【ご注意】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用した二次創作作品となっています、たぶん<ぉぃ。
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【承前】
晶は、ニッ、と笑って言った。
「――どのみち、撃ちたかったから」
「……え?」
顔を戻した浩之の顔は引きつっていた。
「今、なんて……」
「撃ちたかったから、って言ったのよ。――マルチを」
そう言って晶はまた、にっ、と笑った。
浩之は絶句したままであった。
「知っているんでしょ?」
「……え?」
「あたしが前にマルチを苛めていたコト」
「!?」
浩之は驚いた。あえて訊かなかったそのコトを、晶が自分から言い出したのである。
浩之を見てニコニコ笑う晶は、まるで浩之のそんな動揺を期待していたかのようであった。
「あたしは、マルチは可愛いと思っているけど――所詮はロボットだから」
「――――?」
「所詮ロボットは人に尽くしてナンボのモンでしょう?人間の身代わりになって壊れても、良かったと思っても哀しむ必要なんて無いじゃない?」
そういって晶は、はん、と鼻を鳴らす。マルチが傷付いたコトに何一つ感慨を抱いていない。晶自身が銃で撃ったというのに、まるで他人事のように。
……生真面目で、純真で――機械仕掛けの身体なのに心はピュアな女のコなのよね。だから、ついつい守ってやりたくなる藤田クンの気持ち、判るわ。
「朽葉さん……あんた――――」
「藤田クン」
打ち震えながら言う浩之を、晶は遮った。
「あたしが人工義肢のサイボーグだってコト、前に教えたわよね」
そう言うと晶は毛布を外して立ち上がった。その下は昼に着ていたオレンジの繋ぎのままで、右肩にはまだ血が染みついたままであった。
「具体的にどうなっているか、見してあげる」
そういうなり、晶は繋ぎのあわせのジッパーをいきなり降ろしたのである。
突然脱ぎだした晶に、浩之は怒鳴り掛けていたコトを忘れて狼狽する。
「く、朽葉さ――――!?」
そして唖然となった。
繋ぎの下は、均整の取れたプロポーションをストラップレスブラとショーツで包み込む扇情的な光景であった。思わず赤面して目を背けかけた浩之であったが、それを留めたのは、決してスケベ心が上回った為ではない。
下着など忘れてしまうほどの衝撃。
晶の両股から僅か5センチほど下にある、生体部と機械部の接合面。
右腕は、鎖骨の半分から生身が失われ、鈍色の鋼に覆われた義手があった。
そればかりか、腹部には幾度も開腹したと思しき手術痕、そして胸部中央、乳房の谷間に心臓手術の痕がくっきりと浮かび上がっていた。
全身の六割を機械化したサイボーグ。――「事故」によって。
「……気持ち悪いでしょう?今は、偽装スキンを剥がしているから、義肢の部分は外殻が剥き出し」
「…………」
浩之は見るべきか背けるべきか迷い、俯きつつ、小さく首を横に振った。
「良いのよ。正直にそう思ってくれも。――あたしだってそう思っているんだから。――ねぇ」
と、晶は立ち尽くす浩之の許に近寄り、
「あたしの胸に触ってみてよ」
「そ、そんなこと――」
浩之は身じろぐが、思ったほど下がれなかった。
そんな浩之の頭を、晶はそっと両手で押さえ込み、半ば強引に胸に引き寄せた。
突然のコトに抵抗するヒマもなかった浩之は、晶の意外なボリュームをもつ胸の感触に一層顔を赤らめるが、しかし直ぐに、ある違和感に気付いて、はっ、となった。
「気付いたかしら?」
「鼓動が――――?」
激しく高鳴る鼓動は、浩之のものだけであった。
「そう。――無拍動電磁駆動式人工心臓。鼓動なんてしないの。見ての通り、両大腿部より先は完全結合型義足、心臓および腎臓、左肺、脳の一部分と、右腕部、右目右耳を機械化した――爆弾の破片が組織に食い込んでしまい、生き延びるためにあたしは両親からもらった大切な身体の半分以上を捨てた」
「爆弾――――まさか?!」
浩之は晶の胸に抱かれたまま、ようやく晶の「事故」の正体に気付いた。――「事件」だったのだ。
それも、爆弾によるモノ――一瞬、浩之の脳裏を、奇妙な符丁が過ぎった。
そして、それは怒濤のように浩之の疑念を次々と解き明かし繋ぎ合わせていった。そもそも、晶があの時点で、それが機動力を持った地雷だという事実ですら掴めていなかったらしい状況下で、爆弾の特性を知っていたという事実に気付けば一気に瓦解するコトである。
それはつまり、晶の「事件」は、今回の都内連続爆破事件と同じく――――
「……あのロボットって、まさか昔、朽葉さんを襲って?」
「そうよ。やっぱり藤田クン、察しがいい」
頷く晶は、浩之を胸から離し、少し下がった。
「――四年前、あたしの家族はあのロボットに爆殺された」
「――――」
「今回と全く同じ手口。あたしの目の前で、両親と妹の身体にあのロボットが取り付き、自爆した。あたしは右腕と両脚に取り付かれて、その状態で自爆された。破片が身体に一杯めりこみ、瀕死の状態だったけど、叔父さんたちが提供したテスト中の人工義肢や人工臓器を取り付けられて生き延びるコトが出来たの。あのロボットの仕組みを知っていたのはその為」
そう言って晶は、はぁ、と溜息を吐いた。
そして、笑った。
「――判るでしょう?家族を殺し、あたしをこんな姿にしたのは、ロボット――マルチと同じロボット」
「それは――――」
「違わない。同じ。――同じ、ロボット」
酷く戸惑う浩之は、違う、と言いかけたが言葉が詰まって言えなかった。晶に冷ややかに見据えられた所為かも知れない。
「両親を殺されて、あたしをこんな姿にして――許せるわけないでしょう?それが、あたしがマルチを苛めた理由」
「でも――――」
「まぁ、今は少し大人げないかなぁ、と思ったから、帰ってきたマルチに優しくしてあげているけど――――心など赦した覚えはないから」
「――――」
絶句する浩之の前で、晶は毅然として言うと仰いだ。
「――出てって」
「え……」
「一人になりたいの。あの機動地雷がまた動き始めたから、昔を思い出したから――――」
「…………うん」
一瞥もくれずに言う晶に、浩之は何も言えないまま、頷くしかなかった。
浩之は晶の居る生化学機材部の作業室を後にして、マルチが修理されている技術室へ向かった。
そこには先に到着していたあかりと志保が、長瀬主任の部下と思しき技術者の手によって新しく取り付けられるらしい右腕の調整を待っている、修理中のマルチと歓談していた。
「……マルチ、無事だったか」
「あ、浩之さん!」
マルチの元気そうな顔を見て、浩之は、ほっ、と胸をなで下ろすが、その昏い顔は無事を素直に喜べていなかった。
「……どうかされたのですか?」
「あ、いや……」
「ヒロ、朽葉さんと会ってきたんでしょう?」
「あ、ああ」
「あっちのほうは大丈夫だったんでしょ?」
「ま、まぁ、な」
「ふぅん」
志保は何か不満がありそうだった。
「……何だよ」
「……あんたが、可愛がっているマルチ放っぽらかして、あんな女の所に行くからよ」
そう言って志保は頬を膨らませてそっぽを向いた。――向こうとした。
「――――あの人はそんなんじゃない!」
反論は予想していたが、しかし志保は、浩之が激高してまで言うとは思わず、呆気にとられた。
「朽葉さんは、自分が怪我するコトを承知で、俺たちを守ろうとして無理して銃を撃ったんだぞ!」
「そ、それは、あたしだって何となく判ってるわよ――でも、それでも容赦なくマルチを撃つなんて、――噂通りの、マルチを苛めていた冷たい女としか思えないわよ!」
志保は、釈然としない思いに突き動かされて怒鳴り返した。
「え?朽葉さんが、私を?」
志保の言葉を聞いて、マルチがきょとんとなった。
「私、朽葉さんに苛められてなんかいないですよ」
「な、何ゆってんのよ、マルチ!」
驚いた志保がマルチのほうを向いた。
「あんた、試験運用期間の時に散々、朽葉にこき使われていたじゃないのっ!」
「そ、それは…………」
思わず怖ず怖ずとするマルチだが、それは反論出来ない為と言うより、単純に志保に怒鳴られたからであった。
「マルチ……本当なのか?」
浩之も不安げな顔で訊いてみた。
マルチは志保と浩之に睨まれて混乱しかけているようだったが、は、はぁ、と戸惑いつつも頷いた。
「でも、私、人間のお役に立ちたいと思っていますし、それに朽葉さんはあのような不自由なお身体をされていますから、お手伝いしないといけないとおもいますし、何より……」
「「何より??」」
「は、はい」
するとマルチは少しはにかみ、
「……朽葉さんの義肢のデータを元に、私たちメイドロボのフレームや動作プログラムが作成されたのです。いわば、朽葉さんは私たちのお母さん――いえ、お姉さんのようなお方ですから」
「あのねぇ、マルチ……」
志保は呆れたふうに言った。
「朽葉はサイボーグ!機械仕掛けだけど人間!あんたたちロボットとは違うのよ!」
「止せよ、志保……」
浩之も、マルチの言い分に少し呆れて気が殺がれているらしく、志保の肩をポンポンと叩いて呆れ気味に言った。
「ロボットの立場から見れば、朽葉さんの義肢はそう認識出来るんだろう。――でもなぁ、マルチ」
浩之はマルチのほうを向き、
「お前はロボットでも、人の言いなりの道具じゃなく、人のパートナーと想定されて作られているんだ。その為の心だ。――俺たちや世間を騒がせている、あの爆弾ロボットとは別物なんだ。――だけど朽葉さんは、お前もヘビロボも一緒くたにして見ていたんだ。……朽葉さんは昔、あのヘビロボと同じヤツに家族を殺されていたんだ」
「え――――」
今まで不機嫌でいた志保は、それを聞いて驚き、蒼白した。
「あの義肢も、爆弾の所為で大怪我を負い、全身の六割をサイボーグ化したんだ。…………酷い……いや、そんなコト言っちゃいけないんだが…………」
そこまで言って浩之は唇を噛みしめた。晶のあの姿は、サイボーグという現実を認めてもなお怖じ気づくものであった。
「……その所為で、ロボットに対して憎悪のようなモノを抱いている。だからマルチ、お前が尽くしても、あの人は絶対心を開いてくれは……」
「そんなコトはない」
「え?」
突然、マルチの整備をしていた技術者が口を挟んできたコトに浩之たちはきょとんとなった。
「……晶は戸惑っているのだ」
「……?あんた……?」
「おう、失礼した」
そう言って技術者は、口元に蓄えた髭を震わし、ぬうっと立ち上がった。その姿はまるで羆を思わせるような巨躯であった。
「ワシの名は木之内正臣。弥澄メディカルインダストリー第7研究部に勤めていて、晶の一応叔父で保護者だ」
「「「え――――」」」
これには浩之たちも唖然となった。
「――お〜〜、木之内、マルチの調整はどうだ?」
そこへ、ひょうひょうと長瀬主任が入室してきた。
「おう、長瀬、訊くまでもない。――完璧に済ませた」
「相変わらず仕事は早いねぇ」
「な、長瀬主任、この人……?」
浩之は恐る恐る訊いた。
「ああ、木之内はナリはクマみたいで怖いが、マルチたちメイドロボのムーバルフレームを設計担当した、弥澄メディカルインダストリーの主任技術部長だ。肩関節の復旧は私より木之内のほうが詳しいから、朽葉君の義腕調整のついでに診てもらっている。……彼女は?」
「大した傷ではない。アレでなかなか、傷の負い方を心得るようになった」
「流石は天才少女だな」
「天才、って……、長瀬主任は朽葉さんのコトを知っているの?」
「おう。彼女の人工臓器の制御系を担当したからな。あれは酷い怪我だったよ」
「怪我のことも知っていたんですか?」
「ああ。爆弾で右腕両脚を吹き飛ばされ、破片が臓器を著しく痛めていた。――とは言え、生き残れたのは奇蹟とばかりではないのだがな」
「それはどういう……」
「藤田クン、だっけ」
長瀬主任に訊く浩之を、木之内が呼んだ。
「どうやら晶がキミにあの事件のコトを告げていたようだが、大体どこまで聞いている?」
「え……、ええ、爆弾で全身の六割を人工の義肢や臓器にしたって……見せて……」
「見せて……?」
「――ああ!あかり、勘違いするな!――いや、確かに下着姿だったが覗いたワケじゃなく、見てくれって自分から……!」
「「…………」」
「だから誤解するな!何もないっ!」
流石に、鼓動がしないコトを教える為に胸に抱きしめられたコトは言えなかった。狼狽するもそこまで冷静さは欠いていない浩之であった。
「…………エッチ」
「長瀬主査、何であんたがゆうかっ!(笑)」
ソファに横になって眠っていた晶は、夢を見ていた。
――お姉ちゃん!
10歳くらいか、薄汚れたパジャマ姿の少女は青ざめた顔で、立ちすくんでいる晶に今にも飛びかかりそうな「それ」の上に飛び乗った。
――逃げてっ!
少女の必死の叫びに、しかし晶は恐怖のあまり一歩もその場から動けなかった。
(ダメ――あなた、心臓が――――!)
晶は、少女の唇がチアノーゼを起こして紫色になっているコトに気付いていた。
少女は心臓に疾患を持っていた。しかしもうじき、晶の叔父たちが開発した、最新鋭の埋没型人工心臓を移植するコトで、赤子の頃から彼女を苦しめていた病気が完治するハズだった。
だが、突然、自宅でくつろいでいた家族の前に「それ」は現れた。現れるなり、晶の父の身体に取り付いて自爆した。
晶は、早く逃げなさい、と血塗れの母に急かされ、少女がいる二階の部屋へ逃げ込んだが、父が爆散する光景を目の当たりにしていた衝撃は、晶の思考を混乱させていた。あるいは、二階に寝ている妹を助けたいと思ったから、脱出の機を逃してしまったのだろう。
置き去りにした母に取り付いたのであろう、二度目の爆発の衝撃によって、晶が二階にあった少女の部屋にたどり着いた瞬間、二階の床が全て崩れ落ちてしまった。少女と晶はベッドがクッションになって直接下に叩き付けられる衝撃から何とか免れられたが、しかし心臓の弱い少女はそのショックで発作を起こし、痙攣を始めていた。
晶は少女を抱き抱えてその場から逃げようとした。だがその時、晶は右腕に激痛を覚えた。そこでようやく破片が突き刺さって骨折もしているコトに気付いた。いつ怪我したのか、覚えていなかった。父の爆殺の瞬間を、母が盾らになって庇ってくれた為に巻き込まれずに済んだが、恐らくはその際既に怪我を負ってしまったのだろうか。
それでも晶は、激痛を推して少女を抱き起こそうとした。
――その時だった。晶は、少女との間に、両親を捉えた二体の銀色のヘビを見つけた。
銀色のヘビたちは、複数居ながら何故か両方とも、少女ではなく晶のほうを狙っていた。
直接見ていたワケではないが、晶はこれが両親を爆殺したのだと直感した。
ヘビたちが、晶を目指して這い出した――。
――逃げてっ!お姉ちゃぁん!
少女は――若葉は、心臓を抉るような痛みを覚えながらも、必死に姉に逃げてと言った。そして、姉を助けるために、その銀色のヘビの上に飛び乗って止めたのだ。
(――若葉っ!)
晶は衝動的に飛び出した。
その瞬間だった。
若葉の姿が発光に飲み込まれ、続いて衝撃波が幼いその身を四散させた。
そしてその衝撃波が晶をも飲み込み、両脚と、そしてすんでの所で若葉の頭に触れていた右手を肩からえぐり取った。
そこから、病院のベットで目覚めるまでの間のコトは、晶は覚えていなかった。10日間もの間、晶は昏睡状態にあった。
なのにこの夢では、若葉はマルチの顔をしていた。
そう。志保を庇って飛び出したあのマルチの姿が――
「…………!」
涙をこぼして寝返りを打つ晶が掠れるような声で呟いたその名は、どちらだったのか。
つづく