【SS】ToHeart if.「鋼鉄の彼女。」第9話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:6月21日(木)00時22分
【ご注意】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用した二次創作作品となっています、たぶん<ぉぃ。
※本作品はフィクションであり、実在の個人・団体名等事件等にはいっさい関係ありません。
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【承前】

 成長期の15歳の少女にとって、サイボーグ化は多くのハードルを越える必要があった。
 特に男子のそれとは違い、思春期の女子の身体の変化は著しく、僅か一年の間で、傍目でもプロポーションの劇的変化は判るほどである。その為に義肢の調整や交換は度重なるほど要求され、内臓系もその変化に合わせて内分泌系の微妙な調整を必要とする。そんな状況下での四肢や内臓の機械化は、成長の障害や精神的トラウマをもたらす原因となるのである。
 朽葉晶の場合は、ロボット(機械)に家族を殺され、自身の四肢も奪われた経緯があり、その拒絶ぶりは肉体面、精神面問わず、医師たちの予想を遥かに超えていた。
 心因的なものがあるのは間違いないのだが、術後、何度も自分の義肢を引き剥がそうとしたり、興奮のあまり内分泌系異常を起こし、酷い時には人工臓器の不全状態により危篤状態に陥ったコトもしばしば起きていた。
 晶の治療医師団で心理学を担当していた、世界的な権威でもあった東京理科医大の広瀬博士は、その著しい心因的な拒絶反応に対し、内分泌系の外部制御と、最新鋭のマイクロマシンを血管内に設置する処方を施した。荒療治にみえるそれは、人工臓器によるホルモン異常が原因であるコトは明白であり、今でも最善の処置と言える処方であった。
 しかしその処方は、物理的な人格矯正も同然であり、最悪、晶の人格崩壊にも繋がりかねない危険性を孕んでいた。事実、その頃の晶は喜怒哀楽が欠如してしまったかのように、能動的な反応が全く見られなかった。
 鋼警視が晶と知り合ったのは、丁度そんな頃であった。入院している知人の見舞いに、晶の居る病院を訪れた際、公園で車椅子に乗る晶と話す機会があった。
 鋼は半ば忘れていたのだが、晶は鋼のコトを知っていた。家族を殺された事件で事情聴取にきた刑事に同伴し、拙い部下の聴き方を横から注意したコトを覚えていたのだ。鋼が忘れていたのは、当時、丁度同じ時期に都内でテロ事件があった為、その指揮で忙殺されていた為であった。
 それを指摘されてようやく鋼は晶のことを思い出し、そして未だに犯人の目星がつけられないコトを素直に詫びた。
 その時、鋼は晶が感情的な反応を示すものと思っていたのだが、まるで他人事のように能面のままで居る晶をとても不思議がった。そして医師から晶の状態を聞かされた時、酷い衝撃を覚えた。
 それ以来、鋼は折を見ては晶の見舞いに行くようになったのだが、一向に感情の戻らぬ晶に、時には医師に詰め寄ったりもした。
 そんな鋼を、晶は不思議そうに訊いた。
 どうして、と。
 鋼は、そんなの、人として当たり前じゃないか、と言った。
 しかし晶は、無関係なのに、と訊いた。
 すると鋼は、まるで少年のような笑顔を浮かべて見せ、それが人間だ、と言った。
 だから、晶は言った。
 自分はもう人間じゃない。心臓も鼓動しない。タダの機械だと。
 この時、晶の内分泌系に生命維持に関わる程の異常が生じていたのだが、外にいた為に医師団もリアルタイムの確認が出来なかった。
 鋼は、晶の心因的拒絶の原因が、装着されている人工義肢や臓器にあるコトを知らなかった。だから、機械の身体は嫌いか、と訊いた。
 嫌い、と晶は言った。それは、医師団とも時折交わす会話であった。
 でも、生きているじゃないか。鋼はそう言った。機械の身体でも、生きている、と。
 嘘よ、と晶は言った。この時点で晶のアドレナリン分泌率は限界範囲を超えていたが、壊れかけていた心はそれを体現できなかった。
 あるいは鋼は、晶の微妙な変化を見抜いていたのかも知れない。
 鋼は、訊いた。

 今、生きている理由って何だ?

 言われて、晶は呆けた。
 久しく忘れていたコトだった。
 叔父さんが言ったの。私の心臓は、心臓を患っていた妹の若葉に付けられるハズのものだった。若葉は死んでしまったが、自分は生き残った。若葉のために、この心臓を動かし続けていなければならない。
 だから、私は機械。――若葉の心臓を“生かす”為の、機械。――大嫌いな機械。
 自嘲する笑みさえも浮かべられずに晶はそう応えた。
 そんなに機械は嫌いか。鋼は訊いた。
 嫌いよ。晶は頷いた。――殺したいくらいくらい嫌い。
 晶がそう言うと、鋼は暫し難しい顔をして沈黙し、やがて溜息を吐くようにこう訊いた。

 復讐する気は無いのか?

 不断の鋼を知る者なら、仰天するような問いであった。
 その時の鋼の顔を、晶は今も忘れていない。
 まるで魂を差し出すコトを促す悪魔のような笑みであった、と。
 そんな笑みだったからなのかも知れない。
 晶は、久しぶりに笑った。

 その日以来、晶は自身のリハビリに励んだ。人工義肢や臓器が安定動作するようになるにつれ、晶の感情は次第に元通りになり、400メートルトラックを健常者の平均タイムで走行出来るようにまで回復した頃には、晶の心理面を担当していた広瀬博士が完治の太鼓判を押したほどであった。
 晶には、回復しなければならない理由があった。

 この手で、犯人を捕まえる気はあるか。

 晶はリハビリがてら、自身の才を活用して、鋼の紹介で松戸の科警研(科学警察研究所)の林所長と知り合い、そこに設置されていた科捜隊専属部門と協力して刑事捜査用に活用出来る分析機器を次々と開発していった。その功が警視庁の上層部に評価され、晶は特別顧問として登用されたのであった。
 やがて、18才の誕生日に晶は遂に退院し、科警研に日参するようになった。そこで晶は、特殊任務用に、化学反応式パワーアシスターを内蔵した機動プロテクタを開発した。それは後に改良され、ゼロの名を受けてから自身の装備として使用するようになったのだが、初期型は機動隊に採用されている。特に、警備部第6機動隊に所属するテロ対策特殊部隊SAT(Special Assault Team)には、晶と同様に身体の一部をサイボーグ化した機動隊員が数名おり、非公開ながら実績を残しているという。
 そんな日々を過ごす中、晶の中である変化が起きていた。
 科警研という、犯罪に関する資料が集まる、犯罪の最前線ともいうべき場所で、一年あまりの間に晶は多くの犯罪と、それに関わった人々の話を知るコトとなった。
 私利私欲に犯罪を引き起こす者もいれば、やむを得ず罪を犯した者もいた。その手口は犯罪者の心理が反映されると言われるが、晶はその手口から、犯罪者たちの心理を多く学んでいった。
 晶の心身が傷付いていたコトは、この場合幸いしたのかもしれない。哀しいばかりの話を目の当たりにしていくうち、晶は、どうしてこんなコトが起きるのか、そして二度と起こさないためにはどうすればいいのか、能動的に考えるようになり、やがて犯罪自体に対する怒りを抱くようになっていた。
 始めは、復讐の一心であった。しかし今では、犯罪そのものに対する憤りが、晶の存在理由となっていた。
 鋼はそんな晶の変化に気付いていた。
 だから、今度は晶にこう提案したのである。

 特命刑事にならないか、と。

 晶に断る理由はなかった。晶は二つ返事で承諾した。
 だが鋼は、任官に対して、晶にある条件を出した。
 学校へ行け。そうだな、大学より高校のほうが良いな。
 呆気にとられた晶だったが、やがて晶は浩之たちの高校に通っていくうち、鋼の真意に気付いた。
 鋼は、晶に生き甲斐を与えるために無茶な提案をしたが、それだけではなかった。鋼の提案がなければ、晶はあのまま“機械”として一生を黄昏たまま暮れていただろう。あれは晶を再起させるための起爆剤だったのだ。
 そしそれはて、晶が科警研で多くの犯罪に触れていくうち学んだ、“人として”大切にしなければならないものがあるコトを気付かせてくれた。

 こころ、を。


 家族を失った晶にとって、鋼は今や父親代わりの存在であった。木之内という叔父が居たが、技術者一筋で家族も居ない彼は、晶にはあまり頼りがたい存在とは言えなかったコトもあった。
 鋼は既婚で、晶と同じぐらいの娘と息子が居るらしいが、晶はあまりその辺りを訊くコトはしなかった。お互い、男女の関係ではなく、親子ないし師弟関係でいるほうが性にあって居るらしく、一緒にいる姿を他人が見ても、仲の良い親子にしか見えないらしかった。
 そんな晶が、ここしばらく様子が変わったコトを鋼は気にしていた。
 それが、かつて晶に地獄を見せた爆破事件が再び起きたコトに起因したものと思っていたが、長いつき合いの親友である科警研の林所長の談から、どうやらそれ以前から僅かながら変化が見えていたという。
 笑顔が増えたのだ。鋼はそれを不思議がっていた。

 その理由を、鋼はようやく見つけたようであった。
 晶の不安定な心情を見抜き、それを指摘して晶の迷いを消したばかりか活を入れた、晶より年下の少年。恐らく、晶の通う高校の生徒であろう。少年が、鋼が以前、来栖川電工で見掛けたコトのある試作型メイドロボットをつれている点から、木之内からそれとなく聞いていた、晶がロボットに対する見方を大きく変えるきっかけとなった、例の少年だというコトに間もなく気付いた。
 その少年が、晶に協力を申し出ていた。
 鋼はそんな少年を見て、ようやくあの一言が功を奏したのだな、と実感しながら、晶たちの元へ近寄ったのであった。


 浩之とマルチは、鋼の車に同乗し、併走する晶と共に松戸にある科警研にやって来た。

「……いいんですか?パンピーをこんな所につれてきて」
「俺は事件解決に役立つなら何でもするタチでな。――ま、どーせダメと言っても付いて来たがるクチだろ?」
「まぁ、ね」

 浩之は苦笑して応えた。鋼という男はどうやら自分と同類と感じているらしい。お節介な男だと。

「あんな検分の終わったところをウロウロするより、もっとしっかりした情報を元に推理した方がイイと思うからな――おう、林」

 科警研の玄関に車を止めていると、玄関の奥から、淡い茶色のサングラスを白衣姿の壮年が現れた。鋼の知り合いのようである。

「さっき返ったんじゃなかったのか?忘れ物か?」
「面白そうな探偵さんと知り合ってな。彼の推理を拝聴したいので、うちらの資料を見せに来た」
「ふぅん」

 林と呼ばれた白衣の男は、浩之をしげしげと見つめ、感心したふうに笑った。

「……若い頃の鋼を思い出すな」
「なんだよ林、くすぐってぇな」
「ああ、やる気のなさそうなところが」
「おい」

 鋼は林を睨むが、直ぐに苦笑した。ダシにされた浩之は複雑な顔をするが、そんな二人の笑みは不思議と不快ではなかった。

「しかし、推理とは。なんかその坊主あるのか?」
「坊主とは失礼な。藤田くんって呼んでやれ。なぁ?」
「ンなの、どーでもいいですよ。もう日も暮れているし、とっとと資料とやらを見せて下さいな」
「おう。晶もメイドロボ子ちゃんも来い」
「あ、はい」

 晶はマルチと共に浩之たちの後を付いていった。

 浩之たちが通されたのは、会議室のような広いフロアであった。中央に長机が幾つか配されていたが、その上には資料や物件の類は一切なかった。
 間もなく入室してきた林が分厚いフォルダーを持ってやってきた。

「とりあえず、その坊主たちが被害にあった未遂事件の資料を持ってきた」
「他のはダメか?」
「ダメ、っつーか、えげつないものが混じっているからな。見たいか、爆殺されてミンチになったホトケのネガも」
「え、遠慮しときます」

 流石に浩之は狼狽した。

「なんだよ、晶なら喜んで見るのになぁ」
「しょ、所長!」

 ニヤニヤして言う林に、晶は赤面して怒鳴った。
 すると林は、視線を晶と浩之の間を行き交い、ふぅん、としたり顔で頷いた。

「そーかそーか、晶にもようやく春が来たというワケか」
「所長!」

 嫌らしそうに笑う林に、晶は先程以上に声を荒げて怒鳴った。

「いやー、始めてあった時は能面みたいな娘だったのに、ハタチ前でようやくカレシ作れるようになったのは目出度い哉。こりゃあ赤飯でも炊くか」
「林……(笑)意地悪するのはそこまでにしとけよ」

 と鋼は苦笑しながら、自分の後ろで顔を真っ赤にしてホルスターに手を掛けている晶を気に掛けながら林に言ってみせた。

「まぁ、冗談はさておき――これだ」

 林は長机の上にフォルダーを広げ、幾つかページを捲った後、あるページを指した。

「これは?」
「町田署の友則課長がまとめた、事件当時の報告書だ。ま、被害者の聴取からまとめたものだから、今更って感もあろうが、とりあえずこの辺りから読むと良いだろう。具体的にどんなコトを訊きたい?」

 訊かれて、浩之は、うーんと、傾げ、

「……出来れば、ヘビロボ、いや機動地雷でしたっけ、その構造。――どうやって目標に取り付くのか、その仕組みを」
「何故?」
「実は、」

 と浩之は、傍らに座っているマルチへしゃくり、

「長岡って友達の娘がいるんですが、始め、ヘビロボはそいつに襲いかかってきたんです。しかしここにいるマルチ――来栖川電工の試作型メイドロボに庇われ、そっちの右腕に取り付いたんです」
「……ん。その辺りは俺も知っている。で?」
「マルチの右腕に取り付いたヘビロボは自爆せず、そこから離れて再び俺たちのほうへ襲いかかってきたんです。――どうしてマルチに取り付いた時点で自爆しなかったのかねその理由を」
「ふむ……」

 唸る林は、やがて何かを思いだしたかのように資料のページを捲り、あるページを広げた。

「不発のまま捕獲できた機動地雷の分析レポートだ。現物はバラしてしまったからお見せするコトは出来ない」
「構いません――」

 そう言って浩之はレポートに目を通そうとした時、林は右ページに貼り付けてあった写真を指した。

「機動地雷は、熱源感知ではなく、音響感知式だった」
「音響感知?」
「視界を深海に奪われている潜水艦が進行するために利用している、パッシブソナーのようなものだ。発信した音の反響で地形を確認しているのだが、こいつに積まれていたのは集音能力に特化したモノだった」
「それは今日の報告会でも言ってたな。でも確か、特定の周波数しかダメだって」
「特定?」

 鋼の話に浩之は反応した。

「ああ。オールレンジではなく、特定の音階のみを検出するような仕掛けになっていたが……ハードではなく、ソフトで制御されていた為に、その音階が検出出来なった」
「済みません……」

 晶が気まずそうに詫びた。ソフト制御と言うコトは、電子銃で撃った時、ヘビロボのメモリーを破壊した際に一緒に消去させてしまったのであろう。

「気にするコトはないよ、朽葉さん。あれが最善の対応だったんだから」
「確かにな」

 林は頷いた。

「あの構造は地雷という意味では至ってシンプルなモノだ。爆発させずに確実に止めるのは、制御領域を極力物理破壊を避けるしかない。それが科警研の結論だ。――まぁ俺としては正直、音階の指向性が検出出来なかったのは痛いと思っているが」
「音、ですか」

 そんな時だった。今まで怖ず怖ずと座っていたマルチが口を開いた。

「どうした、マルチ?」
「あのヘビロボット、音を出していたのですよね?」
「あ?ああ、ソナーが備わっていたから」
「なら――」

 とマルチは自分の耳を指した。

「私の耳センサーでメモリーしている可能性があります――その音」

 それを聞いた林たちが、ぎょっ、となった。

「どういうコト、それ?」
「はい。私は現在、新型耳センサーのテストを行っています。そのテストで、集音した周囲の音を、サテライトを利用してサーバーにログ化して居るのです」
「本当か、マルチ?」
「マルチ、それって警察にはまだ提出していないデータなの?」
「その音のコトは初耳ですから、恐らくは。サーバーへアクセスすれば直ぐにでもロード出来ます」

 意外なところに手懸かりがあるコトを知った浩之たちは、安堵にも似た溜息を吐き、頼む、と言った。
 言われて、マルチはサテライトシステムを利用し、件のデータをダウンロードした。そのデータは、林が用意したパソコンへ、IEEE1394高速転送用ケーブルを介して送信されていった。
 ダウンロードされていくデータを見ていた晶は、ふと、あるコトに気付いた。

「……あれ?このデータログって、聴音データ以外のモノもあるわね」
「あ、はい。ディレクトリは別ですが、視覚・聴覚・臭覚・触覚で得たデータをアーカイブしてサテライト回線で転送していますので」
「ふぅん…………あれ、何コレ?」
「?何ですか、朽葉さん?」
「いや、マルチ、あんたってメール受信も出来るの?」
「ああ、それですか。テストでPHSチップとデジタルホンチップを搭載しています。携帯電話のショートメールも一応は受信も……」
「ふぅん」
「あ」

 感心する晶の隣にいた浩之が、その話を聞いてあるコトを思い出した。

「――そういやマルチ、あん時、お前と志保が変なメール受信していたろ?」
「変なメール?」
「ほら、志保が言ってた、――幸運のメールとか」
「あ、はい。そうでした。それも転送されていましたか?」
「何?幸運のメールって?」

 晶が不思議そうに訊くと、浩之は苦笑して見せた。

「俺は携帯持っていないから良く走らないんだけど、流行っているんだと。勝手に転送され続けるメールがあって、それを受信できたら幸運が――――――まてよ?!」

 奇遇にも、浩之が何か閃いた瞬間、その向かいにいた鋼と林もあるコトに気付いた。

「おい、それ――」
「判っている」

 林は、転送されるデータのリストを表示するウィンドウの横に、もう一つウィンドウを開いた。タイトルがDecompressionとなっているコトから、アーカイブファイルを展開する為のアプリを起動したのであろう。

「もしかしてそれ――」
「もしかしなくても、――幸運のメールかもしれん。この事件を解く鍵として」

 ようやくそれがタダならぬモノと気付いて訊く晶に、林は、不敵な笑みを浮かべて答えてみせた。

                 つづく

http://www.kt.rim.or.jp/~arm/