ToHeart if.「淫魔去来」第28話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:9月19日(水)00時46分
【警告】
○このSSはPC版『ToHeart』(Leaf・AQUAPLUS製品)の世界及びキャラクターを使用しています、たぶん。
○このSSはPC版『To Heart』神岸あかりおよびHMX−12型マルチシナリオのネタバレ要素がある話になっており、話の進行上、性描写がちょっとある(笑)18禁作品となっております。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

    ToHeart if.

       『淫魔去来』  第28話

            作:ARM

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【承前】

 5月4日、早朝。

 明け方、ふと、ベッドの上で目が覚めた浩之は、間近にある、浩之にぴったりと寄り添って眠る、穏やかな表情のあかりに気付いた。安らかな寝息が、浩之の胸にそよ風のようにかかっていた。
 風呂での情事の後、浩之とあかりは浩之の部屋に行き、そこで浩之のアルバムを見ながら昔の想い出を語り合った。それはまるで、積み重ねてきたお互いの想いを改めて確かめ合う作業のようであった。
 ずうっと浩之に恋してきたあかりと、その想いになかなか気付いてやれなかった自分。嬉々としながら浩之の写真を指すあかりをみて、浩之は自分の不甲斐なさとあかりへの申し訳なさで一杯になった。
 そのうち夜も更け、ベッドを共にした二人は、どちらからともなくまた求め合った。二度目の交情では、あかりが浩之の股の上に跨る騎乗位の姿勢で交わし合ったが、二人して体力の限界を迎え、浩之があかりの膣(なか)で果てるのと同時に、あかりは失神してしまい、そのまま浩之の胸の上に倒れ込んできた。浩之も朦朧とした意識の中で、倒れ込んできたあかりの肩を抱き留めるが、恐らくそこで自分も力尽きて眠ってしまったのであろう、そこから先の記憶が曖昧になっていた。

「…………」

 昨夜の、あかりの肌の熱さを身体で思い出していた浩之は、幸せそうな顔で眠り続けているあかりを見て、起こさないよう注意しながら身じろいだ。

(……にしても、幸せそうな顔しやがって。一体どんな夢を見てるんだろうな?)

 浩之は心の中でそう呟くと目を細めて、あかりの髪を優しく撫でた。

(この幸せそうな寝顔をずっと守ってやりたい……)

 浩之の素直な気持ちだった。
 それは今に始まったものではない。昨夜もあかりを初めて抱いてからずうっと抱いていた想いである。
 だがその想いは、あかりへの愛情と言うより、罪滅ぼしという気持ちから湧いたものだった。
 未来の人間達の都合を勝手に押しつけられ、蹂躙された記憶を奪われていたあかり。
 その発端が、浩之がマルチを選んだ、という失われた事実にある事を知ってしまった為に、浩之はあかりの愛に答える事に躊躇してしまったのだが、今はもうその迷いは晴れ、あかりを愛し続ける事を心に誓っていた。

 しかし、今浩之が抱いている想いは、もう一つあった。
 それはすべてにケリを着けたいという想い。怒りであった。
 怒りは強くなればなるほど、あかりを愛おしくなる想いを膨らませ、あかりを愛すれば愛すほど、怒りは更に増していった。昨夜、浩之があかりを激しく求めたのは、それゆえであった。
 無論、あかりは浩之のそんな昏い想いなど気付いているべくもなく、執拗に求める浩之に躊躇いなく身体を開いたのである。果たして、浩之の情念はすべてあかりの身体の中に昇華され、浩之の怒りはおさまった。あかりの穏やかな寝顔を前に、心が静かになっている浩之は、満足感さえあった。

(…………これで良いのかも知れないな。…………でも…………)

 ふと、浩之の胸に去来する、りりすの別れ際の哀しそうな笑顔。

(………………)

 浩之は部屋の天井を暫し見つめた。
 やがて浩之は目で横を見て、机の上にあるデジタル式置き時計を見た。
 四時半だった。窓のカーテンの隙間から、薄らと明けの空の色が部屋に染み入っていたが、起きなければならない時間まで、まだずいぶんあった。
 浩之は、ふう、と溜息を吐くと、寝顔の額に軽く口づけし、そっとその肩を抱き寄せて、もう一度瞼を閉じた。
 目を覚ました時、多分ふたりが最初に見るであろう、お互いの照れあった微笑みを今は期待して。


 翌朝、あかりと朝食を摂っていた浩之は、何処か遊びに行くかと提案した。当然、あかりに断る理由はなく、ふたりは海辺の見える公園へ行く事にした。
 昼前に浩之の家を出たふたりは、電車に揺られ、正午過ぎに潮風が立ちこめる清々しい海が見える公園に到着した。しばらくそこで潮風を満喫した二人は、その後、浩之から映画でも観ようか、と切り出したので、あかりは頷き、駅前の映画館に足を運んだ。
 そもそもゴールデンウィークの語源である、映画の大作シーズンの今は、休日と言うコトもあってどの映画館も行列が続き、立ち見になっていた。しかし丁度浩之たちが到着した頃は、一番人の入りが多い午後最初の上映時間が終了したばかりの入れ替え時間帯であった為と、あかりが選んだ映画のお陰でもあった。

「…………く……『くまこぐま大行進』?(汗)」
「志保が元気だったら一緒に見に来ようと思っていた映画なんだよ。――駄目?」
「い、いや…………べ、別にいいが」

 何でこのゴールデンウィークシーズンに、こんなけったいなタイトルの大作があるのかよく判らない、と浩之は戸惑も、渋々首肯した。

 一言で言うと見事なまでのバカ映画であった。星座の小熊座の伝承をベースに、動物物で「ブレアウィッチプロジェクト」をやったとしか言い様のないそれを観て、えぐえぐ、と涙ぐむあかりに横目で一瞥をくれる浩之は、あかりの底知れぬクマ好きに恐怖さえ抱いた。

(……志保。おめー、りりすさんに酷い目にあって唯一幸運だったのは、この映画を観に行かずに済んだ事だな(汗))
「ううっ……クマさん、凄く可愛かった……!志保も元気になったし、快気祝いに連れてきてあげよう」
(……前言撤回。弱り目に祟り目(涙))


 ふたりが映画館を出た頃は、既に陽が西に傾いていた頃だった。そろそろ帰るか、と浩之が言うとあかりは頷き、帰路に就いた。
 あかりは浩之と一緒に浩之の家までやってきた。

「上がってくか?」
「ううん。今日はもう帰る。遅くなるとお母さんたちが心配するし」
「心配させても良いんだが……」
「?」
「あ――いや、何でもねぇ」

 そう言って浩之は目で上を見て、うっかり口を滑らせてしまった事を照れた。あかりはそんな浩之を見て、くすくすと笑った。

「そういえば、りりすさん、そろそろ帰ってくる頃じゃない?」
「え…………」
「だってりりすさん、実家に帰っていたんでしょ?」

 言われて、浩之は昨日、あかりに家へ泊まるよう誘った時、りりすの事を聞かれて曖昧な返事をしていた事をようやく思い出した。実際、どう返事したか、浩之はもう忘れていた。かなりいい加減な言い訳をしたのだろう。
 りりすは、一日の夜に浩之の家を後にしたっきりであった。

 もう未来に帰るから。

 それがりりすが最後に残した言葉だった。もう帰ってこないからという別れの言葉。

「…………あ、ああ。そうだな」

 そう返答して浩之は、ふぅ、と溜息を吐いた。

「……悪いな。今度、りりすさんと一緒に夕飯作ってくれよな」
「……うん」

 あかりは浩之の様子が少しおかしい事に気付いていたが、敢えて詮索せず頷いてみせた。
 そしてふたりして、どちらからともなく顔を寄せ合い、名残惜しそうに唇を重ねた。舌を絡ませあう熱愛のキスは、離れ際、互いの口を、つぅ、と光の線を繋がせた。
 もうしばらくあかりの肌を感じたいと思った浩之だったが、それは我慢してあかりと離れた。そんな浩之を見る熱っぽいあかりの目は、このまま別れるのが名残惜しかったのかも知れない。しかしこのまま勢いでズルズルと愛欲に溺れてしまうわけには行かなかったので、ふたりとも暗黙の了解のように自制した。

「……じゃあ、明日」
「おう。気をつけてな」

 浩之の家の前から遠ざかるあかりを、浩之は見えなくなるまで見ていた。やがて、あかりが自分の家がある道へ続く角を曲がって行ったのを確かめると、浩之は自分の家に入っていった。
 誰もいない家。昨夜、あかりの身体に溺れていた世界のなごりはなく、ようやく家の主の一人が帰宅してきた事でようやく静寂の世界が駆逐された。浩之は居間に入ると、ソファの上に寝転がり、もう一度溜息を吐いた。
 浩之が気怠そうに黙り込んだ事で、再び静寂の世界が室内を侵した。居間のTVをつけて紛らわす事も可能だったが、浩之は何故かそんな気にはなれなかった。
 どれくらい時間が経ったのであろうか。浩之はとても永い時間をソファの上で過ごしたような気がしたが、ふと見遣った壁掛け時計は、まだ7時前を指していた。
 起きあがり、あり合わせの物で夕げを済まそうと思ったその時だった。
 浩之は、がばっ、と起き上がるや、玄関のほうへ駆け出していった。
 そして、何の躊躇いもなく玄関の扉を開けてみせた。
 驚かなかったのは、そこに立つ者が誰か、浩之には判っていたようであった。
 ドアベルを鳴らしたのは、申し訳なさそうに佇んでいたりりすであった。

「ぐ……ぐっどあふたぬぅん」
「…………」

 りりすは苦笑しながら言うが、浩之は黙り込んでいた。しかし唖然としている訳ではなく、むしろ呆れている風な黙り方であった。

「…………いや……あの、その…………ちょっと…………忘れ物を…………」
「………………」
「…………怒ってる?」

 訊かれて、浩之は頷いた。

「腹、減った」
「――は?」
「俺、夕飯まだ喰ってない。早く用意してよ」

 そう言って浩之は、にっ、と意地悪そうに笑ってみせた。
 りりすは、そんな浩之を見て、気まずそうに、あはは、と笑って応えた。


 三十分ほどでりりすは、あかりが昨夜の夕食と今朝の朝食用に用意した食材の残り物で、二人分の夕食を用意してみせた。その手際の良さはあかりなど足元にも及ばない。
 ましてや、その味は高級料理店の味に劣らぬ美味で、空腹も手伝い浩之はあっというまにその殆どを平らげてみせた。
 残りは一品。

「…………これ」

 そう言って浩之が指したモノは、浩之には見覚えのある、そして紛う事なき異色の料理であった。

「あはは…………失敗しちゃって♪」

 戸惑いつつ、しかし懐かしさを感じながら浩之は、テーブルの中央を締めているミートせんべい、もといミートソーススパゲッティを凝視してみせた。

「…………ワザとだろ?」
「い、いや、あの、その…………これだけ、昔からちょっと苦手で」

 そう言ってりりすは困った顔で頬を指先で掻いた。

「……この間、イタリアンスパ作ってくれたじゃねーか」
「あっはは――――っていうか…………何か〈真祖〉――マルチの記憶がこんなふうに作れ、って命令毒電波送ってクルのよね〜〜♪」
「ナニが毒電波だよ……まったく、折角の、なけなしの生活費から捻出して買った食材をこんなふうに…………」

 浩之はブツブツ文句を言いつつ、しかしそのミートせんべいを手で掴み取った。そして、ばりっ、と無造作に噛み砕いてみせた。

「………………相変わらずピザ喰ってるみたいだったが、そのクセ、味ばかりは前と比べて一流と来たモンだ(笑)――やっぱりワザとだろ?」
「ち、違うとゆってるのにぃ〜〜(涙)」

 ううっ、と泣きを入れるりりすを見て、浩之は意地悪そうに笑いながら、ミートせんべいを全部平らげてみせた。

「今度こそ、未来へ帰った時、こんなモン喜んで喰ってくれるヤツなんか居ないから、ワザとじゃなくても注意しなよ」
「ううっ…………」

 しょぼくれて頷くりりすを見て、浩之はその姿にあのマルチをいつしか重ねていた。まさにそれは、初めての料理でミートソーススパゲッティを作り、失敗して落ち込むマルチそのものであった。既にマルチでもあると名乗り出て一応納得はしたものの、こう物理的な証拠を前にして、浩之は改めてりりすがマルチの生まれ変わりだと言うコトを納得した。或いは、計算高いりりすの事、遠回しに意地悪も兼ねて、ワザと失敗してみせたという可能性も否めないかった。
 もっとも、浩之にはどちらでも良かった。

「ま、とりあえず――ご馳走さま」
「は、はい、お粗末様」

 りりすは冷や汗をかきながら答えた。

「それにしても……りりすさん」
「はい?」
「忘れ物って、なに?」
「――――」

 浩之に訊かれ、りりすは暫し絶句する。

「…………やっぱ適当な言い訳だったろ」
「いや、あの、その…………」

 りりすは俯き、両人差し指の先を、ちょんちょん、とつつき合ってみせた。

「…………親父たちの部屋においていたりりすさんの荷物なんて、いつの間にかキレイさっぱりなくなっていたし。よもや財布忘れた、なんて事はあんめぇ?」
「う、うん…………」

 りりすが頷くと、暫しふたりの周りを静寂が支配した。

「…………あかりちゃんの事」

 ようやくりりすが口を開いた。

「…………浩之ちゃんとあかりちゃんの事が気になって」
「気になって?」
「だって、浩之ちゃんが私の話聞いて、本当にあかりちゃんを愛してくれるかどうか気になって…………」

 りりすは複雑そうな顔で応えた。
 すると浩之は、はぁ、とワザとらしく呆れたふうに溜息を吐き、

「…………俺があかりを抱いた事は、ほっといても判るんだろ?」
「え?」
「だって、りりすさん、あかりの記憶も持っているじゃないの?」
「あ………………」

 りりすは、浩之が、ありとして自分に抱かれた時の記憶など、ほっといても判ってるだろ、と言いたげに睨んでいるのに気付き、驚きつつ戸惑った。
 そのうち、俯くりりすは、顔を赤くして、こくん、と頷いた。

「…………私の中のあかりちゃん、幸せだった、って言ってるよ。浩之ちゃんにいっぱい、いっぱい愛されてたから……」
「俺から見れば、これからもずうっとあいつを愛し続けてやるつもりだが」

 浩之は臆面もなく歯が浮くような事を口にした。りりすは一瞬、ぎょっ、となるが、しかしそれが浩之の偽りなき本心に相違ない事は判っていたので、直ぐにはにかんだ。
 やがてりりすは、うん、と頷いた。

「…………それが、どうしても聞きたかったから」

 りりすは、ぽつり、とそう洩らした。そしてそれは、この過去に気懸かりとしていた事への、りりすの本心なのであろう。浩之の本心が、りりすの本心を誘ったのだ。

「……これでもう気兼ねなく、未来へ帰れるよ」

 そう言ってりりすは席を立った。
 しかし浩之は、憮然とした面もちで席に着いたままであった。

「じゃあ浩之ちゃん、あかりちゃんとお幸せに……」

 そう言ってりりすは浩之の横を通り過ぎ、居間を出て行こうとした。
 だが、浩之はいきなり席を立ち上がり、居間を出る寸前であったりりすの背後から、りりすをいきなり抱きしめた。

「ひろ――――?」
「――――行くな」

 そう言って浩之はりりすの身体を強く抱きしめた。

「――――また、お前は、俺の前から去ってしまうのか?」
「――――?!」

 浩之の問いかけに、りりすは思わず身体を硬直させた。

「あの夜みたいに――俺がこうして無理矢理引き留めなければ、また――永遠に俺の前から消えてしまうのか?!」

 浩之はりりすの背中にどやしつけた。りりすが今振り返れば、沈痛な面もちでりりすを引き留める浩之の貌と付き合わせる事になるだろう。

「――俺は――――もう――――あの時みたいな後悔は――――したくない――――」
「ひろ――――?!」

 戸惑うりりすだったが、りりすの身体を押さえていた浩之がその状態でいきなり暴れだし、果たしてりりすは押し倒されてしまった――――。

            つづく

http://www.kt.rim.or.jp/~arm/