ToHeart if.「淫魔去来」第18話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:8月21日(火)20時31分
【警告】
○このSSはPC版『ToHeart』(Leaf・AQUAPLUS製品)の世界及びキャラクターを使用しています、たぶん。
○このSSはPC版『To Heart』神岸あかりおよびHMX−12型マルチシナリオのネタバレ要素がある話になっており、話の進行上、性描写のある18禁作品となっております。今回はないけど。
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    ToHeart if.

       『淫魔去来』  第18話

            作:ARM

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【承前】

 4月30日、未明――。

 まだ陽の昇らぬ世界に、りりすは電柱の上につま先立ち、足下にある神岸あかりの家を見つめていた。
 りりすの纏うメイドドレスはボロボロになっていた。それはつい先程、あるモノと闘ったばかりである。

「リリスめ……」

 りりすの顔をするそれはエヴァであった。

「……パウリの排他律で、自身が存在していれば、新たなリリスは送り込まれない、とほざきおって…………!」



 二時間ほど前。エヴァが、神岸あかりの家を監視していた時であった。
 突然、エヴァのセンサーが、時空震を確認した。それは、この時空の素粒子を保有しない存在が出現した事を告げるモノであった。

「なんだと――――?!」

 そしてその出現座標が、直ぐ目の前にある民家の屋根の上と知ると、エヴァは驚いてそちらのほうへ向いた。
 そこには、自分と同じ顔をした、一糸纏わぬリリスが佇んでいた。

「まさか――――フィフス・リリス?そんなばかなっ!?」
『…………何をしておる、サード?』

 新たなリリスは、エヴァに精神感応通信で訊いてきた。

『何故、任務を遂行しない?』
「くっ――――」

 エヴァは慌てて身構えた。敵だ、と。人類種がいかな手段でパウリの排他律による同一存在の同一時空重合不可の問題を解決したか、エヴァには分からなかったが、少なくとも敵である事は分かっていた。
 だから、プログラミングされた通りに排除するだけ。
 エヴァは両手を光らせた。自身を構成するナノマシンを励起させた、エヴァ特有の必殺技で敵を排除しようとした。

『愚かな――狂ったか』

 新たな、フィフス・リリスもゆっくりと構えた。

(……リリスは元々、人類種の要人専用の愛玩兼警護用として生み出された特別な生機融合体種――その血をすべからく受け継ぎ、無双の総合格闘術をマスターしたバケモノだ。心してかからねば……〈モルキューレ・ストーム〉、プロテクト解除。――マキシマムモードへ移行)

 エヴァが深呼吸した。するとエヴァの身体を、ぼぅ、と朧気な光が包み込んだ。セバス長瀬を一撃で屠ったあの奇怪な技を仕掛けるようである。

『――〈モルキューレ・ストーム〉か』
「――何?」

 エヴァは、リリスのその呟きに驚いた。何故自分の技の名を知っているのか。

「……人類種め、私のデータを入手したのか!小賢しい」
『?』

 一瞬、エヴァを睨み付けていたリリスの顔に、困惑の色が入った。

『――いや、狂わされてしまったらしいな。これ以上、“干渉の刻(とき)”の絶好の機会を失うわけには行かない。――遂行計画補完第2章第7項に基づき、お前を排除する』
「遂行計画補完第2章第7項――?」

 エヴァは一瞬、戸惑った。それは、エヴァが認識する計画書では、守護者の暴走を第1優先で排除する条項であった。だが、目の前のリリスがそれを指して語っているとは到底思えなかった。ただの偶然だと。

(ただの偶然だ――迷うな!私は、与えられた任務を遂行するのみっ!)

 エヴァは、フィフス・リリス目指して電柱の上から跳んだ。

「――何ッ?!」

 エヴァは、空を舞う自分の直ぐ真横に出現したフィフス・リリスに驚愕した。

『……無駄だ。私がお前の手を知らないと思ったかっ!――発動までに3秒のタイムラグを要する〈モルキューレ・ストーム〉を使わせる前にお前を破壊する!』
「くっ!」

 エヴァは滑空しながら反転し、リリスに右回し蹴りを放つ。
 しかしフィフス・リリスは左腕でそれを受け止め、払いのける。そしてカウンターとばかり、右の手刀をマシンガンの如き凄まじい勢いと速さで、エヴァの全身に繰り出した。
 エヴァはそれを避けきれず、全身をその手刀で切り刻まれる。そしてトドメとばかり、鳩尾の上の辺りに深々とフィフス・リリスの手刀がめり込んだ。

『貴様の核(コア)はここに――――何ッ!』

 技が決まったと思った瞬間、フィフス・リリスはエヴァの全身から放たれた光に呑み込まれていった。
 光が、全身を切り裂く感覚。フィフス・リリスの身体の細胞の隙間を、光がすり抜けていく。
 決してそれはリリスの錯覚ではなかった。物理的な、現実の感覚であった。
 まさにその通りの事が起きていた。ナノマシンの集合体であるエヴァは、自身の身体を最小の姿である分子単位で分解し、その全てに超振動を起こした。そして一斉に、フィフス・リリスの身体に突進していったのである。
 分子の猛吹雪と言うべきか。身体の全てを分子の弾丸と化したエヴァは、フィフス・リリスの体細胞をすり抜け、その超振動によってリリスの体細胞の結合を破壊してしまったのである。分子レベルで身体を引き裂かれたフィフス・リリスは、死を自覚するヒマもなく、その全身をまだ肌寒い夜明け前の空へ、塵と化して散って行ってしまった。〈分子嵐=モルキューレ・ストーム〉。ナノマシンの集合体であるエヴァの、その最小単位までも武器にした恐るべき必殺技であった。セバスの時は超振動のみで吹き飛ばされた為、塵に変えられる事は免れたのであった。
 辛勝の末、再び身体を再構築しりりすの姿に戻ったエヴァは、灰燼に帰したフィフス・リリスに、右手でVサインを作って見せた。

「……3秒ではない。2秒だ。私がフォース・リリスによって、こちらで強化されていた事を知らなかった事が命取りだったな――」

 突然、エヴァの顔が呆ける。
 何か大切な事を思い出したような、それでいて、“どうしてそれを思い出せなかったのか、どうして疑問に思わなかったのか”――そんな顔であった。
 しかし直ぐにエヴァは我に返り、ふう、と忌々しげに溜息を吐いた。

「――フォースめ、強化を施したのはこのような事態を予想していたか」

 エヴァは忌々しそうに仰いだ。

「――一刻も早く、神岸あかりと藤田浩之の性交を果たさねばならん。予想していながら、何故迷うかあの女は…………!」

 歯噛みする面を戻したエヴァは、しかし急に不敵な笑みを浮かべた。

「…………まぁ良い。この私が〈M−――イヴのマトリクス〉を神岸あかりに投与した甲斐があったな…………!」


 ――朝。

「う〜っし!」

 浩之は、ベッドから飛び降り、大きく伸びをした。
 久しぶりに気持ちの良い朝だった。

「ん〜〜、気分はすこぶるイイ!もう、今なら何だって出来ちゃう!」
「じゃあ、洗濯物干してくれるぅ?その後、庭と風呂釜の掃除でしょ、それと……」

 と、りりすが窓の外から言って来た。

「……ソレは謹んで遠慮させていただきます……って、何で聞こえるのあんたわ(汗)」


 昨日、浩之は、志保たちの見舞いの後、あかりの家を経由して帰宅した。
 居間に居たりりすは、そこで一時帰宅の準備をしていた。トートバックに何やら詰め込んでいたりりすに、浩之は病院で気付いた事を訊いてみようとした。
 訊けなかった。
 何故だか分からなかった。
 あるいは、疑問に感じながらも、りりすが居るこの和やかな空気に慣れてしまっ為なのかも知れない。帰り支度をしていたりりすを見て、浩之は寂しい気分に見舞われていた。


 朝食を摂った後、浩之は玄関を出ると、そこで眩しい笑顔と出会った。

「おはよう、浩之ちゃん」
「オッス、おはよう、あかり」

 浩之はやたらと陽気な声で挨拶した。
 するとあかりは、そんな浩之を戸惑いげに見つめ始めた。

「…………?」
「な、何だよ、どうした?」

 あかりのそんな様子に、浩之が不思議がった。
 あかりはくすぐったそうな顔で微笑みながら頷いた。

「……『おはよう、あかり』なんて言ってくれたの、始めてだから」
「え……、そ、そう?」
「うん……」

 頷くあかり。あるいは、恥ずかしそうに俯いただけなのかも知れない。
 対して、浩之は視線を上に逸らす。理由は同じであろう。気まずく、恥ずかしいが何処か嬉しい空気が二人を包み込んだ。


「と、ところで、風邪のほうは、もういいのか?」
「うん、おかげさまで、すっかりよくなったよ」
「そっか」
「うん」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………浩之ちゃん」
「……ん?」
「風邪、うつらなかった?」

 浩之は思わず方をビクッ、と震わせた。

「……ふふふ」

(……くそぅ、にっこりと……可愛く笑いやがって)

 浩之は自分を見て微笑むあかりに、心の中で悔しがった。悪気の全くない、本当に嬉しそうな笑顔であった。だから余計に悔しかった。絶対、この笑顔には自分は勝てない事と思っていたからだ。

「……あかり、一昨日のアレ、内緒だからな」
「ふふっ……」
「なんだよ、その含み笑いは」
「……何でもない、何でもない。うん、わかったよ。内緒にしとく」

 嬉しそうな笑顔で頷くあかりに、浩之はそっぽを向いた。
 あかりの顔を見るのがちょっと恥ずかしかったからであった。


 その日は何事もなく、普通に暮れた。
 帰宅した浩之は、久しぶりに独りの家に帰った。りりすは昼頃に、実家に行ったハズだった。
 居間を覗くと、夜の分の食事が用意されていた。ラップに包まれたおにぎりと、電磁プレートで温められていた豚汁。多分、明日の朝もこれで足りるだろう。おにぎりの上には紙ナプキンがかけられていた。りりすのキスマーク付き。

「……ったく」

 浩之はそれを見て苦笑した。寂しい気持ちをそれで晴らしたかった。

「…………ん?」

 紙ナプキンをつまみ上げた浩之は、ふと、その裏側に奇妙なモノが貼り付けられている事に気付いた。
 二千円札であった。まだつるつるのピン(未使用)札であった。
 浩之は不思議に思いつつ。それを剥がす。ご飯粒で貼り付けられていた。
 その下に隠していたように、リリスのメモがあった。

『ごめんなさい。帰るのが一日遅れるコトになっちゃったので、これでやりくりして(はぁと)』

 浩之の顔が引きつった。


 5月1日、朝。
 久しぶりの、一人きりの朝。

「……まぁ、慣れっこだし。昨日の残りを平らげて、とっととガッコ行こ」

 りりすのお陰で、僅かな間に早起きに慣れた浩之は、昨日の残りで朝食を済まし、あかりを待った。
 呼び鈴が鳴った。

「おう、あかり――」

 玄関の扉を開けた刹那、浩之は自分の目を疑った。
 りりすだった。

「りり――――」
「?浩之ちゃん?」

 声はあかりだった。――錯覚だった。そこに居たのは、確かにあかりだった。

「?どうしたの?」
「あ――――い、いや」

 浩之は目を擦った。

「おっかしいなぁ……俺、昨日は早く寝たんだが」
「……浩之ちゃん、なんか変」

 そう言ってあかりはくすくす笑い出した。

「ん――――お前なぁ」
「ごめんごめん」
「くそぅ。学校行くぞ、学校」


 時間は余裕であったが、浩之とあかりはいつもの近道で公園を通っていった。

「今日から5月だね」
「そうだな」
「こんなに天気の良い日は、学校行くよりも、どこか遊びに行きたくなるね」
「……学校サボろ、って誘ってんのか?」
「そ、そうじゃないけど……」

 あかりは困惑した。
 すると浩之は、大きく伸びをして、

「な〜んだ。お前と一緒に海辺の見える公園でも行って、のんびりしようかなぁ、って思ったのに」

 たちまち目を丸めるあかり。
 浩之はそんなあかりの反応が少し愉快だった。

「……今、ちょっとだけ、サボるコト考えたろ?」
「えっ………(汗)」
「やーい、不良」
「……ううっ」

 意地悪する浩之は、久しぶりにあかりの困った顔を見て、心がすうっとした。
 同時に、妙に意地悪な自分にも気付いていた。いや、前々からこんな感じの会話はあったが、何故か今日ばかりは、ジワジワと罪悪感が湧いてくるのである。
 あかりとキスをした影響なのであろうか。幼なじみの関係から、少しだけ前に進んだ間柄。多分、恋人と呼ぶにはあまりにも稚拙すぎる間柄かもしれない。それでも、浩之は満足であった。
 あるいは、いつのまにか慣れ親しんでしまった存在が居ない寂しさを紛らわしたい、そんな想いからなのかも知れない。

「……ねぇ、浩之ちゃん」
「あ……?」

 あかりの声に、耽っていた浩之は我に返った。

「今日、りりすさんいなかったよね」
「ん……、用があって実家に戻ってる。明日の夜まで帰ってこないとかゆった。二千円札一枚置いて、それでやりくりしろと」
「ふぅん…………」

 感心するあかりは、少し俯き、そして浩之のほうを見た。

「…………浩之ちゃん」
「何だ?」
「……もしかして、寂しい?」
「――――」

 浩之は顔を引きつらせた。思わず頬に手を当てる。しかしそれで自分がどんな顔をしているのか分かるべくもない。

「……図星?」
「お、お前なっ!」

 浩之は顔を赤くして怒鳴った。顔色も何もない、勘と言うヤツである。先程の仕返しであろう。
 勘だけではあるまい。不断から浩之を観察もとい見続けているあかりだからこそ、浩之の微妙な変化を見抜けたのだ。
 無論、浩之もそのコトに気付き始めている。怒っているのではない。恥ずかしいだけなのだ。嬉しさからの、恥ずかしさ。
 あかりは少し嬉しそうに苦笑した。


 その日の1時間目の休み時間。

「浩之ちゃん」

 あかりが浩之の席へとやってきた。

「よ、よう」

 浩之は、自然な感じで微笑みを返したつもりだが、僅かにぎこちないモノになってしまった。少し周囲の目も気になった。無論、クラスメートの誰も、今さら浩之とあかりの会話に興味を示す者など居ない。

「……どうしたの?」

 朝の時もそうであったが、あかりは、浩之の微妙な不自然さも見逃さなかった。
 くすっと笑って訊いてくる。

「い、いや、べ、別に何も」

 浩之は別に狼狽する理由もないハズだった。
 ただ、あかりが浩之の前に立った瞬間、浩之は胸が、ドキッ、としたのだ。
 意識しているつもりは無かった。だが、そう思えば思うほど、泥沼にはまっていくように意識してしまうのである。
 それほど、浩之にとってあかりは今や、重要な存在になっていたのだ。
 たった一歩の前進。しかしその一歩は、浩之に感動さえ与えていた。
 その感動が、あかりに対する今までのつき合い方を不自由にさせていた。

「な、何か用かよ?」
「うん」

 あかりは何処か嬉しそうな顔で、大きく頷いた。

「今日、浩之ちゃんの家に行っていい?」
「……俺ん家に?何だよ、急に?」
「お夕飯作ってあげようと思って」
「夕飯?」
「うん。だって、りりすさん居ないんでしょう?だから、私が」

 浩之は、胸がまた、ドキッ、とした。
 また、あかりの笑顔が、りりすに見えたのだ。

(……似てないのになぁ。…………寂しいのか?――まぁさか)

 断る理由は無かった。浩之は頷いた。

            つづく

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