ToHeart if.「鋼鉄の彼女。」第10話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:6月22日(金)00時10分
【ご注意】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用した二次創作作品となっています、たぶん<ぉぃ。
※本作品はフィクションであり、実在の個人・団体名等事件等にはいっさい関係ありません。
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【承前】

「このアーカイブファイルが、起動用コマンドなんでしょうか」

 マルチからDL(ダウンロード)したデータリストから検出した、“幸運のメール”と呼ばれるメールデータは、予想通り重合式アーカイブファイルであった。科警研の林所長がパソコンで分析作業を続ける中、晶は後ろから覗き込むように訊いてみた。

「表面的には何らかのリソースが仕込まれているようだが、しかしそれは自動送信用のものだ。それに、圧縮暗号化されていたデータソースは、今まで経由してきたルートをメモリーしてきたモノで、恐らくはユーザーの個人情報だろう…………ふむ」

 林は小首を傾げ、当てが外れたかのように不満げに唸った。

「幸運のメールに引き寄せられたと思ったんだがなぁ」

 晶の横で、林の姿をマルチと一緒に伺っていた浩之も、予想が外れたらしいコトを残念がった。

「そうでもないわよ」

 と晶が言った。そして長机の上にあるフォルダーをパラパラと捲ると、図面らしい見開きページを広げた。

「これ。機動地雷のパーツに、受信装置らしいモノが確認されているの」
「受信装置?」
「チップ状の簡易式アンテナなんだけど、PHSと携帯電話両方の受信機能を持っているの」
「あれ?じゃあ、それなら外部からの通話ログを電話会社から……」
「それがぁ…………」

 晶は困ったふうに笑ってみせた。

「あ、そうか。電子銃でデータ消しちゃったんだっけ」

 浩之はそのコトを思い出した。

「とばしの携帯電話(註:違法に流通している携帯電話。盗難したモノや流出した個人データを元にROMの書き換えなどで偽造している)を改造して作ったものでも、ROM内の情報があれば出所は大抵は追っかけられるんだけど、ROM焼き消しちゃったから……」
「でも、その事実があるなら、幸運のメールがまったく無関係とは言えないだろう?」
「ええ。――あの場で携帯電話を持っていたのは長岡さんだけだったから」
「へぇ。そのコトはもう気付いていたんだ」
「簡単な消去法よ。ただ、決定的な要素や証拠がなかったから、さっきまでは可能性の世界だったけど――解凍解析が終わったみたいね」

 晶はまたパソコンのモニタのほうを見た。

「圧縮暗号化された個人データが8割。残りは転送用リソースやライブラリばかりだ」
「個人データのほうは電話会社に協力してもらうしかないわね。私たちは残りのソース解析をやってみましょう――あれ」

 不意に、晶がモニタを注視した。

「…………これ」
「?」

 呟くように言う晶に気付いた林が、モニタのほうを見た。晶はモニタにリストアップされているあるファイルを指していた。

「KK.DLL?……株式会社ドットダイナミックリンクライブラリー?」
「そんなわけないでしょう(笑)ちょっと並べ替えして下さい」

 晶に言われて、林はファイル名を昇順に並べ替えてみせた。

「ほら、ほかのDLL名には、同じ名前のINI(イニシャライズ)ファイルがあるでしよう?なのにこれには、無い」
「本当だ。良く気付いたな」
「ダミーファイルの可能性もありますが、恐らくは……」
「ああ」

 頷く林は、今度はそのKK.DLLの解析を始めた。
 結果は早く、そして予想通りのモノとなった。

「……拡張子を変えた偽装ファイルだ。こいつは更に圧縮が掛かっている」
「さっきのDLLリストの中に、UG(アンダーグラウンド)で違法ファイルの流通でも利用されている自己解凍用のものがあったから、もしや、と思ったんです」
「アーカイブ内で動作するアーカイブか。手の込んだ真似をする――おっと意外とコンパクトだぞ」

 KK.DLLの解凍解析は直ぐに終わった。アーカイブされているファイルソースのリストは7個。ファイル名はD・R・M・F・S・L・Sと、アルファベット一文字だけで全て拡張子がなく、ファイルサイズも10KB前後のモノばかりであった。

「ソースにしては小さすぎるな。まるっきりダミーとか…………どうした?」

 林は、晶がそのリストを見て難しそうな顔をしているコトに気付いた。

「これ、もしかすると……いいですか?」

 晶が自分で操作すると言いだしたので、林は席を譲った。
 席に着いた晶が、あるアプリケーションを開いた。

「波形コンポーザー?」

 それは音声データの分析用ツールであった。採取した音声や音から、相手の状況やどんな音なのかを検出・分析するものである。
 晶はそれを使い、拡張子のない7つのファイルを連続して開こうとした。

「どうした――」

 浩之が訊いたのと同時に、突然、ノートパソコンがある聞き覚えのある音を奏でた。

「…………ドレミだ」

 それは、誰もが知っている音階であった。しかしそれはパソコンの音源が発したモノというより、幼い子供の音声のような何かをサンプリングしたモノであった。

「……成る程。この拡張子の無いファイルは、音階の頭文字を意味していたのか」

 鋼は感心したふうに言った。その一方で、ふむ、と何か引っかかるようなことでもあるらしく、首を傾げた。

「…………何か、聴いたような声だな」
「あ!」

 同じように傾げていた浩之の横で、突然マルチが何か閃いた。
 そして晶のほうを向き、

「似てます――朽葉さんの声に」
「……え?」

 マルチの言葉に、その場にいた者が凍り付いた。

「私が認識(サンプリング)している朽葉さんの音声データと、今の音階データは92パーセント一致しています」
「お、おい、マルチ…………」

 何を言い出すかと、と言いたかった浩之の言葉を詰まらせたのは、その指摘に納得してしまったからに他ならない。言われてみれば確かに晶の声に似ていたのだ。

「…………違うわ。私じゃない」

 晶は俯き加減に首を横に振った。

「――――これは、若葉の声」

 そう言うと晶はパソコンに俯せ、嗚咽し始めた。
 浩之たちは、一体何が起こったのか理解出来ず、呆然と立ち尽くしていた。

   *   *   *   *   *   *

 サージェンス・ソフト社取締役の麻宮は、退社時に届いたメールを見て慄然となった。
 発信先のアドレスは匿名。メールデータの先頭に暗号化されて記録されているハズの発信先IPもまったくデタラメであったが、奇妙なコトに社内のサーバーを経由して届いていた。プロキシサーバーに置き去りにされた動画ファイルに埋め込まれている、SPAMメールを自動的に発信し続ける不法CGIがUG系で出回っている話は決して珍しいコトではない。
 発信者名は、朽葉健吾。かつて、モバイルOS「ECOHS」を共同開発した友人の名であった。

「…………莫迦なっ!?――健吾は死んだハズ!?誰だ、こんな悪ふざけを――」

 と怒鳴り掛けた次の瞬間、麻宮は添付されているファイルを見て慄然となったのであった。

「KK.DLL――――何故、これが――――」

 驚いた麻宮は周囲を見回した。まるで周りに隠れている何かを恐れているようであった。

「……い、いや…………これを“実行”しない限りは大丈夫だ!…………だが……一体誰がこれを………………?!」

 動揺したままの麻宮は、メール内のテキストを読み始めた。

『知っている』

 それだけだった。
 それを読んだ麻宮は顔をひくひくと引きつらせ、見る見るうちに冷や汗を満面に浮かび上がらせていく。
 そして、何かを理解したかのように、はぁ、と溜息を吐いた。

「…………やはり誰かがアレを使っているんだな…………一体、誰がどうやっ――――!?」

 麻宮の顔が閃いた。そして見る見るうちに、怒相に変わっていく。

「…………そうか…………あの小娘………………!!」

   *   *   *   *   *   *

 結局、晶が泣き崩れたコトで、幸運のメールの分析はストップしてしまった。鋼は仕方なく残りの解析を林に任せ、泣き止まぬ晶と、戸惑う浩之たちを送っていった。
 翌日、不安を感じた浩之は、マルチの教室に向かったが、やはり晶は今日も欠席だった。

「……わたし、何かマズイコトを言ってしまったのでしょうか?」

 不安がるマルチの頭を撫でて宥め賺す浩之は、頭を振って見せた。
 何故、あの幸運のメールに、晶の妹の声がサンプリングされていたのか。
 一体、あの幸運のメールは、今回の事件とどのような関わり合いがあるのか。
 奇妙な不一致は、五里霧中の事件の中に浮かび上がった光であった。
 あの場で携帯電話を持っていたのは志保のみ。
 携帯電話で受信できる、謎のアーカイブファイルを保有する幸運のメール。
 ――そして若葉の声。
 見え始めたと思っていた事件の秘密は、ここに来てまた新たな謎が生じた。
 その手懸かりを知る晶は、ここに居ない。
 なら――

 放課後、浩之はマルチの担任に晶の住所を訊き、晶の自宅へ赴いた。
 晶は森野にある叔父のマンションに住んでいた。バリアフリーに気を配った新しいマンションであった。
 浩之は、5階にあった晶の家の前に立った。躊躇いつつドアベルを鳴らす。
 間もなく、備え付けのドアホンで確かめるコトなく、扉は開いた。
 晶だった。

「……藤田クン?」
「……学校来ないからどうしたのかと思って」
「………………」

 晶は黙って浩之を見つめた。戸惑っているような、何処か嬉しそうな、しかしそれでいて哀しげな、なんとも言えぬ表情であった。

「妹さんのコト――」
「上がって」

 そう言うと晶は浩之に扉を預けて、奥へ引っ込んで行った。
 驚く浩之だったが、恐る恐る入室した。
 室内は小綺麗と言うより、こざっぱりとした風景が広がっていた。家具らしい家具は見当たらない。技術者の叔父の家と言うコトもあるのだろうが、浩之は晶らしい家だと思った。
 そんなコトを考えていると、奥から浩之を呼ぶ晶の声が聞こえた。

「あ、はい――おじゃま――――?!」

 と進んだその時、声が聞こえてきた部屋から、ぬぅっ、と黒い巨大な影か現れた。

「いらっしゃい」

 出てきたのは、晶の叔父の木之内であった。まるっきりクマにしか見えないその容貌に、浩之は腰が抜けそうになったが何とか保った。

「あ、おじゃましてます…………」

 考えてみれば若い女性の家に年頃の男をノコノコと上げるほど、晶は油断しているハズはなかった。浩之はほっとする反面、ちょっと残念がった。

「話は聞いているよ。晶が話があるそうだ」

 そういって木之内は浩之の横をすり抜けた。あの巨体が浩之に触れるコトもなく風のようにすり抜けるのは驚嘆すべき身のこなしだが、今の浩之はそんなコトには興味がなかった。
 浩之が通された部屋は、なんとも言えぬ奇妙な部屋だった。
 天上と床を除く壁の全面が、色んな機材で埋め尽くされ、それらを冷却するクーラーの音が唸り声を上げていた。木之内か、あるいは二人が合同で使っている作業室みたいなものなのだろう。浩之はそう考えた。

「いらっしゃい――来るとは思っていなかったけど」
「…………朽葉さん」

 浩之は自嘲気味に言う晶を見て、困ったふうに溜息を吐いた。

「……一体何があったの?」

 浩之が溜息混じりに訊くが、晶は浩之の顔を見つめたまま何も言わなかった。
 しかし、そのうち晶は、傍らのモニタへしゃくってみせる。浩之はモニタを見た。
 モニタには、昨夜科警研で見た、あのKK.DLLの内容リストが表示されていた。そのリストの横には、波形コンポーザーのウインドウが開かれ、昨夜と同じ状態になっていた。

「……ずうっと調べていたのか?」

 すると、晶は首を横に振り、

「…………ファイル名で大体見当が付いていたから」
「見当?」
「そう――」

 頷く晶は、リストの中にあった、音階のドに当たるDファイルのプロパティを開いた。
 そのプロパティの中央に、ファイルの作成者名があった。
 朽葉健吾。

「…………私の父さんよ」
「――――」
「あの後、家に帰ってから林所長に連絡してファイルを転送させてもらい、一晩掛けて分析したの。…………記憶にもあったの」

 晶はそう言って、音階ファイルを再生し始めた。
 モニタの横に取り付けられていたスピーカーは、晶のそれに良く似た可愛らしい少女の声でドレミの歌を奏でた。

「…………父さんがECOHSの通信系のライブラリを開発していた時、バリアフリー用に、若葉の声をサンプリングしたコトがあったの。肉声による波形をサンプリングし、音声で制御出来るように、って」

 次に晶は、手元のサムマウスを操作し、新たなウインドウを開いた。

「これは――――」

 それは、浩之にも見覚えのあるモノであった。

「――ヘビロボ」
「徹夜で科警研のスタッフと協力して、機動地雷のデータを元にCADで作った3Dバーチャルシム。デジタルCG製だけど、実物と同じ仕組みになってる。――で」

 晶はもう一度波形コンポーザーを操作し、妹の音階を再生した。
 すると、もう一つのウインドウにあった、とぐろを巻いていた3DCGの機動地雷が突然動き始めたのである。

「まさか――――」
「そう」

 晶は強張った顔で頷いた。

「機動地雷を起動させるキーは――――PDAがKK.DLLを持った幸運のメールを発信した時、スピーカーから可聴領域外で同時発信される、若葉の声で作った音階」

 そう言って晶は微笑んだ。
 浩之には、泣いているようにしか見えなかった。

                 つづく

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