【ご注意】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用した二次創作作品となっています、たぶん<ぉぃ。
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【承前】
「ここで何をしているの?」
「調べものさ」
「調べもの?」
「ああ」
浩之は頷くと、目で脇のビルの上の方を見た。
「ヘビロボが、どこでどのようにしてやって来たか、思い出しながら調べている」
「それは、あなたたちのするべき仕事ではないけど……」
「関係ないね。朽葉さんだって、学生のクセに特命刑事なんてやっているじゃないか」
「任官しているワケではないけど――正式に警視庁から捜査協力を依頼されているから。あなたのように無関係ではない」
「無関係じゃない。――襲われた」
「ただの被害者よ。はっきりいうと捜査の邪魔」
「で、でも、朽葉さん……!」
いつの間にか睨み合っている二人に、マルチは怖ず怖ずとしながら口を挟んできた。
「どうしてもわたしたち、この事件が…………」
「マルチは黙ってなさい」
晶はマルチに一瞥もくれずに冷たく言った。
「つれないなぁ」
浩之は困ったふうでいて、そんな晶が可笑しいらしく何処か意地悪そうな笑みを浮かべ、
「マルチだって役に立ちたいって頑張っているんだぜ?」
「そんなんじゃない…………!」
晶は呆れたふうに言い、
「この事件は危険過ぎるの。もう関わらないで……」
「やだね」
「藤田クン――」
「少なくとも、無関係のロボットに八つ当たりするくらい、復讐心に気が立っている人間よりは冷静に調べるコトが出来る」
「――――」
どうやら晶も、自分が少し冷静さを欠いているコトを自覚しているらしい。だから、浩之に指摘されて、唇を噛んで怒鳴りそうになるのを堪えた。
それを見て浩之は、ふっ、と笑みをこぼした。
「…………その様子じゃまるっきり私怨で動いているってワケじゃあなさそうだな」
「あのね――――」
「俺がここに来たのは、俺の意地だ」
「意地……?」
晶は浩之の真意が判らず戸惑っているようであった。
「ああ。――許せねぇんだ。今度の事件が」
そう言うと浩之は拳を握り締め、
「……志保が、マルチが――大切なダチが傷つけられた」
「――――」
その刹那、晶は息を呑んだが、浩之はそんな晶の反応に気付いていなかった。
「……それも、ロボットによって。…………だけど、これはロボットが引き起こしたものじゃない――人間だ。ロボットを操った人間の仕業だ。違うかい?」
訊かれたが、晶は頷きもせず浩之の顔を見つめていた。
しかし浩之は、僅かに感じた晶の変化に気付いていた。
「…………ロボットは人間に使われる為に創り出されたモノだ。だけど――」
そう言って浩之は、先程から気まずそうに立ち尽くしているマルチのほうを見て、
「――人を殺める“便利な道具”にしちゃあいけないんだ。いや、それはロボットばかりじゃない。人が人を殺すという、赦されない行為を、ロボットのような高度な技術力という“代行者”に全て責任を押しつけて、人間が責任逃れしようとする卑怯な考えは、絶対赦しちゃいけない」
「――――――」
晶の顔が閃いた。まるで心理を悟ったような、それでいて救われざる何かに気付いてしまったような、そんな複雑な表情であった。
そんな晶の前で、浩之は、あー、もぅ、と頭を掻きむしり始めた。
「…………ってエラそうなコトゆってるかもしれない。人は感情の生きモンだから、理屈でアーだコーだゆっても納得なんて出来ないのが普通だろうし。……だけどさ、本当に裁くべきモノを見失っちゃいけないと思うんだ」
そんな浩之たちを、車道に止めた軽自動車の中から伺い見ている銜え煙草の男が居た。
男は、無言でいる晶の背を見つめ、ふむ、と頷くと、灰皿で銜えていた煙草を押し消し、車から降りた。
「……罪を償うのは人だけど、それだけじゃ裁いたコトにはならない。……仮にだよ、この爆破事件の犯人が病的にイカれているヤツで、その所為で責任能力がない、なんてコトになって――殺された人たちの怒りはどうする?二度とこんな事件が起きないと誰が保証出来る?――罪そのものを裁かない限り、この怒りや哀しみは終わらない」
「…………」
「人間は、人間自身を裁ききれるほど賢くはない。――だけど、罪は裁けるハズだ。罪を裁き、誰も二度とこんなクソッタレなコトを引き起こそうなどと思わせなようにする。そうしないと、罪に苦しめられた者はいつまで経っても救われない」
「……それ」
今まで無言でいた晶が、ようやく口を開いた。
「?」
「…………あたしがマルチを苛めていたコトに対する当てつけ?」
そう言って晶は浩之をまた睨んだ。
今度は、何処か哀しげに。切なそうにも見える。
「……ああ」
浩之は頷いた。
「お門違いの相手に恨み言ぶつける女は嫌いだ。――それ以上に、こんなクソッタレな事件がムカツク。クソッタレなコト引き起こしたヤツをさっさと引きずり出してその罪を償わせ、家族を皆殺しにされて今も哀しみ苦しんでいる女(ひと)の無念を晴らしたい」
そう言って浩之は少し俯いた。晶に顔を見られたくないのかもしれない。
晶の顔が呆けたのは、正直、浩之のくさいセリフにあった。だが、不思議にも感情が働かないのである。どう応えて良いのか判らないのだ。
晶は、浩之を以前から知っていた。
晶がマルチに辛く当たっていた、運用試験期間中の放課後、偶然遠くから、マルチの掃除の手伝いをしている浩之を見掛けたのである。
最初はそんな浩之の行動を理解出来ず戸惑ったが、そのうち幾度かマルチと一緒にいる姿を見掛けているうち、晶は浩之に興味を持ち始めた。
突っ慳貪で目つきの悪い2年生。
それでいて、彼を悪く言うものは皆無。むしろ、見た目とは裏腹に面倒見の良い少年らしく、事実、1年の女子の中には浩之に世話になった娘もいるという。聞いた話では、イジメに遭っていたクラスメートを庇ってやったコトもあったという。そんな話もあって、意外にも評判は良いのだ。
そしてその評判は、義肢の調整を協力してくれていた来栖川電工の長瀬主任からも聞き及ぶコトとなった。マルチに親切にしてくれる先輩が居るのだが、どういう少年か、と。
晶にはそんな浩之が理解出来なかった。――いや、それは、ロボットに家族を殺され、自身も傷つけられたコトがあるから、感情がそれを許さないだけなのだろう。
晶はようやく自分の機械の身体に納得出来るようになった頃でもあった。それまでは、自分の命を機械で繋いでいるコトすら許しがたい事実であった。
それを納得させたのは、偏に、復讐心であった。
自分に地獄を見せた犯人への復讐心。その為に晶は、自身の全てをなげうつ覚悟を決めた。
不自由な義肢をリハビリと人体実験も同然な無理やりな調整を繰り返し、ようやく健常者と同じように動けるようになった。その間も、事件の分析を続け、その手口から高度な技術力を持った相手と理解すると、犯人に対抗すべく高性能な分析機器を開発した。それが叔父の木之内を介して、叔父の知人であった科警研の林所長と知り合うきっかけとなり、林の古くからの友人であった本庁の鋼警視とも知り合い、彼の推薦で警察の特別捜査隊、科捜隊の特命刑事に採用された。
4年間。晶は、復讐心で生きてきた。
そんな晶を見て、鋼が、高校に通うコトを提案してきた。しかし晶は既に米国のMITで大学籍を修士している。いまさら日本の高校に通っても学ぶべきモノは無い。しかし鋼は、晶に特命刑事として例外任官する交換条件としてそれを突き付け、晶はのむしかなかった。
晶は始めは年下ばかりの環境に戸惑った。授業も既に学んだモノばかりで退屈だった。
だが、そのうち学校に、晶以外にも義肢を付けて登校していた数学の教師がいるコトを知り、そしてそれが自分のリハビリの中で得たデータによって完成した高性能義肢であるコトを知ると、晶の中で何かが変わりつつあった。
それが、殺伐としていた心を抱き続けていた生活の中で失いかけていた、“こころ”であると理解出来るようになったのは、義肢を付けていた教師の何げない一言だった。
何だ、笑えるんじゃないか。
以来、晶は通学を楽しむようになった。事件の捜査で緊急出場し、授業を欠席しなければならなくなると残念がるようにもなった。友達もポツポツと出来るようになった。
そこへ、マルチが現れた。
ロボット(きかい)が、人間の生活にとけ込めるよう、自律型AIと感情を備えて、――心地よい学園生活に、土足で入り込んできた。
折角出来た友達も、マルチに冷たく当たる晶に戸惑い、時には忠告もしてきた。
晶は、彼らには、ロボットに家族が奪われたコトを告げなかった。同情などうざったいだけだった。
そしてまた、一人になってしまった。
なのに、あのロボットは――
マルチが学校を去る日が来た。晶はようやく目障りなモノが居なくなるのが嬉しかった。
その日の放課後、晶はまた、マルチと一緒にいる浩之を見掛けた。
一言、何か言ってやろうかと思った。
そんな時だった。
浩之が唄い出した歌。
それを耳にした時、晶の脳裏にフラッシュバックが起きた。
MITを卒業した時、身体の弱い妹の若葉が、こんなふうに校門の前で自分のために歌ってくれた想い出。
11歳という身で心の許せる親友などいなかった晶にとって、病弱な身体ゆえに小学校にも満足に通学出来ず、病院で晶から色々学んでいた若葉は、唯一の“生徒”であり“クラスメート”であった。そんな若葉が、卒業式に唄う歌はこれなんだよ、と歌ってくれたのだ。
その記憶が甦った瞬間、晶はどうしてマルチが憎らしいのかようやく理解した。
似ているのだ。雰囲気が、若葉に。
不器用なのに、一生懸命。
それでいて、笑顔を絶やさない。
その笑顔に、何度自分は救われたコトか。
生きていれば、きっと今も――。
ロボットが憎いのではない。
若葉を思い出させる――無意識に、だが――コトが、無性に腹立たしく憎らしく感じていただったのだ、と。生きていれば、そこに居るのは若葉だったのかも知れないという無念が、晶の怒りの源であった。
それをロボット風情が、若葉の代わりに――そこまでだった。
マルチが若葉と重なって見えてしまった瞬間から、晶は怒りが萎えてしまった。
そこにいるマルチは、絶たれてしまった若葉の未来の姿。
不器用なのに、一生懸命。
それでいて、笑顔を絶やさない。
まるで若葉が生まれ変わってそこに居るような――
晶はそこに救いを求めている弱い自分に気付いてしまった。
ポロポロ涙をこぼしてその場にうずくまった晶は、結局何も言えず、去っていく二人の背を見送った。
間もなくマルチが再び学校に戻ってくると聞き、晶はある決意をした。
再登校当日、再び晶のクラスに編入されたマルチを、晶は抱きしめて詫びた。
ごめんなさい、と。
マルチは相変わらず、ほんわかと日向のような笑顔で平気です、と応えた。
「……私は、人に好かれるよう、もっと頑張りたいと思っています。浩之さんのような、素敵な人たちともっと知り合えるように」
マルチのその言葉に、晶は前以上に浩之に興味を抱くようになった。――――
「……藤田クンは……どうして……!」
晶は声を詰まらせていた。苦しんでいるように見える姿は、浩之とマルチをひどく戸惑わせた。
「朽葉さん…………」
「――――あたしは、あたしの復讐心を諦められるほど善人じゃない!父さん母さん、若葉を殺したのはロボットよ!」
晶の爆発に、マルチはひどく驚くが、浩之はそんな晶の反応を予想していたかのように平静であった。
「――受け入れられるワケないじゃない!身体がこんなになってまで生き延びて――――犯人を捕まえたいから、あたしは鋼さんの誘いで特命刑事になったのよ!――――」
晶は当たり散らすように言うが、その目は浩之を見据えたままであった。
やがて、晶の目から涙がこぼれた。
それを見て浩之は驚いた。
晶は、微笑んでいた。
「…………本当、嫌な女でしょ?気分屋で、感情的で、――頭では判っているのに、やっちゃいけないのに、八つ当たりをして――――」
晶の視線はいつしかマルチに注がれていた。
次の瞬間、マルチは晶に抱きしめられていた。
「……ゴメンね、マルチ。…………また、あなたに辛く当たって…………あの時撃ったりしてゴメンね……痛かったでしょう?」
「い、いえ…………あの時はあれがベストだと私も思います」
泣きながら詫びる晶に抱きしめられるマルチは、赤面しながら応えた。
「そんなコトない…………!誰かを犠牲にするなんて、やっちゃいけないコトよ…………!」
そう詫びて晶は、マルチを抱きしめる腕に力を込めた。
浩之はそんな晶を見て、ようやく救われたような気がした。
「……朽葉さん。俺、この件で色々と納得していないコトがあるんだ」
「……?」
「何故ヤツはどうやって人を襲うか、何故、志保を狙って襲ったのか、――そして何故、今になって、朽葉さんの家族を襲ったヤツが現れたのか?――――そんな話を色々聞いているうち、俺の頭の中でぼやけながらも、何かが見えてきたんだ」
「何か?」
「ああ。……それで俺はここに来た。何か引っかかるモノがここで解決すると思ったから」
「…………」
晶は少しマルチから身体を離し、浩之を見つめた。
そこには感情に任せた咎を詫びる少女はなく、一人の、犯罪に立ち向かおうとする刑事が居た。
「……引っかかるモノ、って何?」
浩之は頷き、
「まず、どうして志保を襲ったのか、だ。――そしてマルチに取り付いたにもかかわらず何故ヤツは自爆しなかったのか」
「――――」
晶の顔が閃いた。どうやら指摘されて始めてそのコトに気付いたらしい。
「――そこなんだ。話じゃ、ヘビロボは人間に取り付くと自爆するらしい。しかし、志保の身代わりに取り付かれたマルチもろとも自爆せず、朽葉さんに腕を吹き飛ばされたら、そこから離れて俺たちに向かった。――何故、マルチに取り付いた時点で自爆しなかったんだ?」
「あ……本当……!?」
「マルチと俺たちの差と言ったら?」
「……人か、ロボットか?」
「単純に考えればそうだ。でも、それだけとは限らないだろう?どうやってヤツは人間とロボットを区別しているのか?」
「方法?理由?」
「見てみなよ」
浩之は、斜め向かいに見えるエアコンの室外機を指した。休むことなく回り続けるそれは、梅雨続きでジトジトする室内の湿気を必死に排気し続けていた。
「もし、温度とか、熱源感知式だとしても、街中じゃ高熱のモノが沢山ある。長瀬主任が言っていたが、こう言った街中で人の温度のみを感知するのはかなり精密な測定器をしても難しいそうだ。――実際、ヤツはどういうふうに動いているんだ?」
「科警研の分析では、熱源感知式ではないコトは判明しているわ。確か…………」
「どうした?」
浩之は急に黙り込んだ晶の様子を不思議がった。
晶は何かを躊躇っているようであった。
「朽葉さん……?」
「…………ダメ。やっぱり一般人のキミを巻き込めない」
「俺は構わないが」
そう言ったのは、浩之でもマルチでもなく、第三者であった。
声のしたほうへ振り向いた晶は、そこに立つスーツ姿の男を見て瞠った。
「――鋼警視?」
「面白い話しているじゃないか?俺も混ぜろよ」
そう言って警視庁科捜隊隊長、鋼警視は、まるで少年のような笑顔を浮かべて見せた。
つづく