ToHeart if.「カスタム双子・ハーフ&ハーフ」第6話 投稿者:ARM(1475) 投稿日:4月22日(日)00時31分
【警告!】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクター(ボツキャラ含む)を使用しています。「ToHeartVisualFunBook」(発行・メディアワークス)がお手元にありましたら、「原型少女」のページを参照願います。
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【承前】

 浩之は、あれから弥澄兄妹と休日デートを重ねるようになった。
 壬早樹が、デートのスケジュールを立てて、浩之と都把沙がそれに従うというパターンはそうは続かず、梅雨入りした頃には、壬早樹が立てた案に、浩之が意見して行き先が決まるという具合になっていた。
 都把沙はおおむねそれに従うという形で、自分からはどこへ行きたいというような提案は無かった。それを浩之は始め、気にはしていたのだが、自分たちの提案を嫌がっている様子はなかったので、いつしか気にしなくなっていった。
 一応の兄が付き添うデートを重ねる二人。端から見ると浩之が双子の美少女とまとめてつき合っている様にしか見えない、何とも不思議な三角関係は、意外なまでにバランスが取れているようで、仲がこじれるようなコトは兆候すら見えなかった。
 それは、都把沙と壬早樹の二卵性双生児の兄妹が、外見以外は全くと言って良いくらい好対照であった為なのであろう。大人しい都把沙を、行動的な壬早樹が引っ張っていく。今までこの二人は、それが当然のようにそうやって育ってきたのだ。
 ここで、疑問が生じる。
 それは、どちらかが相手を否定したコトはないのか、と。
 主義。
 主張。
 容姿。
 そして、行動。
 人間と言う生き物は、理性を持つが故に、種ではなく個を優先するコトがある、唯一の利己的な生き物である。それ故に、寛容こそあっても、決して他人の全てを受け入れられない。。
 それは、同じ容貌をする、仲の良い双子のこの兄妹でも当てはまるハズだろう。
 しかし、それがもし――

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    ToHeart if.『カスタム双子・ハーフ&ハーフ
            = make it with someone. =』

                第6話

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「浩之〜〜♪」

 空には鬱陶しいばかりの鉛色が拡がっているというのに、浩之に会いに行く壬早樹の能天気ぶりには全く関係がないらしい。今日も恐らくは、週末の予定を打ち合わせに来たのであろう。

「……おいおい、今週末はヤバいんじゃないのか?もう梅雨入りしたし」
「雨降っても、ダーイジョーブ!今度はさ、新横浜のカレー博物館に行こうよ♪」
「カレー博物館、って……この間ゆったヤツか?」
「そー♪今、世界のカレーバイキングやってるから〜〜♪」
「世界のカレーでバイキング……ってあんた、あんなモン精々、日本かインドぐらいしかねーよ(笑)」
「いや〜〜、それが凄いの。国内の有名パン屋のカレーパンとか和風カレーうどん、イロモノ系ではカレー寿司とかカレーフラッペとか」
「待て待て待て(汗)何じゃそのイロモノ系は(笑)」
「話では、とりあえず作ってみた〜〜ってヤツらしいね」
「……それはそれで別の意味で一見の価値はあるが…………でも、都把沙ちゃんはいいのか?」
「何を今更。ボクも都把沙ちゃんもカレー星人だからムォーマンタイ」
「はいはい……」

 呆れる浩之だったが、断る理由も無かった。
 弥澄兄妹と知り合い、つき合いながら、浩之はこの双子のコトを彼なりに分析してきた。
 果たして、第一印象通り、都把沙は大人しく控えめだが理知的で文句無いお嬢様、壬早樹は陽気で能天気、勢いで物事を進めたがるが、妹には弱い女のコ――

(…………違う。アレは男だって……(汗))

 何度もそう思った浩之だったが、最近では、壬早樹を女のコ扱いするようになっていた。無理に壬早樹を男と思うより、変声していない声、仕草そして容貌に見た目通りの女のコと思った方が精神的に楽なのである。志保たちがそうしている理由がまさしくそれなのだろう、と実感するようになった浩之だったが、何分、一度はその容貌に一目惚れししまったコトもあって、別の意味で辛くもなっていた。
 もっとも、色恋沙汰を抜きにして、友達としてつき合う分には、浩之には申し分ない存在である。気さくで気取らず、本音で言ってくる。しかしそれはポジティブシンキングなので嫌味ならないというのが壬早樹の魅力であった。壬早樹の求心力の秘密はそこにあるのであろう。
 ――そこで、浩之はいつも疑問が生じていた。

(…………あすこまでポジティブシンキングになれるのって、凄いが……どーしたって……)

 志保の話によれば、壬早樹は中学時代にイジメにあっていたらしいという。
 イジメに関しては、浩之はクラスメートの保科智子が同じクラスメートからイジメに遭っていたのを知っており、その解決に一役買ったコトがあった。智子に対するイジメでは、智子が周囲に壁を作っていた為に反感を買ってしまったコトに端を発したのだが、幸いにして直接的な暴力は無かった。
 だが、壬早樹の場合はどうだったのだろうか。流石にそのコトを壬早樹に訊くワケにはいかず、かといって都把沙にも聞けない。コトの大小を問わず、傷口を開くような真似だけは避けねばなるまい。そもそも、それを今知ったところで、浩之にも壬早樹たちにも何のメリットもない。時として、知らないままで居た方がお互い幸せなモノもあるのだ。
 だがもし、浩之がそれを知らねばならない場面が訪れた時には――――。


 カレー博物館でのデート当日。
 梅雨空は幸いにして鉛色を維持するのみで雨が降る気配はなかった。町田駅で弥澄兄妹と落ち合った浩之は、横浜線で新横浜へ向かった。
 新横浜は、町田からは都心へ出るよりは近いが、それでも遠出になる場所に位置する繁華街で、以前何度かあかりや志保と一緒に遊びに来たことがあったが、その時はこの街にある特殊なテーマパークである「ラーメン博物館」や、今回の目的地である「カレー博物館」には訪れていなかった。

「…………志保のやつ、またデマ言いやがった」
「?何かゆったん?」

 カレー博物館の前に到着するなり、呆れたふうに言う浩之をみて、壬早樹が不思議そうに訊く。すると、浩之は肩を竦めてみせ、

「入り口にカレクックとレインボーマンの像があるって言ったのさ」
「…………マヂで信じたワケ?」
「いいや」

 浩之が苦笑すると、都把沙はつられるように破顔した。
 三人が入館すると、館内には国内海外の有名カレー店が軒並んでいた。

「……博物館というよりは、カレー屋さんのデパートみたいね」
「博物館って言うくらいだから、ショーケースにカレーでも並んでいるのかと思ったのに」
「壬早樹はそんなの見て楽しいか?」

 浩之が意地悪そうに訊くと、壬早樹は、ふふん、と言い、

「いやいや、浩之氏、ロウ製の見本品は、それはそれで凄いのよ。ロウで出来たサンプルって日本のヤツは芸術の域にあってね。インテリアかアクセサリーみたいに思っているのかしら、外国人客の中にはあれ目当てに浅草にある業務用品の卸売店に訪問してお土産に買っていくのもいるって」
「まぁ、確かにあのサンプル品って凄いよなぁ。子供の時、レストランなんかの店頭にある見本品を見てさ、あれ、凄く美味そうに見えたんだ。でさ、親に駄々こねてレストランに入ったはいいが、いざ実際の品が出てくると、それが喰えるシロモノのハズなのに、どーしてもサンプル品みたいに美味そうに見えなくって、表のあれがいいってまた駄々こねて……」
「ホント、不思議だよね〜〜。――あ」

 突然、壬早樹が閃いた。何かを思いだした様子である。そして急に都把沙のほうをみて、意地悪そうに笑い、

「…………都把沙ちゃぁん」
「な、なに?(汗)」
「…………むっふ〜〜♪やっぱり都把沙ちゃんて、浩之と似たもの同士〜〜♪」
「え、ええ?(汗)」
「だって、都把沙ちゃん、昔、パパたちとレストランで食事した時、都把沙ちゃん、見本品のケーキのほうが美味そうだからあっちを食べさせてぇ、って駄々こねたコトがあった〜〜♪」
「あ………………!?」
「え、マヂ?」

 驚く浩之の前で、都把沙の顔が見る見るうちに赤くなっていく。どうやら都把沙もそのコトを思い出してしまったらしい。

「や〜〜い、サンプル好きカップル〜〜♪」
「お、おめーな!(笑)」
「み、壬早樹ちゃん!」

 溜まらず浩之と都把沙は怒鳴るが、壬早樹ははしゃいだまま、その場から逃げ出していった。

「……まったく、あいつは」

 相変わらずの壬早樹のやんちゃぶりに、浩之はすっかり呆れるが、それでいて怒る気が全くしない。これが壬早樹の魅力なのだ。

「……都把沙ちゃん、別に気にしなくたっていいからね……?」

 浩之が呆れながら、都把沙のフォローをしようとした時だった。
 都把沙は俯いていた。既にその顔からは気恥ずかしさの朱色は取れていた。

「…………藤田くん」
「…………?」

 徐に浩之に向けられた都把沙の神妙な面もちは、浩之に不安を過ぎらせた。

「…………見かけと中身が違うコト、って本当にいけないコトなのかな?」
「…………?」

 浩之は戸惑った。

「…………………………いや、確かにサンプル品って食べられたら良いけど……」
「…………」
「…………そんなコトじゃないか」

 都把沙は、こくん、と頷いた。
 正直、浩之がボケたのはワザとであった。浩之は、都把沙が何を指して言っているのか、判っていた。
 都把沙は、はぁ、と静かに溜息を吐き、

「…………まるで、私たちみたい」
「?」

 都把沙のその呟きが意味するコトは、浩之には理解出来なかった。何故、複数形なのか。そこに浩之が含まれているのか、それとも…………?
 そんな疑念が、浩之の中で押さえていた、燻っていた想いを急速に浮かび上がらせる原因となった。

「……都把沙ちゃん。…………壬早樹って、中学の…………」
「――おーい、浩之、都把沙ちゃぁん!早くカレーバイキングに行こうよぉ〜〜♪」

 不意に、壬早樹の能天気な呼び声が聞こえ、浩之と都把沙は、はっ、となった。そしてどちらからともなく顔を合わせると、ほっ、と安堵の息を吐いた。

「……ほっとくと煩そうだ、俺たちの保護者さんは」

 浩之が肩を竦めて苦笑すると、都把沙は、くすっ、と笑みをこぼし、頷いた。


「――あ〜〜、お腹一杯ぃ〜〜♪」

 壬早樹が一杯になったお腹をさすりながら、新横浜駅の近くにある公園のベンチに腰を下ろして反っくり返っていた。
 浩之たちが昼過ぎから始めたカレーバイキングも、必要以上に食欲を満たした頃には夕刻を回っていた。香辛料をたっぷり使った料理というのは不思議なモノで、いくらでもお腹に入ってしまう。しかしまさか、カレー星人と自称していた弥澄兄妹が、浩之より一回り小さい体格であるのも関わらず、食した量は浩之のそれと同じであった。

「……いやぁ、あんなに食べるとは思わなかったぞ俺」

 浩之が感心すると、壬早樹の隣りに座っていた都把沙が頬を赤くして恥ずかしげに俯いた。

「いやいや、うちではあんなもんじゃないよ〜〜♪知ってる?大根の味噌汁を一晩寝かして、そこにカレーの固形ルーとバターを入れると、まるで寝かしたみたいにもの凄い旨いカレーが出来るんだよ〜〜」
「あ、それ、TVで観たコトある」
「じゃあ、同じ番組観たんだね〜〜。あの放送の後、試してみてさ、二人して鍋ひとつ平らげたんだよ〜〜♪」
「それは凄い……」
「……壬早樹ちゃん、もう……!」

 都把沙がカレーに関してこんな大食いなキャラとは思いもしなかった浩之の驚きぶりは、都把沙には恥ずかしいばかりであった。

「恥ずかしがっても無駄無駄無駄〜〜♪もう浩之にはボクらカレー星人だってコト、バレちやってるんだからね〜〜♪」
「もう、勘弁して……!」

 溜まらず顔を両手で覆う都把沙。恋と好物を秤に掛け、後者を選んでしまい恥ずかしがるその仕草は、端で見ている浩之にはくすぐったいばかりである。ますます都把沙に惹かれてしまう浩之であった。

「さて、もう時間も遅いし、帰ろうか――――」

 と、壬早樹が切り出してベンチからゆっくりと立ち上がり、大きく伸びをしたその時だった。
 浩之の視界に、見覚えのある人物が飛び込んだ。

「「…………あ」」

 その人物は、壬早樹と都把沙も知っていた人物であった。
 弥澄兄妹と初めてデートをしたルミネで遭遇した、あのカップル。恐らくは、弥澄姉妹が中学時代に通っていた私立の中学校の同窓生――。

「――げっ、弥澄?!」

 男の方が言った。まるで腫れ物に触ったかのように。

「……また遭っちゃったよ」

 女の方が言った。またあの時のように、嫌悪感も露わに。

「や、やぁ」

 壬早樹が挨拶した。またあの時のように、愛想良く。

「「…………」」

 すると、カップルの女のほうが壬早樹を胡散臭そうにじろじろ見回し、

「…………不断から女の格好してんのぉ、あんた?」
「ま、まぁ……」

 壬早樹は小さく頷いたが、気圧されているのはあきらかであった。
 そして、カップルの女は、

「……パッカじゃない?変態?」

 と言った。
 その瞬間、浩之は腰掛けていたベンチから飛び出すように立ち上がり、駆け足で壬早樹の隣りに立った。

「…………な、何?」

 突然現れて、無言で威圧する浩之にカップルは戸惑った。

「何だよ、お前……?」
「……バカ、って何だよ?」
「はぁ?」

 気後れしていたカップルの男の方がようやく気を取り直し、連れの彼女を庇うように一歩前に出た。

「何いってんだ、お前?」
「他人をバカ呼ばわり出来るほど、おめーらエライのか、って訊いているんだよ?」
「な――――」

 カップルの男は絶句した。

「壬早樹のコトを良くも知らないで、良くも平気で偉ぶるモンだ、と訊いてンだよ……!」

 浩之の米噛みがピクピクと動く。今にも爆発寸前であった。
 そんな浩之の様子から、ようやくカップルの男は浩之と壬早樹の関係に気付く。そして、へぇ、と感心してみせると、嘲笑う様に口元を横に広げた。

「……なんだ、お前、この変態につき合ってるのか?」
「変態――変態っていうかっ!!」

 てっきり殴りかかるモノと思った壬早樹は、慌てて浩之を止めようとしたが、意外にも浩之はカップルを一喝するだけであった。これにはカップルの方も呆気にとられてしまった。
 浩之の怒鳴り声は、公園内一杯に響き渡った。声が大きいのは、溜め込んでいた思いが一気に堰を切ってしまった為なのかも知れない。

「――壬早樹はなっ!好きこのんでこんな身体に生まれてきたワケじゃないんだぞっ!――中身は立派な女のコだって言うのにっ!身体がそれに伴わなかっただけなのにっ!――それでもこいつは、それを後悔も忌み嫌いもせず――――それが自分なんだと認めているのにっ!!」
「やめて、浩之っ!」

 必死に、何か弾けそうな想いをギリギリ押さえながら怒鳴る浩之を我に返らせたのは、隣で悲鳴のような声で止めた壬早樹だった。

「いいんだって!――人間、誰だってさ、ひとつくらいは、どうしても受け入れられない、許せないモノがあるんだし、別にボクはみんなから好かれたいとは思っていないし…………」

 そう言って壬早樹は浩之に苦笑してみせる。
 それは、今まで、どんな場面でも能天気に笑ってみせた壬早樹から一度も見たコトの無かった――弱々しい笑顔であった。

「――ゴメン、朝倉くん、栗原さん。折角のデートに水指しちゃって…………浩之、都把沙、帰ろ――――」

 あくまでも円満に解決しようとする壬早樹だった。朝倉と栗原と呼ばれた、かつての壬早樹の同窓生は、コロコロ変わる状況に付いていけず、呆然としていた。
 だが、それがきっかけだったのかも知れない。

「――――壬早樹ちゃん――――本当にそれで良いの?!」

 ベンチから立ち上がっていた都把沙が、酷く辛く哀しそうな顔で壬早樹を見据えて怒鳴った。

「――――本当に――壬早樹ちゃんは、何でもかんでも受け入れられるのっ?!」

 半べそで、兄を見据えて訴える様に訊く都把沙を目の当たりにして、浩之は暫し呆然となった。その問いこそが、浩之の中で燻っていたものであった。

               つづく

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