ToHeart if.「鋼鉄の彼女。」第5話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:6月10日(日)00時02分
【ご注意】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用した二次創作作品となっています、たぶん<ぉぃ。
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【承前】

 非現実が、浩之の目の前に拡がっていた。
 マルチの右腕が吹き飛ばされ、宙に舞う光景以上の衝撃。
 晶が、
 マルチを、
 撃った。

「じゅ、銃っ?!」

 志保が悲鳴を上げて驚いた。
 晶は、男でも持て余すような巨大な拳銃の銃口を、今だマルチのほうに向けたままであった。マルチは撃たれた衝撃でコマのように回転し、そのまま地面に倒れてしまった。
 吹き飛ばされたマルチの右腕は、マルチが倒れたところから、浩之たちの手前側に落ちた。マルチの右腕に絡み付く銀色のヘビらしきものがウエイトとなってそう飛ばなかったようであった。

「い――いやぁっ!マルチちゃん!?」

 ようやくあかりが悲鳴を上げた。

「――朽葉さん!あんた、何でマルチ撃ったんだっ!」

 浩之も堪らず絶叫した。

「――動かないで」

 そんな浩之に臆することなく、晶は毅然とした声で制した。

「ヤツは動いているモノに反応している可能性があるから」
「…………え?」

 戸惑う浩之の前で、晶は右手で構える拳銃を左手で何か操作し始めた。
 すると、晶の拳銃のバレルの下にあったランチャーパーツが展開し、中から小型のパラボラアンテナらしきものが顔を出した。

「Eグレネードユニット、装着」

 続いて、晶はそのパラボラアンテナの下にあったカートリッジ挿入口に、ゲームのロムカートリッジを想起させる小さなプラスチックケースを差し込んだ。それは先程、マルチが晶に手渡した包みの中から取りだしたものであり、いつの間にか晶の足元には破れた包みが落ちていた。強引に破って取り出したらしい。

「ターゲット……ロック……オン」

 晶の銃口の狙いは、いつの間にか手前に転がるマルチの右腕に取り付いている銀色のヘビに移っていた。
 晶の行動を見守っていた浩之は、僅かながら晶の顔色が青ざめているコトに気付いた。しかしその時、呆然としたままの浩之には、どうして晶が青ざめているのか判らなかった。
 不意に、銀色のヘビがマルチの右腕から離れた。そして一直線に、浩之たちのほうへもの凄い速度で這い始めたのである。

「な、なによ……あれ……?」

 あまりの不気味さに、志保はその場に立ち尽くしたまま慄然となった。

「あれが、犯人よ」

 そう言って晶は引き金を引いた。
 銃声も、マズルフラッシュも無い、一撃。
 なのに、銀色のヘビはその進撃を止めた。まるで見えない銃弾を受け、見えないダメージを負って沈黙したかのように。

「……流石は長瀬さん。期待通りのソリッドを組んで……くれ……た…………」

 そう言うと、晶は右肩を左手で押さえ込みながらその場に倒れ込んでしまった。

「――朽葉さん!?」

 浩之は突然倒れた晶に驚いた。

『晶ハ負傷シテイル!早ク近クノ警官ヲ呼ベッ!』

 その怒鳴り声は、拳銃を握り締めている晶の右手から聞こえてきた。

「てっちゃんかっ!?朽葉さんが負傷しているって――あっ!?」

 驚いて晶の許に駆け寄った浩之は、晶の右肩の辺りが血で滲んでいるコトに気付いた。

「なんだよ、これは――あ、そうだ、マルチ!」

 動揺する浩之は、晶の右肩を見ていてマルチのコトを思い出し、倒れているマルチのほうを見た。
 手前の銀色のヘビは、何処かがショートしているらしく、薄い煙を上げて沈黙していた。その向こうでは、右腕を失っているマルチが、機能停止状態にあるらしく倒れたままピクリともしなかった。

『大丈夫。せんさーデあならいず済ミ。まるちハしすてむだうんシテイルダケダ。来栖川電工ノめいどろぼっとハアレデ結構頑丈ダ』

 気絶している晶の右手は、内蔵されているセンサーでマルチの一応の無事を告げるが、浩之の目はマルチと晶の間をおろおろと行き交うばかりであった。
 そうしているうち、先程の銃声を聞きつけた巡回中の警官たちが浩之たちの許にやってきた。

「おい、キミたち、何があったんだ?」
「く、朽葉さんが、マルチを撃って、銀色のヘビが迫ってきて……!」

 志保が説明しようとするが、錯乱気味で要領を得ていなかった。やがて警官たちが、晶が持っている拳銃を見つけ、騒然となった。

「おい、この銃は――」
「ああ、間違いない――特捜隊の」
「特捜隊……?」

 警官たちの会話を耳にした浩之は、晶が持つ拳銃をもう一度見た。
 まさか銃身に、桜の代紋が付いているとは――


 浩之たちは到着したパトカーに載せられ、町田署に到着した。晶は先に到着した救急車に載せられ、病院へ送られて行った。
 町田署に到着した浩之とあかり、志保は、捜査一課の友則刑事たちから事情聴取を受けていた。マルチが撃たれたコトで動揺している浩之とあかりはほとんど話が出来ずにいたが、時間が経ったコトで落ち着きを取り戻した志保がいつもの調子を取り戻し、突然出現した銀色のヘビに襲われ掛けたところをマルチに救われ、マルチの右腕に取り付いたところを、いきなり晶が発砲して右腕ごと吹き飛ばし、そして何らかの方法でそれを沈黙させたコトを説明した。

「……いったい、あれは、――あの銀色のヘビは何なんですか?」
「詳しいことはわからんが、どうやらロボットらしい」

 友則刑事は憮然とした顔で志保に応えた。どうやら機械仕掛けのモノは苦手らしい。

「まぁとんだ災難だったようだが、この件は君たちばかりか、我々にとっても僥倖であったのは間違いない」
「僥倖……?」

 浩之が当惑げに訊いた。

「ああ。ここしばらく世間を騒がせている爆破事件の犯人――というより、正体と言ったほうがいいかもしれん」
「正体?」
「ああ。あのヘビ型ロボットは、強力な爆薬を積んでいるんだ」
「爆――」
「君たちの目撃した話から推測するに――いや、既にチラホラとそれらしい目撃報告はあったのだが、なにぶん目撃者のほとんどが酷い怪我を負ってしまっているから確固たる状況が掴めなくてね。そこへ、爆発せずに済んだ君たちの目撃のお陰で、本庁から届いていた報告書の裏が取れた。まさか、そんなモノが本当にあったとはな。――人間に取り付き、自爆するロボット。報告書では機動地雷兵器となっていたがな」
「地雷、ですか?」
「ああ。許より地雷ってヤツは無差別に人を殺傷する目的で作られた、非人道兵器の極みだ。それに足付けて歩かせるなんて、まともなヤツなら怖じ気づく発想だよ」

 憤りからだろう、険しい顔で語る友則刑事は、自分のスーツの懐を探り出す。どうやら苛立つと吸わずにいられないタチらしいが、生憎煙草は切らしていたらしい。

「すまんな、キミたち煙草持ってないか?」
「持ってるわけないでしょう」
「そりゃそうだ、はっはっはっ」

 能天気に笑う友則刑事を見て、浩之はマルチの製作責任者である長瀬主任を想起した。名字は違うがもしかすると主任の親戚かもしれない。とにかく人を食ったような男であった。そのお陰か、浩之とあかりは大夫緊張が解れた。

「しかしまぁ、これで爆弾の現物が保存されたまま我々の手に入ったんだ。これで作った人間たちの手懸かりを得られるかも知れない。キミたちも我々も、本当、運が良かった」
「運、といっても……」

 正直、浩之は素直に喜べなかった。
 それは志保も同様であった。

「……マルチがあたしを突き飛ばしてくれなかったら、あたしがあのヘビに取り付かれていたところだったんだよね…………、ね、刑事さん、マルチはどうなったの?」
「マルチ?ああ、あの可愛い顔のメイドロボットか」
「まさか置き去りってコトはないでしょうね」
「いや、来栖川電工の人が回収したって聞いているが」
「そう――ヒロ、あたし、マルチにお礼言わなきゃ」

 珍しく殊勝な志保に、浩之は感心した。

「ああ。刑事さん、もう事情聴取は良いですよね」
「おう。送っていくぞ」
「なら、来栖川電工研究所までお願いできませんか?多分、マルチはそこに戻っているハズだから」

 浩之の言葉に、友則刑事は暫し不思議そうな顔をした。
 友則刑事は、志保の言葉を思い出していた。

 ロボットが、人を助けた。
 一方で、ロボットが人を爆殺する。

「…………判った。送ってやるよ」

 頷く友則刑事は、不思議と笑みが自然に湧いた。

 俺もそのロボットに会ってみたくなった。

 友則刑事が運転するパトカーに乗った浩之たちは、町田署の前に集まっている報道陣を避けるように裏から出ていった。途中、その動きに気付いたカメラマンたちがパトカーに群がろうとしたが、友則は悠然と発車し、さっさと町田署を後にした。
 途中、浩之は志保のPDAで長瀬主任に連絡した。案の定、マルチは彼の許で修理中であったが、続いて出た話で浩之は瞠った。
 そこに、晶がいるというのである。


「病院で開傷した右肩の接合部の生体組織を縫合した後、右義碗の調整をうちで頼まれてね」

 来栖川電工研究所に到着した浩之たちをわざわざ迎えに出てきた長瀬主任は、浩之たちを所内へ案内するがてら、先程の電話で話した晶のコトから切り出してきた。

「彼女、銃、撃ったんだそうだね」
「あ、はい…………」

 戸惑いげに頷く浩之を見て、長瀬主任は、浩之の後ろを歩いている、同行してきた友則刑事の顔を見た。

「ええ。事情が事情ですし、彼らには『特捜隊』のコトは告げています」
「でも驚いたわ……まさかあの朽葉さんが刑事だったなんて」
「あかりは大丈夫だろうけど、志保、お前は絶対、他の人にしゃべるなよ」
「んー、自信ない」

 と、にやりと笑う志保。

「まぁしゃべっても良いけど、そん時は覚悟してや」

 と、にやりと笑う友則刑事。志保の笑みは思わず引きつった。流石に国家権力に逆らうほど度胸は無いらしいが、それはそれでまた無茶で横暴な話である。

「……あかり、志保がデマ流して暴走しそうな時はこの刑事さんにお願いしようか」
「まてやコラ」

 小声で話したそれを志保はしっかり聞き逃さず睨み付けた。

「だいたい、何であんな女のコトを気に掛けるワケ?マルチを苛めたり、容赦なく撃ったりする女なんて、あたし許せないから!」

 志保は、命の恩人であるマルチを傷つけたコトが相当許せないらしい。
 志保の憤りに、浩之は何か言おうと思ったが、うまく言葉が思い浮かばず諦めた。仕方なく、浩之は長瀬主任に晶の様子をまた訊き始めた。

「でも、義手で銃を撃ったからってそんな血が出るほどの怪我が……」
「生体部と機械部の接合は完璧ではない。彼女の場合、肩から右腕を損失しているが、生機接合式の義肢の接合部は生身の神経を介している為、接合面の組織が剥き出しのままなのだ」
「え……?」
「本来は補助用装具で固定して初めて発砲が可能となるのだが、ほとんど素の状態で撃っては、その反動が接合部に影響して当然だ。あの銃は色々特殊な装備を詰め込んでいて、重さは通常の拳銃の3倍近く、約3.7キロもある。けた外れの握力で持ちこたえて見せても、撃てば傷口に金槌を叩き込むようなものだからな」
「「「「金槌――」」」」

 それを聞いて、浩之ばかりかあかりや志保、友則刑事までもがぞっとした。

「何でそんな無茶を――」

 戸惑う浩之を見て、長瀬主任は不思議がった。

「無茶をせざるを得ない状況だったのではないのかね?」
「――――」

 浩之は絶句した。
 その中で浩之は、あの時の状況を思い出していた。

 志保に襲いかかった機動地雷ロボットから、マルチが身を挺して庇い、その右腕に取り付くと、晶は躊躇いもなくマルチの右腕を吹き飛ばした――――

「…………刑事さん、あのヘビロボって爆弾の塊なんでしたよね」
「処理班からの報告ではそのようだったらしい。骨格みたいなのも爆弾がぎっしり詰まっていたとか。成る程、爆発すればその破片さえも凶器と化すか――最低だな」
「じゃあ、ロボットのほうを撃っていたら――」
「「あ」」

 あかりと志保が声を揃えて驚いた。

「じゃ、じゃあ――で、でも」

 緊急回避の所業と知ってもなお、感情ではまだ納得がいかないところがあるらしい。志保は酷く狼狽した。しかし間もなく、はぁ、と言う溜息と共にようやく納得したらしい。
 その一方で、浩之は黙り込んだまま、何かを考えているようであった。

「長瀬主任」
「?」
「朽葉さんはマルチの右腕ごと、ヘビロボを落とした後、拳銃を変型させてそいつを沈黙させたんだ。それを使っていればマルチの右腕を撃ち落とさなくっても……」
「そりゃ無理だ」
「何故?」
「あれは電子砲だ。電子レンジ並みの性能だが、それでも荷電粒子砲の子供みたいなモノでな、電子機器の無力化を目的としている。多分、私が依頼を受けて調整したEグレネード用サーキットカートリッジを使用したのだろう。――そんなものを精密電子機器の集合体であるマルチに向けたらどうなるか、君にも判るハズだ」
「――――」

 唖然とする浩之は、あの使い分けの意味をようやく理解した。あの場合はどうしても物理的破壊が最善の方法だったのだ。それも、自分が傷付くコトを承知で――
 浩之は唇を噛みしめた。

 ――朽葉さん!あんた、何でマルチ撃ったんだっ!

 そして、うっすらと血が滲んだ所で口を開いた。

「あかり、志保、先行ってくれ。――朽葉さん、どこにいる?」


 晶は、研究所の奥にある、生化学機材部の作業室にいた。
 既に、銃を補助用装具無しで撃った傷は応急処置が施されて血は止まり、流血による機器類の修繕も完了していた。病院で、生体部の手術で打たれた麻酔がまだ効いていたので、借りた仮眠用毛布を羽織り、ソファで船を漕いでいたところへ、浩之がやってきた。

「……あれ、藤田クン?」
「義肢の修理は終わったのか?」

 神妙な面もちで訊く浩之を見て、晶は、頭がぼうっとしていた所為もあり、ふふっ、とよく判らない反応をしてみせた。

「ここに来た、ってコトは、マルチのコトを心配で来たんでしょ?」
「ああ。マルチなら、長瀬主任がきっちり修理してくれたらしい」
「ふぅん」

 晶は感心したふうに頷いた。そして、自分の右肩を左親指で指して見せた。

「……本当、機械っていいよね。壊れたら修理できるから。パーツ交換で痕すら残らない」

 浩之にはそれは、何処か自暴自棄な言い方に聞こえてならなかった。

「……マルチの右腕吹き飛ばしたのは、被害が少なくて済むからなんだよな」
「そう。アニマボット――あのヘビ型機動地雷の本体を狙って撃ったら大爆発していた。多分今頃はみんなしてミンチ」
「そっか…………」

 浩之は仰いだ。

「……悪ぃ。そこまで頭回らなかった」
「いいのよ」

 晶は、ニッ、と笑って言った。

「――どのみち、撃ちたかったから」
「……え?」

 顔を戻した浩之の顔は引きつっていた。

「今、なんて……」
「撃ちたかったから、って言ったのよ。――マルチを」

 そう言って晶はまた、にっ、と笑った。


                 つづく

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