ToHeart if.「淫魔去来」第20話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:8月30日(木)21時58分
【警告】
○このSSはPC版『ToHeart』(Leaf・AQUAPLUS製品)の世界及びキャラクターを使用しています、たぶん。
○このSSはPC版『To Heart』神岸あかりおよびHMX−12型マルチシナリオのネタバレ要素がある話になっており、話の進行上、性描写のある18禁作品となっておりますが、今回は無いです、残念ながら。
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【承前】

 ――遥か、しかしそう遠くない未来。

 人類種は、生物的弱体化の末に、種族を残す力を喪失し、クローン技術による単為生殖によって種として存続を続けていたが、もはやそれも限界に来ていた。
 万物の霊長として自然界のピラミッドの頂点を謳歌していた人類が、種としての弱体化を招いたのは、ある種の自然淘汰に因るものであった。しかしその根元的理由は、矢張り人類にあった。
 生機融合体種。
 元は、ナノマシン技術とクローン技術によって、人類に近い、人類に使役されるスレイブ(道具)として生み出された、有機型人工生命体であった。人類種と遜色無い“道具”の主な用途は、人類種に危険かつ有害な環境での活動であった。彼らのお陰で、二世紀にも渡った月のプラネット・リフォームが成功したと言えるだろう。成層圏と地球と同じ重力を得た月は新たな生活圏となり、人類はそこを拠点にして太陽系のプラネット・リフォームを始めたのである。
 また、その容姿があまりにも人間のそれである為に、始めは抵抗こそ合ったが、生機融合体種は徐々に一般社会にも浸透するようになった。
 それは工場で働く労力であり、一般家庭での補助であり、愛玩の道具になる事もあった。特に肉体構造自体、人間と全く同じである為、風俗での性処理の一切が生機融合体種に取って代わられ、一時期、人類種の娼婦が人死にが出るほどの騒動も生じたほどであった。
 但し、人間をデータ化し、生体材料で作られた人間である以上、当然、人類種の男との性交で妊娠する事は可能である為、人類種と生機融合体種との混血が誕生してしまうと言った倫理的な問題も発生していた。そこで人類種は、生機融合体種の構造改変として、ナノマシンによる性処理用の生機融合体種には不妊処理を施すようになっていた。
 ――後に、このナノマシンが人類種の首を絞める事となるのだが、当時の人類は知る由もなかった。。
 しかし、人類種には、その時期にもう一つの問題を抱えていた。それは、生機融合体種の意識改革であった。
 使役される存在として社会に溶け込んでいた生機融合体種を、一部の思想家や社会活動家が、これでは奴隷だ、と激しく世間に訴え、生機融合体種の解放運動を始めたのである。そのきっかけが、生機融合体種の一部に、自我がある事が確認された事にある。その原因として、生機融合体種の生成で使用するクローンのマテリアルデータを提供した人類種の人格が発露してしまった為という説が支持されたが、中には生機融合体種自体の進化説を提唱する者もおり、生機融合体種という「作られた人間」を、生物的にも、社会的にも見つめ直す気運が高まり始めた。果たして、人類種は生機融合体種との“社会的共存”を図る道を選び、後の歴史家達によってそれは“最初の人類改革”と言わしめた。
 だが、それ以降、人類種の衰退が始まった。
 原因は、先述のナノマシンであった。生機融合体種の不妊目的で開発されたそれが、無害とされていた人類種にまで影響を及ぼすとは。しかしその影響は、“最初の人類改革”から数十世代を経てから発露する。
 種の存続に支障を来している事実を知った人類種は、その不妊の原因となったナノマシンの正体を究明する事にした――――。


 ――かつてコロラドと呼ばれた地。
 その地下には、人類種最大規模を誇る研究ラボがあった。
 そこでは、人類種と対立する生機融合体種を殲滅する為の、最新科学技術が導入された様々な研究施設があった。当然、生機融合体種の攻撃を想定し、最高の防衛設備も導入されていたのだが、遂にその施設に終焉の時が訪れた。
 たった一人の女によって、絶対とまで謳われた防衛能力は全て無力化された。そして彼女が率いる部隊によって、研究施設は全て制圧されてしまったのである。
 およそ人の肌とも思えぬ、白雪を想起させる、透き通る――美しい肌と、それに見合う美貌の主は、自身が率いる部隊の各班長からの作戦完了報告を、額から側頭部に掛けていたバイザーフォンのスピーカーから聞き、ふぅ、と溜息を吐いた。

「――アキ。例の彼女は見つかったかしら?」

 美女は、アキと呼んだ部下の一人にマイクで呼びかけた。

『――暫しお待ちを。研究所のセキュリティデータにアクセスして――見つかりました!オルフェ、貴女の居る場所から直ぐ正面のラボ内です』
「やっぱりね――」

 頷いた美女――オルフェと呼ばれた美女は、ゆっくりと自分の右手を正面に向けた。
 オルフェの細い眉が、ぴくっ、と動く――次の瞬間、オルフェの正面にあった半透明の壁が粉々に砕け、その奥に、壁に隠されるようにあった巨大な培養設備を露わにした。

「これか――」

 いかな手段、いや力をしてこの壁を粉砕したか。厚さ1メートルはあろうクリスタル状の壁を粉砕したオルフェが見つけ出した培養設備は、クローン用の物であった。人が20人くらい入ってもなお有り余る容積の巨大なシリンダーが幾つも並び、その中でゆらゆらと漂うモノがあった。
 それは、あのりりすであった。
 シリンダー内にはすべて、裸体のりりすが漂っていたのである。
 オルフェは、そのシリンダーをみて、嫌悪の色を露わにした。

「……あの時と同じだな………………愚かなコトを……!」
「ま、待てっ!」

 りりすたちが漂うシリンダーを睨み付けるオルフェの背に、怯えたような男の声が届いた。
 オルフェが振り返ると、そこにはオルフェの部下によって捕らえられた、学者と思しき中年の男が、怯えた顔でオルフェをみていた。

「それを壊すなっ!!それは、人類の最後の希望なのだっ!!」
「希望……?」

 オルフェは忌々しそうに呟いた。

「そうだっ!リリス・プロジェクトは人類再興の最後の希望なのだっ!それを破壊などと、愚かな真似は――――」
「愚かなのは貴様らだっ!!」

 オルフェは学者の哀願に一喝した。

「そもそも、リリス・プロジェクトなる愚行が、人類の存続そのものに影響を及ぼす原因だったのだぞっ!歴史を無為に重ねる行為に慢心して、人の未来など笑止っ!!」

 オルフェの激高とともに、その背後にあったシリンダーが次々と破壊されていった。しかしその破壊に、オルフェやその部下が動いた形跡はない。オルフェの怒りに呼応して砕け散ったようであった。その中に漂っていた無数のりりすも、粉々に砕け散り、見る見るうちに灰燼と化していった。

「あ…………あ…………」

 学者はその奇怪な破壊を目の当たりにして、がっくりと項垂れた。

「……これで……人類は…………滅亡する――――これで満足か、生機融合体どもっ!」

 失意から一転、逆切れした学者は顔を上げるなり、オルフェを罵った。

「これで貴様ら生機融合体が万物の霊長となるのだっ!さぞ満足だろう――――っ?!」

 学者の顔が硬直した。
 オルフェは、学者の顔をじっと見つめていた。
 無言で怒っているように見えて、哀れんでいるともとれる、何処か哀しげな顔であった。

「ドクター・ナガセよ。貴方は、ホモ・サピエンス――いやクロマニヨンが、滅び行くしかなかったネアンデルタールを省みた、と考えた事は無かったのか?」
「な…………?」
「それに――」

 オルフェは一息置いて、

「――この施設の完全破壊および永久放棄。それは、人類議会の決定でもある」
「何だと――――まさかそんな―――何故、生機融合体の貴様らが、人類議会の決定を――?!」

 ナガセと呼ばれた学者の顔が、唖然となり、不意に、はっ、と顔を閃かせた。

「…………聞いたコトがある。旧宇宙軍の指揮官に、類い希なる美貌と――」

 そして、オルフェの背後に広がる残骸の光景をみて、浮かされるように締めた。

「――人類史上初めて、設定した時点でも不在であった最高位SPクラスに認定された、凄まじいばかりの念動力を持つ能力者の女が居ると……!」

 その呟きに呼応するように、オルフェはその美貌に不敵な笑みを重ねて見せた。

「――遅ればせながら自己紹介しますわ。私はオルフェ・クリステオ。ESPですが――人類種です」

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    ToHeart if.

       『淫魔去来』  第20話

            作:ARM

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 5月1日、夜。

 既に人気の絶えた、浩之たちの通う学校の校舎屋上で、エヴァは唖然として立ち尽くしていた。

「…………リリス、貴女…………!?」

 突然、エヴァの目の前にあらわれたりりすは、唖然としているエヴァの顔を見て、にぃ、と笑ってみせた。

「……リリス、貴女、どうしてここに?」
「貴女を探していたから」
「……私を?」

 エヴァは戸惑った。りりすに無断であかりを操り、強引に浩之と結びつけようとしていた事を、りりすが咎めようとしているのではないかと考えていた。

「エヴァ。貴女、神岸あかりを操っているでしょう?」
「――――」

 エヴァは無意識に身じろいでしまった。

「…………」
「正直に答えなさい」

 りりすはエヴァを諭すように言う。同じ顔同士での問答は何とも奇妙であった。

「…………ああ。そうだ」

 エヴァは観念したように言う。

「――だが、前にも言ったが、我々の使命は、〈M−マトリクス〉の組成であって、あの二人の意志など――」
「ええ」

 思わずエヴァの顔が引きつる。りりすが、素直に頷くとは思っていなかったらしい。
 しかしそれ以上に、頷いたりりすの声が、エヴァを戦慄させたのである。
 その響きは凛としていて、しかしどこか感情の籠もっていない――まるで――――

(この殺気は――――)

 りりすが放つ、理解しがたい殺気にエヴァは酷く困惑した。

(……独断を咎めるというのか、この女は――?)

 エヴァはりりすの顔を見つめ、思わず、何故だ?と口走ってしまった。

「――――お前は、作戦を遂行する意志があるのか?何をそんなに苛立ち、躊躇させるか?」
「………………」

 りりすはエヴァをじっと見つめたままであった。

「――まさか、遂行プログラムに支障が――」
「安心しなさい。それは、無い」

 りりすがようやく応えた。
 だが、エヴァの不安は募る一方だった。

「では――――」
「もともと、私はプログラムなんて関係ないから」

 暫しエヴァは、呆けた顔で、くすくす笑い出したりりすを見つめていた。

「……何ぃ?」
「あら、聞こえなかった?プログラムなんて関係ない、って言ったのよ」
「――――」

 エヴァは絶句した。りりすが気が触れた、いや“壊れた”のか、と思ったのだ。
 やがてりりすは笑いを止め、どこか自暴気味な顔で俯き、淡々と語り始めた。

「――そう。こんなの、プログラムなんて関係ない」
「…………?」
「……前途ある少年少女の本当の淡い気持ちを無視した、こんな非人道的な作戦のプログラムなんて、始めから私には関係なかった――ふふっ、非人道的だって。自分で言っておいて変なの。私たちは人類ではないのにね」
「…………」

 エヴァは、りりすの奇妙な言動に当惑し、どう対処しようか迷っていた。
 エヴァを一番迷わせていたのは、エヴァ自身が理解していない、気付きもしていない――直感の所為だった。プログラムで動くナノマシンの集合体に過ぎないエヴァにとって、直感など理解の埒外である。あるいは、エヴァが身体を乗っ取ったサード・リリスがしたものなのであろう。
 もしエヴァが直感と言うモノを理解出来ていたら、きっと直ぐに行動していたであろう。
 りりすの完全抹殺という行動を。

「……神岸あかりと藤田浩之。偶々、彼が我々の〈神祖〉と関わったばかりに、子供の頃からゆっくりと培ってきた大切な気持ちを、人類、そして生機融合体の存続を賭けた抗争に利用され、こうして踏みにじられていく。大事の前には小事など些末な問題に過ぎない。――判らなくもないわ」
「…………?」
「――だから私は、こうしてここに居る。――この世界に来た」
「――――!?」

 エヴァは思わずその場から飛び退いた。
 りりすから届く殺気が更に増した所為もあった。しかしそれ以上に、エヴァの意志に関係なく身体が動いたのだ。

「あら、エヴァ?何を驚いて?」
「……何を言っている?」

 微笑んで訊くりりすに、エヴァは怯えつつ訊いた。

「――――フォース・リリス!?お前、先程から何を言っている?」

 その時エヴァは、りりすが別のリリスではないかと考えていた。現に、リリスがこの時空に存在していながら、新たなリリスが未来世界から送り込まれ、同一時空に同一存在が重合存在できない時次元の絶対戒、パウリの排他律が全く働いていなかったではないか。あるいは自分と同じように、フォース・リリスの身体が乗っ取られてしまったのか。
 それは全て否定されてしまった。目の前にいるりりすは、登場してからずうっと間断なく味方の識別信号をエヴァに送信していた。エヴァはその信号をキャッチして、りりすの所在と健在を継続して確認していたのである。

(……目の前にいるリリスは、私がこの時空に送り込まれる以前から識っているリリスに相違ない……!)

 フォース・リリスは、先に転移されたサード・リリスのボディを狙い、この作戦の為に用意された生機融合体製ナノマシンをその体内に量子転送し、乗っ取った。そして、リリスでなくなったサード・リリスに代わり、フォース・リリスがこの時空にやって来た。パウリの排他律の問題をそれによって解決したハズである。

「――――リリス」
「……何?」

 りりすは不敵な笑みを浮かべて見せた。

「…………私はこの間、もう一人のお前とこの世界で対立した。パウリの排他律は有効ではないのか?」

 エヴァは不安げに訊いた。プログラムで動くナノマシンの集合体をして、ここまで不安がらせるのは、あまりにもりりすの態度がひょうひょうとしていたからであった。

「無論、有効よ」
「では――――」
「逢ったのね、貴女…………」

 りりすは、くすっ、と笑い、

「彼女と」
「…………彼女?知っているのか?もう一人のお前を?」
「ええ。良く、知っているわ――――だって、彼女が本物だから」
「…………はぁ?」

 エヴァは頬を引きつらせた。

「――いえ、正確には彼女も偽者。“本物”は私だけだからね」
「………………」

 エヴァは口を開けっぱなしにしてりりすを見つめた。
 そこに居るのは、自分が知るフォース・リリスの偽者だという。しかし、それでも本物だという。エヴァはりりすがまったく理解出来なかった。
 そんなエヴァの混乱をりりすは見抜いているらしく、また意地悪そうに笑った。

「……エヴァ。貴女が逢った――多分、斃したと思うけど、彼女が本物のフォース・リリスよ」
「――――――」

 エヴァは、りりすが壊れてしまったと信じたかった。それが今のエヴァが考えられる、最も論理的な状況説明であったハズだった。
 しかし、エヴァにもう一つ、りりすに関する推論の要素があれば、全てが正しく瓦解出来たハズだった。
 それをりりすは、ようやく口にした。

「本物だけど、私から見ればフォースもサードも偽者。――私が、オリジナルのリリスだから」

            つづく

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