ToHeart if.「淫魔去来」第14話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:8月19日(日)00時35分
【警告】
○このSSはPC版『ToHeart』(Leaf・AQUAPLUS製品)の世界及びキャラクターを使用しています、たぶん。
○このSSはPC版『To Heart』神岸あかりおよびHMX−12型マルチシナリオのネタバレ要素がある話になっており、話の進行上、性描写のある18禁作品となっております。
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    ToHeart if.

       『淫魔去来』  第14話

            作:ARM

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【承前】

 4月27日、夜。
 りりすは、もう一人のりりすと対面していた。
 もう一人のりりすは、りりすから、エヴァ、と呼ばれた。

「貴女にも判っているハズよ、りりす。――“干渉の刻(とき)”は満ちた。今こそ、貴女が神岸あかりに干渉し、ファーストとセカンドがその体内に残したナノマシンを抗ナノマシンで駆除し、貴女の持つ〈イヴのマトリクス〉――〈M・マトリクス・マテリアル〉を保有するフォース・ナノマシンを投与して、念願の〈M−マトリクス〉を完成させるべき」
「…………」
「私は、人類種によって送り込まれたサード・リリスの身体を、パウリの排他律を利用して、この時空に転移した刹那を狙い追随転移、同化し、サード・リリスの身体を奪い、その量子化された自我を時空の果てに放逐した。そして、フォース・リリス――つまり、貴女を、サード・リリスの排除に気付いた人類種の追撃からガードする為に用意された〈守護者〉。全ては、〈M−マトリクス〉を完成させる為。……その為に私たちは創り出されたのよ」
「…………判っている」

 自分を睨み付けるエヴァから背けるように、りりすは横を見た。無論そこには何もない。

「…………迂闊だった」
「?」
「危うく藤田浩之と関係を持つところだったから……」
「何?」

 エヴァは思わず瞠った。
 りりすは首を横に振った。

「……“干渉の刻”の影響よ。時空は一時に幾重にも存在を重ねるリリスを拒絶し、排他しようとした。その結果、私の意識は恐らくファーストかセカンド、あるいは放逐されたサードの意識と融合させて修正しようとしたわ」

 それを聞いたエヴァが眉をひそめた。

「安心していいわ。私は間違いなくフォース・リリス。僥倖にも、〈アダムのマトリクス〉を摂取出来たお陰で、性交前に自我を取り戻せた。だから、藤田浩之の体内には、抗ナノマシンは侵入していないから」
「当然じゃない」

 エヴァはやや煽り気味の姿勢で、呆れ気味に溜息を吐き、

「あれは、神岸あかりの卵子と融合してからでなければ意味がない。貴女が藤田浩之と性交して、貴女の中に〈M−マトリクス〉を組成してどうするか。あれは、これからの人類種の歴史に残さなければならないのだ。――生機融合体種を萌芽させる種として」
「…………」

 りりすはまた俯いた。
 どこか自分を避けている無口なりりすに、エヴァは肩を竦めてみせた。

「……人類種と生機融合体種の生き残り合戦は、この時代に始まるのは貴女も知っているでしょう?かつて――いや、これから遠い未来に、我ら生機融合体種との種族の生き残りを賭けた闘争の末に、絶滅の危機に瀕した人類種が、一縷の望みをかけて送り込んだ、ファースト・リリスがこの時代に侵入し、本来ならば、われらが〈真祖〉が種族の壁を超えて藤田浩之と結ばれ、〈M−マトリクス〉を誕生させるきっかけを奪ったコトに始まるのを。生機融合体種の知識の結晶たる、我らが多次元量子コンピューター・フォロンが〈シュレディンガー・クライシス〉と呼び警鐘した、時空的根絶の危機に対し、人類種が〈M−マトリクス〉からサンプリングし創造したリリスの素たる“リリスの血”を奪って創り出したのが、生機融合体種のリリス、つまりセカンド・リリス。
 セカンド・リリスは、ファーストリリスのナノマシンによって生体改造を施され、藤田浩之と結びつけられた神岸あかりに干渉し、我ら生機融合体種が起源、〈M−マトリクス〉を、神岸あかりという人類種の素体の体内で組成させ保存させるコトで、これからの歴史に〈M−マトリクス〉を遺し伝える計画だった」
「…………しかしその為に、藤田浩之は――」
「――迷いはそれか、りりす?――いや、フォース・リリス」

 エヴァは、ようやく全てを理解した。

「――確かに、人類種の追随を防ぐべく、セカンドの計画によって、〈アダムのマトリクス〉を持つ藤田浩之は、歴史の自己修復能力――時空の重合化の所為でねじ曲げられ拡散した時空波の収束を図る〈ディラック・ショック〉の影響から生じた負荷によって、その遺伝子情報を破壊され、〈M−マトリクス〉完成と共に、その命が潰えるがな」
「――大仰に言うな。その原因となっているのは、私たちが保有する抗ナノマシンではないか」
「確かに、な」

 忌々しそうに言うりりすに対し、エヴァは、そんな何処か向きになっているもう一人の自分の様子が面白いのか、何処か意地悪そうに微笑んだ。

「ファーストのナノマシン駆除に用意された、セカンド・ナノマシン、つまり抗ナノマシンは、藤田浩之の体内に取り込まれるとそのDNAに直接干渉し、ファーストのナノマシンと対消滅する事で、人類種のリリスからの干渉を防ぐシステムになっているからな。その所為で藤田浩之の遺伝子に致命的欠損が生じ、根治不可能な遺伝子病によって夭折する。――おぞましそうに言うが、それは我々の体内にも含まれているのだぞ」
「…………!」

 りりすはまた顔を背けた。どうやらりりすは、このエヴァとは反りが合わないらしい。

「藤田浩之の若くして迎える死は、もはや時空(れきし)が望み刻みし定められた運命。それを憂うか――まぁ、無理もないが」
「…………」

 意地悪そうにいうエヴァに、りりすは何も応えない。難しそうな顔をしているのは、この自分と同じ顔をする女に、応えるのさえ億劫なほど嫌悪感を抱いているのかもしれない。

「何せ、お前はあの――」

 そこまでであった。軽口を叩くエヴァが、ようやくあるコトに気付いたのである。
 凄まじい殺気だった。それをあのりりすが放っていた。

「…………そこまでにしなさい」

 りりすが冷ややかにエヴァを見て言い放った。
 すると、エヴァの顔に、見る見るうちに玉のような汗が滲み始めた。
 エヴァは身動き取れずにいた。その身体は、突然の冷気に芯まで凍り尽くされてしまったかのように。

「…………エヴァ。貴女に一言、言って置くわ。貴女は私たちのように、“リリスの血”から作られたモノではない。そもそも生機融合体種でも人類種でもない。――この計画の為に創り出されたナノマシンの集合体。実体を持たず、分子レベルで他の物質に浸食してその姿を成す。また、その身体構成を分子レベルで自在に変化させるコトで、他人に成り済ますコトも出来る、タダのロボット。――私の作戦執行権には絶対服従であるコトを忘れてはならないわ」
「く…………くくぅっ…………!」

 エヴァは棒立ちになって苦しんでいた。
 そんなエヴァを、腕を持て余し見ていたりりすは、くすっ、と笑った。その笑みは、浩之にも見せたコトの無い、冷酷そうな微笑であった。この二人には、反りどころか、絶対服従の世界が存在していた。

「…………判るでしょう?貴女は、この計画を立案し遂行するこの私、フォース・リリスを護衛し、任務遂行の補助をする。それ以外の行動は、全ての作戦執行権を保有する私の意志に従うよう、プログラミングされているのよ――機械は機械らしく、大人しく従えばいいのよ!失せなさいっ!!」
「は…………はい…………」

 エヴァは歯噛みしながら首肯した。


 藤田邸を後にしたエヴァは、夜更け人気のない道路を、全身をまだ支配する苦痛に顔を歪めながらフラフラと歩いていた。
 やがてゆっくりと引き始めた苦痛の中で、エヴァはあるコトを考えていた。

「…………りりすは、計画を本気で遂行する意志があるのか?“干渉の刻”を迎えた今、計画の中心として動くべきは、あの女だというのに――――」

 エヴァは、道路の途中にあった電柱に背もたれした。
 そして、ふぅ、と仰ぎ、直ぐに俯いた。
 途端に、エヴァは凍り付いたように動かなくなった。

「…………………………………………………………」

 俯くエヴァは、まるで生気のない視線を足元の暗がりに落としていた。りりすがロボットと呼んだエヴァは、その機能に不具合が生じて停止してしまったのであろうか。
 そうではなかった。停止してからきっかり三分後、エヴァは顔を上げた。

「――ロジック完了。本計画に於けるフォース・リリスに、行動遂行の能力および意志の低下を確認。よって、遂行計画補完システム第12章第4項に基づき、遂行補助を行う――――」



 あかりは、浩之の熱くたぎるモノを秘弁一杯に感じながら受け入れ、快楽の荒波に溺れていた。

「あ――ああ――――い――――いいっ!いいっ!!」

 あかりの足の間で続けている、浩之のピストン運動は更に激しさを増す。そして、あかりが締めつける力に平行するように、あかりを貫く熱く硬い塊は一層肥大化していった。爆ぜるのは時間の問題であった。

「あ――――イク――――――イクぅっ!」
「ほらぁっ、膣(なか)にイッパイ出すぞぉっ!!くあぁぁぁっっ!!」
「ああああああああ――――っ!!!!」

 絶頂を迎えたあかりは両脚を伸ばし、足の指を在らぬ方向へ広げながら大きく身体を仰け反らす。浩之はそこへねじり込むように肉茎を根本まで押し込み、欲望の雫を放ちながら痙攣した。

「あ――――あ――――――」

 絶頂の余韻に浸るあかりの瞳に、生気も意志のかけらも感じられなかった。よがり狂うその姿は、やはりあかりの意志を排除し、操られていたものであったらしい。それは体内に仕掛けられていたナノマシンの仕業なのか。
 浩之は、いや、エヴァが変身した偽浩之は、あかりの秘弁から濡れそぼつ塊を引き抜いた。どろり、と一緒に体液が零れるが、それは不思議なコトに、ベッドのシーツに垂れるコト無く、外気に触れた途端、光り輝き、あかりの股間や腹部の皮膚に溶け込んでいった。そしてよく見なければ判らないが、その光はみるみるうちに、偽浩之によって裂かれたあかりの処女膜を修復していった。

「…………手間のかかるコトだ。しかしこれで、神岸あかりの体内に、フォース・リリスが任務遂行不可能の時の為に用意していた、予備の〈M−マトリクス・マテリアル〉を投与出来たわけだ。後は、藤田浩之が、神岸あかりと性交し、〈M−マトリクス〉が完成するのを待つばかりだが――」

 りりすの姿に戻ったエヴァは、ぐったりとして気絶しているあかりに寝間着を着直させると、部屋の隅にある闇の中へ進み溶け込んでいった。
 だが、完全に消える前に、エヴァは不安げな顔をして一瞬立ち止まった。

「――――何故、りりすは自分の手でこんな簡単なコトを施行しないのだ?」


 4月28日、朝。
 その日、あかりは浩之を迎えに来なかった。
 りりすとまだ顔を合わせ辛い気分の浩之は、しかしようやく部屋から出てきて朝食の用意をしてくれたりりすと、会話のない重苦しい状態で一緒に食事を摂らざるを得なかった。
 だから、直ぐにでもあかりが来てくれて、何とかこの重苦しいムードを和ませて欲しいと考えていた。
 結局、ギリギリまで待ってみたがあかりはやって来なかった。浩之は不承不承、一人で登校していった。途中であかりが追い付いてくるコトを期待しながら。

 放課後。
 あかりは結局、学校を休んだ。

 朝、ホームルームが終わった後、浩之は担任の木林先生を呼び止めてその理由を訊いた。

「ねえ、センセ、今日あか…神岸の欠席理由、なにか聞いてる?」
「…ああ、風邪で休むそうだ」
「風邪?」
「さっき家の人から連絡があった」

 言われて、浩之は、ああ、と納得した。先週、あかりは風邪気味だったが、どうやらこじらせてしまったらしい。


「……そうか、やっぱ風邪か。どうせ、風呂入って、湯冷めでもしたんだろ。…………ったく、しょうがねーなあ」

 真っ直ぐ自宅を目指していた浩之は、突然立ち止まった。
 風邪で伏せっているあかりのコトを考えたのだ。

「……あいつン家、俺ン家と同じで両親共働きだから、きっと今頃は独りで退屈してるだろうなぁ」

 浩之の脳裏に浮かぶ、淋しげに天井を見上げているあかりの顔。

「………………」

 どうしてそんな顔を思い浮かべると、胸が切なくなるんだろう。

 笑えよ。お前は、淋しそうな顔より、笑っている方がお前らしいから。

 でないと、寂しがるだろう。――あかりが。

「……ちょっと、寄ってってやっか」

 浩之は少しひきつり気味に口元を上げた。ぎこちない笑みだが、今の自分ではそれが精一杯の笑みだった。

「もし寝てるようだったら、帰りゃあいいしな。――よし」

 浩之は自分に言い聞かせるように言うと、真っ直ぐあかりの家に向かって駆け出していった。
 あかりの家は、浩之の家をもう少し先まで行って、道を曲がったところにあった。だから、途中、自分の家の前を過ぎる形になったが、浩之は目もくれず通り過ぎていった。
 しかしたとえ、浩之が自分の家を見遣ったとしても、玄関の手前に佇むりりすの姿に気付いたであろうか。
 いや、それはりりすではない。あの、狩猟で糧を得る肉食獣のようなどう猛な眼差しは、エヴァ以外する事はないだろう。

「…………予想通り、神岸あかりの家に向かったか。これで昨夜仕込んだ通り、藤田浩之が神岸あかりと性交して〈M−マトリクス〉を完成させれば全てが終わる。……うふふ」

 エヴァは、全て思い通りに運んだコトに、大変満足していた。
 だから、背後にある浩之の家の二階にある窓から、自分と同じ姿をする女の背に視線を送る、りりすの存在に気付きもしなかった。
 りりすは、不敵な笑みを浮かべていた。あるいは、エヴァ以上に残酷そうな――。

            つづく

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