ToHeart if.「淫魔去来」第6話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:8月6日(月)22時51分
【警告】
○このSSはPC版『ToHeart』(Leaf・AQUAPLUS製品)の世界及びキャラクターを使用しています、たぶん。
○このSSはPC版『To Heart』神岸あかりおよびHMX−12型マルチシナリオのネタバレ要素がある話になっており、話の進行上、性描写もある18禁作品となっております。
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    ToHeart if.

       『淫魔去来』  第6話

            作:ARM

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【承前】

 4月23日、夜。
 浩之は、家を飛び出していった志保の後を追っていた。
 但し、自発的ではなく、りりすに命令されたからである。

「浩之ちゃん。志保ちゃん、追いかけなさい」
「……へ?」
「志保ちゃん、怒ってたわよ。浩之ちゃんの所為」
「なんで俺が?」
「問答無用」

 そういってりりすは浩之を蹴飛ばして玄関から放り出した。ビジュアル的にも。突然、エライ勢いで蹴飛ばされた浩之は、開けっ放しになっていた玄関からゴロゴロと転がり出て、向かいの高橋さん家の塀に激突したのである。

「ひ、浩之ちゃんっ!?」

 このコントのような状況に、あかりは仰天した顔で立ち尽くす。もっとも、立ち尽くしてしまった理由は、その隣で、豪快に笑うりりすの笑い声に殺がれてしまった事もある。

「大丈夫よ、これくらいでくたばるように育てた覚えはないから」
「育てられた覚えもないわっ!!」

 りりすの笑い声にむかついた浩之は、痛みも忘れて立ち上がり、玄関の奥にいるりりすを指して怒鳴った。

「元気でよろしい」

 りりすはただでさえ豊満な胸をより強調するように、大きく胸を張って笑いながら言った。まったく悪びれた様子もない。とんでもないメイドである。

「志保ちゃん、浩之ちゃんの事見て怒っていたんだから」
「……へ?」
「理由は判らないけど――行ってあげなさい」

 笑っていたりりすが急に穏やかな顔をするものだから、浩之は当惑してしまった。

「男の子はね、女の子を大切にしてあげなきゃ」

 そう言ってりりすはピースサインを向けた。
 じゃあ、女のコは男の子を足げにして良いのかよ、と浩之は心の中で愚痴るしかなかった。

 浩之は駅前のロータリーまで追いかけていったが、志保に追い付く事はなかった。

「……しゃあねぇなぁ。ま、明日ガッコで理由聞くか」

 浩之は肩を竦めると、ロータリーから踵を返して家路についた。
 その途中、志保がりりすの姿を見掛けて入り込んだ路地の前を通ったが、浩之はそこに志保がいるなどと、知る由もなかった。
 帰宅した浩之は、あかりと“キッチンでずうっと一緒に”夕食の後かたづけをしていたりりすにその事を告げると、明日ちゃんと理由を聞くのよ、と念を押された。

 結局、浩之は翌日、志保にその理由を聞く事が出来なかった。

 志保はその夜、路地の奥で倒れている所をビルの警備員に発見され、意識のない事から救急車で病院にかつぎ込まれた。倒れていた場所や着衣の乱れもあった事から、直ぐに警察も動いた。だが、医師の診察から、志保の身体から体液等、“暴行された形跡は一切見つからず”、身体的にも異常が無いがしかし外部からの反応が一切無いコトから、原因不明の昏睡状態として、病院の集中治療室で翌日も脳波を中心とした検査が続けられていた。
 浩之がそのコトを聞かされたのは、寝入りばなに鳴った、動揺するあかりからの電話であった。


 4月24日、朝。
 翌日、浩之はあかりと共に、学校側に連絡して警察の事情聴取に協力する為、午前中休んで警察と病院を訪問した。志保が浩之の家を飛び出してから発見されるまでの目撃者として警察の聴取を受けた。特に浩之は、飛び出した志保を追いかけていたという証言をした事から、警官から少し厳しめな質問を浴びせられた。しかし幸いにして、志保に乱暴された形跡が無かったコトや、偶然、路地の向かい側にあったカラオケ店の店員が、店の受付から、常連客であった志保が路地の中へ入っていった姿と、路地に気付かずに通り過ぎていった浩之の姿を覚えていてくれた事から、浩之の嫌疑は晴れた。
 その後、浩之とあかりは、志保が入院している病院へ足を運んだが、原因不明の昏睡状態の所為で面会謝絶となり、おろおろとするばかりの志保の両親に挨拶するだけに留まった。
 志保を気遣うあかりは終始、昏い顔をしていた。浩之はなんとか慰めようと色々話し掛けるが、ショックの所為で、うん……、としか答えられず、どうしたものか、と困ってしまった。

「……ふう」

 学校へ行く途中、浩之とあかりは気を静める為と、学校では時間が足りないだろうと途中のコンビニで買った調理パンで少し早めの昼食を摂るべく、学校近くの公園に寄った。ベンチに座った浩之は、隣でコンビニの袋を抱えたまま俯くあかりに声をかけた。

「……元気出せよ」
「うん……」

 あかりの相変わらずの落ち込みぶりに、しかし浩之は苛立ちもしなかった。
 一番ショックを受けていたのは浩之のほうである。志保を怒らせてしまったらしいその理由が判らず、しかもその後を追いかけて行って見つけられなかったという自責の念に、押し潰されかけていたのだ。
 だが、あかりにこれ以上心配をかけたくなかった。自分が苛立てば、心配症な所があるあかりに余計なストレスを与えるしかない。幼なじみとしての浩之が知るあかりはそういう娘であった。
 精一杯笑ってみたが、多分、情けない顔をしているだろうと浩之は思っていた。それでもあかりを慰めてやるしかなかった。

「……志保の事だ、明日にでもなれば何事もなかったように元気なツラで登校してくるさ」
「……だと、いいね」

 バリエーションが変わっただけの、虚ろげなあかりの返事に、浩之はちょっとムッとなった。しかしそれはあかりに対してではない。

「――ああ」

 浩之は苦笑いしながら、あかりの頭を撫でた。

「浩之ちゃん……」
「でさ、寝込んだのは俺の所為だ、って突っかかってくるんだぜ。みーんな、俺が悪いって。あいつらしい悪態、きっと言ってくるぜ」

 思わず本音を口にしてしまった浩之だったが、意識していない為か気付いていなかった。
 しかしあかりは、その一言で、志保に対する浩之の負い目に気付いてしまった。
 浩之は苦笑いしたままだった。浩之のその様子の理由から、あかりは笑っている理由にも気付いた。
 笑うしかないのだ。志保が元気になる事を信じて。

「…………そうだね」
「あ――、ああ」

 微笑むあかりを見て、浩之はドキッとした。

 ――こいつ、こんな可愛い顔するんだ――

 恐らく、浩之が憶えている限りでは三度目の、ドキッ。
 一度目は、慣れしたんだお下げを降ろしてイメチェンした時。
 二度目は、花見の時。
 段々、可愛い娘になっていく。――一瞬過ぎった、言い知れぬ複雑な気持ちに、浩之は戸惑った。
 生まれた頃からの付き合いの、ただの幼なじみが、こんなに綺麗になっていく。
 どうして、どうすれば、こんなに変わるのだろうか。
 そんな想いに気付いた時、どう接していればいいのか、今も浩之は判らないままだった。

「い、いくぞ」

 思わず立ち上がった浩之は、あかりに一瞥もくれずに言って歩き出した。振り向けば、きっと顔を赤くしている事を気付かれてしまう。意識しているつもりはないのに、身体が先に動いてしまう。もどかしい恥ずかしさというのは、こういうモノなのであろう。

「あ、まだ食べてないよぉ」

 あかりは膝の上に広げかけていた調理パンを慌ててコンビニの袋に詰め込み、浩之の後を追いかけた。

 放課後。
 浩之は終鈴と同時に立ち上がり、あかりに声をかけた。

「偶にゃ一緒に帰るか?」

 するとあかりは、始めは瞠るが、直ぐに済まなそうに俯き加減に、

「……ゴメン。これからクラブ会議があるの」
「料理クラブのか?」
「代理なの。会長が補講で抜けられないからって、さっきお願いされて」
「ああ、さっきのか。でも遅くはならないだろう?」
「?」
「待っててやるよ。どーせ帰ったってする事無いし」
「りりすさんは?」

 すると浩之は嫌そうな顔をしてあかりを見据え、

「…………早いうちに帰ったら、きっと掃除とか買い物とかでこき使われる。あの人はそういう女だ」
「あはは…………(汗)」

 召し使われている事を無視しているりりすの所業を、あかりは昨日の様子から直ぐに想像出来た。鞭を持ったりりすが、浩之をビシビシ、と叩いてこき使っている姿である。ここでSMの女王様の姿を思い浮かべた人は、ちょっと人生を見つめ直したほうがいいかもしれない。しかしそう告げる浩之の頭の中では、羽根の付いたラメのマスクを付けたりりすが、を〜〜ほっほっほっ、と高笑いしながら鞭をフリフリしていた。これがこの二人の感性の差である。

「……うん。出来るだけ早く上がるね」

 あかりは少し顔を赤らめて頷いた。


 浩之は、校内のある場所へ足を運んでいた。
 そこは、校庭の一角を占めるクラブハウス内において、時折、萌え〜〜だの、ほえ〜〜だのと言った奇声が聞こえてくる漫画研究会と並んで異質な空間と空気を放つ存在であった。
 ある意味、校内で治外法権、アンタッチャブル的な存在。それが、オカルト研究会の部室である。
 浩之はそこを躊躇いもなく出入りする、校内でも僅かな存在の一人であった。

「来栖川センパーイ、居る?」

 オカ研の戸を開けた浩之は、珍しくカーテンを開けて黄昏色を取り込んでいる室内の奥で佇む、来栖川芹香の姿を見つけた。


 浩之がオカ研を訪れたのは、昼休みに登校してきた時、校庭のベンチに、ぽつん、と座って食事をしていた芹香に呼び止められた事に端を発する。

「……?俺の周りに、変な気を感じる、って?」

 相変わらずの蚊の鳴くような小声を、どういう理屈で聞き分けられるのか浩之はそれを耳にして戸惑った。

「……何か、不幸な事がありませんでしたか、って?――う、うん」

 浩之は、パッと見ただけで、浩之の状況を見抜いた芹香に、酷く驚いた。

「乱暴なメイドさんがいてさ、俺を足げに――わかっているって」

 隣にいたあかりが、困ったふうな顔で浩之の袖を引いていた。無論、浩之は冗談で言っているのである。

「いや、さ。……あかりの友達の、ほら、会った事あるでしょう、あの長岡志保が変な病気か何かで病院にかつぎ込まれちゃってさ……」

 浩之は、志保の話を芹香に説明した。
 無論、芹香などに説明しても、興味を引かせるだけで解決に繋がる訳ではない。それでも言うのは、浩之が抱えている不安の所為だった。今は、誰でも良いから縋りたい気分だった。
 一通り説明した後、芹香は、ふぅん、と小首を傾げ、しばらく何かを考えていた。そして、もしかすると力になれるかも知れない、と言い出したのである。

「力、って…………良い先生でも紹介してくれるの?――え、違う?…………やっぱり、あっち方面?」

 浩之が両手をあげ、記号化されてしまった幽霊のポーズを真似てみせると、芹香は、こくん、と頷いてみせたのである。


「来栖川先輩、用って何?」
「……なるほど、こやつですか」
「?!」

 突然、直ぐ脇から、ややくぐもった、しかし迫力のある声が聞こえたものだから、浩之は驚いてその場から跳び上がった。

「セ、セバスチャン!」

 珍しい事に、オカ研の部室内に、芹香の執事である長瀬源四郎こと、セバスチャン長瀬が居たのである。不断なら送迎の車の中ぐらいでしか見掛けないこの老健は、間近で、しかも覚悟も無しに遭遇すると、女子供なら一発で火が点いたように泣き出してしまう威圧感を放っていた。
 それは全て、入室してきた浩之に何故か注がれていた。

「来栖川先輩、驚かさないで下さいよ」
「それはこっちの台詞だ」

 と、セバスは相変わらず浩之を睨み付けたままだった。まるで親の仇でも見ているかのように。

「小僧――でいいのかわからんな、これでは」
「あの……」
「――貴様、何者だ?」
「…………んあ?」

 思わず間抜けな顔できょとんとする浩之。端で見ていた芹香は、それがツボだったらしく、ちょっと吹き出してしまったが、幸いにしてセバスも浩之も気付いていない。

「だから、何者だ、と聞いておる!」

 そう言ってセバスは、浩之を睨んだまま、ゆっくりと姿勢を下げた。身じろいだように見えるそれは、しかし理由無く臆した為ではない。左右の足を浩之に向かって前後に移し、脇を締めたそれは、動作を押さえたファイティングポーズであった。

「お、おい……来栖川先輩、セバスが乱心しているよ(汗)」
「黙れ、物の怪っ!!」

 例の「喝ぁっ!」の気合いを、リズムをそのまま言葉にしたようなセバスの一喝に、オカ研内のテーブルや戸棚が揺れた。気合いが大気を振動させた為であろう。

「おいおい、物の怪って……え?」

 困った顔をして苦笑する浩之は、窓の近くで、ゆっくりと首を横に振る芹香に気付いた。
 いや、こう言ったからである。

「…………俺が藤田浩之じゃない、って?」

 呆れた顔で言う浩之に、芹香は今度は縦に首を振った。

「おいおい……俺が藤田浩之じゃなけりゃ、一体誰だっていうのかい?」
「だから物の怪と言っておるっ!」

 セパスの右足から放たれた、朱色がかった大気を裂く蹴りは、その一喝を超越したマッハの速度で浩之の顔面に閃いた。その速さと破壊力は、軸足にした左足の革靴の爪先から、摩擦による煙が立ち上った様子から伺えるであろう。
 セバスはその結果に驚きはしなかったが、別の意味では驚いた。

「……ほう。本当に物の怪がおるとはな」

 セバスの閃光の速さと重機関車の衝撃を融合させた蹴りを、浩之は苦もなく左腕で受け止めていたのである。

「……ちぇ。なんで気付くかなぁ」

 浩之はセバスの右足を押し退けると、ゆっくりと身じろいだ。しかし逃げるのではなく、強敵を迎え撃つ為に距離を取っただけである。
 確かにその顔は浩之であったが、明らかに浩之のする貌ではなかった。
 それは、志保を襲ったあの浩之であった。

「……え?本物なら、芹香先輩っていうの?ちぇ、それは調査不足だったなぁ」

 偽浩之は、悪ガキがするような純朴そうな照れを浮かべた。

            つづく

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