ToHeart if.「カスタム双子・ハーフ&ハーフ」第8話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:4月24日(火)02時16分
【警告!】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクター(ボツキャラ含む)を使用しています。「ToHeartVisualFunBook」(発行・メディアワークス)がお手元にありましたら、「原型少女」のページを参照願います。
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【承前】

 電車は、都把沙が降りるべき成瀬駅に着いた。
 扉が開かれたが、都把沙は浩之の胸から離れようとはしなかった。
 正直、浩之も都把沙を手放したくなった。もう少し――いや、このままずうった。

「…………?」

 浩之は目で訊いた。
 都把沙は、何も言わず、こくん、と頷いた。
 同時に発車のベルが鳴った。

 町田に戻った浩之は、公衆電話から志保の家に電話している都把沙を待った。
 本音を言うと、志保に借りを作りたくはないし、もっと他の言い訳はないかと考えたが、そわそわしていた浩之にはそれを考える余裕が無かった。恐らく、週明けの学校で志保に色々嫌味を言われるだろう。覚悟したつもりだが、やっぱり恥ずかしかった。
 それと同時に、壬早樹に少し後ろめたさもあった。
 壬早樹に惹かれている自分を偽っている。そして、都把沙と一夜を伴にするコトで、壬早樹を見捨ててしまうような、そんな昏い気分だった。
 そんな、迷っている時だった。
 公衆電話のほうにいる都把沙が、悲鳴のような声を上げて驚いた。

「…………うん、判った」

 呆然とした顔で受話器を降ろした都把沙は、やがて酷く狼狽した顔で浩之のほうを向いた。

「……どうしたの?」
「…………志保の家に、私が電話を掛けるだいぶ前に、壬早樹ちゃんから電話があって……私が志保の家にお泊まりするってアリバイ作って、って…………」
「壬早樹が?」

 これには浩之も驚いた。だが直ぐに、照れくさそうに苦笑してみせ、

「……まったく、あいつめ、気ぃ利かせやがって…………」
「…………違う」

 浩之と対照的に、都把沙の顔は見る見るうちに不安で曇っていた。

「え?だって、……その、都把沙ちゃんの今の心情を、壬早樹もリアルタイムで感じ取れるんだろ?て、そうなると都把沙ちゃんはそれ知ってて――」

 不思議がる浩之に、都把沙は激しく首を横に振った。

「――――違うのっ!そんなコトしてたなんて、私知らない!――識(き)こえないの、壬早樹ちゃんの心がっ!」
「え……?」
「私――舞い上がってたから、今まで気付かなかった――――さっきから、壬早樹ちゃんの声が識こえないの――――何で――――何でっ!?」
「お、おちつけ、都把沙ちゃん?!どういうコトだ、壬早樹の心が判らないって――?」
「……やだ…………やだよ…………!」

 都把沙は、浩之の両腕を掴み、青ざめた顔で戦慄いた。

「…………壬早樹ちゃん…………やだよ…………どこ……行ったの?」
「落ち着くんだ、都把沙ちゃん……!」
「まさか…………壬早樹ちゃん、ショックで…………やだ、私、嫌なコト考えてる」
「落ち着け、都把沙っ!」

 浩之に怒鳴られて、都把沙ははっと我に返った。だが怒鳴られたコトより、浩之が自分の名前を初めて呼び捨てで呼んだコトに驚いたのであった。

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    ToHeart if.『カスタム双子・ハーフ&ハーフ
            = make it with someone. =』

                第8話

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「………………藤田くん?」
「落ち着くんだ――」

 そこでようやく都把沙は、浩之も震えているコトに気付いた。あるいは、自分以上に怯えているのかも知れない。

「――大丈夫だ。あいつはそんな早まったコトはしない。――落ち着いて、壬早樹の心をもっと良く感じてみるんだ」
「でも――さっきから――――こんなコト無かった――生まれてからずうっと、私と壬早樹ちゃんは心が繋がっていたから、どんなに離れていても判っていたのに――――」

 動揺のあまり、都把沙は掴んでいた浩之の腕を離し、その両手を胸元に引き寄せて掌を見つめた。怯えているようであった。まるで償いきれない咎を犯したものを見るような目で。

「……私が…………藤田くんを壬早樹ちゃんから取ったから……壬早樹ちゃんが私を拒んでいる――――」
「だからっ!」

 浩之は一喝すると、震える都把沙の右手を掴んだ。

「――――?」
「――壬早樹を探そう」
「で、でも――私、壬早樹ちゃんが何処にいるかなんて判らない――心が識こえないから――」
「じゃあ――」

 そう言って浩之は、自分が掴んでいる都把沙の右手を都把沙に差し出し、

「――俺も、一緒に壬早樹の心を識いてやる」
「――――」

 都把沙は唖然となった。
 暫し、沈黙が流れた。
 やがて都把沙は気付いた。自分の右手を掴んでいる浩之の手から感じる、温かく強い心を。――まるで壬早樹のような――

「…………?!」

 その時だった。

「――――識こえた」
「都把沙ちゃん……?」

 浩之は、急に上がった都把沙の顔が閃いていたコトに気付いた。
 都把沙は、ある方向を見つめていた。

「――――あっちか」

 都把沙は頷いた。

「判った。――追おう」


 見慣れた街並みが広がっていた。

「…………俺ん家の近くだな――あっ?」

 不意に、浩之の頬に冷たいものが当たった。

「…………雨だ」

 仰いだそこには、墨色というより灰色に近い色の世界が拡がっていた。ようやく雨が降り始めたのだ。

「拙いな。――一度俺ン家行って傘取ってこよう」

 浩之の家に着くと、浩之は合い鍵で玄関の扉を開けた。

「……やっぱり親父たち帰って来ていなかった」
「?ご両親は…………?」

 都把沙が不思議そうに訊くと、浩之は苦笑しながら、

「共働きで忙しい仕事抱えていてさ、殆ど家に帰ってこない。今日も会社に泊まりか、会社の近くにウィークリーマンション借りているから、そこにいるのさ」
「そうなんだ……」
「そんなコトより傘だ。あいつ、傘なんて持っていないだろうし、――その前に家に掛けてみなよ。家に帰っていると期待したいところだが、都把沙ちゃんがこの近くで感じたなら戻ってはいないだろうけど、とりあえず親御さんに今夜の件だけでも言っておかないと……」
「……うん。電話、お借りします」

 頷いた都把沙は、玄関を上がると、自宅へ電話を掛けた。
 ふと、浩之は外を見た。雨足は急に激しくなり、あと数分遅れたらすっかり濡れ鼠になっていたコトだろう。

「マズイなぁ。はやく壬早樹探しに行かなきゃな。さっさと傘を…………?」

 と、洗濯場に置いてある傘を取りに行こうと玄関を上がろうとしたその時――。

「…………まさか」

 浩之は急に向きを変え、玄関を出た。
 そして道路のほうへ出ると、左右を見回し出した。
 右の奥、20メートルほど離れた所に、街路灯があった。
 その細い垂直の陰の向こうに居る、見覚えのある姿を浩之は見つけた。

「――壬早樹か」

 呼ばれた途端、街路灯の陰にいた人影が走り出そうとした。

「待て、壬早樹!」

 もう一度、今度は怒鳴って言うと、人影は驚いたようにその場に立ちすくんだ。
 結局、壬早樹は駆け出した浩之に追い付かれてしまった。
 都把沙と同じ格好をしていた壬早樹は、傘も差さずに雨でずぶ濡れになっていた。

「……やだなぁ、浩之。都把沙ちゃん、放っておいてボクのトコ来るなんて……」
「バカヤロウ……!」

 浩之は呆れたふうに言うと、着ていた春物のジャンパーを、ずぶ濡れの壬早樹の頭から被せた。

「……風邪ひいたらどうする気だ?」
「……浩之だってこのままだとずぶ濡れだよ」
「ああ。だから、早く俺ン家入れ」

 叱っているような口調だったが、壬早樹は浩之は決して怒っていないコトは判っていた。

「……ゴメンね」
「俺は良い。心配させた都把沙ちゃんに謝れよ」

 浩之がそう言うと、壬早樹は黙り込んだ。
 浩之に連れ添われて、浩之の家の玄関前に着くと、ようやく壬早樹は口を開いた。

「……傘、貸して」
「?」
「都把沙ちゃん、来てるんでしょ?だからボク、帰るね――」
「ダメだ」

 浩之は憮然とした顔で、壬早樹に被せていたジャンパーを剥いだ。

「すっかりずぶ濡れじゃないか。このまま帰ったら絶対風邪ひく。俺ン家で風呂入って行け。乾燥機もあるから暖まっている間に服も乾くだろうし」
「でも…………」
「ダ・メ」

 そう言って浩之は壬早樹を睨んだ。
 だが、壬早樹は臆するコト無く、しかしいつもの能天気さは微塵もない弱々しい笑顔を作ってみせた。

「…………やだなぁ。折角、今夜は都把沙ちゃんと一緒にいられるようにしてあげるのに〜〜」
「――何でそんなコトをするんだ?」
「え……?」
「壬早樹。お前、それで良いのか?」
「…………」
「――お前、俺が好きなんだろ?」

 浩之は不安げに訊いた。
 そんな浩之を見て、壬早樹は困ったふうに笑い、

「……都把沙ちゃん、バラしちゃダメだよ」
「そうでなくって――何でお前、そんなにポジティブで居られるだよ?」
「え?――あ、ああ。…………だってみんな嫌いに慣れないから」
「何かひとつでも嫌ったら、いつか自分が嫌いになるからか?」

 浩之がそう訊いた途端、壬早樹は目を丸めた。
 驚いている辺りから、どうやら先に帰った頃辺りから都把沙と心がリンクしていなかったようであった。
 壬早樹は、見透かされたコトに驚いたが、誤魔化そうと無理に笑った。

「……そんなコトないよ」
「じゃあ、なんで――」
「だってボクには、もう一人もボクが居るから」
「――――」

 都把沙のコトだ、と浩之は悟った。

「もう一人のボクが幸せでいてくれたら、ボクも幸せになれる」
「――――」

 悟ったのに、浩之はまだ絶句したままであった。

「……だってボクは、こんな中途半端な身体だから、――男でも女でも幸せにはなれないし」
「――――」

 浩之は何も言えなかった。掛ける言葉が思い付かないのである。

「…………もしボクが一人だったら、ダメになっていたかも。…………でも、ボクには、同じ顔の、同じ姿の、そして同じこころを持っている都把沙ちゃんが居たから、――こんなボクが幸せになる唯一の方法が、都把沙ちゃんの幸せなんだ」

 浩之はようやく口を開けた。だが、声は出なかった。
 自分の幸せの在り方を語る壬早樹の笑顔が、浩之の言葉を失わせていた。

「だから、ボクは都把沙ちゃんが幸せになる為なら、いくらでも泥を被る覚悟は出来ている。それをボクはお兄さんの役目だと思っていたけど、もうそんな次元じゃない所まで来ていた。心がさ――都把沙ちゃんとボクは心が同じだから――」
「…………それで」

 ようやく浩之は声が出せた。

「え……?」
「…………それでお前は、お前が俺を好きになった心で、都把沙ちゃんが俺のコトを好きになったから…………幸せになる権利を妹に譲ったって言うのか?」
「――――」

 今度は壬早樹が絶句する番だった。

「――――どうしてっ!?」

 浩之は悲鳴のような声で訊くと、壬早樹の両肩を横から鷲掴みにした。

「――お前は自分が幸せになれないと思っちまうんだよっ!?そんなに自分が幸せになるのが怖いのかっ?――嫌なのかっ?!」

 最後の一言は、決定的だった。
 浩之はそこで初めて、壬早樹が涙をこぼす姿を見た。

「…………だって…………ボクは…………ボクは…………!」
「壬早樹…………」
「…………ボクは不完全な…………?!」

 そこまで言いかけた時だった。
 壬早樹は、自分の左手を掴んだ第三者の存在に気付いた。

「都把沙ちゃん…………?」

 呆気にとられる壬早樹に、いつの間にか浩之の横に立っていた都把沙が微笑んでみせた。

「…………そんなコトない。私にとって、壬早樹ちゃんはお兄さんやお姉さんの存在どころか、もう一人の私そのものだから――――私が幸せになるなら、壬早樹ちゃんも幸せになってくれなきゃ嫌だよ…………!」
「――――――」

 壬早樹は声を無くし、口をぱくぱくとさせた。何かを呟いているように見える。
 浩之と都把沙は、その15文字が判った。音ではなく、その想いが、それぞれが壬早樹に触れている手の先から識こえていた。

「――――――AH!!」

 そのまま壬早樹は、浩之の胸に飛び込み、わぁわぁ、と泣きじゃくった。


 ……ボクも幸せになって良いんだね。


               つづく