ToHeart if.「鋼鉄の彼女。」第13話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:7月1日(日)01時04分
【ご注意】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用した二次創作作品となっています、たぶん<ぉぃ。
※本作品はフィクションであり、実在の個人・団体名等事件等にはいっさい関係ありません。
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【承前】

 晶から電話を受けた直後、麻宮のメールボックスにまたもや、発信者名不明のメールが届いた。

「知っているぞ」

 そのメッセージとともに、添付されていたファイルの名前は「朽葉健吾」。
 秘書の東雲に気付かれぬよう開いたファイルの内容は、朽葉家族の画像であった。それはECOHSのイースターエッグ(裏技)として隠していたもので、在りし日の朽葉一家と、そして大学時代に健吾と並んで撮った麻宮の写真も含まれていた。
 その写真には加工が施されており、死亡している朽葉夫婦、そしてその次女の若葉に、DEAD、の赤い文字が被さっていた。
 更に、麻宮の写真にも、KILL、という赤文字が被さっていた。
 それが、麻宮を暴走させる原因となった。
 晶は真実に気付いてしまったのだ。
 あの一途な娘は、リハビリの間、犯人をこの手で捕まえると繰り返し言っていたのを麻宮は覚えていた。
 しかしその顔は、とても犯人を捕まえるだけでは済みそうもない、そんな殺気を孕んでいた。
 晶がここまで復帰出来たのは、家族を皆殺しにした犯人に対する凄まじいまでの憎悪にある。そして今、特務刑事という仕事に就き、銃器を手に出来る環境にもあった。犯人を捕まえても、きっとただでは済まないだろう。晶を殺さなければ、自分が殺される。
 そんな恐怖心を抱いていたのにも関わらず、麻宮は晶に何も手を出せずにいた。
 自分の今の地位と権力を持ってすれば、晶を合法的に抹殺出来たハズである。
 それが出来なかった。

 そして今、晶に散弾銃の銃口を向けた瞬間にも躊躇いがあった。暗視スヌーパーを装備して先手を打てたのにも関わらず、直ぐに引き金が引けなかった。
 晶が咄嗟に躱し、大会議室から待避する間、麻宮は追撃を躊躇った。そして晶が出ていたのを見て、ほっ、と胸をなで下ろしたのである。

「――――バカな」

 麻宮はどうして安心したのか、理解出来なかった。慌てて銃口を向けたが、既に晶の姿は見えなかった。ちぃ、と舌打ちをして、警戒しながら大会議室から出た。今度こそ、仕留めなければ。
 大会議室から出た途端、麻宮は唖然となった。
 奥の通路に待避していた晶の周囲を、あの機動地雷の群れが取り囲み、一斉に飛びかかろうとしていたのである。

「晶――――!?」

 見る見るうちに、晶の全身に機動地雷が張り付き絡み付く。鋼の綱が晶の動きを封じてしまった。

「――――?!」

 晶は機動地雷に全身を封じられ、嫌悪感と恐怖に襲われた。これが一斉に爆発したら助かるハズもない。あまりのコトに悲鳴さえ上げられなかった。
 だが、パニックには陥らなかった。
 木之内の叔父さん。
 頼れる鋼警視。
 学校のみんな。――マルチ。
 そして、浩之。
 死に対する恐怖はあった。かつて味わった恐怖を。
 しかし、ただ怖れているワケにはいかなかった。――自分はまだ死ぬわけにはいかない。
 ――生き残ってやる。
 憎んだ義肢も、その為に受け入れたのだ。
 落ち着こう。――まだ爆発していない。――どこかに――――何処かに活路はあるハズだと――――。

「――晶ちゃんっ!」

 声が聞こえた。顔まで覆われた今ではその目で確かめるコトは叶わないが、声の主は知っていた。

「麻宮――――」
「そいつは心音の変化で爆発するように設計してあるっ!とにかく冷静になれっ!」

 麻宮は晶に向けていた銃口をいつの間にか下げ、必死に晶を救おうとしていた。先程まで抱いていた晶への殺意はいつの間にか霧散していた。
 そんな麻宮の必死の声に、晶は戸惑った。自分に銃を向けた――かつて自分の家族を奪ったあの男が、自分を助けようと声を掛けてきたのだ。
 その驚きが、逆に晶に冷静さを呼んだ。

「…………そう、か」
「晶ちゃん――」
「…………大丈夫」

 全身が覆われて判らなかったが、しかし麻宮はその声から、晶が笑っているコトに気付いた。

「…………私の心臓のコト、忘れたの?」
「あ――――――」

 言われて、ようやく麻宮は肝心なコトを思い出した。

「無拍動電磁駆動式人工心臓。心音なんて聴けないよ」
「そ、そうだったな……!」

 それを聞いた麻宮は、はぁ、と安堵の溜息を吐いた。しかし直ぐに、はっ、と何か大切なコトに気付いらしく、晶のほうを見て瞠った。

「――どういうコトだこれは?お前が仕掛けたのではないのか?」
「仕掛けた?」

 晶は機動地雷に拘束されたまま戸惑った。だが、冷静さを取り戻していた晶は、既にこの事態をある程度、把握していた。

「…………やっぱり麻宮おじさんは今回の事件には無関係なんだね」
「え……?」
「これで、機動地雷の構造の全てが判った。そうか、若葉の声を感知するセンサーで、人の心拍音の変化を読み取って人間かどうか判別しているのか。確かにこんなのに取り付かれたら、驚かない人間なんて居ないし」

 そう言う晶の顔はとても複雑そうであった。特に、人間、と言う言葉を口にする時は戸惑いさえ伺えた。

「……もしおじさんが犯人なら、私の心臓のコトに気付かないでこんな罠を張ったりはしない」
「あ――――まさか」

 ようやく麻宮も気付いたようである。第三者の存在を。

「――離れてて。出来れば大会議室の一番奥で、誤爆に備えて」
「え――」
「電子銃でこいつらの機能を停止させるから」
「あ――、わ、わかった」

 首肯する麻宮は駆け込むように大会議室に入った。
 晶は足音でそれを確認すると、右手に持っていた電子銃のトリガーを引いた。すると、晶の右側の足元に絡み付いていた機動地雷が、ビクン、と痙攣し、次々と離れていった。そして電子銃近辺にいた分も同様に床に落ちていった。
 続いて、自由になった右腕を胸元に寄せ、また電子銃のトリガーを引く。今度は頭部から胴体に掛けて張り付いていた機動地雷が次々と外れていった。後は足元と、まだ周りに残っていた機動地雷の回路を電子銃で次々と焼き切り、全てを沈黙させた。

「…………てっちゃん。義肢の状況は?」
(おーるぐりーん。防電磁波こーてぃんぐハ有効ダ)

 晶の義肢をトレースしている右義手の分析機器用AI、てっちゃんは、晶の義肢がトライボルテクスの電子砲による回線破損が起きていないコトを報告した。

「自分の使っている電子銃でフリーズしたらシャレにならないもんね。スペック通りで安心したけど、でもこれ……」

 と周囲の機動地雷を見て眉をひそめ、

「……動きを停めただけで爆発しないとは限らないし」

 ふぅ、と軽く深呼吸した晶は、額に浮かぶ冷や汗を左手で拭うと、改めてトライボルテクスを構えた。

「……容疑者、麻宮滋の身柄を確保するわよ。――容疑は、朽葉健吾一家殺害の容疑で」

 もう一度深呼吸した晶は、自分に言い聞かせるように言った。
 昔の自分なら、このまま麻宮の前に立ってトライボルテクスの実弾で撃ち殺していたかも知れない。――でも今は違う。

 だから俺はここで待ってた。――朽葉さんが暴走しないように。

「…………判ってる」

 晶は嬉しそうに呟いた。


 浩之と鋼警視は、サージェンス・ソフトのデータビル玄関前に到着し、まだ無事な様子にほっと胸をなで下ろした。

「……犯人じゃなく、情報提供者と会っているだけならいいんだがな」
「どうして、その麻宮、ってヤツが連続爆破犯人じゃないと思うんですか?」

 浩之は車中からの疑問をもう一度鋼警視にぶつけた。

「麻宮は晶の家族を殺害した容疑者として一度捜査線上に上ったコトがあるが、証拠は全く得られなかった。機動地雷のコンセプトと高性能が、麻宮にアリバイを与えてしまったのだろう。麻宮は、晶の父親とは大学からの親友同士でな。その頃から二人して、来るべきネットワーク社会を見据え、ネットワーク対応型のOSを開発を行っていた。やがて朽葉氏と共同して開発したECOHSの原型が、サージェンス・ソフトの当時の重役たちの目に留まった。そのパテントを得るため、会社側は二人をソフトウェア研究部門に勧誘したが、実際は朽葉氏のみを入社させる腹づもりだったようだ」
「どうして?」
「仕様書は朽葉氏の手によるものであり、プレゼンも朽葉氏が行った。その為、会社側は朽葉氏を高く評価していた。――基幹部の開発や設計は麻宮の仕事だったのにも関わらず。加えて、朽葉氏は家族を持っていたが、麻宮は独り身のままだった。それも要因だったようだ」
「じゃあ……」
「あくまでも推測だが、そのコトが元で麻宮は朽葉氏を憎むようになったのだろう。そしてその手柄を独り占めにしたかった――気の迷いがもたらした悲劇なのだろう」
「ひでぇ……!」

 浩之が嫌悪を露わにしたのは、麻宮の浅はかさばかりにだけではなかった。人を狂わす理由があまりにも些細なコトが何より腹立たしかった。

「――麻宮自身にしてみれば、自分の手を汚すのはそれっきり充分のハズだ。今更、大勢の人間を殺して奴に何の益がある?」
「確かに――では、誰が?」
「確実ではないが、疑わしいのは例の非合法経済結社。麻宮が暗殺に使ったモノを、麻宮の知らない所で見つけ、それを増産して実際に兵器として使えるか、無差別テロに偽装してテストしたのだと思う。兵器としての有効性は十分予想されたからな。しかしそれを白日のモノにするためには、麻宮の協力が必要だ。――晶が暴走しなければ良いのだが」
「……それは大丈夫」

 浩之は自信ありげに呟いた。

「何故判る?」
「そう言うコトが似合う女性(ひと)じゃないからね」
「…………」

 そう応える浩之の顔を、鋼警視は暫し見つめた。そして、ふっ、と笑みをこぼし、成る程、と頷いて見せた。

「何だい、おかしいかい?」
「いやぁ、青春って良いねぇ」
「ンなこっ恥ずかしいコト――!?」

 浩之が顔を赤くして言いかけたその時だった。突然、ビルの上の方で銃声が鳴り響いたのである。

「まさか――――」

 驚いた浩之は、慌てて玄関へ駆け込んだ。玄関の自動ドアはまだ可動していたので浩之はぶつからずにビルの中に入れた。

「おい、慌てるな――――うわぁ!?」

 続いて鋼警視も自動ドアを潜ろうとしたが、何故か自動ドアは開かなかった。

「通電をカットされたか――おい、藤田君!」

 鋼警視は自動ドアのガラスを叩きながら、自分を置いて奥へ駆けて行く浩之を呼び止めようとしたが、浩之は振り向きもせず暗がりの中に消えていった。

「マズイ――」

 そう言って舌打ちする鋼警視は、着込んでいる黒皮ジャケットの胸ポケットに収めていた携帯電話を取り出した。

「――こちら科捜隊隊長、鋼!当直の科捜隊全員に告ぐ、至急、お台場の第15号臨海公園埠頭、サージェンス・ソフトデータビルに集合せよ!それと、第6機動隊の爆発物処理班にも出場要請を――――」


 晶は、大会議室に逃げ込んでいた麻宮にいきなり撃たれて動揺した。幸い、大会議室の扉の所でてっちゃんの警告によって銃口に気付き、まだ無事だったほうの扉を盾にしてギリギリで躱せた。

「麻宮のお――」

 そこまで言いかけて晶は唇を噛み、

「――麻宮滋!抵抗は止しなさい!あなたには朽葉健吾一家殺害容疑が」
「煩いっ!」

 麻宮はもう一度発砲した。蝶番で壁に繋がっていた、残っていた扉は、その砲撃で全て吹き飛ばされてしまった。

「おのれ――」
「落ち着いておじさん!」

 壁を盾にするコトも出来ず、エレベーターよりの広間で身を伏せて回避していた晶は、悲鳴のような声で言い聞かせた。

「さっきの機動地雷を見たでしょう?あれは私を狙ったモノではない――私と麻宮のおじさんをまとめて始末する為に用意されたものなのよ!このままでは危険よっ!」
「――――!?」

 それを聞いた麻宮は、酷く動揺した。そして自然と銃口を晶のいる下方から、斜め上の方に無意識に移していた。

「――今まで鳴りを潜めていたおじさんが私をここに呼び寄せたのは、誰かに脅迫されたか、煽られたからじゃないの?」
「煽――――?!」

 そう言われた時、麻宮は、一連の脅迫メールを思い出した。

「あれは――あのメールはお前じゃないのかっ?!」
「メール?」

 それを聞いた晶は、ゆっくりと立ち上がり、トライボルテクスをホルスターに収めて大会議室に恐る恐る入ってきた。

「……やっぱり、そうなんだ」
「くっ――」

 晶の姿を見て、麻宮は慌てて晶のほうへ銃口を向けた。そして引き金を引いたが、銃が弾切れを起こしている事に気付かなかった。
 散弾が出なかったコトを知ると、麻宮は身体の奥底から沸き上がる、凄まじいばかりの疲弊感に見舞われた。そして、発砲しなかったコトに、何故か安心している自分に戸惑った。
 晶はそんな麻宮が狼狽しているように見えたが、やがて観念したように銃を降ろしたのを見て、ほっと胸をなで下ろし、ゆっくりと近づいていった。

「……やっぱり、第三者が居たんだ――そいつが、本当の連続爆破犯人」

 そう言って晶はゆっくりと頭を振った。忌々しい気分をそうやって晴らしているようであった。
 そんな晶を見て、麻宮は酷く当惑した。

「……晶ちゃん。どうしてそんなコトが」
「…………信じたかったから」
「え?」
「私だって、始めは麻宮のおじさんが、父さんの手柄を独り占めにしたい為にやったんじゃないか、って思っていた。だけど、おじさんは、犯人を捕まえる為に再起しようとしていた私に尽力を尽くしてくれた。…………ただの罪滅ぼしとも思ったけど、やっぱり麻宮のおじさんはそんな悪いコトが出来る人じゃないよ」
「晶…………」

 呆然となる麻宮の前に、今にも泣きそうな顔で微笑んでいる晶が居た。

「…………だって、おじさんは、あの父さんの親友だったじゃない。そんな人が悪人だなんて、…………信じたく…………なかった」
「――――」

 必死に堪えている晶を見て、麻宮は絶句するばかりであった。

 それはただの偽善だったのかも知れない。
 勝者になりたい。その浅ましい邪念から犯した罪。
 自分の犯した罪で、親友だった男と、その大切な者たちの命を奪ってしまった。
 しかし、晶は生き残った。
 自分は生き残った晶の為に、何が出来るのか。生き残った晶にとどめを刺すコトなど微塵も思わなかった。
 それを罪滅ぼしと思った時点で、犯罪を犯した者は敗者なのだ。
 敗者の罪は裁かれる。自らを敗者と認めた瞬間から、それは決まっていたコトである。
 だからこそ、何処かで“にんげん”であり続けたいと思うのは当然のコトなのだろう。
 “にんげん”は、奪うばかりではない。与えるコトも出来る、こころある生き物でもあるのだ。
 目の前の晶がそうだ。晶は、犯人をその手にかけたい一心で、嫌悪していたハズの機械の身体でここまで再起したのだ。
 なのに、晶は与えてくれた。狂ってしまった自分に、死を要求せず、“にんげん”として捕まるコトを求めた。
 何より、これまでも晶から、“にんげん”として再起する機会を。だから――――。

 ゴトリ、と散弾銃が床に落ちた。

「俺は――――?!」

 麻宮が晶に何か言おうとしたその刹那だった。

(――背後ニ電磁波反応アリ――機動地雷ガマダ生キテイルゾ!)


 凄まじい爆音と爆炎がビル内部から吹き出された。それは、晶たちが居たデータビ5階の窓ガラスを全て衝撃波で吹き飛ばして地表に夥しい破片をまき散らし、周辺のお台場一帯にも爆発音が轟いた。


 その衝撃は、エレベーターが使えず、仕方なく階段を昇っていた浩之の身体を宙に浮かせた。幸い、その時は踊り場だったので、浩之はその床に転がされる程度で済んだ。

「――くそっ!――――まさか――――――晶ぁっ!!?」

        次回、最終回へつづく

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