ToHeart if.「鋼鉄の彼女。」第7話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:6月12日(火)21時07分
【ご注意】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用した二次創作作品となっています、たぶん<ぉぃ。
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【承前】

「――今週の月曜より、都内各所で発生した連続爆破事件は、その後、警察の発表により、強力な爆薬を搭載した小型ロボットに因るコトが判明しました。その形状および構造に関しては引き続き調査中です。犯人と思しき人間は、物陰に箱等で偽装した状態で置き去りにされ、自動的に爆発するようになっているとのコトで、もしお近くに不審物を見掛けた場合は決して触れず、至急、警察までご一報願いたいと思います――――」


 ECOHS。それは、主にネットワーク系アプリケーションの設計・開発を行っている外資系ソフトメーカー「サージェンス・ソフト」が、シェアの拡大を図るべく市場に投入した、オープンソース型モバイル機器用OSである。原則として基幹部は無償ライセンスでエンジニアに提供され、彼らの手によって追加モジュールが開発されるコトで進化していったOSで、既に同コンセプトのLinuxが有名であるが、UNIXの進化型であるそれと異なり、始めから携帯通信機器用に想定されて設計されていた。
 高度なネットワーク社会の到来を予想して設計されていたECOHSは、先輩であり、WINDOWSとの互換という制限を抱えていたWINDOWS−CEとは一線を画した高性能さを誇り、瞬く間にモバイルOSのシェアを塗り替えてしまった画期的なOSであった。
 しかし実は、サージェンス・ソフトが始めから開発したものではない。元々それは、サージェンスソフトの現取締役である麻宮滋が開発したモノで、彼が入社する際に同社に持ち込んだアプリケーションが原型であった。更に、これをフリーウェアのオープンソースOSとして市場投入し、企業向けのパテント商法を図ったのも彼の提案であった。
 このECOHSの成功により、麻宮は46歳にして、アプリケーション開発主任から一気に同社最年少の取締役へ昇進し、現在ではこのECOHSの次期バージョンである「ECOHS−SE」開発の陣頭指揮を執っていた。
 まさにサクセスストーリーを地で行く彼が、その日の朝に限って、今まで誰も見たコトが無いような昏い表情で出社してきた。

「……取締役。お顔が優れないようですが?」

 執務室に入るなり、先に入室していた秘書の東雲京(しののめ・きょう)が、麻宮の顔色を見て不安がった。

「あ――いや、なんでもない」
「ご気分でも悪いのでしょうか?お医者様をお呼びに……」
「構わんと言っているっ!」

 麻宮は怒鳴って言った。
 これには東雲も酷く驚かされてしまった。
 サージェンス・ソフトの秘書室で、抜群のプロポーションと美貌を誇る一番の美人と評判の東雲は、元々は優秀なエンジニアとして採用されていたが、やがて秘書としての高い処理能力も評価され、現在では麻宮がECOHS開発で陣頭指揮を執る第二開発部主任と麻宮の秘書を兼任するまでに至っていた。
 そんな才女ゆえに、滅多なコトではミスなどしない。ミス・パーフェクトとまで言われているだけあって、自分の仕事には自信があったのだが、この麻宮の激高ぶりが、仕事で彼の機嫌を損ねたのかどうかわからないらしく、不安げに上司の顔を見つめるばかりだった。
 そんな戸惑う有能な秘書を見て、麻宮は我に返った。

「……済まん。少し考え事をしていたのでな。……会議は確か、11時からだったな」
「あ……はい」
「判った。…………会議まで暫く一人にして欲しい」
「判りました……」

 東雲は一礼すると、退室していった。
 東雲が退出して暫くすると、一人執務室に居た麻宮は、まるで地の底から聞こえるような重苦しい溜息をもらした。

「…………まさか…………アレが…………誰が……誰が使っているというのだ?」

 そう言って麻宮は歯軋りした。困惑と、不安と、そして怒りが入り交じった複雑な顔を穿つ昏い眼差しは、虚空を泳ぐばかりであった。


 浩之たちがヘビ型機動地雷に襲われてから、三日経った。
 最初の事件から一週間経った都内は、今だ混乱が続いていたが、浩之たちの高校は三日間の休校に土日を挟んだ翌週月曜から授業を再開し、生徒たちは登校するようになった。
 その月曜の昼、浩之は図書館へ訪れていた。
 そこにいるハズの晶に会いに。
 しかしそこにはマルチしか居なかった。そして浩之は既に、朝一で晶の教室に訪れ、晶が休んでいるコトを確認済みであった。

「浩之さん……」

 充電準備中であったマルチは、沈痛な面もちで訪れた浩之を不安げに見つめた。

「……やっぱり、来ていないか」
「はい……」

 マルチは済まなそうに頷いた。


「……晶の家族は、4年前、自宅での原因不明の爆発によって死亡している」

 弥澄メディカルインダストリーの主任技術部長で、晶の叔父である木之内は、浩之たちの前でそう言うと、その巨躯をのそりと動かし、手近にあったキャスター付きの椅子に腰をスッポリと収めた。常人サイズの椅子は、不思議にもこのクマを想起する巨漢の腰を何事もなく受け止めたが、それはこの巨躯ゆえの錯覚なのかも知れない。

「……原因不明、というのは、爆発物が見つからなかったコトに尽きる。生き残っていた晶は、ロボットが自爆した、と証言していた。晶の体内から僅かにセラミックスらしき破片が見つかったが、鑑識をしてそれを全て揃えるコトは出来なかった。ワシは晶の話から、そのロボットは、生体材料かGFRPで作られた全てのパーツが自爆時に効率よく細部にわたり分解されるよう、極めて細かいパーツで設計されたものと考えていた。ヘビ型という形状はギアを必要とせず、油圧ないし圧縮空気圧で稼働出来る効率良いモノだ。榴弾や戦車の特殊複合装甲(チョーバム・アーマー)と同じ仕組みさ。それがフレームやアクチュエーターレベルにまで及んでおり、自爆時にそれが周囲へ、爆発時の高熱によって流体化した破片による破壊エネルギーとなって襲いかかる。命中しなかった破片は燃えて発見しづらくし、証拠を残さん。暗殺に特化した対人兵器の極みだ。今回、それが原型のまま見つかったそうじゃないか。これで4年前の晶の証言がようやく立証されることになるだろう。――晶が死なずに済んだのは、妹の若葉が盾になってくれた為、と言っていた」

 木之内の語る晶の子に、浩之たちは絶句するばかりであった。

「右腕と両脚を失うという著しい負傷と、僅かに胴体に命中した破片が晶の内臓の一部を蝕み、一時は心停止にまで陥った。――ワシの判断で、心臓を含む晶の不全化した内臓を人工臓器と入れ替えた。心臓に至っては、心臓を患っていた若葉に処置するハズであった最新型の人工心臓と差し替えた。16時間に及ぶ、近年のオペに於いて類を見ない大手術だった」

 人工心臓の話を聞いた時、浩之は晶に抱きしめられた時のコトを思い出した。

(……どうしてあの時、俺に心臓の話をしたんだろう?)

 浩之はあの時の晶の行動を佳く理解出来ていなかった。口で言えば済むコトを、わざわざ触れさせてまで浩之に告げるその真意を。

「……目が覚めた晶は、自分の変わり果てた姿を見て絶叫したよ。なんで、ロボットみたいな、と」
「ロボット…………」

 志保は当惑げに呟いた。

「自分の家族を殺し、自分をこんな目に遭わせたロボットと同じ、機械仕掛けの身体。――気も狂わんばかりに泣き叫んだよ」
「でも、朽葉さんは義肢を受け入れているようだったけど……?」
「ワシたちが説得した。…………だが、一番の決め手となったのは、埋め込んだ人工心臓の件だった。妹の若葉が生きていれば付けていたであろうそれを」

 そう言うと木之内は座った姿勢で伸びをした。

「……晶と若葉は、大変仲の良い姉妹だった。……晶は、僅か11歳でマサセッチュー工科大学を殆ど首席の成績で卒業した天才少女だった」
「天才少女ぉ?」

 それは志保も初耳だったらしく、瞠っていた。

「……ああ。ふっ、ちっちゃい頃からあいつを見てきたが、物覚えの佳い娘でな。そして何にでも興味を示し、納得するまでに何度も学んだ。……とは言え、元々は若葉を助けたいという想いがあったからなのだがな」
「助けたい想い?」
「うむ。……あいつの父親も情報工学の天才でな、ほら、今流行っているPDAのOSに採用されているECOHSも、元々はあいつの父親が友人と共同して作り上げたモノなんだ」
「へぇ」

 志保は自分のPDAを取り出し、感心しながらそれを見た。

「話を戻すが、若葉は生まれつき虚弱であった。晶はそんな妹が不憫でならなかったらしく、絶対治してあげるから、と毎日のように若葉に言い聞かせていた。それなら普通は医者を目指すだろうが、あいつの場合は突き抜けた発想をして、持ち合わせの心臓がダメなら新しい心臓を作ればいい、と考えやがった。――実のところ、件の人工心臓の原型は晶が設計したモノなのだ」
「へぇ……」

 あれだけ毛嫌っていたハズの志保だったが、本気で感心しているようだった。

「だから、晶はそれを否定出来なかった。納得は、死んだ若葉や両親の分まで生きようと言う強い意志に昇華したが、――ロボットを受け入れるコトは出来なかった」


「……マルチは、知っていたんだな」
「……はい」

 図書館で浩之に訊かれたマルチは頷いた。

「……朽葉さんのご家族のコトは、長瀬主任から伺っていました。だから運用試験中、私に辛くあったのは、そのような事情にあるモノだと理解しました」

 辛そうな顔で俯き加減にいうマルチに、浩之は、そうか、と言って、困憊したような溜息を吐いた。

「…………苛められていたコトに、お前は疑問を抱かなかったのか?」
「初めは戸惑いましたが、事情を知って、無理もないコトだと……思いました」

 それはマルチが、ロボットの罪を認めている証拠であった。マルチは人間ではない。その事実が、機動地雷の所業に連帯責任を抱かせているのであろう。なまじ心を、思考する機関を備えてしまったばかりに、罪悪感が芽生えてしまったのだ。
 浩之は、マルチにプログラムされた心の出来に、ひどく感心した。プログラムされたモノではあるが、元は人間の行動や心理を元に組成されたモノである。機械を媒介した、人間の喜怒哀楽は確かにそこに込められているハズなのだ。
 浩之はマルチに何か言い聞かせようとして、しかし躊躇ってしまった。ここでマルチとロボットを切り離した“言い訳”をしたところで、マルチの罪悪感は決して晴れない。
 それでも、どうしても納得できないものが、浩之の胸を僅かに締め付けていた。
 それは、晶も理解して然るべき、簡単な解答であった。どうしてそのコトに気付いていないのであろうか。

「……多分、朽葉さんは気付いている。気付いていて、お前に当たっていたんだと思う。…………家族を奪った犯人の正体が全く掴めない状況で――マルチたちロボットに当たるしか、無かったんだ」
「………………」

 マルチは黙り込んだ。
 どんな思いを巡らせているのであろうか。
 ロボットの罪か、それを使役する人間の罪か、あるいは憤りに悩み苦しむ晶のコトか。
 浩之は、そんなマルチを黙って見つめていた。正直、マルチはどんなことを言ってくるだろうかと期待していたのかも知れない。
 答えなど、きっと返って来ないだろう。マルチはナイーブな心を持っている。それは、安易に割り切るコトを妥協しない優れた感情のルーチンを持っているコトを証明しているに他ならない。オンとオフ、その世界の嬰児は、プログラムという枠を凌駕した、人ですら導き出せずにいる“自身の存在理由”という、世界の開闢の原因に匹敵するであろう命題に遭遇しているのだ。

「……私は」
「ん?」
「私は、人の為に役に立ちたいと思っています。それこそが私の存在理由なんだと思うのです。――それがプログラムされたものであっても」
「…………」
「私の心を含めた行動プログラムは、人の役に立つために組まれている――プログラムされた長瀬主任たちの想いが、今の私を作っているのです!だから――――」

 篤く語り出したマルチの頭に、浩之は、ぽん、と掌を乗せた。

「…………判っている」

 そして微笑んでみせた。

「……お前は、ヘビロボなんかと違う。例え同じプログラムされたモノであっても、――お前は人を傷つけるために作られたモノなんかじゃない。人を好きになるために作られたんだ」
「浩之さん…………」

 それを聞いてマルチは涙ぐんだ。

「…………朽葉さんは、過去の亡霊を前にして我を忘れているだけさ。半ば諦めていたモノが再び目の前に現れて、それについていけなくなって、混乱しているだけ。――彼女の力になりたいと思っているのはお前だけじゃない」
「浩之さん…………!」


「……爆弾、か」

 今まで黙って木之内の話を聞いていた友則刑事が、不思議そうに言った。

「今回の爆発があのヘビ型ロボットの仕業なのは間違いないが――どうやって爆発させているんだろうかね」
「爆発?」
「ああ。あれが歩き回る地雷だとして、――地雷なら信管があろう」
「「「しんかん?」」」

 浩之たち学生組は、流石にその単語に心当たりはなかった。この日本で、学生として過ごす分には無縁の用語であった。

「起爆スイッチだ。――地雷は信管を踏むコトで起爆する仕組みになっている。しかし俺が見た限り、それらしきモノは見当たらなかった」
「動く、と言うコトは、時限爆弾にありがちな振動型ではないようですな」

 長瀬主任が腕を持て余して言う。

「木之内。確か晶くんの話では、ご家族にそれが取り付いた時に爆発したと言っていたな」
「ああ」
「と言うコトは、時限式と言うより、サーモグラフィーか何かで、体温を感知して作動するとか?」
「でもそれだと、動いている時にさ、例えばエアコンの廃熱とかで――そうだ、マルチに取り付いた時、絡み付いたままで爆発する気配はなかった」
「マルチ?」

 友則刑事は整備中のマルチを見た。今は、先程木之内によって動作プログラムを記憶する生化学ディスクの使用領域の再構築を行う為にシャットダウンされて稼働停止している。

「マルチの表面温度は、回路の廃熱を利用して人間の体温と同じ体温を持っているんだよな?」

 浩之に訊かれて、長瀬主任は頷いた。

「……ふむ。目標を探すのは体温感知式だったとしても、イコール起爆スイッチとは限らなンようだな。確かそこのメイドロボ子ちゃんの腕に絡み付いた状態で朽葉嬢に腕を吹き飛ばされ、そこからまた藤田くんたちに襲いかかろうとしていたという話だったからなぁ」

 友則刑事が首を傾げる。その横で浩之は、何か閃いたらしく、うーん、と唸って見せた。

「…………よく考えると、体温感知というのも変な話じゃないかなぁ」
「どういうコトかい、藤田くん?」
「だってさぁ――志保」
「?」
「お前、あん時どこに立っていたっけ?」
「立ち位置?……そうねぇ、確か…………あれ?」
「?どうした、お嬢ちゃん?」

 木之内がきょとんとすると、志保はいきなり木之内の鼻先を指し、

「そこ!その位置――マルチが立っていた所!」
「ああ」

 浩之は頷くと、木之内の横に立った。

「丁度そこに志保とあかりが立っていて、俺と朽葉さんがマルチの横にいた。――ヘビロボは俺たちの横をすり抜けて、志保の正面からやって来た」
「なるほど……!」

 友則刑事は意外な事実でも突き付けられたかのようにひどく感心して見せた。

「なんだい、刑事さん、そんなコトも気付いていなかったのか?」
「いや、それは長岡くんの証言で、どの方向からロボットがやって来たかは知っていたが、体温感知式とかそう言う話を前提にして聞くと、違和感が際立ったから――何故、長岡くんだけに襲いかかったのだ?」
「…………」
「ヒロ、あんた今、日頃の行いが、とか思ったでしょ?」
「…………ゴメン、志保、あたしも一瞬そう思った」
「あかりぃぃぃぃぃ(泣)」
「ともかく、今の話は、科警研がヘビロボットを解体分析してその構造を把握した時に参考になるな。いや、助かった」


 夕方。
 松戸の科警研での調査報告を聞いたゼロは、その足でJR町田駅の前にやって来た。
 本当は町田署に向かうハズだったのだが、何故か気になるコトがあって、先日の機動地雷が捕獲出来た現場を訪れたのであった。同じ場所にまだ機動地雷が残っている可能性は低かったが、今日は、ヤマハTDM850をベースにチューンナップされ、分析用電子機器を搭載した機動バイク「クエーサーII」と、万能電子銃「トライボルテクス」を装備しているので、非常事態に対処出来る万全の状態にあった。
 ゼロはそこで、緑色の頭を冠した少女を携えている男子学生の姿を見つけた。
 だが、ゼロは特に驚いた様子もなく、クエーサーを降りて二人の元へ近寄った。

「…………何をしているの?」

 ゼロに呼ばれて、マルチと現場周辺を見回していた浩之は、ゆっくりと振り向いた。

「…………?」

 振り向いた浩之は一瞬、ぎょっとしたが、すぐにその黒ずくめの人物が誰か理解したらしく、ふぅ、と安堵の息を吐いた。

「…………来ると思ったよ」
「…………」

 ゼロは何も言わず浩之を見つめたまま暫しその場に立ち尽くすと、やがて被っているヘルメットの、耳の上辺りにある凹みに触れた。すると、ヘルメットのバイザー部の両脇にある四角い穴から、しゅぅぅ、と空気が吹き出し、ゆっくりとバイザーが上へスライドして素顔を晒した。

「…………奇遇ね。あたしもよ」

 そう言って、晶の素顔を晒したゼロは、浩之の顔を憮然とした面もちで見つめた。

                 つづく

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