仮面オーダー鰻騎(インプレッションMIX) 投稿者:ARM 投稿日:6月21日(金)21時46分

「美少女ゲーム。それは18禁、非18禁問わず、登場するヒロインとの恋愛要素を目的ないしそれを含んだアドベンチャーゲームあるいはシミュレーションゲームを指している。

 そこに登場するヒロインは、基本的にプレイヤーの願望(恋愛ニーズ)に答えるべく、様々な個性を保有している。

 特に、メインヒロインと呼ばれる存在に多く見られる個性に、料理に関係するモノがある。すなわち、料理が上手い、という設定である。

 プレイヤーの多くは、家庭的なヒロインという半ば偶像的な幻想を抱きがちで、料理という要素はそこに起因すると思われるが、それは同時に、料理が好きという個性の記号化を生み出す原因となった。

 果たして、殆どのゲームには、料理好きなキャラが登場する事となったが、記号化の弊害として、要素の畸形化も生じるようになった。

 それは『料理は好きだが、料理の腕が伴わない』設定のヒロインが成立した点である。ニーズ面でも明らかな自虐的要素であるその設定を支持する――“萌えてしまう”プレイヤーの病んだ嗜好の分析はここで語るべきモノではない。

 ここに、その畸形的ヒロインの代表格として、柏木千鶴というヒロインが居る。

 彼女の場合、料理という設定にも畸形的評価がある珍しい存在なのだが、ファンの間では公倍数的に“下手”という認識がある。

 そんな千鶴が、この苛烈なる闘いに身を投じた理由は、まだ明らかにされてはいない。
 だが少なくとも、今の千鶴は、在る因縁との決着を果たす道上に立つ自分を意識していたハズである。


 “この闘い、料理というキーワードを保有する、ないし拘りのあるヒロイン全てに参加資格がある。”

 “注文を受けろ。そして闘い競い合え。生き残るために。”

 かつて、18禁ゲームに、「ヴァリアブル・ジオ」という美少女格闘ゲームの名作があった。接客より拳の腕前に秀でたウエイトレスたちが、最強を目指し闘い合う物語を描いた作品である。

 それが今、蘇る。

 しかし、これは拳で語り合う闘いではない。

 純粋に。

 客から注文(オーダー)を受け、料理を素早く提供する。

 そう、ウエイトレスとしての技量のほどを競い合う勝負なのである。

 しかし、普通の勝負ではない。

 “ウエイトレス”は、それぞれ“食”に対して拘りがある者達のみ選ばれる。
 選ばれた“ウエイトレス”には、この闘いに相応しい、異能の“力”が与えられる。

 それぞれが持つ、拘りの元となる“食材”の属性を持つ、異形―モンスター―が守護者となる。
 そして、彼女たちの衣装として、食の死闘に相応しい力を備わった、フリフリのコスチュームが与えられた。

“仮面オーダー”

 そのコスチュームに身を包んだ彼女たちを総称である。……本当は「“可憐”オーダー」だったんだけどねぇ、つい言い間違えちゃって。ま、そっちのほうがゴロが佳いから、仮面にしちゃったワケ。……あ、つい地が。

 闘いの場も、この世ならぬステージを与えられた。


“あんなみらーわーるど。”


 名前ばかりか配置すら、何処かのファミレスに酷似しているが気にしてはいけない。今から気にしすぎると若ハゲになっちゃうゾ(ウインク&投げキッス)

 光粒子を主元素として、光学的計算に基づく量子的配置によって、鏡の中に擬似的空間を生成する事に成功した存在が、たまたまそこがアンナミ○ーズの店内にクリソツだった事から、最強のウエイトレスを求めた闘い。

 やがてそれは、一部の者による些末な気まぐれから、美少女ゲーム界に於ける、最強ヒロインを求める闘いへと転じたが、それはそれで佳いと思う。

 “すべては、我が戯言なり。”

 ふふっ、決まった――、って何よセバス、これからが佳いところなのに……え?あたしの出番無い?うそぉ?なんでよぉっ!え?ゲーム違い?姉さんが渡辺製作所のほうで待ってるって?」


 柏木千鶴。
 Leaf作品「痕」のメインヒロインで、第一回葉鍵最萌トーナメント優勝という輝かしい実績と多くのファンを持つ、現時点での美少女ゲーム界屈指の存在である。
 さて、千鶴が契約した食材モンスターは「キノコ」である。理由は言うまでもなかろう。
 その長い黒髪がよく似合う、大正時代の女学生を彷彿とさせる蒼系の襦袢と袴の衣装に身を包み、毒々しいまでに極彩の警戒色を放つ、四肢のついた異形のキノコを引き連れ、多くの食材モンスターを血祭りに上げていった千鶴は、ここにきて初めて、自らと同じ「仮面オーダー」と対峙するに至った。

 相手は、千鶴の佳く知った存在であった。

 それこそが、千鶴の宿命。――Leafキャラの宿命。

「……千鶴さん。本当に闘うの?」

 千鶴の背後で、メイド風赤いエプロンドレスに身を包んだ少女が不安げに訊く。
 彼女の名は、神岸あかり。千鶴と同じ、Leaf作品「ToHeart」のメインヒロインである。従順な犬チックかつ家庭的なヒロインという事で、千鶴同様今も根強いファンを持つ。
 あかりもまた、仮面オーダーの一人である。料理が得意な設定という点から、千鶴と同じく選ばれた存在である。
 あかりも仮面オーダーならば、当然、契約した食材モンスターが存在する。
 あかりのそれは、千鶴のキノコモンスター以上に異形であった。

 ていうか、ウナギイヌ。

「契約する前は普通のウナギだったんだけどねぇ」

 突っ込まれると、あかりは苦笑混じりにそう言う。契約した食材モンスターは、契約者の属性に呼応して進化するとはいえ、恐るべきかな犬属性(笑)
 ともあれ、あかりは仮面オーダー鰻騎(うなぎ)となり、この闘いに望んでいるが、あかりの場合は純粋に、他の料理好きなヒロインたちと、料理の腕を競い合うつもりでいた。
 だから、千鶴のこの闘いを不毛と思い、止めに来たのだ。

 千鶴の闘う相手は、あかりでは無い。

「……邪魔はしないで、あかりさん。これは、避けられぬ宿命。――いつかは迎えなければいらない結末」
「でも……」

 あかりは戸惑いつつ、千鶴と対峙する「第三の仮面オーダー」を見た。

 ていうか、視線の先は、自然とその相手の胸に。
 貧乳保護地帯、Leafに於いて、その当初より冷遇され続けていたヒロインの豊乳を。

「……どうして、姉妹で闘い合わなければならないんですか?」

 あかりは、胸を強調した、アンナ○ラーズ系のカッパーのデコレーションがついたメイドドレスに身を包んだ柏木千鶴の妹、柏木梓に問うた。

「それが宿命だから」

 梓はにべもなく答えた。敵であるハズのあかりなど眼中にない言い方である。

「宿命、って、そんな大袈裟な……?!」

 あかりがそう言った途端、梓はあかりを、きっ、と睨み付けた。その顔は憎悪に歪んでいた。

「――胸がデカイから、お前は貰われっこだの、偽者だのと言われ続けた屈辱!あんたなんかにわかってたまるものかっ!!」

 あかりは、またかい、と心の中で呆れた。ARMのSSなど、所詮そう言う系統の話ばかりである。<ヲぃ

「その積年の恨み辛みを、ここで晴らせるのならっ!あたしは悪魔の力を使ってでもやってやるっ!――千鶴姉ぇ、覚悟しなさいよっ!」

 梓が千鶴を指して怒鳴る。
 その背後から、巨大な影が噴き上がるように現れた。

「……悪魔って、その蟹の事?」
「そうカニ」

 千鶴は、梓の背後で、巨大なハサミを、ぢょっきん、ぢょっきんと動かして威嚇している蟹モンスターを見て呆れた。どうやらタラバガニ。

「……これまた解る人にしか解らないネタを」
「タラバガニって本当は蟹じゃなくってヤドカリの仲間なんですよね」

 あかり、食のウンチク発動。

「え、本当?」
「うん」

 それを聞いた千鶴は、にぃ、と笑ってみせた。

「……モンスターまで偽物じゃないの」
「――――うぅ〜〜るぅ〜〜さぁ〜〜いぃぃぃぃぃっっっっっっ!!勝負、勝負、勝負っっ!!」

 あかりはそんな姉妹のやりとりを見て、はぁ、と困憊した溜息を吐いた。想像以上にこの因縁は根深いらしい。

「はいはいはい。それじゃ――」
「「いらっしゃいませっ!!」」

 それが仮面オーダー同士による闘いの合図。
 同時に、三人が居る空間が「あんなみらーわーるど」と化し、客で満員のファミレスと化す。
 仮面オーダーの闘いは、ウエイトレスらしく、どれだけの客を捌けるかで決まる。店内に居る客の注文を多く受けた者が勝者なのだが、更にそこへ陣地取りの要素が加わり、注文を受けた客の配置がそのまま仮面オーダーの陣地となる。
 その陣地内には相手のオーダーが立ち入る事は出来ないが、しかし例えば、千鶴に注文した客が、料理に満足しなかったり、まだ食べられる余裕があると、梓が注文を受けて自分の陣地にする事も可能である。
 注文の終わった客の配置と数で勝敗が決まるのだ。オセロタイプのテーブルゲーム的要素を持った対戦ゲームで、某ARMが某エロゲーメーカーさんの某18禁ゲームの企画案で用意したゲームシステムが元ネタなのはここだけの話(笑)だが、PC対戦モードでの思考ルーチンの設計が面倒なので提出せずにほったらかしだったりする(笑)。

 それはそれとして、柏木姉妹の因縁の対決が遂に始まった。

 賢明な方なら、この闘いで何が起きるのか、大体予想はついている事だろう。
 陣地の取り合いというシステムが、この闘いに於いてはまったく意味を成さないと言うコトを。
 柏木千鶴という仮面オーダーの存在が、全てを物語っている。
 即ち――

「……マズイ」

 梓の呟きは、色んな意味を含んでいた。梓は、予想していた事とは言え、ここまで窮地に追い込まれるとは思わなかった。
 梓は着実に店内の奥に居る客から注文を取り、蟹料理――受注を受けた伝票シートを、個々のオーダーディスクにセットしロードする事で、料理がどこからともなく出現する性質から、料理をVENT(発露するもの)と呼称している――を振る舞っていた。
 いかにして、対戦相手より早く注文を受け、料理を用意するか。
 そして、相手の隙をつき、食欲を満たした客に言葉巧みに新しい注文を取らせるか。
 この闘いの勝敗は、オーダーたちのもつ食材の性質をも遠望に入れた戦略性に掛かっていると言える。
 注文する速度はほぼ同じ。
 ならば、いかにして相手を出し抜くか。

 千鶴の客を、どう奪えるか。

「…………無理だ……くそぉ」

 梓の目の前に拡がるは、死屍累々の山。
 この世ならぬ色に変貌した全身の肌は泡立ち、白目を向いて泡を吹き、痙攣しながら絶息していく客の山から、どうすれば新しい注文が取れるのか。

「……ずるいぞ千鶴姉ぇ!キノコのカレーに、隠し味にヒ」
「しー、しーぃっ(汗)」

 不謹慎極まりない発言を察知したあかりが慌てて誤魔化す。

「隠し味なんて入れないわよ。……せいぜい愛情かな(はぁと)、あ、それは耕一さんだけよ、きゃっ(はぁと)」
「……環状ペプチド満載の愛ですか(冷や汗)――こんなに犠牲が出る闘いなんて不毛ですっ!」
「…………い……いいんです、あかりさん……げふっ」

 嘆くあかりに、千鶴のカレーソースがたっぷりのったキノコVENTを食べて瀕死の状態にあった客の一人が、息も絶え絶え、微かに聞こえる呼吸音に掻き消されかねない小さい声で言ってみせた。

「し、しっかりして!?」
「…………我々は…………ちづらー…………千鶴さんの手料理を食べられるだけで、今まで生きてきた甲斐がありました…………」

 血と未消化物混じりの泡を吐きながら、千鶴のシンパだという男が、渾身の笑顔を作ってみせた。おう、男ではない、漢である。

「…………最期に…………最期に一言…………」
「しゃべらないで!それ以上しゃべると――――」


「「「「千鶴さん、萌えぇぇぇぇぇっっっっっっっ――――(ばたり)」」」」


 一斉に轟く断末魔。さながら、ライダーキックを受けて散り行くショッカー怪人の、組織への忠誠と無念さを示す叫びが如く。「痕」に於いて、耕一が千鶴の手に掛かるバッドエンドに魅せられ、それのみを真のエンディングと公言してはばからない漢たちが本懐を遂げた証、命の叫びであった。
 千鶴優勢に見えるこの闘い。しかしその実、千鶴の料理のインパクトが在りすぎて忘れられがちであったが、千鶴もまた、梓の客を自分のものにする事が出来ずにいた。
 千鶴が、梓の蟹VENTを食している客に近づくも、しかし蟹の足を食む客たちは全く応えようとしなかった。

「カニ食うと無口になっていけねぇなぁ」

 動揺を隠しつつ、梓は歯噛みする千鶴にうそぶいてみせた。客を奪い辛いこの勝負では、梓が繰り出す蟹料理はある意味、千鶴の毒料理と互角にあると言えるだろう。

「ていうか、あんた、卑怯」

 そう言って千鶴は、接客する梓を指す。
 いつの間にか白いエプロンのみを、若くピチピチした豊満な素肌に宛うだけの姿でいる梓を、千鶴は信じられないものでも見ているような顔で睨んでいた。

「……裸エプロンとは、なり振りかまっていないわね」
「…………」

 澄ました顔を、つん、とする梓に、千鶴はこの勝負にかける執念を感じ取った。黙り込んでいる客は、蟹に夢中なふりしてその実、梓の裸に気を取られていたのである。

「……ていうか、とても口に出せないところがはみ出てる」
「いやん(はぁと)」

 果たして、互いの陣地の総数はピッタリ半分に分かれた。但し、生存率では圧倒的に梓の方なのだが、この勝負は客の生死を問わないルールである。

「「……互角」」

 千鶴と梓はため息混じりに呟いた。

「もうやめましょう、二人とも」

 あかりは、ほっとする反面、あまりの不毛さに顔を曇らせながら仲裁しようとする。
 しかし柏木の長女と次女は、積年の因縁を晴らすべく始めた対決の結果に納得するハズもなく、今度は、従えし食材モンスターを背後に立たせて威嚇させ始めた。

「どうやら、――いえ、矢張り、実力行使以外にないようね」
「ああ」

 睨み合う二人の周囲に、凄まじき殺気のオーラが漂う。
 一触即発の状況。しかし二人とも鎧袖一触の鬼娘。無事で済むはずがない。
 あかりはこの二人をどうやって止めようか思案するが、ウナギ料理以外の手段がない自分に、無力さが募るばかりであった。

「千鶴姉ぇ、覚悟っ!!」
「返り討ちにしてくるわ!!」

 どっぎゃぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁんっっ!!
 瞬時に鬼の力を開放した二人の拳が、量子レベルで空間を穿ち、衝突時に物理的限界の破壊エネルギーを周囲に放つ。
 その衝撃波は、二人の足許に巨大なクレーターを穿ち、二人を取り巻く空気を沸騰させる。
 激しい激突がもたらした高エネルギーによって生じた凄まじい熱風に、この激突を見守っていたあかりは堪らず飛び退いた。

「……大気中の水分が沸騰するなんて…………食材モンスターなんて居る必要あるのかしらあの二人(汗)」
「同意です」

 あかりの食材モンスターであるウナギイヌも、呆れ気味に頷いた。

「しかし、今の一撃で勝負ありました」
「え?」
「ほら」

 そう言ってウナギイヌが二人のほうを指す。
 先に膝をついたのは、梓の方だった。

「パワーは互角。なのに何故?」
「梓さんの後ろに注目して下さい」
「え?――あ」

 あかりはようやくそこで気付いた。
 梓の背後に、真っ赤に茹で上がった巨大なタラバガニが居る事に。

「…………しまった…………熱風で、蟹モンスターが……!」
「勝負あったわね」

 千鶴のキノコモンスターは、自らの傘から放出した胞子を使い、熱風から見守っていたのに対し、梓の蟹モンスターはその殻の強度を過信し、熱風を全て受け止めてしまったのである。食材モンスターの力の差が決め手となった。

「そんな……」
「あんたの負け」

 がっくりと肩を落とす梓の背に、勝者となった千鶴が敗北の宣告を浴びせる。

「最強の仮面オーダーはただ一人のみ。敗者には相応の結末が待っている――千鶴さん?!」

 あかりは千鶴がこれから実の妹に対して行うであろう事を想像して戦慄した。そして慌ててそれを止めようと、二人の元へ駆け寄ろうとした。
 それを、キノコモンスターが阻んだ。

「退いて!千鶴さん、止めて!」

 キノコモンスターを押しのけようとするあかりだったが、キノコモンスターの巨躯に阻まれ、一向に近づけなかった。

「あかりさん。――これが、仮面オーダーの宿命よ」

 千鶴は僅かにあかりに一瞥をくれ、そして梓をまた睨んだ。

「敗者の仮面オーダーは、その力と資格を失うと同時に、大切なものを一つ、失くす。……梓。あなたの大切なものを、私が奪います」
「千――――」


「で」

 そう言って梓は、敗者となった自分の身に起きた事をもう一度確かめた。

「これが?」
「ええ」

 頷いた千鶴は、梓の胸を指した。

「減ったでしょ」
「………………」
「まぁこれであんたも立派に柏木の女に慣れた事だし。――もういじめられなくて済むわ」
「…………千鶴姉ぇ」

 梓は、千鶴の本意に気付いた途端、感極まった。そして千鶴の胸に飛び込み、ごめんなさい、ごめんなさい、とわぁわぁ泣きじゃくった。

「……あかりさん。一見、感動的に見えるんですけど、根本的なところで何か釈然としないものがあるんですがわたし」
「まぁいいんじゃない?」

 憮然とするウナギイヌの言葉に、あかりもまた同じ思いを感じつつ、最悪の事態にならないでよかった、と胸を撫で下ろすのであった。


「…………と、まぁ、これが『痕』リメイク版の、新しいキャラデの真相なワケよ、ヒロ」
「嘘くせぇ(笑)絶対嘘くせぇ(笑)お前もそう思うだろ、あかり?」
「え?…………あ、うん、ちょっと…………嘘くさい、かなぁ」
「あによぉ、あかりまでそうゆうワケ?」
「あっはは〜〜」

 あかりは困ったふうに笑う。
 浩之も志保も知らない。あかりが着る制服のスカートのポケットには、仮面オーダーへ変身する為の伝票デッキがある事を。


 同じ頃。隆山では、梓が自分の部屋に引きこもったままで居た。

「……梓お姉ちゃん、ずうっと引きこもったままだねぇ」
「……ショックが大きかったからねぇ」

 そう言って楓は、はぁ、と嘆息する。つられるように初音も、しくしくしく、とすすり泣く声が聞こえてくる梓の部屋の方をみたまま、はぁ、と嘆息した。

 失って初めて解る大切さ。
 今まで憎悪の対象にしかなかったそれが、まさか取り返しのない大切なものであったと、今になって気付く悔しさ。
 豊乳を失った事で、梓は体型のバランスをも失ってしまったのである。つまり、今まで豊乳によって違和感なくバランスが取れていた「お尻の大きさ」が、柏木の女化つまり貧乳化によって、異様に目立つようになってしまったのだ。
 早い話が、下半身デブ。

「いやぁぁぁっっ!!こんな土偶体型、いやぁぁぁぁぁっっ!!」

 そんな梓の慟哭を、梓の柏木の女化の張本人である千鶴が、会長室で伝票デッキを弄びながら口元を少し釣り上げて聞いていた事など、誰も知る由もない。


 ――さらに同じ頃。
 都会の片隅の暗がりで、ブロッコリーの食材モンスターを、愛刀のレイピアで切り刻んだばかりの、新たな豊乳属性の仮面オーダーが、地面に散らばるブロッコリーの破片を見下ろしながら、嫌いじゃない、と呟いた。
 つん、と剣先でブロッコリーの破片を突っつき、既に只の食材と化した事を確かめると、彼女は踵を返し、路上へ置き去りにした食べかけの牛丼弁当を再びがっつき始めた。


 新たな死闘の予感さえ知らずにいる千鶴とあかりが、彼女と邂逅する刻(ひ)は、決して遠くない――。

               この章、一時、閉幕

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