ToHeart if.「淫魔去来」第21話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:9月4日(火)23時33分
【警告】
○このSSはPC版『ToHeart』(Leaf・AQUAPLUS製品)の世界及びキャラクターを使用しています、たぶん。
○このSSはPC版『To Heart』神岸あかりおよびHMX−12型マルチシナリオのネタバレ要素がある話になっており、話の進行上、性描写のある18禁作品となっておりますが、今回は無いです、残念ながら。
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    ToHeart if.

       『淫魔去来』  第21話

            作:ARM

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【承前】

 5月1日、夜。

 りりすと対峙するエヴァは、もう一人の自分の告白に呆然とするばかりであった。

「…………オリジナル、だと?」

 エヴァはようやく、絞り出すように声を吐いた。

「――バカな?オリジナルの身体など、リリスたちを造り出すために人類種どもにとうに切り刻まれて――――いや、まて――しかし」

 混乱するエヴァ。りりすはその姿が滑稽に見えて仕方なかった。

「――――いや――そうとも!オリジナルなど、もはや存在し得ないハズだ!」
「ええ、そうよ。――でも、確かにオリジナルのリリス(わたし)はここに居る」
「ほ――ほざけっ!!――狂いおって!排除してくれるわっ!」

 エヴァは即座に、りりすを敵と見なした。今までりりすの命令で行動していたエヴァのこの判断は、エヴァの存在理由から考えるとむしろエヴァのほうが狂ったと言えるだろう。
 しかしエヴァはりりすに飛びかからず、その場で身構えるに留まった。
 りりすの実力を知っているからである。何より、りりすはエヴァの手の内を全て知っている存在であった。考えなしに挑むほど、エヴァは愚かではなかった。とはいえ、実質上、主人とも言うべきりりすを、敵と認識したそれを愚かな事ではないとは言い切れなかった。
 エヴァの〈分子嵐〉は絶大な破壊力を持っている。それをして戦慄を禁じ得ないりりすの実力とは如何なるものか。
 躊躇するエヴァを、まるで観察するように暫し目で見回していたりりすか、ようやく一歩前に出た。
 同時に、エヴァは身構えたまま一歩下がる。
 するとりりすは、追いすがるように右腕を上げて、エヴァにその掌を差し伸べた。エヴァが〈分子嵐〉を放つ予備動作に似ていた。りりすも同じ技を使うのか。
 突然、りりすの右腕が光り出す。すると、その周囲の空間が歪曲し始め、大気が渦を巻き始めた。
 次の瞬間、りりすの右腕が変化した。正確には、その腕の表面に光が集まり、右腕の輪郭を変化させたのだが、変化後の姿はとても人の右腕とは思えぬ姿であった。
 りりすの右肩から生える、獣の、いや異形すぎるそれは、刀のような巨大な爪を持ち、りりすの大腿部より太い、筋肉隆々とした剛腕であった。それがりりすの体内にあるナノマシンが、りりすの右腕を構成する分子構造を変化させる事で作り上げた、戦闘用の右腕である事をエヴァは知っていた。

「行くわよ――」

 言うが早いか、りりすが前へ飛び出した。――姿が消えた。
 次にりりすが輪郭を取り戻したのは、振り上げた異形の右腕の先で、宙に舞うエヴァの身体が頂点に達した時であった。りりすが目にも留まらぬ速さで動き、エヴァの身体をその異形なる右腕で引き裂いた結果である。エヴァの〈分子嵐〉発動さえ許さぬ閃烈の攻撃であった。
 りりすが右腕をゆっくりと降ろすと、エヴァの身体が地面に落ちた。

「……ふぅん」

 りりすは、地面に倒れているエヴァを見て感心したふうに言う。
 エヴァは死んではいなかった。全身を走る激痛に耐えながら、エヴァはゆっくりと身を起こした。

「貴女も、私の手の内を知っているのだから、紙一重で避けられて当然――もっとも、その紙の厚さが無いに等しいのだから、無意味に等しいわね」

 りりすは起き上がろうとするエヴァの頭上から、異形の腕を振り下ろす。鉄槌の猛撃と魔刀の斬撃を兼ね備えたその一閃は、エヴァの肩口をすり抜け、そこに大きな裂け目をもたらした。次の瞬間、エヴァの傷口は光り輝く液体を噴水のように迸らせた。それはエヴァの体内にあるナノマシンであった。

「くはっ――!」

 りりすの斬撃を受けたエヴァは光の血を喀血した。〈分子嵐〉で身体を分子レベルに分解出来るエヴァだが、決して傷を全く受けない身体ではない。身体を変身させたり分解したりするのには、瞬間的ながらも身体を構成する各部のシステムに命令を送るなどの準備が必要であった。それはりりすの攻撃が刹那の準備さえ許さぬ速さを持っている事を意味していた。恐らくは限りなく光速に近い動きを可能とするのであろう。

「もうお終いかしら?――でも身体を分解して再構築すれば元に戻ってしまうのよね」
「くっ――――」

 エヴァは予備動作もなく背後へ飛び退いた。そして身体を一瞬閃かせ、着地した頃にはすっかり傷口が消え去っていた。
 りりすが飛び退くエヴァに攻撃しなかったのは、ワザとであった。それが証拠に、りりすは飛び退くエヴァを、薄ら寒い笑みをもって見送っていた。

「……身体は治ったかしら?」
「くっ――――何を考えている、リリス!?」
「別に」

 りりすは、ふん、と鼻で笑ってみせた。

「……せめて真実を知らずに破壊されるよりは良いと思ってね」
「くっ…………!」

 りりすの余裕が、エヴァにはこの上なく腹立たしかった。しかし、りりすの言っている事も事実であった。何故、自分を攻撃するのか、それが知りたかった。

「一体…………?」
「それは、神岸あかりの体内に仕掛けたエヴァのナノマシンを機能停止にする為」
「……何だと?」

 エヴァは戸惑った。

「神岸あかりにナノマシンを仕掛ける事がこの計画の最終目的であろう?それをどうして?」
「ええ」

 りりすは頷いた。

「神岸あかりに仕掛ける事は、この計画の目的であり、貴女が独断で仕掛ける事は想定していた事――そしてそれを阻止しなかった事も」
「そうとも!私は神岸あかりにナノマシンを仕掛けた事を、貴様は止めもしなかった!それをどうして、わざわざ仕掛けたものを機能停止にする意味がある?」
「あるわ――そのコトで、神岸あかりの体内に仕掛けられていたセカンド・リリスのナノマシンが無事破壊されたからね」
「――――――」

 エヴァは一瞬呆けた。そしてようやくりりすが何を考えていたのか、理解出来た。

「まさか貴様……この私にセカンドのナノマシンを破壊させる為に……?」
「ご名答♪」

 りりすは嬉しそうに答えた。

「貴女のナノマシンがセカンドのものを破壊してくれれば、藤田浩之が死ぬ危険は無くなるしね」
「貴様――――それが狙いか――――!」

 エヴァは歯噛みした。

「しかし、神岸あかりの体内にはまだ私の――――?!」

 エヴァの顔が閃いた。

「…………まさか…………その為に私を……?」
「判ったみたいね」

 全てを悟り、見る見るうちに青ざめていくエヴァに向けられた、りりすの、何と残酷な笑みか。

「――私を殺して――?!」
「そう。――後は、貴女を破壊するだけ。これで神岸あかりは綺麗な身体になる」

 エヴァを襲うりりすの狙いは、神岸あかりの体内に仕掛けられたナノマシンの破壊にあったのだ。ナノマシンを保有したままのあかりと性交する事で開かれる浩之の死の運命を、りりすは防ごうとしていたのだ。

「貴女のナノマシンが、神岸あかりの体内に〈M−マトリクス〉を組成してくれた今、もはやそれは有害なばかり。機能を停止させる為には、それを操るエヴァ、貴女を破壊し、制御不能にする事だけ」
「お――おのれ――」

 青ざめるエヴァの顔が、見る見るうちに怒りに赤くなっていく。

「貴様――それが狙いで――――!」
「そうよ。私にはまだやらなければならないコトがあるから、死ぬわけにはいかなかった。――だからお前のような都合の良い操り人形をフォース・リリスに用意させた」
「な……!?」

 意外な名前が出た事に、エヴァは動揺した。

「フォースの計画を私が横取りしたの。つまり、エヴァというナノマシンを奪い、改良して私の言いなりになるよう細工した。フォースはお前がチューンナップされていた事実を知らなかったのでしょう?」
「――――?!」

 はっ、となるエヴァは、五番目のリリスと思っていたフォース・リリスが敗れた理由を思い出した。〈分子嵐〉発動のタイムラグが一秒早まっていた事を知らなかったフォースは灰燼と化し、今頃この辺りの大気を漂っているかもしれない。
 同時にエヴァは、この、オリジナルと称するりりすの計画に疑問を抱いた。

「……何なのだ?」
「?」
「――このような事、貴様一人で図る事は不可能だ!やはり人類種の陰謀か?!」

 睨み付けて訊くエヴァに、りりすは、んー、とワザとらしく小首を傾げてみせた。

「半分正解♪」
「はぁ?」
「正解は、人類種でもあり、生機融合体種の仕業でもあるのよ」
「何…………?」

 エヴァには、りりすの言っているコトがとても理解出来るモノでは無かった。

「……すると何か?人類種と生機融合体種が手を組んだとでも言うのか?」
「正解〜〜♪」
「ふ――――巫山戯るなっ!」

 所々緊張感の欠けているりりすに、エヴァはキレて怒鳴り返した。

「そんなバカな事があるかっ!人類種と生機融合体種の、種の存続を賭けた戦いが続いている中、そんな莫迦げた事があるものかっ!」
「そうでもないよ」

 りりすは、屈託のない笑みを浮かべて見せた。

「――エヴァ。貴女、ホモ・サピエンス――いやクロマニヨンが、滅び行くしかなかったネアンデルタールを省みた、と考えた事は無いかしら?」
「何……?」

 奇しくもそれは、遥か未来、藤田浩之と神岸あかりを犠牲にする計画を推進していた類種の学者に、美貌の超能力者が問いかけたものと同じであった。
 いや、偶然ではないのかも知れない。このりりすと、あのオルフェと呼ばれる女超能力者は、同じ志を持つ仲間なのであろう。しかし今のエヴァには、それを知る由もない。

「いずれにせよ、私が立てた計画は完了に向かっている。――エヴァ、お前を破壊すれば、全て終わる」
「く――――っ!」

 エヴァは再び身構えた。
 だが次の瞬間、またエヴァはりりすの見えざる攻撃を受けて、先程の再現のように宙を舞っていた。
 しかし今度は宙に舞うエヴァを、閃光と化したりりすが繰り出す、全方向攻からの攻撃をほぼ同時に受け、先程以上のダメージを受けて地に落ちる。全身傷だらけとなったエヴァはまるでボロクズのようであった。
 再び輪郭を取り戻したりりすは、ひん死のエヴァを黙って見下ろしていた。
 エヴァは朧気な視界の中で、いつしか夜空を穿つ月を背にするりりすを見つけていた。
 不思議と、恐怖はなかった。
 むしろ、不思議なくらいであった。
 何故、とどめを刺さないのか。エヴァの体内にある、全ての機能の源である『核(コア)』を破壊すれば、ナノマシンの再生は望めず、そればかりか自身を維持出来なくなって、フォースリリスのように灰燼と化すであろう。
 りりすは何故か、連撃に核を狙ったものはなかった。狙うどころか、ワザと外しているようであった。
 それを躊躇いととるか、傲慢な余裕ととるべきか、エヴァは戸惑った。
 エヴァは前者をとった。

「…………どうした、りりす?」
「?え?」

 エヴァは弱々しい声で訊くが、何か考え事でもしていたのか、りりすの返答は遅れていた。

「…………何故、泣いている?」

 りりすは何も応えなかった。りりすは左手で、頬を止めどなく伝い落つ涙を拭った。

「……さて、そろそろあんたをいたぶるのも飽きたし、ひと思いに殺して上げるわ」

 そう言ってりりすは、にぃ、と笑う。残虐な言葉とは裏腹に、その笑みは何処か哀しげであった。

「……巫山戯……るな……!」

 エヴァは最後の力を振り絞り、ゆっくりと身を起こした。

「…………やらせぬ…………このまま、貴様らのいいように利用されて…………死んでたまるか……!」
「――――」

 その時だった。エヴァは、りりすの身体か硬直しているコトに気付いた。
 そして、今が反撃のチャンスである事にも。
 エヴァは躊躇無く〈分子嵐〉を仕掛けた。原因不明の硬直さえなければ、りりすはその反撃を許さなかったであろう。
 りりすの身体が、閃光と化したエヴァに呑み込まれていく。発動した〈分子嵐〉はこのままりりすを塵に変えてしまうハズである。
 身体を分解したエヴァは、結局、りりすが何故あの時硬直したのか理解出来なかった。
 もし、エヴァが、りりすの変調に気付いていたら、或いは理解出来たかも知れない。
 りりすは今、エヴァを破壊する、と言わず、殺してあげる、と言った。

 …………死にたくないよね。
 …………誰かに利用された挙げ句、殺されるなんて、理不尽も良いところだよね。

 …………でもね。
 …………許してとは言わない。憎んでくれて良いよ。
 …………それであの人が救われるのなら、私は悪魔にでもなる。

 …………これ以上、不幸な人たちを出さない為に…………

 …………ご免ね、エヴァ。


 一瞬、凄まじい閃光が、竜巻となり、夜空を衝く柱と化した。
 光は直ぐに消え、その起点には、異形の右手で、僅か大豆ほどの大きさしかない核を握り潰し、ボロボロになったりりすが佇んでいた。
 エヴァの姿はそこにはなかった。りりすがエヴァの〈分子嵐〉を受けた直後、その核を攻撃して破壊した為であった。
 やがて、りりすの頭上から、きらきらと光り輝く、光の雨が振ってきた。それがエヴァの名残なのか。
 りりすは、エヴァを屠った自分の右手をじっと見つめていた。
 何の感慨もない貌であった。とうに涙は消え失せていた。
 やがてその目が何処か虚ろげになると、りりすはその場に倒れ込んでしまった。

 癇癪を起こしてあかりを怒鳴っていた浩之の目の前で、あかりが突然崩れるように倒れたのは、奇しくもりりすが倒れたのと同時であった。

            つづく

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