【警告!】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクター(ボツキャラ含む)を使用しています。「ToHeartVisualFunBook」(発行・メディアワークス)がお手元にありましたら、「原型少女」のページを参照願います。
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【承前】
「――――壬早樹ちゃん――――本当にそれで良いの?!」
ベンチから立ち上がっていた都把沙が、酷く辛く哀しそうな顔で壬早樹を見据えて怒鳴った。
「――――本当に――壬早樹ちゃんは、何でもかんでも受け入れられるのっ?!」
壬早樹は、半べそで問う都把沙を黙ってみていた。
浩之にはそれが戸惑っているように見えた。都把沙に怒られるようなコトをしても、こんなふうに何も言えずにいる壬早樹は今まで見たコトが無かったし、そして何より、都把沙がこんなふうに――哀しそうな顔で訊く姿は初めて見た。それは恐らく壬早樹も同じに違いない。だからこんなふうに――
「……うん」
壬早樹は微笑んだ。
「……ボクは気にしないタチだし」
「――ば、莫迦いってんじねぇよ」
溜まらず浩之が口を挟んだ。
「――壬早樹、お前、お人好しにも程があるぞ。そんなの、前向きでも何でも無ぇ!」
「……仕様がないよ」
そう言って都把沙は肩を竦めてみせる。
「……ボクは、嫌われても、他の人を嫌うコトが出来ないから――隠したって、都把沙ちゃんなら判るよね?」
「――――――」
訊かれて、都把沙は困惑の色を浮かべた。
「……ボクは、ボクみたいな変なヤツを煙たがる人が居ても仕方ないと思ってる。だってマトモじゃないからね」
「壬早樹――」
「ううん、浩之、良いの。これは仕方のないコトだから――――」
「――仕方なく、ない!」
都把沙は叫んだ。
「――――壬早樹ちゃんは、そんなに卑下しなくたっていいんだよ!私、壬早樹ちゃんと心が繋がっているから、壬早樹ちゃんがどんな酷いコト言われたって、どんな酷いコトされたって、それが直ぐ判るから――!」
そこまで言って、都把沙は中学時代の同窓生を睨み付けた。
朝倉と栗橋と呼ばれたそのカップルは、都把沙に睨み付けられて酷く戸惑っていた。
「や、弥澄――」
栗橋という名前らしいカップルの女は、こんな都把沙を見るのが初めてなのか、頬を引きつらせて狼狽していた。都把沙はやはり中学時代も大人しかったらしい。
だが、それも僅かな間だけであった。すうっ、と都把沙の怒りが引いたのである。そして、都把沙は壬早樹の方を見て、やりきれない顔をした。
「…………どうしてなの?――――どうして壬早樹ちゃんは、そんなに他の人を嫌いになれないの…………?」
同じ顔同士の問答。まるで自問自答しているような錯覚を、それを見ている者に与えた。
答えた顔は、困ったふうでいて、しかし当然のような顔で頷いてみせた。
「…………判るでしょ?ボク、嫌われているから――――」
壬早樹がそこまで言うと、都把沙はどこか諦めたような顔になっていた。その問答は恐らく、この兄妹にはかつて何度も繰り返されたコトなのかも知れない。
返ってくる答えは、いつも同じなのだ。
「…………嫌われるコトが、どれだけ辛くて哀しいコトか、知っているから、……何も嫌いになれないんだ」
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ToHeart if.『カスタム双子・ハーフ&ハーフ
= make it with someone. =』
第7話
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それを聞いて浩之は目眩を覚えた。
同時に、壬早樹の過剰すぎるポジティブシンキングの源、いや、その正体に気付いた。
それこそが、壬早樹のアイディンティティ――
「…………あ、な、なんか湿った話になってきたね〜〜」
壬早樹は、当惑する周囲の空気を意識して、困ったふうに笑い、
「……ひ、浩之、ボク、先に帰るね〜〜」
「お、おい、何で――」
「都把沙ちゃん、少し気が立ってるから、落ち着かせてからお願い――じゃあ」
そう言って壬早樹はくるりと翻り、駅の方へ走っていってしまった。
「おい、壬早樹――――?」
慌てて追いかけようとした浩之だったが、それを都把沙が浩之の腕を取って引き留めた。
「都把沙ちゃん――」
「藤田くん…………壬早樹ちゃんを独りにしてあげて」
「…………」
都把沙の辛そうな顔を見て、浩之はその場に立ち止まった。そして置き去りにしてしまったやり切れない想いを、問題のカップルの方を睨み付けて晴らした。
カップルは、壬早樹たちのやりとりにまだ戸惑ったままだったが、浩之に睨まれてようやくその場から逃げるようにそそくさと去って行った。
昏い顔をする都把沙と、困惑する浩之だけが残された。
「…………御免なさい、藤田くん」
「……いや、いいよ、都把沙ちゃん。……俺なんかより、壬早樹のほうが辛いだろうし」
「…………」
都把沙は黙り込んでしまった。
浩之は、大きく深呼吸して落ち着かせてから訊いた。
「…………壬早樹、中学時代、苛められていたんだろ?」
「――――」
びくっ、と肩を震わす都把沙。それを見て、浩之は理解した。
「……そっか。…………どうしてこう…………!」
そこまで言うと、浩之はやり切れなさそうに唇を噛みしめた。
沈黙に時間が無駄に流れていった。二人は、先程まで座っていたベンチに再び腰掛けていた。
「…………壬早樹ちゃん、ね」
都把沙がようやく重い口を開いた。
「……中学時代からも、あんなふうに前向きに生きてきたんだよ。…………確かにみんなから苛められていたけど、でもそのコトで一度も相手の恨み言は言わなかったし、何より、逃げなかった。……だから、苛めていた人たちも気味悪がってイジメをやめて、ただ遠ざけるだけになったの……」
「じゃあ、イジメにある意味勝ったってワケか」
「それは違う……手を出さなくなっただけで、壬早樹ちゃんをみんなで無視し続けたの」
それを聞いた浩之は、忌々しそうな顔で後頭部を掻いた。
「…………で」
「……?」
「都把沙ちゃんに飛び火しなかったのか?」
壬早樹がイジメの対象だったと言うコトは、当然考えられるコトであった。浩之を余計に苛立たせていたのは、そこまで考えていたからである。
ところが、都把沙は首を横に振った。
「意外だなぁ……どうして?」
訊くと、都把沙は躊躇いがちに頷き、
「……壬早樹ちゃんが庇ってくれた」
「え?」
「最初の頃、壬早樹ちゃん苛めても効果無いからって、同じ顔の私に向けられそうになったコトがあったの。――でも、それを察した壬早樹ちゃんが、私を苛めてみせて――」
浩之は絶句した。イジメにあっているから、妹を苛める不出来な兄。それを見た周囲は、どちらに同情するか。
「…………だか……ら…………!」
いつしか、都把沙は俯き、涙を流していた。
「…………学校のみんな、どうしても壬早樹ちゃんを理解してくれないし、このままじゃ壬早樹ちゃん可哀想だから…………転校しようっていったけど、逃げたら負けだから、って…………何とか説得して、高校はあすこの人たちが知らない所に、って…………!」
都把沙の話に高ぶる自分に気付いた浩之は、大きく深呼吸して気を静めた。どういって都把沙を慰めてやればいいのか、浩之には判らなかった。
結局、都把沙が泣き止んで落ち着いたのはそれから小一時間を要した。
「……もう遅いし、帰ろう」
浩之がそう言うと、都把沙は、うん、と頷き、ベンチから腰を上げた。
駅のホームに着いた浩之と都把沙は、言葉を一度も交わさなかった。二人の周囲には、横浜アリーナで行われていたらしいアーティストのコンサート帰りの客が大勢いて騒がしいくらい活気があったが、二人だけが重い空気に支配されていた。
やがて、町田方面行きの横浜線の電車がホームに到着した。浩之と都把沙は人の流れに身を任せるように乗車した。
車内はちょっとしたラッシュアワーと化し、浩之と都把沙は、乗車口の反対側の扉のそばに押し込められた。丁度、都把沙が扉を背にして、浩之が向かい合わせに立つ姿勢だった。
向かい合った二人は、少し気恥ずかしくなって視線を逸らした。だが、都把沙が軽く唇を噛むと、ふぅ、と溜息を吐いて微笑んだ。
「…………藤田くん。双子って不思議な存在なの、知っている?」
「……?」
「双子って、意志疎通が出来るっていう話」
「ん…………、あ、雑学本で読んだコトがあるな。テレパシーみたいなのがあるって――でも、あれは一卵性だったと思うが」
都把沙は頷いた。
「…………受精した卵子が分裂の過程で、二つに分離してしまった為に誕生するのが一卵性の双子。だから遺伝子は100%一致して、顔も、そしてその行動も区別が付かないくらい共通。その所為か、離れた場所であっても、双子ならお互いの意志疎通が図れるっていう研究報告があるの」
「ああ。あれって、元々はひとつの存在なんだから、同一時間軸で考えているコトは一致してもおかしくないよなぁ。…………でも、それが――――」
不思議がった浩之だったが、その時、あるコトを思い出した。
『――――壬早樹ちゃんは、そんなに卑下しなくたっていいんだよ!私、壬早樹ちゃんと心が繋がっているから、壬早樹ちゃんがどんな酷いコト言われたって、どんな酷いコトされたって、それが直ぐ判るから――!』
「………………まさか?」
驚く浩之に、都把沙は頷いてみせた。
「…………壬早樹ちゃんと私は、心が繋がっているの。壬早樹ちゃんが考えているコトは、私にも何故か判ってしまうの」
「何と――――」
「……信じられないでしょ?二卵性双生児なのにね」
都把沙は、クスリ、とくすぐったそうに笑い、
「…………本当なの。だから――――――」
笑ったかと思えば、急にその笑みが曇った。
「…………だからなのかもしれない。壬早樹ちゃんが男なのに女らしいのは、女である私と同調している所為……」
「え……?でも、それは逆もまたしかりじゃ……?」
不思議がる浩之に、都把沙は首を横に振った。
「…………私たちの人格が女のコなのは、壬早樹ちゃんだからなの」
「?」
「壬早樹ちゃんは、決して否定出来ない――否定しないの」
「………………」
『…………嫌われるコトが、どれだけ辛くて哀しいコトか、知っているから、……何も嫌いになれないんだ』
浩之が気付いた、壬早樹のポジティブシンキングの正体。それは、決して振り向かない前向きな姿勢。そして目の前にあるモノが全てであるという頑なさである。
「……壬早樹ちゃんは、あんな身体に生まれたコトを哀しまない。そして、そんな身体に生んでしまったママやパパには、絶対恨み言を口にしない――考えもしないのよ――――ひとつでも何かを憎んだり、嫌いになったら――いつか、男でも女でもない自分も嫌いになっちゃうかもしれないからっ!それが怖いからっ!!」
悲鳴だった。周囲を気にして声を押し殺していたが、間違いなくそれは浩之の胸を哀しく打った。それはどちらの悲鳴でもあった。
だから、壬早樹は、前向きに笑うしかないのだ。
「――――だから、私とリンクする意識も否定しないから、女の私の意識が壬早樹ちゃんの意識と混ざっちゃって――――あ……!?」
がたん。電車が都把沙寄りに傾斜した。カーブに差し掛かったのだ。
その反動で、浩之は都把沙の頭を胸に抱く姿勢になってしまった。都把沙はちょっと驚くが、しかし、そっと両腕をその隙間に忍ばせ、浩之の胸にもたれる姿勢をとった。
浩之は少し気恥ずかしく感じたが、仕方ないか、と観念した。
「…………藤田くん」
「?」
浩之の胸の中で、都把沙が呼んだ。
「…………私ね、本当言うと、藤田くんを好きになったのは、壬早樹ちゃんの所為なの」
「へ?」
「…………最初に藤田くんのコト好きになったの、壬早樹ちゃんが先なの――それも、中学の時に」
「………………?」
浩之はきょとんとした。既にこの時点で、同性から好かれているという事実は、浩之の頭から消えていた。
「……中学時代、壬早樹ちゃん、こんなふうに満員電車の中に乗ったコトがあって、その時痴漢にあったの」
「え?」
「……その時は夜だった。――私は判るの。壬早樹ちゃんの心とリンクしているから、どこでどんなコトがあったか判るの。――一人で買い物に行って、帰りが遅くなって、帰宅のラッシュに引っかかっちゃって…………痴漢にお尻触られて困っていた時、そこに藤田くんが居たの」
「え…………?」
「憶えていないかしら?」
戸惑う浩之に、都把沙はその時の日時を告げた。
言われて、浩之は何となくだが、中学一年生の時、雅史と一緒に横浜へ買い物に行った時、雅史が痴漢の犯行現場に気付いたので、痴漢に嫌がらせをしたコトを思い出した。痴漢に遭っていた少女の貌は、ラッシュの中だったので全くと言っていいほど見えていなかった。思い出せたのは、その翌日があかりの誕生日だったからだ。買い物は、あかりへの贈り物であった。今の浩之には遠い想い出の様な気がした。
「…………もしかして、あん時か。でも、俺、顔憶えていない――」
「次の駅で、お礼も言わずに降りたら。……恥ずかしかったから――」
赤面する都把沙は、当事者のような言い訳をしてみせた。
「…………でも、私は憶えていた。ほんの少しだけど、藤田くんの顔が見えたの。……痴漢には怖そうな顔をしていたけど、痴漢を止めてくれた時の笑顔が、とても優しそうだったから」
「――――――」
これには浩之も赤面した。
「…………でも、それは壬早樹ちゃんの記憶。――私は、あったコトもない人に、都把沙ちゃんの意識を通じて――――恋をした」
がたん。電車がまた大きく揺れた。
浩之は都把沙の頭を胸で抱く姿勢を維持してみせた。
黙り込んでいた浩之は、考えていた。見えていないのは本当は嘘で、あの時自分は壬早樹に恋していたのでは、と。だからあの朝、逢っただけで一目惚れしたのではないのか。
そして、今の自分はどちらに惚れているのだろうか、と。
都把沙と壬早樹。同じ顔の、可憐な美少女。
――しかし壬早樹は、性別上は男。
……そんな言い訳で済ます気か?
浩之の中で、何かが問うた。
藤田浩之。お前の本心は、どうなのだ?
お淑やかでやや引っ込み思案な、都把沙。
お茶目で前向きに強い心を持つ、壬早樹。
浩之には、どうしても比べるコトは出来なかった。今の浩之には、壬早樹は立派な少女であった。そしてこの上なく強い、綺麗な心の持ち主でもあった。
――過ぎった結論。
二股、八方美人。良い意味で使われる言葉ではない。
(……俺は、身勝手でわがままな男なのかも知れない。――でも)
浩之は、そっと都把沙を抱きしめた。
都把沙は一瞬驚き、きゃっ、とか細い可愛らしい声で悲鳴を上げるが、じっと自分の顔を見つめる浩之をみて、不思議なくらい心が落ち着き出した。
それでも抵抗がないワケではない。――壬早樹のコトだった。しかし――――。
都把沙と浩之は、どちらからともなく顔を寄せ合い、そっと口づけを交わした。
つづく