編読みました。セリオの成長に期待してます。へーのきさん・
               久々野さんと共にトリオ・ザ・セリオ結成でしょうか?

健やかさん:続きは先だそうですが『月の幻惑』。お手並み拝見します(笑)。
            障害(?)である柳川と先輩が孤独を味わった者として似ている
            ので、貴之とは相性は悪くないとは思います。問題はセバス(笑)。

無口の人さん:『せばすちゃんとことり』。なぜ上限が43?と思いつつ、読破。
              せばす、おまえさんはおとこだぜっ!やっぱりおとこは、だれも
              いないとこでなくもんだ。くうぅ、ごうてんまるよ、えいえんに!

ハイドラントさん:『星が消えた空』。こうゆう話も有りますね。ガディムを
                  召喚し全てを滅ぼした後、獲物を失った狩猟者はどこへ行
                  くのでしょうか?柳川は確かに孤高であって欲しいです。

kuramaさん:解決編があって良かった。あのまま終わりでは「気になって眠れ
            ない!」ものです(笑)。梓が妙(あかりの所で)と思ってたんです
            が、まさか共犯だとは・・・・。

久々野さん:デンパマンで一番好きなのは月島兄ですが、キャラ性だと太田嬢
            の正直モードが(笑)。セリオに関しては、へーのきさんに悪い気
            がしてたので。気にしてましたらすみません。当SS、お詫びです。


  今回は以上です。前回、来た時に編集した部分(プラスα)までとなって
います。長々と失礼しました。それでは。

(追伸)Runeさん、お心遣い感謝します。  m(_ _)m