天使はたまにいる12月(略称「天たま」)・栗原フルメタル透子編ver2 投稿者:ARM(1475) 投稿日:10月16日(木)19時18分
 屋上で授業フケていた俺の元に現れた、クラスメートの女子、栗原透子。
 まったくらちのあかない言動に俺はいらだち、相手が女だというのに遠慮無しに睨み付
けてやった。

「榊の入れ知恵か?……現行犯で捕まえる気だったとはな、榊も根性腐ってやがる」
「そんなぁ……しーちゃんはそんなことしないよぉ……」
「じゃあ、どういうつもりなんだ?お前一人の手柄にしたかったのか?橘にもクラスの女
どもにもバカにされてるもんな。覚えをめでたくしたかったとか、ありそうな話だ」
「ふぇ……」
「だけど、やっぱりバカだな。――屋上に入っちまえば、お前だって同罪だ」
「あ……あ……」
「いざとなれば、お前も道連れにしてやる!ええっ!どうなんだよっ!!」

 すると栗原は、まるで小動物のように怯え震えながらその場にしゃがみ込んだ。

「ごめんなさい……ごめんなさい……しーちゃんに言わないから、言わないから……許し
て……お願い……」

 そんな栗原を見て、俺は興ざめした。
 考えてみれば、相手はあの栗原透子だ。クラス、いや学校一、マヌケな女の……。
 こんな眼鏡ブスの何に、一体俺がビビる必要があるのか。
 俺が手を上げるものと思っていたらしい栗原は、はぁ、と困憊しきった溜息を吐く俺を
見て、恐る恐る顔を上げた。

「あ、あの、木田くん……」
「……もういいから、とっととどこへでも行けよ。――榊にでも橘にでも好きにチクれ!
榊やクソ橘にホメてもらえよ!」
「そんな……そんなことしない……絶対にしないよ……」
「なにが絶対にしないだ?――信じられるか!お前の何を信じろってんだ!!」
「だ……だって……う、ひっく……」
「クソ!イライラすんだよ、お前のその顔(ツラ)は!!」
「あぅ……!」
「叩き出してやる!」
「いやぁーっ!!」

 俺が手を挙げたのと同時に、悲鳴のような声を上げながら、栗原はまたその場にしゃが
み込んだ。

「やだ……あたし、ここにいる。ここにいたいの……ずっといたいの……」
「え……?」
「もう、みんなのところにいたくないの……」
「居たくない、って……榊が探してたぞ?」
「でも……でも…………ここには……この学校には……あたしの居場所なんかどこにもな
いんだもん……!」

 ドキッ、とした。居場所――俺はその言葉に反応した。

「どこにいても笑われちゃう……あたし、バカだけど、バカにされて笑ってられるほどバ
カじゃないもん――わかっちゃうもん、それくらい……わかりたくないけど、わかるもん
……あたしだって……こんなふうになりたかったわけじゃないのに……あたしだって、し
ーちゃんみたいに美人で頭いいコになりたかったもん。しーちゃんになりたいよ……」

 俺は振り上げた手を下ろし、栗原の吐露を黙って聞いていた。
 栗原はボロボロ泣きながら、恐らくずうっと心の中にため込んでいたものをぶちまけて
いた。ブレーキが利かなくなった今、もう、全部吐き出すまで収まる事は無い。

「…………でも……ぜんぜんダメ……頭わるいし……美人じゃないし……少しも器用じゃ
ない……死んじゃいたいよ……こんなふうになるなら、生まれなかったもん。もっと……
もっと違う人生がよかった……
 あたしはずっとずぅっと、みんなに笑われちゃうしかないの?」

 栗原のそんな不満を聞いているうち、俺の中で何かがゆっくりともたげていた。
 とても不快な――忌々しい――殴りたくなるような衝動のようだった。
 しかし栗原は、そんな俺の変化に気づきもせず不満の告白を続けていた。

「……それってしかたないの?運命なの?しーちゃんはあたしのこと、いつでも守ってく
れるけど、あたしはずっとあたしのまま……ずっとずっと、あたしはそのまま変わらない
……。
 だから……だから……ひとりでいられる世界が欲しいの……それだけなの、それだけ…
…木田くん……お願い……あたしもここにいさして。邪魔にならないようにするから……
お願い聞いてくれたら、なんでもするからぁ!」

 ここに来て、俺は自分の中で膨れ上がっている”モノ”の正体に気づいた。
 イッチョマエにゲームのヒロイン張っているハズのこの女の駄目っぷりにほとほと呆れ
たのだ。
 眼鏡っ娘。
 この言葉だけでご飯が三倍食える眼鏡っ娘萌えヲタなど掃いて捨てるほども居るという
のに、この女はその萌えの衝動すら沸き上がらねぇ。言動が痛すぎるのだ
 むかつくこの女を殴って殺してしまえという声と、殴ると壊れるぞという声が、俺の中
の何処かで交錯していた。
 だが、その交点で、大きく光り輝くモノを、俺は確かに感じていた。
 その正体に気づいた途端、そのどす黒い葛藤に答えが出た。実にあっさりと。

「……何でもするって言ったな」
「ふぇ……?」

 ようやく栗原は、俺の様子に気づいたらしく、俺の顔を見てまた怯え始めた。

「何でもするって……、じゃあ、お前に何が出来るンだよ」
「あ……」
「お前、本当にバカだろ?不器用で美人だけじゃなくって、金だってそんなに持って無い
ンじゃないのか?――そんなお前に何が出来るってんだ!」
「あ……う……」
「何も出来ないクセに、何でもするだって?――いいだろう、何でも出来るようにしてや
る」
「ふぇ……?」
「ふぇ、じゃ無ぇっ!口でクソたれる前と後に『サー』と言え!分かったかウジ虫!」 
「う……ウジ……ム……シ」

 栗原のヤツ、目を白くさせて驚いている。無理もない。そこまで罵倒された事は無いの
だろうから。
 ましてや、この俺の口からそんな言葉が出るとは思いもしなかっただろう。
 しかし俺は容赦しない。このバカ女にはこれくらいで丁度良い。
 俺の、こんな鬱で駄目人間揃いのエロゲーで鬱屈し燻っていた恋愛ゲーム主人公魂(ス
ピリッツ)が、このバカ女の痛すぎる言動を起爆剤にして一気に爆発したのだ。もうシナ
リオなんてどうでもいい、この憤りは停まらない。

「一人じゃ何も出来ないメス豚以下の貴様なぞウジ虫で充分だ!俺が『どんなバカでも萌
えられる至高の眼鏡っ娘』として教育してやるから覚悟しろ!立派になるその日まではウ
ジ虫だ!地球上で最下等の生命体だ!両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない! 
 じっくり可愛がってやる!泣いたり笑ったり出来なくしてやる!判ったら『サー』と言え!」
「ふぇぇ〜〜〜〜」
「ふぇぇ、じゃない、『サー』だ!!」

 俺の鋭い眼光に、栗原、いや、この地球上で最下等の生命体は目を白黒させながら狼狽
し、やがて、小声でようやく、さー、と答えた。

「パパとママの愛情が足りなかったのか、貴様?もっと大きい声で!」
「さ…………サー!」

 可愛いらしい声で、しかしようやく大声で答えた。


 その日から俺は、主人公の務めとして、この地球上で最下等の生命体が一人
前の眼鏡っ娘ヒロインになるよう特訓する事が日課となった。

「いいか、ウジ虫!俺の楽しみはお前が苦しむ顔を見る事だ!じじいの(自粛)みたいに
ヒィヒィい言いおって、みっともないと思わんのか、この(自粛)の(自粛)め!
(自粛)が(自粛)みたいなら、この場で(自粛)を(自粛)ってみろ!(自粛)持ちの
(自粛)め!」
「ふぇぇ……」
「また、ふぇぇ、とほざきやがったなぁ!クビ切り落としてク(自粛)流し込むぞ! 
 まるで、そびえ立つ(自粛)ソだ!ク(自粛)まじめに努力するこたぁない!じじいの
フ(自粛)の方がまだ気合いが入ってる! 榊のケツにバ(自粛)つっこんでおっ死ね!」
「ひ……酷い……」
「黙れ、このウジ虫!その足りないオッパイ切り取って柏木家以下の身体にしてやるぞっ!!」 
「そ、それだけは嫌ぁぁぁ〜〜(汗)」

「う〜〜、眼鏡落としたぁ……眼鏡眼鏡……」

 眼鏡を外したまま何処に置いたか忘れた地球上で最下等の生命体が、四つん這いになっ
て床を探し回っている。
 本来ならば、眼鏡っ娘ヒロインは、その多くが、ドジっ娘かあるいは秀才所謂委員長キ
ャラである。既に俺が属する葉の国には秀才キャラとボケキャラ、過激なキャラが居るが、
先達と比較出来るサムシングが欲しいところである。
 この地球上で最下等の生命体は頭の出来は良くない。今さらどこまで頑張っても頭が良
くなる事など期待出来ないだろう。
 ならば、ボケを貫いてみよう。究極の、至高のボケを。
 無防備なスカートの中はプレイヤーにさらけ出すのがヒロインの務めだが……。

「腰が入っておらんっ!メガネ付けたまま生まれたク(自粛)バカか?それとも努力して
こうなったのか?――眼鏡無くして捜している時は頭に被ってろっ!萌えボケで相手を萌
やしてしまえっ、アホ!――サーはどうした!?」
「さ〜〜」


「うぅ…………寒い…………死ぬ……死んじゃう……」

 そりゃそうだ。今の季節は冬。屋上でスクール水着一丁でいるヤツは阿呆だ。
 だが、この地球上で最下等の生命体にはそれでも充分なくらいのお洒落だ。
 今のこいつには、どんな衣装でも着こなせる必要がある。

「死ぬか?俺の所為で死ぬつもりか?――さっさと死ね!ヒロインが死ねば低脳プレイヤ
ーどもは諸手で感涙に咽びながら大喜びだっ!」
「ひ、酷い……」
「黙れ!奴らに隙など与えるなっ!本編では冬でスク水着るシーンは無いが、プレイヤー
の萌えに対する妄想は際限を知らない。――ウジ虫のスク水姿を妄想させろ!アンミラの
コスプレ姿を妄想させろ!裸ワイでハアハア言わせろっ!抜かせろ、抜かせろ、勃起(た
た)せろっ!奴らのタマの中身全部絞り尽くしてグズの家系を絶たせてやれっ!――スク
水で大股開きのセクシーポーズを百回!何ちんたらしてやがる、ハクオロのファ(自粛)
クの方がまだ気合いが入ってるぞ!」
「ふぇぇ〜〜」
「サーはどうした!?」
「さ、さ〜〜」


 地球上で最下等の生命体が、汚れの着いた眼鏡をメガネクロスで拭いている。おぼつか
ない手つきだが、いざヌキシーンで顔射を受けた時にこびり付いた汚濁を次のシーンでは
素早く拭って見せる必要がある。顔射で汚れた顔が次のシーンで綺麗になっているのは、
そういった日頃の弛まない努力の賜物なのだ。

「眼鏡をピッカピカに磨き上げろ!聖母マリアでも思わず掛けたくなるようにな!――パ
パとママの愛情が足りなかったのか、貴様?」 
「さ……サァ〜〜」


 眼鏡っ娘の醍醐味は、眼鏡を外した時、その下にある美貌の意外性にもある。
 この地球上で最下等の生命体は東京組のキャラだけあって、それほど悪くはない。
 しかし俺は、この地球上で最下等の生命体には、他の眼鏡っ娘との差別性を打ち出す必
要があると感じた。
 この地球上で最下等の生命体をありきたりな眼鏡っ娘ヒロインにしない。至高を目指す
ならば、この黒縁眼鏡は瞬着を使ってまでも顔に留めて置くべきなのだ。
 俺はこの地球上で最下等の生命体が掛けている眼鏡の弦を摘みながらその耳元で怒鳴った。

「俺がこの世でただ一つ我慢出来ンのは―――眼鏡をかけ忘れた眼鏡っ娘だ!
 眼鏡っ娘は許可なく眼鏡を外す事を許されない!ウジ虫の貴様でも同様だ!
 眼鏡は心の下着と思えっ!エロゲアースの眼鏡っ娘は惚れてもいないプレイヤーに心ま
で売り渡すべからず!!外された時は自らの死と思えっ!」
「サ〜〜」


 一週間後。

「眼鏡っ娘より早く神はこの世にあった。 
 心はジーザスに捧げても良い。 
 だが貴様のケツは低脳で小太りな引きこもりの眼鏡っ娘萌えどものモノだっ! 
 分かったかこの豚娘(トンコ)!」

 二人だけしか居ないこの屋上で、地球上で最下等の生命体は、俺の血のにじむような特
訓で豚娘と呼ぶに値するレベルにまで上がっていた。
 少なくとも、以前のように直ぐ音をあげる様な事は無くなっていた。
 それどころか、ある種独特の迫力さえ身につけていた。この豚娘にしては上等なくらい
の成長ぶりだが、俺は、いや、ブレイヤーにコレ程度で満足させるわけにはいかない。
 だから俺はこの豚娘に問うた。

「豚娘は眼鏡っ娘萌えどもを愛しているか?」
「生涯忠誠!命懸けて!Gung ho,gung ho,gung ho! 」 

 即答だ。眼鏡っ娘ヒロインとしての基本的なマインドセットは出来ているようだ。
 続いて、

「萌えを育てるものは?」
「処女の血です!血です!血です!」
「俺たちの商売は何だ、お嬢様?」
「萌えエロです!萌えエロです!萌えエロです!」 
「ふざけるな!聞こえんぞ!もう一度!」
「プレイヤーを萌え殺せ!萌え殺せ!!萌え殺せっ!!!」


 あれから何日経ったのだろう。
 俺の目の前に毅然と立つ女は、かつて自分の不器用ぶりを嘆いて現実からの逃避を渇望
したウジ虫では無い。

「……本日をもって貴様はウジ虫を卒業する。
 本日から貴様は眼鏡を装備したヒロインである。
 眼鏡の絆に結ばれる貴様らのくたばるその日まで、
 どこにいようとエロゲアースの眼鏡っ娘ヒロインは貴様の姉妹だ。
 多くは飽きられ過去の存在となり、 
 ある者は消しが薄くて回収処分をくらい、
 またある者はバグを連発した挙げ句メーカーが潰れて二度と戻らない。
 だが肝に銘じておけ。
 鬱系ではヒロインは死ぬ!ウケで死ぬ! 
 心を無くした愛で死ぬ為に我々鬱系エロゲキャラは存在する。
 だが、ヒロインは永遠である。
 つまり―――貴様も永遠である!」
「イェッ、サー!!」

 ブラボー。完璧だ。
 そう、永遠…………
 しかしそれは永遠でなく、
 真実でなく、
 ただ、そこにあるだけの想い……。



「う…………う、うぐっ?!」

 目が覚めたら、声が出なかった。
 舌が、ぐぐっと圧迫されている……、もしかして、何か猿ぐつわでもはめられてるのだ
ろうか?
 こんなに口を大きく開けられてるのに、息は出来る……確か穴の空いたピンポン玉みた
いな……ギャグって名前のヤツだろうか?な、何でこんなものが……?
 口にはめられた物を取ろうと、腕を動かした瞬間、手首に鈍い鈍痛を覚える。
 腕に目をやると、黒光りする手枷がはめられ、その一方は部屋の隅の柱に繋がれている。
こ、これはっ!?

「びっくりしちゃた………だって、落ちちゃうんだもん」

 ハッと、――聞こえてきたそれは栗原の声だった。
 俺が横たわる布団の脇で、満足そうににっこりと微笑んでいる。

「でも、よかった……屋上の階段から落ちて軽い骨折だけですんで。うふっ……」
「ふあ(なっ)………くぉ、くぉっへふっ(骨折)?!――うがっ……っっっっ!!」

 足を意識した途端に、脳天へ突き抜けていくような痛みが走り抜けた。
 脂汗が、じわわっと一気に額へ浮き出すのがわかる。
 朧気ながら、だが、自分の置かれた状況を理解した途端、背筋を冷たいものが駆け抜け
ていく。

「ふぉ、ふぉれふぁ(お、俺は)………ふふぁふっふへふぃふぁっふぁふぉふぁ(捕まっ
ちまったのか)?!」
「大丈夫です。あたしが手当てしてあげますから……これから、じっくりと……時間をか
けて……」
「ううっ、うっ……!!」

 きっと、意味の無い抵抗。それでも俺は、腕を動かさずにいられなかった。
 ガシャッ……ガシャシャッ!無常に響きつづける、金属音。
 不意に目の前が翳る。――栗原が俺に顔を近づけてきた。

「……だめ」
「う、うぐっ……」
「……だ〜〜〜め」

 優しい言い方なのに、どこか威圧的で……その瞳は、冷え冷えとした色を放っている。
 まるで、犬を叱りつける訓練士のように……。

「動いてしまったら、癒くならないでしょう。……ねっ?」
「んっ……んぐ……」
「大丈夫だよ。身の回りのお世話は、あたしが全部してあげるから……。ほら。木田くん
が眠っているあいだに、買い揃えてきたの」

 そう言って栗原は、傍らにあったデパートの紙袋から、次々と物をとりだす。
 大人用の紙オムツ、水がなくとも髪が洗えるシャンプー、消毒用のオキシドールに包帯、
手芸用のロープ……。
 身体の中心から、何か重いものが抜け落ちたような絶望感に襲われる。
 それらは全て、俺がこれからどんな状況におかれるかを、雄弁に物語っていた……。

「……そっちの永遠ですか?」
「イェッ、サー!!」


            最低なまま終わる。

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