【ご注意】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用した二次創作作品となっています、たぶん<ぉぃ。
※本作品はフィクションであり、実在の個人・団体名等事件等にはいっさい関係ありません。
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【承前】
第15号臨海公園埠頭。90年代前半までどの区にも属さず、国有地として国の管理下の元、立入禁止となっていた第15号埋め立て地を前身に持つここは、現在港区の管理下に置かれ、面積の半分近くに自然公園が設けられ、その周りを臨海副都心に進出してきた企業のビルが立ち並んでいた。公園から少し離れた場所には、海沿いに倉庫街が並び、お台場周辺の海の窓口として機能している場所なのだが、埠頭への便として二本の橋が渡されているが、片方は歩道専用の細い橋で、自動車で向かうにはあまり便利な地ではなかった。
こんな夜更けに、ここを晶が訪れた理由は、在る人物に会う為であった。
はい。――え、ECOHSの例のデータの件で、社内で奇妙なデータが?――ええ、知ってます。――相談したいコトが?――――え、ええ――――判りました。15号臨海公園ですよね。あすこのデータビルですか?はい、今夜そちらで落ち合いましょう――――
晶の行き先は、この先にある、サージェンス・ソフトの社内データを管理する外部サーバーが設置されている最新鋭のインテリジェンスビルだった。
しかし、右腿部のホルスターにトライボルテクスを装着した完全装備で、クエーサーIIに乗ってやって来た晶は、そこで問題の人物から、ただデータを受け取ったり説明を受けたりするつもりは全くなかった。
晶は、戦うためにやって来たのだ。
完全装備の晶が、自宅のマンションの地下駐車場に偽装して置いてあるクエーサーIIに乗ろうとした時、照らしたヘッドライトの奥に、見覚えのある姿を見つけて慌てて停車した。
「……藤田クン」
そこには、浩之が佇んでいた。
「どうして――」
「待ってた。――電話のやりとりから何となく、今夜辺り動きそうだったから、そこでずうっと」
それは、浩之が木之内と放している時のコトだった。晶の部屋から物音が聞こえた浩之は、何となく嫌な予感がして晶の部屋の扉に立ち、傍耳を立ててみた。するといつの間にか起きていた晶が、誰かと親しげに話しているのが判った。
まるで家族の誰かと話しているような。――それが浩之に不安を呼んだ。
そしてそれこそが、ついさっき浩之の頭の中で閃いたモノでもあった。
「藤田クンには関係ないわ」
「頼まれたからね、叔父さんに」
「まったくあのクマおやぢ……!」
呆れたふうに言う晶だったが、どこか苦笑しているようであった。
「どっちにしたって、昔馴染みに会いに行くだけなんだから」
「昔馴染みと殺し合いかい?」
と浩之は、晶の右腿部アーマーに装着されているトライボルテクスを指した。
「――真犯人だろ」
「さぁね」
晶は肩を竦めて見せた。
「惚けても無駄さ。叔父さんも、俺も気付いたんだ」
「……?」
「朽葉さんがキレていたのは、犯人に思い当たっていたからじゃないか、って。それも、身近な親しい人」
「――――」
絶句する晶は、顔を引きつらせていた。
「犯人の手懸かりが見つかったぐらいで、あすこまでブチきれるモンじゃないさ。とはいえ、俺には朽葉さんの周囲のコトは良く判らないがね。叔父さんの見解だが――ECOHSを発表した、サージェンス・ソフトの取締役の一人、麻宮滋」
「――――」
「朽葉さんのお父さんの友人で、――朽葉さんの手術費・入院費を出してくれた恩人だって言ってた」
晶はやや斜めに仰いだ。怒鳴りそうになるのを堪えているようにも、浩之の視線を逸らしたいと思っての仕草とも取れる、そんな動きだった。確かめるまでもなく、図星であろう。
浩之は、指摘するコトに後悔していなかった。ある考えがあったからだ。
「…………前から疑っていたんじゃないのか?」
「――――」
ぴくっ、と晶が反応した。
「――だから、その事実に驚かずにキレた。でもまだ何処かではその人を信じているんだろう?」
「それは…………」
晶が戸惑うのは、浩之の予想通りの結果だった。だから思わずこぼれる笑みを堪えて、浩之は言った。
「だから俺はここで待ってた。――朽葉さんが暴走しないように」
「暴走なんて――」
「なら、どうして一人で行くのさ?」
「それは――」
「鋼警視には連絡したのか?」
「――――」
晶は黙り込んでしまった。判りやすい人だなぁ、と浩之は心の中で苦笑した。
「一人で行くなんて無茶だ。刑事の端くれなら、鋼警視の――うわっ!」
突然、晶はアイドリングさせていたクエーサーIIをスロットル全開にして爆音を地下駐車場一杯に轟かせた。あまりの騒音に浩之は怯んでしまった。
その隙を突いて、晶はクエーサーIIを発車させた。驚く浩之の横をすり抜け、地下駐車場を出て行ってしまった。
「しまった――!」
「まだまだ甘いな坊主」
「うわっ!?」
地団駄を踏んでいた浩之だったが、自分のすぐ横に、突然鋼警視が立っていたコトに仰天した。
「あんた、いつの間にそこにいたっ!?」
「んー、観てたから」
「……アタマの悪いコギャルみたいな返事はやめれ(笑)っていうか、何で朽葉さんを止めなかったんですか?!」
「止める必要は無ぇから」
と言って、鋼警視は後ろに停めていた自分の車を指した。
「晶の右手はデータのバックアップ用に特捜隊のサーバーと常時通信しあっているからな。積んであるマシンで所在は直ぐに掴める」
言われて、浩之は車のほうを見ると、車内に置いてあったパソコンには、町田周辺GPS用CGマップが表示され、町田街道を東南へ下っている光点があった。
「町田インターチェンジから東名高速道路に乗って都心へ出るつもりだな。追うぞ」
車に乗り込もうとした鋼警視は、何故か浩之を誘った。
「え?俺も乗って良いの?」
「手前ぇ、自分で言ったじゃないか。――晶を暴走させないって」
そう言って鋼警視は、悪ガキのような笑みを浮かべて見せた。
浩之ははにかむような苦笑で応えると、助手席に乗り込んだ。
一時間ほど掛けて晶を追う二人は、レインボーブリッジを経由してお台場にやって来た。
「……第15号臨海公園埠頭、か。ゼロの名を持つヤツは必ずここに来るのかね」
鋼警視はGPSマップの光点を見て、溜息くように呟いた。
「そういや、ここにはサージェンス・ソフトのサーバーを置いたビルがあったな」
「じゃあ、やっぱりここで……」
「九分九厘。――スピード出すぞ」
速度を上げた鋼の車は、やがて第15号臨海公園埠頭へ唯一車で入るコトが出来る橋に到着した。
そこで急に鋼警視は車を止め、ヘッドライトを消した。
「どうして停めたんです?」
「ここからは歩いていこう。晶は予想通りサージェンス・ソフトのビルに入ったようだし、下手に車で近づいて、晶にも、そして相手にも気付かれたらマズイ」
GPSマップ上で、先程から停止している光点を指すと、鋼警視は後ろの席に置いていたトランクを取り上げた。
「さて――職務的には、藤田君にはここで待ってもらいたいのだが」
「やだね」
「言わんでも判ってる。但し、相手が例の爆弾犯人だとしたら、機動地雷を用意している危険がある」
「でもそれは、朽葉さんの妹さんの声で反応するんじゃ――」
「起動方法を変更している可能性もあるだろう」
「あ――」
「まぁ」
そう言って鋼警視は、癖っ毛の頭髪を掻き、
「…………問題の相手が同一とは限らないしな」
「どういうコト、それ?」
浩之が訊くと、鋼警視は橋のほうを睨みながら、
「……外国資本のサージェンス・ソフトには、以前よりキナ臭い噂があるんだ。晶が入っていったインテリジェンスビルには、同じような外国資本の企業が入っている。そのうちの、食料品の流通最大手の商社である峰琉物産(ほうりゅう・ぶっさん)、そして重工業の開発・生産に於いて世界的企業であるスペリオン・コーポレーション。この三社間で、奇妙な繋がりがあるというのだ」
「繋がり……?」
「噂に過ぎないが――この三社が非合法営利結社を秘密裏に結成し、運用しているという話がある。あるいは、この三社を影で操っているのか。後者はあまりにも漫画っぽくで眉唾物だが、前者なら国内外に過去にも幾つか例がある。――『フェニックス』という組織を聞いたコトがあるか?」
訊かれて、しかし浩之は心当たりがないので頭を横に振った。
「そりゃあそうだよな。多分、お前さんが生まれた頃辺りの話だし」
「?何ですか、そりゃ?」
「この日本にもかつて、さっき言った三社の話のように、異なる多企業によって非合法に組織された、営利結社があったんだ。――軍事目的の、な」
「――――!?じゃあ、機動地雷って!?」
「噂が本当だとしたら、それの再来だ。スペリオン・コーポレーションは欧州で屈指の軍事兵器メーカーでもある。峰琉物産に至っては、豊富な華僑資本で医療部門にも大きなシェアを持っている。サージェンスソフトは、多岐に渡る高性能なアプリケーションの販売によってMSを追い落とす勢いで成長し、航空管制の通信機器関連の制御アプリケーション市場ではこの3年、寡占状態にある。――この三つが手を組んでその気になれば、今すぐにでも世界征服は可能だろう」
そう言って鋼警視は大きく伸びをした。まるで肩の辺りにのし掛かるような辛いこりを感じたような気怠そうな仕草だった。
「――無論、今のところそんな気など無いだろう。そもそも、奴らは軍事支配ではなく、経済的支配で既に世界を征服しているからな。近代の大帝(タイラント)のトレンドは『見えざる神の手』という経済論説もあるくらいだから」
「じゃ、じゃあ、朽葉さんは――」
「慌てるなぃ。今ン所、敵さんは晶を潰す様子はない。警察にも圧力がない辺り、噂のそいつらが動いているとは考えにくい」
「すると――」
「それを確かめに行くんだ。連れて行くが、いいか、俺から勝手に離れるなよ」
そう言って鋼警視は上着を脱いで車内に置くと、トランクを開けて中にあった黒皮のジャケットを着込んだ。――
晶はサージェンス・ソフトのデータビルに居た。夜間は、同社が誇る、完全無人による警備システムによって無人の塔と化す。サーバー障害は物理的障害でない限りは遠隔操作で修復出来る最新鋭のビルであった。
そのビルの玄関の前に立った晶は、自動ドアが動作(いき)ているコトに気付いた。待ち合わせた相手が開閉ロックを入れているのだろう。
悠然と玄関の戸をくぐり抜けた晶は、人と逢うにも関わらず、ホルスターからトライボルテクスを引き抜いて身構えた。
完全武装をして赴いた時点で、晶にとって、会う相手は敵以外の何者でもなかった。
晶は無人のロビーを、補助電子脳による全方位監視を続けながら進む。レーダー装備は無いが、補助電子脳を利用するコトで五感の感度を著しく引き上げるコトが可能であった。もっとも、実脳にも著しい負荷が掛かる為に長時間の使用は危険である。
それでも油断はならなかった。どんな手で来るか判らなかった。機動地雷の起動キーを変更してくるか、あるいは別の罠を仕掛けてくるか、もしくはストレートに実銃で応戦するか。
不気味なくらい静かであった。
あまりの無反応ぶりに、晶は拍子抜けした。
ゆっくりと進み、ついにはフロアのエレベーター前に到着した。エレベーターも可動していた。
相手は素直に、約束の場所へ晶を通す意志があるようである。晶は、溜息を吐いた。
約束した場所は、データビルの5階にある大会議室であった。サージェンス・ソフトの社員ばかりでなく、同居する他社の社員も会議や打ち合わせに使えるよう、共有の施設になっている。エレベーターで5階へ向かい、降りたら直ぐ目の前に大会議室の扉があった。
5階で降りた晶は、扉の前に立った。
扉は開いているが、室内から灯りは洩れていなかった。
一抹の不安を感じつつ、晶は補助電子脳をフルに使い、ゆっくりと大会議室に入室した。
(――てっちゃん)
晶は有線回線で、右手に内蔵されている分析機器用AIにアクセスした。晶の右手首から離れると独自に活動出来るそれは、晶と接続時は沈黙を余儀なくされているが、右腕の電脳回線によって交信が可能であった。
(Dセクタは電磁波測定、Cセクタは赤外線および二酸化炭素濃度検出。電磁波はレベルSCからSV、但し乾電池程度の電圧は対象外とする)
(了解)
てっちゃんが返答すると、晶は、ふぅ、と溜息を吐いた。少しめまいを感じていたのだ。晶が今までてっちゃんを使用しなかったのは、それを使用するコトによって科捜隊のサーバーにアクセスログが残り、無断で犯人と接触しているコトが本庁にばれてしまうのを恐れたからである。
出来れば、何事もなかったように自分を迎えてくれれば、そこまでしなかっただろう。 彼を、恩人を、犯人とは思いたくなかったのだ。
しかし、約束の場所には彼の姿どころか、灯りが消されている。少なくとも有効的な態度ではない。
失意と怒りが晶の中で入り交じった。
それを追うように、寂しさが湧いた。
独りでここまで来た。警官は通常、最低2人1組(ツーマンセル)で行動する。晶の場合、鋼警視の直下担当として外部協力者として参画している経緯もあり、かつ刑事権を持たされていない為、特にコンビを組む刑事はいない。主にその活動は鋼警視を伴にする場合が殆どである。従って、このような独断行動は鋼警視に責任問題が及ぶコトになる。
それを承知でここまできた。晶は酷い女だと思った。
それでも、自分の手で犯人を押さえたかった。そうでなければ自分はここまで――
…………無理しなくていいから。
不意に過ぎる、浩之の声。
「……また、藤田クンに叱られるかな」
そう呟いて晶はもう一度、溜息を吐いた。今度は嬉しそうに。
その時だった。
(赤外線反応アリ)
「!?」
驚いた晶は、てっちゃんが電脳回線で報告してきた、反応のあった方向へ振り向いた。同時に、右義眼に内蔵されているモニタレンズを起動させた。分子ロボット技術の発達により実用が可能になった、生体素材製の義眼球内に封入された分子ロボットによる78万6千画画素の重合液晶モニタが、視界内に展開する。無論、地紋ばかりかデータテキストやグラフも透過処理されて視界を遮らない。
モニタレンズは、熱反応測定による人型を映し出していた。
「…………晶だな」
聞き覚えのあるその声を聞いて、晶は小さく溜息を吐いた。
「……麻宮おじさん。隠れていたんですか」
呆れ気味に言う晶は、しかし次にてっちゃんからの報告を受けて瞠った。
(――とれすシタ電磁波ト赤外線ニ特異反応アリ――対象ノ頭部ニ暗視すぬーぱート思シキものヲ検出)
次の瞬間、麻宮は銃口を晶に向けた。だが晶は既に背後の扉へ飛び退いていた。
麻宮が手にする散弾銃は、狩猟用のものであった。マズルフラッシュが闇を蹴散らし、晶が避けた空間を散弾の群れが埋め尽くして、会議室の扉を穿った。
「ちい――」
麻宮は舌打ちすると、再び暗視スヌーパーのバイザーを降ろして晶の姿を追った。
壁を背にする晶だったが、直ぐにその場から離れて脇の通路に移動した。鉄筋の壁とは違い、フロアのレイアウトを変更出来るよう取り外しが可能な複合FRP製の壁では盾にもならない為である。同時に、手にしていたトライボルテクスを、スタンガンモードに切り替えた。スタンガンモードでは二種類の弾丸が使用出来、現在晶が装備しているスタン弾は、アルミとセラミックスの合金をFRPでコーティングした接合フレームで弾丸型に固着した十字型ゴム弾で、接合フレームはライフルリングで削られて発射とともに散り、ゴム部のみが目標に命中して無血制圧を図る。その構造上、通常弾より射程は短い(補記:余録だが、もう一方のスタン弾は実弾ではなく、実は先に機動地雷を無力化させた電子銃を指す。電子射出式スタンガンは空気抵抗や過度の重力・応力抵抗が無い為、2キロメートルという脅威の射程距離を誇る。命中した人間は電気式スタンガンと同じように一時的に筋肉弛緩によるマヒで身体が動かせなくなる。こちらは米国で既に実用化され、現在FBIで試験的に導入されている)。
晶は壁を背にゆっくりと立ち上がり、扉から麻宮が飛び出した瞬間を狙って構えた。
だが――
(――アキラ!正面ト右通路カラ、高速移動スル電磁波ヲ検出!)
「何?」
驚いた晶の注意は、扉から、てっちゃんが警告した方向へ移った。
「これは――機動地雷っ!?」
通路一杯に群がるヘビ型の機動地雷の群れは、唖然とする晶の周囲をいつの間にか包囲していたのであった。
「スタンモード、チェンジ――――!!?」
慌てて電子銃モードで切り替える晶だったが、機動地雷は晶に反撃の余裕を与えるヒマもなく、津波のように一斉に飛びかかった――――。
つづく