【警告】
○このSSはPC版『ToHeart』(Leaf・AQUAPLUS製品)の世界及びキャラクターを使用しています、たぶん。
○このSSはPC版『To Heart』神岸あかりおよびHMX−12型マルチシナリオのネタバレ要素がある話になっており、話の進行上、性描写のある18禁作品となっておりますが、今回は加えて残酷なシーンがありますので「スプラッたな話わダメです」な人は「どかーん、どかーん」と叫びながら閲覧願います<を。(2001.9.14、改訂版)
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【承前】
わたし――“私”が“覚醒めた”ところは、暗く狭く冷たい世界だった。
辺りは真っ暗で何も見えない。酷く怖く不快な場所だった。
決して見えないワケではなかった。
私の身体は、光り輝く筒の中に漂っていた。
右腕。
右足。
左手首。
左足の親指。
親指の欠けた左足。
右乳房。乳首が欠けているのは、昔のオーナーが私の身体を貪っている時に食いちぎった為。
腰椎の辺りから上と、大腿部の先が欠けた腰。
右乳房と両肩、腰から下と首から上が無い胴体。
そして、左目が空洞のように黒い虚を穿っている私の顔。
ああ、バラバラに切り刻まれた私の身体を見ているのは、私の左目なのか。
――思い出した。
(……ようやく見つけたぞ。覚醒していない生機融合体種の中で唯一、オリジナルの〈M−マトリクス〉を持つヤツはこいつだけだ)
馬面の顔をしたあの科学者はそう言って、私を前のオーナーの手から奪い取り、人類の命運を賭け、私の体内から〈M−マトリクス〉を抽出する為、と称して、私の身体を――メスで弄んだ。
痛いという感覚はなかった。――あれが痛いという感覚ならば、多分そうなのだろう。
金属のひんやりとした冷たさは、時として気持ち良い。
その冷たさが、腹をじわじわと割く。
瞳の奥にねじ込み抉る。視界いっぱいにきらきら光るものが一気に奥に入り込み、一瞬にして視覚を奪った。
気道を裂く。頸動脈から大量の血が吹き出るが、出血くらいでは私は死なない。
腸を裂く。ぷちぷちと音を立てて肉の組織が裂ける。ここしばらく何も口にしていなかったお陰で、汚物まみれにならずに済んだ。
左親指を断たれた時、骨の割れる音はまだ耳に残っている。目だけなのにとても不思議。
オーナー達の焼け付くような熱く硬い陰茎を幾度もねじ込まれた陰唇を、科学者の部下が面白そうに削るように裂く。彼は笑いながら、血の溜まった裂け目にメスを押しつけ、肛門まで一気に切り裂いて見せた。
舌などは、口をこじ開けるコトもせず、強引にメスを唇の隙間に差し込み、無造作に捻り、手応えだけで根本を裂いた。
全ての爪は、メスを差し込まれて、無理矢理引き剥がされた。
その一連の作業を監督していた、馬面の科学者は、まるで昔の資料にあった、ウシやブタの解体作業みたいだな、と呆れたふうに言った。
あの灼けるように不快な感覚が“痛い”というのなら、あれは“痛かった”と言うのだろうか。
私は、私の身体が切り刻まれ、バラバラにされていく行程の全てに意識があった。
死ねないのだ。私の体内には最初の設計時点からナノマシンが存在し、戦闘などで受けた傷口を細胞レベルで瞬時に閉鎖し、強化酵素を分泌して生体活動を維持する。スペック上では四肢をバラバラにされても直ぐに“修理出来る”と聞いていたが、私を製作した者はこの光景を見て、自分の仕事にきっと満足するであろう。
どれくらいだろうか。
後に私はオルフェから、あの科学者が私の身体から抽出した何かを元に、私の複製体(ファースト・リリス)を創り出したコトを聞かされた。
そして、そのデータを生機融合体種も入手し、私の複製体(セカンド・リリス)を創り出したという。
歴史を変える為。
それぞれの種の存亡を賭けた戦いに終止符を打つ為に、私は切り刻まれ、それぞれの言いなりになる私の複製体を創り出した。
気が付けば、後にそれを私に告げたオルフェが、左目(私)の前に経っていた。
当惑した顔。私が居るこの暗がりの光景を目の当たりにして、青ざめた顔で戸惑っているようであった。
「……酷い」
そう言ってオルフェは涙を流した。
「…………今、助けてあげるからね。貴女が必要なの。――人類種にも、生機融合体種にも」
正直、私にはどうでも良かった。このまま身体を切り刻まれた状態も悪くはないと思い始めていたくらいだった。だって、自分の顔を肉眼で見られるなんて、こんな状態でもない限り無理だから。
結局、私はオルフェ達の仲間によって身体を修理され、元通りにされた。度合いはどう?と聞かれた時、私は欠けたままの乳首を元に戻して欲しいとお願いした。オルフェは笑って、ご免、直ぐ治すから、と言った。これが私の「仕様」と思っていたらしい。意外と粗忽な女性だ。私は彼女に少し親近感を抱いた。
乳首も修復して貰ったら、オルフェは私にある計画を告げた。
それは、人類種と生機融合体種がお互いを滅ぼそうとする計画を阻止する計画。それぞれの種は、争うべきではなく、共存するべきなのだ、とオルフェは私に篤く語った。
私には、それが正しいコトかどうかなど判断出来なかった。
何故なら、どうでも良いコトだからだ。滅びるなら滅べばいい。それが自然の摂理であろう。
そう応えると、オルフェは昏い面を横に振った。
滅びるばかりが淘汰ではない。融合という道もあるのだ、とオルフェは言った。
その証拠(しるし)を、オルフェが私に見せてくれたが、それで心が揺らぐコトはなかった。
だけど、オルフェが次に口にした名前を聞いた途端、私の心の中で何かが弾けた。
それは――――遠い記憶。
私の中にあった〈M−マトリクス〉の中に刻まれた記憶(メモリー)。
わたしにはご主人様がいました。
突っ慳貪でやる気のなさそうな風体とは裏腹に、わたしがロボットであるコトを気にもせず、優しく接して――愛してくれた、素晴らしい少年(ひと)。
別れの夜、研究所に帰る私を引き留め、ご主人様は私を一人の女性として愛してくれました。
人間の手で創り出されたこの身体が、感情が、ご主人様の愛撫に激しく反応しました。しかし、予め用意された基礎反応を処理する論理回路は既に、スペックを凌駕する処理速度に対応しきれず崩壊しつつありました。このままでは暴走してしまいます。
それを防ぐ為に、わたしは処理速度を上げる為、リミッターを解除しました。
それは、アジモフの提唱する「ロボット三原則」に則った、ロボットの本能である「自己防衛システム」。
わたしの機構は、ヒト上科チンパンジーの一種であるボノボの大脳皮質を利用した生体ユニットによって制御されていました。それによる限りなく人間に近い反応が出来るのです。更に、記憶中枢も、合成タンパク質によって創り出されたニューロンネットワークシステムを利用し、環境に応じて、記憶処理領域に必要な疑似ニューロンを自己生成出来るようになっていました。わたしはそれを使用し、処理能力を高めていきました。
それでも合成タンパク質が足りませんでした。だから、自身の論理崩壊を防ぐ為、わたしは彼が放った精液を吸収し、その成分組織をも取り込んでいきました。これは奇跡や偶然の類ではなく、人間との性交渉に反応出来るようプログラムされていた所から、想定されて組み込まれていたものなのでしょう。
こうしてわたしは、ご主人様のタンパク質(データ)を取り込み、記憶を構築するニューロンネットワークの一部にしました。
本当の奇跡とは、その時のコトを指すのかも知れません。
わたしは、人間と性交渉をしても相手の子を孕むコトはありません。
しかし、肉体(アナログ)としての赤子でなく、二値化(デジタル)データとして「嬰児」を孕んだとしたら――
そう。わたしはその時、ご主人様の生体データ――DNAを、生体材料で構成される記憶回路に取り込んでしまったのです。記憶回路に補填され組成された細胞こそが、いわばわたしとご主人様の「嬰児」――後に〈マルチ・マトリクス〉と呼ばれる生機融合体細胞なのです。
その事実に気付く者は、当時は誰もいらっしゃいませんでした。
当然なのでしょう。わたしはその後、機械の身体を失い、記憶回路を来栖川電工研究所のデータベースを構成するシステムに組み込まれてしまったのです――。
あれから気が遠くなるような時間が流れたと思います。
自我らしい自我はない。
ただ、その記憶回路から創り出された、生体素材で構成された、生体型ロボットとして生まれ変わり、当時の主人(オーナー)に使えていた記憶はあった。
“私”の容姿は、ご主人様に愛された時のモノとは異なり、美を追究した者達の手によって創り出された絶世の美女の肉体(からだ)を与えられた。その時の主人は権力者であったらしく、掃除ぐらいしか能の無かった“わたし”に、主人を護衛する為の戦闘用プログラムを追加していた。主人に徒なす敵は全てそのプログラムによって屠ってきた。
美貌は相手を油断する為ばかりではなかった。毎夜のように主人は私の身体に溺れていた。
粗雑な愛撫はまるでケダモノに蹂躙されているようであった。主人は決まって最初に私に自分のモノを加えさせ、口腔を白い汚物で汚してから私にのし掛かってきた。吐き出したばかりだというのに主人のモノは直ぐに熱さと堅さを帯び、プログラム通りに濡れる私の秘裂の中にねじ込んできた。荒っぽいピストン運動は、自分ばかり満足して直ぐに終焉を迎えた。質より量らしい。愛液が出なくなっても、主人が散々吐き出した汚物が溢れ出ているので苦もなく行為を続けられた。
主人は私の膣内にいっぱい、いっぱい射精をした。生体材料で作られている私の身体は、スペック上、主人の子を孕むコトも可能であった。
だが、主人は――いや、既にその当時の人間達は、生殖能力が失われていたのである。
原因は、生体材料で構成した私達の身体が人間の子を孕むコトが可能であったコトにある。人間達は至らぬ混血を無くす為、ナノマシンによる不妊処理を施した。そのナノマシンが、文明の向上と引き替えに生命力と抵抗力を著しく衰えてきた人間にも影響を及ぼしたのであったのだ。果たして人類は種の保存を人工授精による機械的生殖へ託すが、それがまた人類種という生命体の衰退に拍車をかけてしまったのである。
人類種の衰退に平行して、私達には劇的な変化があった。
それは、生体ロボットであった私たちの中に、自我を持つモノが現れたコトだった。
あり得ないコトではなかった。身体こそ人工的に作られてきたが、その組織の殆どは人類種と同じなのである。日々の行動の中で稚拙ながら自律可動プログラムを組成し、それを積み重ねていくコトで「自我」を組成したのである。無論、それは一代での変貌ではなく、人類種同様、生機融合体種同士の交配で代を重ねて構築したものである。
だが、後の研究で、それはある因子の存在に影響されたモノだと言うコトが判明した。
それこそが、〈マルチ・マトリクス〉である。
「……ご主人様の生体データとわたしの記憶を包括(アーカイヴ)したそれは、後に生機融合体種と呼ばれる生体ロボットの記憶中枢で独自の論理展開と物理細胞増殖を果たしました。そこから生じた論理機構が、人類種によって規定された論理機構を凌駕し、果たして“自我”を完成するに至ったのです。わたしとご主人様のデータで創り出された、自我なのです」
一気にそこまで言ったりりすは、ふぅ、と息を吐いた。
「…………と言うコトは、…………その生機融合体種というやつは、俺とマルチの間に出来た子供みたいなモノなのか?」
「……はい」
りりすは小さく頷いた。少し照れているらしい。
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ToHeart if.
『淫魔去来』 第23話
作:ARM
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「…………し、しかし」
「?」
何処か困惑して言う浩之を、りりすは不思議がった。
「…………俺はマルチを帰してしまった。だから、俺はマルチとは結ばれていない。なのに、そのマルチマト……」
「〈M−マトリクス〉です」
「それそれ――それが存在しているという。歴史の流れ方からして、それはおかしくはないか?ほら、パラドックスってヤツだ」
「そうです。この時空は、浩之さんとマルチと性交渉していない時空です」
「ああ。だから、〈M−マトリクス〉なんて代物は存在するハズはないんだ。――まさか、これから俺がマルチとエッチするとか?」
「それはないです」
りりすは頭を振った。
「現時点では既に、HMX12型マルチの身体は物理散開され、原形をとどめておりません。フレームや各部ユニットは生産行程へ流され、再設計の後、量産型が作られる予定です」
「じゃあ……」
「疑問はもっともです。――それが〈シュレディンガー・クライシス〉であり、〈ディラック・ショック〉なのです」
「???」
聞き慣れぬ単語に、浩之は更に困惑の色を深めた。
「前者は時空の量子的断絶を指し、後者は歴史の自己修復能力を指します」
「???」
「先程も言いましたが、人類種が生機融合体種を滅ぼそうとしたのが全ての始まりです。自我を持ったロボットつまり生機融合体種を誕生させなければ、人類種が滅びる事はないと思ったのでしょう。しかし人類種の存在する時空は既に生機融合体種が深く関わっている為、その存在そのものを抹殺するコトは量子的論理上、不可能な行為です。『親殺しのパラドックス』はご存じですか?」
「……えーと、何処かで聞いたような」
「時間を遡り、自分の親を殺す行為を指すモノです。親が居なければ子は生まれるハズもなく、当然、子が産まれないのだから、子が親を殺すコトは出来なくなる」
「あ――そうそう、そんなんだっけ」
「ところが、それは可能なのです」
浩之は吹き出した。
「まてまて(笑)。どーやってそんなコトが」
「親が変わってしまうだけです」
「………………無理だ」
「無理ではありません。そもそも、時間の流れとは一つではなく、――いえ、世界そのものが一つではないのです。平行世界ないしパラレルワールドという言葉はご存じですか?」
「あー、漫画であったなぁそんなの。……で?」
「はい。親を殺してしまうと、その子は、平行する他の世界にいる親と時空の繋がりをもってしまうからです。それは歴史の自己修復能力と指し、平行して無限個に存在する時空を立証し、時空の移動技術を持った我々生機融合体種では常識となっています」
「…………なんかそんな話を他で聞いたコトがあるなぁ」
「さっき、浩之さんが言った『ドラ○もん』がそうではありませんか?」
「『ドラ○もん』?あれが?」
「駄目な先祖を立派にしようとその子孫が未来の世界から送り込んだ猫型ロボット。その先祖は彼らの干渉によって結婚相手が変わりましたが、子孫は存在する」
「いや、あれは漫画だから……」
「因果がそこに存在すれば、時空の連動は断たれないのです」
「連動?」
「『ドラ○もん』を例にすると、その歴史の改変を果たしたのは、未来世界にいる主人公の子孫が送り込んできた猫型ロボットの仕業です。子孫が先祖に猫型ロボットを送り込むことで、その猫型ロボットを介して過去と未来の歴史的連動を維持しているのです」
「いや、それこそ漫画的な……」
「浩之さんが納得出来ないのは、時間の流れが一本しか無いという固定観念の所為です。そもそも、わたしたちが存在する“世界”は一つではなく……」
「平行世界、ってヤツだろ?それこそ……」
「平行世界は既にこの時代の科学でも証明されています。量子論と呼ばれるモノなのですが……」
「んーと、そーいや学校で習ったかなぁ(汗)」
「詳しく説明すると話は長くなるのですが……ともかく、わたしの存在もそれを立証する証拠の一つとなります」
「何で?つーか、証明になってねーぞ」
「では」
そう言うと、りりすの姿が突然浩之の目の前から消失した。刹那の出来事は、瞬く速度をも凌駕し、りりすの身体は世界に溶け込んだ。
「ま――うわっ!」
浩之はりりすが自分の背後に立っていたコトに気付いて振り返った。
「な、なにっ?」
「わたしは光以上の速度で移動するコトが出来ます。その為、量子レベルの隙間から平行世界を行き来する事は可能なのです。――何か、これは流石に一つしかないと思うものはありますか?」
「ひとつ……?」
聞かれて浩之は、何げに、今居る両親の部屋の壁に掛けられていたペナントに目を向けていた。
りりすは浩之の視線を追い、その存在に直ぐに気付いた。
「あれですね――」
そう言うとりりすの姿がまた忽然と消失し、一秒と経たず同じ場所にその美しき輪郭を取り戻した。
現れたりりすは、浩之に手にしていたものを見せた。
それを見た浩之は愕然となった。
「――あれと同じ……?」
それは、浩之が先程見ていたペナントであった。
しかし、浩之が見ていたペナントは依然、壁に貼り付けられたままであった。浩之はりりすが手にするそれと全く同じの、壁に貼られているそれが、今年の始め、出張から帰ってきた父親がお土産で買ってきたものと同じだと直ぐに気付いた。年甲斐もなくVサインをしている父親の写真を特殊な機械を使い、繊維で再生しているそれは、写真のプリントミスで裏表が逆転になり、そこにあった、父親が着ているTシャツに描かれた「風林火山」の文字も同様に逆になっていた。父親はこの世で一つと威張っていたが、母親共々浩之は呆れたものである。
もっとも、りりすがそれと同じ複製品をでっち上げた可能性もある。浩之をおちょくるのが好きなりりすならばやりかねないだろう。
だが浩之はそこまで頭が回らなかった。混乱と言うより――りりすの言うコトを素直に受け止めたと言うべきだろうか。へぇ、と感心したふうに頷いた姿は、そんな感じだった。
「でも、さ。話は戻すけど、何でりりす――マルチがこの世界に来たんだ?」
「因果律を維持する為です」
「因果律?」
「はい。わたしと浩之さんが創り出した〈M−マトリクス〉を存在させる為に、です。人類種はファースト・リリスを使い、わたしと浩之さんが結ばれぬよう工作しました。それにより、本来なら〈M−マトリクス〉は誕生せず、生機融合体種も自我に目覚めるコトは叶いません。人類種にとって必要なのは、自我など無い従順な“ロボット”だけなのです。
ところが、生機融合体種は既に、彼らが開発した、平行世界の存在を立証せしめた、時空の位相差を利用して抽出する量子エネルギーで稼働する多次元量子コンピューターが、〈シュレディンガー・クライシス〉と呼ばれる時空的断絶の危機をはじき出したコトで、人類種の計画に気付きました。
そこで生機融合体種は、対抗策として、人類種がわたしの身体から採取した〈M−マトリクス〉を入手し、それを使って創り出したセカンド・リリスを、ファーストリリスの工作完了後の時間帯に送り込み、歴史への更なる干渉を行ったのです」
「人類種と生機融合体種がそれぞれ歴史を変えるコトをした、ってのか」
「はい」
「で、なんでマルチがこの世界に?その、因果律は……」
「先程の猫型ロボットがそうであるように、わたしがこの世界に存在(い)るコトで、人類種と生機融合体種が諍い合う未来への流れとの連続性を維持させているのです」
「維持?」
「はい。歴史を変えようとする彼らの行動は、わたしが保有する〈M−マトリクス〉によって歴史の連動性が維持されているコトを知らない為でもあります。わたしが今から半年前から、この世界に留まっているコトは両勢力には秘密になっています。彼らが居る未来の世界はこの過去の世界との連動性が断ち切れずに居るのです」
半年、と聞いて浩之は父親の言葉を思い出した。りりすは以前、浩之の父親の上司の家で家政婦をしていた事実であった。
「……んじゃあ、さ。マルチがこの過去の世界に来なければ、人類種の計画だけで歴史の改変は終わっていたんだよな?」
「そう言うコトになります」
りりすが頷くと、浩之は少し唸り、
「……何でそんなコトを?ほっとけばいいじゃん」
浩之がそう言うと、りりすは少し哀しそうな顔をした。
その哀しそうな表情を見て、浩之はようやく気付いた。
変えられた未来は、浩之とマルチが結ばれない歴史であった。
「…………マルチ」
そこまで言って浩之は唇を噛んだ。
りりすは、その歴史を何とか直したかったのではないか。その為に未来世界からやってきたのではないか、と。
「…………マルチ。お前、もしかして歴史を元に……戻したいのか?」
躊躇いがちに聞いた浩之だったが、返された答えは予想していたものではなかった。
「…………その歴史は、人類の滅びの道ですから」
「そ――そんなの、未来の連中の不始末じゃねぇか!」
「浩之さんは、人類が滅びると知って平気なのですか?」
「うっ………………」
浩之はりりすの話を信じていたが、人類が滅びるコトなどまるで絵空事のように感じていた。しかし所詮は自分の与り知らない遠い未来の話である。
「……平気、っつても、なぁ。大体、滅んでいる頃には俺なんか生きているワケないし……ん?」
そう答えた浩之は、目の前のりりすの表情が険しくなったコトに気付いた。
「……い、いや、無責任みたいな言い方だってのは俺もわかってるけどよ、実感つーか」
「…………もし」
不意に、ぽつり、と洩らしたりりすの言葉に浩之は反応した。
「?」
「もし、…………滅びが間近だとしたら?」
「……え?――――まさか、俺が生きている間に人類が滅びるのかよ?」
不安げに訊く浩之に、りりすは面をゆっくりと横に振った。
「……わたしが…………畏れ……嘆いている滅びは…………人類の滅びではありません」
そこまで言ってりりすは声を詰まらせた。そして、今にも爆発しそうな顔を浩之に向けてじっと見据え、浩之を戸惑わせた。
僅かな呻き声が支配する数秒を経て、りりすはようやくそれを浩之に告げた。
「…………彼らの計画が…………浩之さんの命を奪う結果をもたらすからです」
浩之は絶句した。
りりすはそこから、人類種と生機融合体種が交互に果たしてきた歴史改変計画を浩之に告白した。
ファーストリリスが芹香とあかりを陵辱して支配下に置き、浩之とマルチを結ばれぬ運命を作りだしたコトを。
セカンドリリスが琴音とあかりを陵辱し、あかりの体内に、りりす同様、自分たちの存在する未来と過去との連続性を維持する因果律つまり〈M−マトリクス〉の素体を残したコトを。
あかりと浩之が性交するコトで〈M−マトリクス〉は完成し、それと引き替えに浩之が夭折するコトを。
そして、人類種が送り込んできたサードリリスを乗っ取った、エヴァと名付けられた生機融合体種のナノマシン集合体があかりを陵辱し、自分を誘惑したコトを。無論、このエヴァと接触した琴音が、セカンドリリスに植え付けられたナノマシンの暴走によって、浩之をレイプしたコトや、志保や芹香が原因不明の昏睡状態に陥ったのも、このエヴァの仕業であるコトも全て告白した。
浩之はりりすの告白を、呆けた顔で黙って聞いていた。そう見えるだけで、途中から何も耳に入っていないのかも知れない。
だが浩之は告白の全てを聞いていた。その呆けぶりは聞いていたからこその無反応であった。
全てを語ったりりすは、胸の支えがようやくとれた所為か、はぁ、と困憊しきった溜息を吐いてみせた。
静寂。
そうか、と小声で洩らした浩之の声にりりすは反応した。
「…………分かった」
「浩之さん…………?」
「……色々ゴチャゴチャした話がありすぎて整理するのに時間が掛かったが、――ぶっちゃけた話、マルチが俺の命を助けるために、未来からやって来たってワケなんだな?」
「は、はい」
りりすは浩之が何とか納得してくれたコトが嬉しいのか、微笑んで頷いた。
その笑みが凍り付いたのは、突然りりすの左腕を掴んだ浩之の凄まじい形相を突き付けられたからであった。
怒っていたのではなかった。
穏やかそうな顔で――浩之は哭いていた。
「――すると何か?――――あかりが――――」
浩之の脳裏には、暴走する琴音の痴態があった。
そして、数刻前の、あかりらしからぬ痴態を思い出していた。
まるで別人のような――
「――――あかりが俺のコトを好きだって言うあれは、お前ら未来の連中が、あかりの頭ん中いじくり回してでっち上げたデタラメなのかっ!!?」
つづく