ToHeart if.「淫魔去来」第1話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:7月16日(月)23時25分
【警告】
○このSSはPC版『ToHeart』(Leaf・AQUAPLUS製品)の世界及びキャラクターを使用しています、たぶん。
○このSSはPC版『To Heart』神岸あかりおよびHMX−12型マルチシナリオのネタバレ要素がある話になっており、話の進行上、性描写もある18禁作品となっております、おもいっきり。
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 4月19日の夜。

「……マルチ」

 夜も更け、今生の別れへと向かうべく靴を履くマルチの背中に、藤田浩之は呼びかけた。

「……お前と出会ってからの数日間、俺も楽しかったぜ」

 浩之の言葉に、しかしマルチは何も応えない。
 ただ、その小さな肩が、小刻みに震えていた。

「……お前のコト、ずっと忘れないからな」

 浩之がそう言うと、どこか力なく立ち上がったマルチが、振り向かず、背中を向けたまま言った。

「………はい……わたしも…………忘れません」

 嗚咽を含んだ熱い涙声だった。振り向けなかった。振り向いてしまったら、何かが壊れてしまう。そんな想いで一杯だった。
 自分は機械。ロボット。――感情および記憶中枢回に生体素材を用いられ、ミトコンドリアまでも用いられた生機シナプス回路によって限りなく人に近い心を与えられて居るが、ロボットである。
 想いを遂げたくとも、決して結ばれるコトはない。愛する人は、――想定された感情以上に愛しいこの少年は、人間だから。
 だから、自分はこのまま去るしかないのだ。――決して、一線を越えてはならない。

「……じゃあな、マルチ」
「はい。………さようなら、浩之さん」

 そう言い残すと、マルチは、重たそうに玄関の戸を開けて去って行った。
 遠ざかる足音。
 バタンと閉じる車のドアの音。
 走り去っていく車の音。
 そして、家の中に、突然、静けさが訪れた。

 ……この家って、こんなに静かだったっけ?

 マルチの去った後の空間を、浩之はいつまでもぼんやりと眺め続けた。


 時を同じくして、浩之たちの住む町のほぼ中央にある公園の滑り台の下に、巨大な光球が生じた。その時間帯は、住宅街から少し離れた所にあるために人通りは皆無で、時間的にもその光球が発した閃光に気付いた者は誰も居なかった。
 何より、光球は一瞬であった。
 夜の帳を穿った刹那の昼は再び夜に飲み込まれた。もしそのまま光球が光り輝いていたら、その中に佇んでいた裸の女性の姿を露わにしていただろう。
 背中まである栗色の長い髪は、昼日中に梳くと光を散らしそうな綺麗な髪をしていた。かつそのプロポーションの見事さは、そこいらのモデルなど裸足で逃げ出すくらいの――絶世の美女であった。
 しかし奇妙な状況である。裸の美女が何もない空間に出現したコトだけでも奇怪極まりないコトなのに、その美女が佇む周囲のものが、美女の丁度ヘソの位置を中心にした球状に焼失しているのである。彼女の背後にある滑り台の一部ばかりか、その足元にある土すらもが曇り一つ無いガラス状の球形の断面を成しているのである。まるで先の光球と重なった物体のすべてが瞬時に抉り取られたかのように。
 突如出現した裸の美女は、その異常な状況ばかりか自身の露わな姿をまったく気にもせず、まるで何かを探しているかのように辺りを見回していた。
 そのうち、彼女の正面、数メートル先に、またも刹那の光球が生じた。
 光球が消えると、そこには美女の足元と同じように完全球状のクレーターが生じ、その上に、古ぼけたトランクがポツンと残っていた。

「……無事に届いたみたいね。……パウリの排他律といい、これといい、本当、面倒よねぇ」

 憮然としてそれを見つめる美女は、気怠げにそのトランクのほうへ進み出した。
 ――刹那、突然美女はその場にうずくまった。

「な……は…………ぁ……何…………この感覚…………あぁっ?!」

 うずくまる美女は、顔を真っ赤ににして喘ぎ始めた。まるで見えない何者かの手にその美しい身体を弄ばれているような姿であった。

「こ……これは…………っ!」

 美女は突然襲ってきた快感に耐えながら身を起こした。そして、自分の身体を這うへこみに気付いたのである。そう、まさに見えざる手が美女の身体に触れているのだ。

『――リリス』
「だ…………誰っ――ひゃんっ!」

 突然耳元で何者かに囁かれた、リリスと呼ばれた美女は慌てて立ち上がろうとする。しかし見えざる手がリリスの尻の皮膚を這うように押しへこませ、ついには一番敏感な部位に達すると、リリスはその場にへたり込んでしまった。

「嫌……ダメ…………誰な……の……?」
『――リリス。貴女の“任務”はここで終わりよ』
「終わ……り…………ひぁあっ!」

 嬌声のような悲鳴を上げたリリスは、慌てて自分の手を股間に差し込んだ。そこに確かに在る見えざる手を排除しようとしてのコトだったが、見えない物は当然存在せず、リリスの手は何も掴めなかった。逆に自分の指が陰部に触れてしまい、愛液を分泌し始めていた秘所の辺りを却って汚すことになってしまった。
 見えざる陵辱がリリスの秘所を責めるコトに腐心していた。リリスは必死に声を堪えるが、物理的に存在しないはずの手がリリスの痴丘を押し広げて、クリトリスを覆う包皮を捲って剥き出しになったそれをなぞるように這う淫猥かつ奇怪な愛撫の前に、結局耐えきれず声を漏らしてしまう。ゆっくりと脳を焼くような快感が、リリスの必死の理性を一つ一つ剥いでいった。

「やめ……て……お願い…………はぁ…………」
『無駄よ』

 見えざる声の主は、リリスの耳元で冷たく言い放った。

『貴女はこのまま還るの。――リリスの“任務”は、リリスが引き継ぐ』
「な…………リリス…………何を……はぁ…………あぁ…………リリスは私よ…………」

 喘ぎ喘ぎ、戸惑い言うリリスに、見えざる陵辱の主は嗤ったようであった。

『――そうよ。でも、違う――貴女は、終わったリリス――侵入(はい)るわよ』
「え――――ああああああっっ!!?」

 リリスの裸体が大きく反り返った。

「やだ――何これ――入ってくる――――熱いのが入ってくるよぉぉっ!!」

 リリスは、自分の中に巨大な何が入り込んできたのを感じ取った。
 同時に襲いかかる、絶望的な快感。腰の下で蠢くそれが、リリスの全身に拡がる快感を司る神経を一斉に励起させた。そしてそれはリリスの全身を性感帯の塊に変えて見せた。
 少し生ぬるい空気の流れが、
 自分の乱れた呼吸の振動が、
 膝を突く地面の土の触覚が、
 身体にびっしり滲む汗の動きが、些細な刺激にも反応するリリスの身体を容赦なく犯し始める。

「あ――やだ――だめ――そこ――――――あ――――嫌――――ダメ――…………………………ダメ、もっと…………もっとして!――――やめないでぇっ!もっと激しくぅっ!激しくシてぇっ!!あああああっっ!!」

 気が狂わんばかりの快楽に、リリスには、もはやこの状況から脱する気力も意志も喪失し、俯せの姿勢で剥き出しの腰を突き上げ、無意識というより本能的に腰を動かし続けていた。人一人居ない夜の公園の片隅で、見えざる何者かに陵辱される美女から、掠れるような喘ぎ声と、リリスの腹部からする、ぴちゃ、ぴちゃ、と水を打つ音ばかりが静かに聞こえていた。美女の腰の下から白い両脚を伝わり落ちた夥しい愛液の海は、大地と交合するかのように染み拡がっていた。

「――あ――ダメ――――イク――イッちゃう――――はぁ――ああ――」
『……良いわよ。そのまま――――お戻りなさいっ!!』
「――は――ああああああああああああっっっ!!!」

 再びリリスの裸体が反り返った。見えざる交歓によって絶頂に達してしまったようである。弓なりに反ったリリスの身体は、そのままひっくり返って仰向けに地面に横たわり、しばらく何も動こうとはしなかった。見開かれたその両目には、まるで死人にように生気の光さえ伺えなかった。
 そのリリスが突然立ち上がった様は、先程の淫猥な光景など夢であったかのような呆気なさがあった。

「…………還ったようね」

 リリスは、先程まで快楽に溺れていた彼女とは、まるで別人のような顔つきでそう言った。そして、自身の内股を汚している夥しい自身の愛液を右手の人差し指ですくい取ると、それを第二関節まで口に含んでみせた。

「……はふ……あむ……あん…………」

 含んだ指先を舌が這い、ゆっくりと出入りする。その淫猥な動きによって唾液と愛液が混ざり合い、それがリリスの掌を伝い肘にまで伝い落ちた。雫は街路灯の光を受けて七色に妖しく煌めいていた。

「……ふん。サード・リリスは、この身体で間違いないわね」

 そう言ってリリスは右手を薙ぐように振り、右腕にこびり付いている淫らな雫を払った。

「…………サード・リリスを追い返したコトで、第1段階は終了したわね。……後は、この狂った流れを修復するだけ――――」

 夜空を仰ぎ言うリリスは、ようやく先のトランクの元へ進み出した。全身に汗で付いた砂を払いつつ、リリスはトランクを開けると、その中から限りなく黒に近い濃紺のメイドドレスを引き出した。
 ややあって、リリスはトランクの中に入っていた下着を着て、そして先に取り出したメイドドレスを着込むと、両手で自分の後ろ髪をすくい広げ、最後に襟元を整えてからトランクを閉じると、それを持って歩き出した。
 黒いメイドドレスを着たリリスの姿は、やがて夜の帳に溶け込み、消え去った。

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    ToHeart if.

       『淫魔去来』  第1話

            作:ARM

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 4月22日、朝。

 藤田浩之は、いつも朝に弱い自分を起こしに来てくれる幼なじみの少女、神岸あかりの様子が少しおかしいコトに気付いた。

「何か、顔赤いなぁ。どうした?」
「うん……。ちょっと風邪気味なの」
「ったく。……しっかり治せよ」
「うん。ありがとう」

 あかりは照れくさそうに応えた。
 浩之とは子供の頃からの付き合いで、親ぐるみの付き合いもあって一番気心の知れた間柄である。
 それ故に、浩之はあかりのコトを妹のように接してきた。
 家庭的で甲斐甲斐しく、優しくて美人という、世の男性には理想的この上ない少女、あかり。浩之はあかりが自分に想いを寄せているコトは気付いていたので、その気になれば自分の彼女にするコトも出来る。
 浩之自身も、あかりに対してまんざらでないことを自覚させるある出来事があった。浩之が知り合った三年生の女子生徒を意識して髪を下ろしたその姿にときめいたり、あかりに交際を申し込もうとしたクラスメートにそれを音便に断念させようと苦労したりと、酷くあかりを意識する出来事がここしばらく続いていた。
 しかしそれらをもってしても、浩之はあかりに対して一線を越えるコトを躊躇わせていた。
 理由は、第三者の存在にあった。
 それは人ではない。しかし、確かに清らかな少女の心を持った、ロボットであった。
 来栖川電工製万能電動女中器試作機HMX−12型、通称、マルチ。
 僅か8日間であったが、マルチと過ごした時間が、あかりに傾きつつあった浩之の心に迷いを生みだしてしまったのである。
 あの夜、マルチを帰していなかったら――想いを遂げられなかったその無念さを、浩之は意識して忘れようとしていた。
 しかしその振る舞いが、微妙に変わりつつあったあかりとの関係に躊躇いをもたらしている原因であるコトを、浩之はまだ気付いていなかった。

 あかりは、浩之とマルチの関係にそれとなく気付いていたが、しかしそれは男女の関係と言うより、深い信頼関係が存在すると思っていた。そして浩之とそんな関係でいるマルチに、あかりは少し安心半分、嫉妬していた。
 だからマルチが学校を去ってくれたコトに、あかりは少しだけほっとしていたのだが、その一方で、自分に靡いてくれていた浩之の考えがよく判らなくなってしまった。
 自分が好きなのか。それとも、あのロボットが好きなのか。
 それを浩之に面と向かって訊けない。だから仕方なく、今まで通り微笑んでいるしかない。神岸あかりはそう言う少女なのだった。
 今朝もこうして和やかに会話し、一緒に登校しても、そこから先に進めない。
 怖いのだろうか。それとも――

「あら、アツアツのお二人さんは、今日はゆっくりね」

 突然、背後から声を掛けられ、浩之とあかりは驚いた。

「いきなり挨拶も無しに声掛けてくるなよ、志保」

 浩之はむくれた顔で振り返り、自分たちの背後で意地悪そうに笑っているあかりの親友、長岡志保を睨み付けた。

「いーじゃん。……つーかさ、最近のあんたらってチョット声掛けづらいトコあるのよねぇ」
「?」

 きょとんとする浩之の前で、志保はいきなりあかりの腕を取って浩之のそばから引き剥がすように引っ張った。

「し、志保ぉ(汗)」
「何か、さ、ヒロとあかりで二人だけの世界作っているっていうか何て言うか」
「お、おぃ、何言い出すか」
「でもさ、ラブラブとか言う雰囲気でもないのよねぇ。――びしっ!」

 腕を持て余して言う志保は、いきなり浩之の鼻先を指し、

「――ヒロ、あんたあかりを脅して奴隷とかしてない?」
「そんなベタなエロゲーみたいなコトするかっ!」
「えー?だってあんたエロ――

(大宇宙の意志発動:ゲームキャラがアイディンティティを凌駕した領域に触れてはいけません………触れれば大きな災いが…………)

「こ、この深い残響音がパイプオルガンとともに聞こえる、リバーブを基調とした荘厳なエフェクトを伴う声は、何っ!?」
「脱線すな、つーコトだ(笑)――つーかそんなコトするかボケ。大体いきなり何言うか」
「いや、何となく今回は嫌な予感が……ってそんなんじゃなくって(汗)、――ん〜〜、あんたら見てて、ぎこちないのよねぇ」
「ぎこちない?」

 あかりが不思議そうに訊くと、志保は、うーん、と首を傾げてみせ、

「……昔は自然に接していたように見えたんだけどさ、今は……なんかお互い意識しすぎているようで、触れるのさえ怖がっているような……」
「え……」

 あかりは志保の言葉に驚き、そして浩之のほうを向いた。
 浩之は初め戸惑っていたが、あかりが自分のほうに向いているコトに気付くと、はぁ、とわざとらしく溜息を吐いてみせた。

「そんなコトはないぞ。ほら」

 と言うが早いか、浩之はいきなりあかりの肩を抱き寄せ、抱きしめて見せた。

「ひ、浩之ちゃん(汗)」

 突然の、そして予想だにしなかった浩之の行動にあかりは顔を真っ赤にして驚いた。
 志保も、浩之の行動に暫し呆気にとられていたが、やがて、ニィ、と嫌らしそうに笑ってみせた。

「……ふぅん、やっぱりあんたら、デキてたわね」
「おいコラ待てそこの怪奇ゴシップ女(汗)」

 浩之はそこでようやく志保の口車に乗せられている自分に気付いた。

「誰が怪奇ゴシップ女よっ!ふーんだ、今更あんたらがデキていようがデキていまいが、そんな話当たり前すぎて志保ちゃんネットワークに流しても今ひとつウケ悪いし〜〜♪」
「し、志保っ!」

 これには流石にあかりもキレて怒鳴った。

「あっはは〜〜、怒ンない、怒ンない〜〜、むしろお礼言ってほしいくらい〜〜、ばっははーい」

 志保はあかりをからかいながら、さっさと学校のほうへ走って行ってしまった。

「……もう、志保ったら」

 あかりはむくれつつ、しかし志保の言うコトに一理あると感じている自分に戸惑った。だからそばにいる浩之となかなか顔を合わせ辛かったようである。あかりは浩之のほうを向かずに言った。

「ひ、浩之ちゃん、志保の悪ノリだから、き、気にしないで」
「あ、ああ」

 しどろもどろにいうあかりに、浩之はおざなりがちに返事した。
 正直、浩之はあかりを抱きしめた自分の行為に驚いていた。
 その一方で、それが素直な自分なのだとも感じていた。
 手の届くところに、あかりは確かにいる。こうして手を延ばせば、いつでもあかりは自分の胸の中に収めるコトが出来る。今のように勢いだけで簡単にあかりを抱きしめるコトも可能なのだ。
 それを躊躇う藤田浩之(じぶん)が、確かにここに居る。
 いつ、自分はあの純粋な少女との想い出という夢から醒めるコトが出来るのだろうか。浩之はその呪縛から今だ逃れられずにいた。


 その日の放課後であった。
 帰宅部の浩之は、料理クラブがあるあかりに声を掛けて独り帰宅した。
 その玄関先で、浩之は奇妙な人物と遭遇した。

「…………何じゃありゃあ?――――えーと、何か見たような格好……あれ、こっち向いた」

 浩之は、自宅の玄関先でポツンと佇んでいた人物が、自分のほうを向いたコトに気付いた。

「……うわぁ、ベタなくらいなメイドさんだ(汗)。実物なんて初めて見た」

 おおよそ平服にしてはインパクトのありすぎる、黒っぽい濃紺のメイドドレスを着た、栗色の長髪の女性が、浩之の存在に気付き、手を振って微笑んでいるのである。あいにく、浩之にメイドの知り合いは居ない。その上、これほどの美女はお目に掛かったコトすらない。あまり女性の容姿に強い関心を抱かない浩之ですら見惚れるほどの美貌の主であった。

「――キミが、藤田浩之くんね?」
「え?――あ、はい」

 突然、見知らぬ女性からフルネームで、しかもにこやかに呼ばれてしまった浩之は酷く戸惑った。
 そんな浩之の元へ、メイドさんは古ぼけた革製のトランクを抱えながら、玄関からトコトコと駆け出し近寄ってきた。

「よかったぁ……少し早く来すぎてしまったみたいだったから、帰ってくるのが遅かったらどうしようかと心配していたんだぁ」
「へ?」

 まったく事情が掴めず当惑する浩之の両手を、トランクを地面に降ろしたメイドさんはその両手で包み込むように取り、ブンブン、と嬉しそうに上下に振って見せた。

「あの、その――どちらさん?」

 絶世の美女に手を握られ、しかも嬉しそうに微笑んでいる姿を前にして浩之は珍しく緊張していたが、僅かにあった冷静さのお陰で質問するコトが出来た。

「あ、ごめん」

 メイドさんは舌を出して、てへ、と照れくさそうに微笑んだ。

「えーとね、今日からご両親に頼まれて、浩之くんの身の回りの面倒をするコトになりました、――プードル関西でーす♪」
「…………嘘だ、つーか絶対嘘だその名前(汗)」
「あっははー、なんちゃってー」

 自称プードル関西嬢はお茶目に笑いながら、浩之の両手を離すと、今度は自分の両手を頭のほうに上げて輪を描いた。今ではそのポーズをする人間は皆無とされる、所謂なんちゃってポーズを取って見せた。

「……あんたトシいくつだ?(汗)」
「あらやだ、女性に年齢を訊くのはジェントルマンのするコトじゃないわよぉ」

 そう言ってプードル関西嬢は口に手を当て、ほほほ、とおばさん笑いをしてみせた。その一連の仕草に、浩之の内部では胡散臭さ度のゲージが急上昇していた。
 だが浩之は、そんな奇天烈なメイドを見て、不思議と警戒心が湧かなかった。むしろ親近感さえ抱いていたのである。
 その時浩之は、ちょっとした幻視に見舞われていた。
 何となくだが、このメイドはあかりに似ているのだ。外見は違うが、雰囲気や仕草が、よく知っているあの幼なじみに良く似ている気がしたのだ。警戒心が湧かないのはその為なのだろう。
 そんな時、突然、浩之の視界一杯にプードル関西嬢の笑顔が拡がった。ぼうっとしている隙をついて、彼女が顔を近づけてきたのだ。

「……なんか、噂の浩之ちゃんに会えてつい嬉しくなっちゃってね」
「え?あの――噂?」
「うん」

 嬉しそうに返事するプードル関西嬢は、今度は左手で浩之の右手を取って握手して見せた。

「――私の本当の名前は、神崎りりす。よろしくね」

 そう言ってりりすは浩之にウインクした。
 何て魅力的なウインクだろうか。間近でそれを見た浩之は、思わず呆然と――頬を赤らめてさえいた。

            つづく

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