ToHeart if.「鋼鉄の彼女。」第1話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:5月25日(金)00時03分
【警告!】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用した二次創作作品となっています。
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 季節と言うものはいつも、さりげなく通り過ぎていくものだ。一日はこんなにも長く感じるのに、それを綴る季節は、俺たちに感慨を抱かせる暇もなくさっさと移り変わってしまう。
 ……気がつけば春。
 ……気がつけば夏。
 ……気がつけば秋。
 ……気がつけば冬。

 ……そしてまた、春がやってきた。


 来栖川電工のメイドロボット試験機、HMX−13型マルチが、浩之たちの学校で運用試験を終えてから一ヶ月が経った。結局、マルチは試験には“落第”してしまい、もう暫く浩之たちの学校で運用試験が続けられるコトになったので、マルチを可愛がっていた浩之たちは、機能停止させられるモノと心配していたのでホッとしていた。
 梅雨のある日の昼休み、ヒマを持て余していた浩之は、図書室で充電中のマルチの元へ顔を出しに行くコトにした。

「……さて、いつものように奥にいるのかな?」

 浩之は図書室の一番奥まったところで、図書室のコンセントを借りて充電中のマルチの姿を探し求めた。そのうち、窓側の、一番奥の本棚の陰から出ている両脚を見つけた。

「……あすこか。充電中は手首外しているから結構怖い光景なんだよなぁ」

 とはいえ、マルチをロボットと認識している浩之には既に見慣れた光景であり、躊躇うコトもなかった。充電中のマルチはシステムサスペンド中にあり、充電が終わるまで声をかけても反応はしない。マルチ自身はそれを人間で言う、寝ている状態だと説明していた。だから浩之がマルチの元を訪れても、充電が終わらない限り話すコトも出来ない。
 しかし、いつものダベリ相手である志保が、あかりが所属する料理クラブに付き合わされ、雅史もサッカー部の打ち合わせで親しい友人から置き去りにされ、雨で外にも行くコトが出来ない今は、そんなマルチでも浩之にはヒマツブシに充分であった。運が良ければ昼休みが終わる前らにマルチも目覚めるだろうと踏んでいた。
 そんな浩之であったが、今、本棚の向こうから顔を覗かせているその両脚に、いつものマルチとは違う違和感に気付かなかったのは、もしかするとこれから始まる運命の仕業だったのかも知れない。

「…………おーい、マルチ、って眠ったままなんだよなぁ――――――?!」

 本棚の向こうにいるマルチに近寄って声をかけた浩之だったが、そこで目撃した光景は、浩之が予想していたモノとは全く別のモノ、いや、者であった。
 そこにいた者は、確かにマルチと同じように、右手首を外し、机の上に載せてある、そこから延ばしたケーブルと接続するノートパソコンの制御の元に、家庭用電源から充電していた。
 だが、その容貌はマルチとは全く異なっていた。そこで浩之は漸く、問題の人物の両脚に、ハイソックスを履いていなかったコトに気付いた。
 その容貌は、浩之たちの学校の女子生徒の制服を着ていた。マルチとは全く異なった容貌をしている。肩に掛かるくらいの、藍色のセミロングを冠し、すぅすぅ、と小さな寝息を立てて、可愛らしい寝顔をしていた。僅かに胸の上下運動が伺えるあたり、呼吸をしているのが判った。つまり、彼女は生身の人間なのだ。
 いや、それはおかしい。事実、彼女の右手は、あのマルチと同じように外されて充電行為を行っているではないか。浩之はその予想外の光景に混乱していた。

「…………えーと、まさかマルチ、マイナーチェンジしたのか?ご丁寧に寝息まで……?」

 と、浩之はその彼女の胸に恐る恐る触れてみた。無論、色気を出して触ったのではなく、その主があのマルチだと思ってのコトであった。当然、行動が行動だけに、周囲の目がないことを確かめてからではあったが。

 ぷよん。

「…………あ、柔らかい。それに、ちょっとボリュームがある」

 ちなみに浩之はマルチの胸に触ったコトはない。厚みに関しては、端で見てても判るその幼児体型から想像したモノである。更に付け加えると、幼なじみでいつも浩之と一緒にいて、浩之の彼女と周りから思われている神岸あかりも、浩之に胸など触らせる関係になどまだ至っていない。
 その時だった。

「…………ん?」

 突然、充電中の少女が目を覚まし、浩之と向かい合わせになった。浩之はまだ、少女の胸に触ったままであった。

「あ、マル――」
「あれ、浩之さん?」

 その声は確かに聞き慣れたマルチのモノであったが、聞こえてきたのは浩之の背後からであった。
 驚いた浩之が背後へ振り向こうとしたのと同時に、黄色い悲鳴が上がった。

「い、いやぁぁぁぁあっ!!」
「うわぁぁぁぁあ!!」

 その声に、浩之は堪らず飛び退いた。
 浩之に胸を触られていた少女は身を竦める。すると、机の上に載せてあったノートパソコンが、電源ケーブルに引っ張られてしまい、机の上から落ちてしまったのである。

「あ、やばいっ!」

 それを見た浩之の何と素早い反応か。飛び退いた身で反動を利用し、慌てて落下するノートパソコンを床のギリギリでキャッチしたのである。

「ナイスキャッチです、浩之さん!」

 マルチが後ろの方で呑気そうに言ってみせた。

「お、おう――ってマルチ、何でお前そこに居るンダッ!?」
「え?え?」

 浩之に怒鳴られたマルチは、何で叱られているのか判らず、その場でオロオロし始めた。

「え――だ、だって、朽葉さんが」
「クチハさん?――――あ」

 聞き慣れぬ固有名詞をマルチが口にしたコトで、浩之は第三者の存在を思い出し、彼女の方へ振り向いた。
 マルチが朽葉と言った、その少女は、自分の胸を両手で(正確に言えば、右手は欠けたままであったが)押さえて、半べそを掻いて浩之を睨み付けていた。
 人違い。――いや、ロボ違いか、と浩之は思った。まさかマルチではなく、別のメイドロボットが充電をしていたなんて――

「――ち、痴漢んんんんっっっ!!」

 と、別のメイドロボットが浩之を指して悲鳴を上げた。これには思わず浩之は固まってしまった。

「ちょ、ちょっとまてっ!別に俺はそんな――」
『――痴漢デストッ?!』

 混乱するその場に、新たな声が加わった。
 その少し耳障りな機械音みたいな声は、浩之の直ぐ向かいにある机の上から聞こえてきた。

『――オノレ!アキラニ何ヲスルカ、コノ不埒モノ!』
「え?え?」

 その奇妙な怒鳴り声の主は、確かに机の上から聞こえてきたが、姿は全く見えなかった。その為、浩之の混乱は更に拍車が掛かった。
 そして怖ろしいコトに、ある光景を目の当たりにした時、浩之の思考は停止ししまった。
 何と、声の聞こえてきた方向、つまり机の上で、置き去りにされていた右手首がピョンピョンとはね回っていたのである。それはまるで、浩之を威嚇しているかのように――。

『クラエッ!るーてーず直伝、「輝いている指〜〜っ」!!』

 それは突然発光し、机の上からジャンプして、唖然としている浩之の顔面を覆った。
 みしっ。
 ――めりめりっ。

「――――っ!?――――っっっ??!!」

 顔面を、得体の知れない輝く右手に顔面を鷲掴みにされ、そのパワーに浩之はその場でのたうち回った。

「痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢痴漢ぁぁぁぁんっ!!」
「ひ、浩之さんっ!――朽葉さん、落ち着いて、落ち着いてっ!早くあの右手さんを止めて下さいっ!!」

 のたうち回る浩之を見て驚くマルチは、悲鳴を上げて暴れている朽葉と呼ばれる少女?を止めに入った。マルチはこの奇天烈な右手と少女の関係を知っているようであった。

 3分12秒の苦悶の末、漸く浩之は奇天烈な右手から介抱された。その指がめり込んだ浩之の顔面には、強力な力で圧迫されて青あざとなった痛々しい痕が残されていた。

「う〜〜っ」

 と、朽葉と呼ばれた少女?は、浩之を攻撃していた右手を大事そうに抱え、浩之をまだ睨み付けていた。

「…………マルチ」
「何ですか、浩之さん」
「……彼女、誰?」

 訊かれて、マルチは、はい、と元気良く返事し、

「朽葉晶さんです。私のクラスメートの方です」
「……てコトは、だ」

 圧迫によってやや脳震とう気味の頭で、浩之は自分を睨み付けている、朽葉晶と呼ばれた少女を見て、

「…………マルチと同じメイドロボット仲間じゃなくって、人間?」
「はい!」

 マルチは元気良く返事した。その笑顔は、この陰々滅々とした雰囲気には似合わぬモノだったが、プログラムされたモノであるために仕方のないコトであった。
 すると浩之は、暫く呆然とした後、先程、朽葉晶と呼ばれる少女の胸を触った自分の手をにぎにぎと動かした。
 僅かに緩む浩之の顔。どうやら先程の嬉しい感触を思い出したらしい。それを見て、晶の顔が一層険しくなる。
 だがそれまでであった。直ぐに浩之は、はっ、と我に返り、事の次第を理解した。だから突然立ち上がるや、晶のほうを向いて床に土下座したのである。

「――――悪いっ!俺、トンデモないコトしでかしたっ!マルチか、新しいメイドロボットかと思って、つい――――!」
『……めいどろぼっとナラ胸触ッテ良イト思ッタノカ?』

 嫌味のように言ったのは、突然土下座した浩之を見て唖然となった晶が大事そうに抱えている、あの奇天烈な右手であった。どうやら機械仕掛けらしいそれは、独自の意志と思考力を持った、ある種のロボットらしかった。

「そ、そんなんじゃねぇ!た、ただ、充電中のロボットが呼吸していたから、珍しくて――」
「……え?」

 戸惑う晶は、マルチのほうを見た。
 マルチは晶が自分の方を見た理由を直ぐに理解した。

「あ、はい。メイドロボットは深呼吸の動作では胸の上下運動はありますが、充電中はサスペンドで全く動作しません。だから、寝ていても寝息などありません」
「と、言うことは…………?」

 と、晶はまだ土下座している浩之の後頭部を見下ろす。

「…………そっか」

 黙り込んでいた晶は、浩之の興味本位の仕業であるコトをようやく理解した。

「……酷い人ですね」

 晶は苦笑しながら言った。いや、言ってから吹き出してしまった。
 そんな笑い声に、浩之は恐る恐る顔を上げた。
 何と可愛らしい笑い顔をする娘だろう。寝顔にも少し惹かれていた。――あるいは、所詮は言い訳なのだろう。確かに浩之はこの不思議な少女に興味を示していた。触ったのは無自覚の、しかし故意の仕業なのか。
 その容貌以上に浩之の気を引いているのは、どうして人間である晶が、マルチと同じように充電をしていたのか――

「…………朽葉、さんだっけ?」
「?」
「キミ…………その、もしかして」

 そこまで言うと浩之は、恐る恐る自分の右手を、ちょいちょい、と指した。

「…………義手、だよね」

 浩之がそう訊くと、晶の笑顔が少し強張った。

「……ええ」
『――義手ハ義手デモ、ソンジョソコイラノモノトハヒト味違ウゾ、少年ッ!』

 頷く晶に追随して、晶が抱き抱える義手の右手が大威張りで言う。

『「弥澄メディカルインダストリー」ノ総力ヲ結集シテ造リ上ゲタ、新世代ノ、傷付キシ人類ノ救世主タル、〈ハイエンド・サイバネティックシステム〉!最先端ノ生体素材ヲ余ストコロ無ク活用シ、限リナク人体ニ近ヅケタ、至高ノ人工四肢ヲシカト見ヨッ!』
「……エライ高飛車な義手だなオイ」
『我ガ輩ヲ義手ナドト一括リニ呼ブナッ!我ガ輩ハ“ジ・イークイップチェンジャー&アナライズナビゲーター”!コードネーム、T・E・C・H・A・N、ト呼ブガヨイッ!!』
「……………てっちゃん?」

 ここで思わず膝を叩いてしまうのは三十路の人間くらいだろう(笑)

「……自己主張の激しいヤツだなぁ」

 呆れつつ、浩之はどこか憎めない(例え先程死ぬ目に遭わされても)晶の右手を見てはにかんだ。

「それはそれと、“藤田先輩”」
「?」
「パソコン、いいかしら」
「あ」

 晶にいわれて、浩之は自分が抱えているパソコンを思い出した。

「さっきは受け止めてくれて有り難う。――壊すとうるさいコト言うんだ、木之内博士が」
「あ、ああ」

 浩之は先程の騒動で落ちかけた所を無事キャッチしたパソコンを、持ち主である晶に差し出した。
 晶はそれを受け取ろうとして、そこで自分の右手が外れたままであるコトを思い出す。そして慌てて機械部が剥き出しになっている右手首に、自己主張の激しい右手を装着し、接続を確かめるようににぎにぎと開いて見せた。

「くっついている時も、勝手に動いたりしゃべったりするワケ、それ?」
「外れている時だけ――どうも」

 晶は浩之からパソコンを受け取りながら言った。

「一種の分析機器を搭載しているの。パソコンと接続させて、超並列計算に利用したり」
「ふえぇ、凄い義手だなぁ……」

 驚く浩之は、ふと、晶が持つパソコンの表面に、奇妙なマークというかエンブレムがあることに気付いた。植物か何かの葉を思わせるモノであった。そしてそれがどこかで見たような覚えがあったのだか、一瞬のコトだったので良く思い出せなかった。

「…………まぁ」

 そのうち浩之は、マルチのほうを向いて感心したふうに頷き、

「人間と遜色無いロボットが居る時代だし――そうか、キミの義手って、もしかしてマルチたちのデータとか使っているとか?あるいは逆に、マルチの開発技術に使われているとか?――あれ、でもさっき、弥澄メディカルとか言ってなかったっけ?」
「弥澄メディカルの義手は来栖川電工と共同開発したものなの。そう言った意味では、そこにいるマルチとあたしの人工義肢は親戚と言うより兄妹みたいなものかしら。人工義肢の方が先だから、マルチたちは妹になるわね」
「はい!」

 マルチは嬉しそうに返事した。なるほど、と浩之は二人の関係を漸く把握した。
 だが、それでも浩之にはまだ判らない点が幾つかあった。

「……そういや、マルチと同じようにここで充電していたようだけど」
「ええ」
「うーん」

 頷く晶に、浩之は少し戸惑った。
 マルチの話では、晶は、マルチのクラスメートと言うコトなので自分より年下であるハズなのだが、どことなく大人びた雰囲気を持っていた。その立ち居振る舞いは、どうしても後輩と言うより先輩のようであった。

「……ゴメン。失礼だけど、もしかして歳は……?」

 浩之が訊くと、晶ははにかんだ。漸く訊かれたか、と思ったようである。

「……19。中学生の時、事故に遭って、4年近くも入院しててね」
「事故…………」

 浩之は呟くように言うと、目で晶の全身を見回した。
 そして漸く、その体型に微妙な不自然さがあるコトに気付いたのだ。
 マルチらと同様、充電を要する義手。――いや、それだけの大量の電力を要するというのならば、あるいは――――。
 晶は、そんな浩之の様子に既に気付いており、溜息を吐いた。

「……隠しても仕様が無いから言うけど、あたしの右手、右目右耳、腎臓、左肺――そして両大腿部より先と心臓、更にそれら人工義肢や臓器を制御するために脳の一部も電脳化を果たしている。大体全身の6割かしら」
「――――」

 浩之は言葉を無くした。思えば、本棚の陰から覗かせていた彼女の両脚を、マルチのモノと思ったのは、その質感に不自然な艶があったからである。そして、人間ではなく、メイドロボと思い込んでいたのも、その所為であった。
 やがて浩之は、彼女がどうして身体の半分以上をサイボーグ化したのか考えた。

(事故…………)

 それが理由であるのは間違いない。だがここまで酷い目に遭う事故がいったいどんなモノだったのか、浩之は興味をそそられたが、直ぐにその考えを頭から振り払った。
 とてもではないが訊けなかった。訊く気になれなかった。同情よりも、その悲惨な事故の顛末を知るコトが、人間として怖かったのかも知れない。


 降りしきる雨の中、JR町田駅前にある町田駅前派出所へ、ある拾得物が届けられた。
 それは、駅から町田街道へ向かう通りに最近出店したばかりのコンビニの前に用意されていた、分別用ゴミ箱の燃えるゴミの中にいつの間にか混ざっていた、リボンのかけられた少し大きめの箱であった。

「まるで貰ったプレゼントをそのまま捨てたみたいだな」

 交番勤務歴12年のベテランである佐々巡査長は、怪訝そうな面もちで持参してきたコンビニの店員からそれを受け取ると、自分の机の上にそっと静かにおいた。

「始め、何か爆弾かな、とか思ったンすけど、呑気な同僚が揺すっても何も反応がなくって……ただ、何かごそごそ動くモンだから、気になって」
「ごそごそ?」
「ええ。何か、中に生き物か動くモノでも入って入って居るんじゃないかって、うちの店長が」
「ふぅん」

 感心して見るも、佐々は少し不安に駆られた。当番で詰めていた同僚の網代は、爆弾の可能性を否定はしなかったが、その無造作な置き方と、店員たちのおおざっぱな行動から、振動で爆発するようなモノではないと予想した。

「本当なら、こう言ったモノは持って来られるより、我々が来るのを待ってて欲しかったんだが……」
「でも…………あれ?」

 佐々が呆れて言った時、突然、店員の胸ポケットから音楽が流れた。

「あ、PDA」

 そう言って店員は、ポケットから携帯電話を取り出した。その店員が持つそれは実は携帯電話ではなく、通話機能の他に単体でインターネットを利用できる高性能のPDA(パーソナル・デジタル・アシスタント)であった。
 店員の持つPDAは先月発売されたばかりの最新機種である。特筆する点は、従来のPDA用OSのシェアを独占していたWINDOWS−CEではなく、昨年発表され、第2のLINUXとまで言われるようになった、通信機能を特化重視した基幹ソリッドで構築される最新フリーウェアOS「ECOHS(エコーズ)」を採用したコトにある。それにより、WIN−CEやJAVAアプリとは比較にならない高性能アプリが開発、利用されている。また、DVDのAVデータをSVGAでフルカラー、ステレオ再生するばかりか、先日のネットワークショーで発表されたものは翻訳機能まで搭載したものであった。

「――あ、店長――ええ、交番です、大丈夫ッスよ、大丈夫」

 店員が呑気に通話を始めたのを見て、佐々はやれやれ、と肩を竦めた。
 ――その時だった。突然、問題の箱がガタガタと動き、いや、暴れ出したのである。

「「「何だ何だ何だぁっ?!」」」

 突然のコトに佐々たちは驚き、慌てて交番から飛び出した。
 だが直ぐに箱は暴れるのを止めて大人しくなった。

「何だ、いったい…………あれ?」
「どうした、網代?」
「……箱が、破れてます」
「あ」

 目を丸めた佐々は、恐る恐る、奇妙な拾得物に近づいた。
 そして、破れた奇妙な拾得物を見下ろした。
 箱の上が破れていた、というより、まるで内側から蓋になっていた箱の上面が外されたと言うべきであった。それにより、佐々たちは触らずして箱の中身を知るコトが出来た。

「…………なんだこりゃ」

 佐々たちを戸惑わせたのは、箱の中から顔を出している、奇妙な金属物を見つけたからである。

「……ロボットみたいですね」
「……なんか、見覚えが……」
「ターミネーターの手。ほら、シュワちゃんの」

 店員が、佐々たちの肩越しにそれを覗き見て言った。

「ああ、あんたは危ないから外に行ってて」

 網代がそんな店員を呆れながら制した。

「でも、爆弾じゃなかったんでしょ?なら、大丈夫ッスよ」
「しかしねぇ……」
「ああ」

 突然、佐々が納得したように言った。

「どうしたんですか、巡査長?」
「いや、これ、な。どこかで見覚えがあると思ったら、アニマボットだ」
「アニマボット?」
「何スか、それ?」
「知らんのか、お前ら?――そうか、お前ら若い連中は見たコトも触ったコトもなさそうだな。今でこそNEO−AIBOとか来栖川のハウスロボットとか、凄ぇのがあるが、俺が学生の頃には、こんな、アルミやスチール製の工作ロボットとかが売られていたんだ。昔、沖縄の海洋博とかでも展示されていたんだぜ。バッタとかムカデみたいな虫型とか、ヘビ型のとかがあってさ。ほら、網代、本庁の科捜隊で捜査用に利用しているヘビみたいなヤツがあるだろ?あれのオモチャみたいなもんだ」
「へぇ。じゃあ、これ、そのアニマボットとかゆうヤツなんスか?」
「多分。……てコトは、もしかすると誰かまだ売られているアニマボットを捨てただけっていう可能性もあるか」
「捨てた?でも、組み立てられてますね、これ」
「ああ。こりゃあ、タチの悪い悪戯って線かもな」

 佐々はやれやれと肩を竦めた。それを聞いて網代と店員も、呆れたふうな顔で苦笑した。
 そんな時だった。またも、店員のPDAの着信音が鳴った。今度は別の曲であった。

「あ、メールだ」

 店員のPDAは、通常通信とメールによるパケット通信の着信音を別々にしていたようである。

「そんなケイタイばかり鳴ってちゃ仕事にならんだろう?」
「いやぁ、メールは別ッスよ。ジョグダイヤルをちょいと回すだけで着信拒否も出来るし…………って、ありゃ、これ、Cメールだ」
「しぃめーる?」
「巡査長、知らないんですか?」
「網代、知ってるのか?」
「CはチェーンのC。チェーンメールのコトですよ」
「チェーン…………ああ、SPAMか。そんなの、着信拒否してしまえば」
「そう言うわけにはいかないっスよ」

 店員は迷惑メールであるハズのそれを受信して何故か嬉しそうにしていた。

「これ、今流行りなんス」
「流行り?」
「ええ。これ、ECOHSで作られたソリッドデータで、PDAに登録してあるメアドを利用してランダムで自動的にネットワークを流れ続け、ランダムで受信する、いわゆる受信できたら幸運な、幸運メールなんス。へー、話には聞いていたけど、本当にあったんだ。ラッキィ」
「……それってウイルスかなんかじゃないのか?」
「んなコト無いッスよ。これが個人のPDAに受信されると、ソリッドから紹介データが要求されて、データを入力後、指定された専用サーバーにデータを送信すると、届いたヤローの元へ、女のコから沢山メル友になってね、とかメールが来るってゆうんですよ。雑誌でそう紹介されているの、何度も読んだコトあるッス」
「そんなモンかねぇ……。個人データが勝手に流出しているだけにしか見えんが」

 佐々は最近の若い者は、と愚痴そうになったが、その一方でまだまだ自分も若いと思っているコトもあって、肩を竦めるのに留めた。確かに実際、この手のSPAMで問題になった話は聞いたコトもなく、何より所詮は他人のコトであった。佐々にしてみれば、警官である自分らは、事件が起きてから騒げばいいとしか思っていなかった。

「……よしゃ、これで俺の紹介データはオッケェ、あとは送信、と」

 店員はこれから待ち受ける幸せを期待し、にやけた顔をしてENTERキーを親指で押した。


「…………何か、俺のコト先輩って言われるの、ちょっと苦手だな」

 浩之は晶とマルチの充電作業の後かたづけを手伝いながら、困ったふうな顔で言った。

「俺のコトは藤田で良いよ。そっちが年上だし」
「じゃあ、藤田くんはあたしのコトはお姉さまと呼びなさいね」
「それはちょっと……」

 意地悪そうに笑って言う晶に、浩之もつられるように苦笑した。
 だが、そんな晶の笑みが急に強張った。
 同時に、笑っていたマルチの顔も強張った。

「……?どうした、二人とも?」

 突然、二人して窓の方を見たものだから、浩之は驚いた。

「……今、遠くで聞こえませんでした?」
「何がだよ、マルチ?」
「――――爆発音よ」

 晶は、そう呟いて唇を少し噛んだ。


 晶とマルチが反応を示したまさにその時、町田駅前派出所が突然大爆発を起こしていた。二人が見た方向こそ、まさしく町田駅方面であった。
 その破壊力は派出所とその周囲5メートルを確実に、無惨に破壊していた。
 派出所内に居た警官二名とあの幸せに浸っていた店員の肉体は、原形をとどめないまでに粉砕され、後の遺体識別では相当な時間が掛かるコトとなった。
 また、後の検視の結果、その爆発は小型プラスチック爆弾によるものと判明したものの、派出所を破壊したその爆発規模から計算し、比較した結果、派出所内に居た三名の肉体の破壊状況のほうが上回っていたコトが判った。それはまるで、3人の身体に直接爆弾が仕掛けられたような破壊の仕方だったという――――。

                 つづく

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