【警告!】この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクター(ボツキャラ含む)を使用しています。「ToHeartVisualFunBook」(発行・メディアワークス)がお手元にありましたら、「原型少女」のページを参照願います。
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【承前】
浩之たちは日が暮れる頃に、弥澄兄妹とヤクドナルドの前で別れた。
「ボクらん家、志保と同じ成瀬だから。――浩之、今日はゴチ〜〜」
結局、浩之は学校で翼を泣かせてしまったコトと、先程壬早樹の胸を鷲掴みにしてしまった罰として、弥澄兄妹のヤクドの代金を立て替えるコトになってしまった。平日のバリューセットだったのが僥倖であったが、それでも家庭の事情で倹約を余儀なくされている浩之には手痛い額であった。
「とほー。今日は晩飯抜きだなぁ……」
「仕方ないなぁ。浩之ちゃん、今日、うちで食べてく?」
「……お願いします、あかり様」
情けない声で項垂れる浩之をみて、志保や壬早樹は意地悪そうにくすくす笑った。
その横で、浩之を申し訳なさそうに見ている都把沙がいた。
何か言いたげな様子であった。しかし、浩之たちの和んだ雰囲気にどうしても打ち解けないらしく、それを口に出来ずにいた。
そんな都把沙の様子に気付いていた者が居た。
それは、志保と一緒に笑っていた壬早樹であった。壬早樹は、笑いながらしかしその目は、怖ず怖ずとしている都把沙の様子をずうっと気にかけていたのである。
(…………まったく)
まるで、都把沙のそんな心が読めているかのように――。
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ToHeart if.『カスタム双子・ハーフ&ハーフ
= make it with someone. =』
第3話
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翌日。
登校した浩之は、教室の前で待っていた志保に声をかけられた。
「何だよ、志保」
「あー、ちょっと」
「……昨日のアレか?判ってるって、俺はおめーみたいに口は軽くない――」
「それはいいのよ、わかってるから。用があるのは、あたしじゃなくって壬早樹のほう」
「壬早樹?」
きょとんとする浩之は、志保に手招きされて隣の教室へ入っていった。
志保の教室は、浩之の教室と変わらない朝の雰囲気を醸し出していた。浩之は志保と別のクラスになってから一度も志保の教室に無論、この教室に、浩之に立ち入らせるコトを迷わせるような特殊であるという理由はない。志保以外知り合いのないこの教室に、単に縁も機会もなかっただけである。
しかしそれも昨日までの話で、志保以外の知り合いが二人ほど増えていた。その片割れが浩之に用があるというのである。
正直、浩之は、朝の気怠いこの時間にいちいち人を呼びだして欲しくないと思ったのだが、相手があの壬早樹だったのが、志保に付いていこうという気になった理由であった。あの女性の心を持つ少年が居るクラスを。
浩之は、ぐるり、と教室内を見回した。教室内は気のあった生徒同士が個々に固まってグループを作っていたのだが、その中で唯一、男女混成のグループがあった。
聞き覚えの新しい声が、その中から聞こえてきた。
「あー、きたきた、志保〜〜浩之〜〜」
声の主こそ、あの壬早樹であった。
「何だよ、壬早樹。朝っぱらから呼び出して」
浩之は、能天気に笑っている壬早樹の顔を見て、先程まで抱いていた関心に対する意欲が一気に失せた。元々朝に弱い浩之にとって、他人が朝から元気がいい姿は何となくシャクに障るのであった。
「いや、さぁ――」
そこまで言うと壬早樹は、ちらっ、と横目で後ろを見た。
そこには、何となく壬早樹達が和んでいる輪を遠慮しているように席に座っている都把沙が居た。恐らくそこは自分の席なのだろう。
「今日の昼、ヒマ?」
「…………?」
「ヒマだったらさぁ、昼食一緒にどう?とか〜〜?おごるよ〜〜」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「いや、ねぇ――」
そこまで言うとまた、壬早樹は都把沙の方を、ちらっ、と横目で見た。まるで都把沙の機嫌を伺っているようであった。
「――昨日ヤックおごってもらったけどさぁ、志保から浩之ん家の事情聞いてさぁ、悪いコトしちゃったかなぁ、とか思って〜〜」
「あ――」
浩之は、何となく事情か掴めた。
「――いや、構わないって。俺が悪かったんだし」
「珍しく謙虚じゃない、ヒロ?」
「人を選んでいる」
「………………!?」
志保はこめかみに怒りの四つ角を浮かべるが、珍しく怒鳴らずにいた。
「んなコトゆわないでさぁ〜〜」
と、またもや壬早樹は都把沙の機嫌を伺うように、ちらっ、と横目で見ながら言った。
恐らく、あの後、都把沙に何か言われたのであろう。僅かな会話ではあったが、浩之は大人しい印象を抱いた都把沙が、姉もとい兄の壬早樹とは正反対の性格をしているのでは、と言う推測をしていた。壬早樹はまるっきり志保なので、そのベクトルを反対にすれば、生真面目な娘というか、自身の幼なじみである神岸あかりに近い少女ではないか、と考えていた。浩之にとって志保とあかりはそういうバランス上の存在なのだ。
ならば、親が不在勝ちで倹約を余儀なくされている浩之が経済的に苦しいという話を、昨日の帰り際のやりとりで聞いていたのならば、おごってもらったコトに後ろめたさを感じても不思議ではない。壬早樹は都把沙に叱られるか何か言われて、昼食でお返しする気になったのだろう。
浩之は迷ったが、断る理由がなかった。何より情けないコトに、今の浩之の財布の中身は新五百円玉が一個入ったきりであった。
それ以上に、浩之はこの兄妹のコトをもう少し知りたいと思った。
昼休み。
浩之は、弥澄兄妹と共に食堂にやって来た。あかりは料理クラブの同級生の、家庭科実習につき合い、不在だった。
その代わり、志保が珍しく浩之たちに付いてきた。四人座りの席で、浩之の隣りに壬早樹、向かい合わせで志保と都把沙、と男女に分かれて座ったが、端から見ると三人の美少女に囲まれたハーレム状態にしか見えない。
「珍しいな。お前さんのコトだから、あかりンとこに顔出すかと思ったが」
「いやー、誰かさんがオオカミになって壬早樹襲わないかと心配で心配で」
「都把沙ちゃんならともかく何故壬早樹?」
「ええっ!浩之、そんな趣味があったの?」
壬早樹がわざとらしく驚いた。無論演技である。
「そーなのよぉ。こいつには子供の頃からベタベタな男の子が居てさぁ、ほら、サッカー部の佐藤雅史。彼、美少年って言うか可愛い顔しているでしょ?彼、こいつのお稚ご――あべしっ!」
無茶苦茶言う志保の頭に、垂直に振り下ろされた浩之の右手刀がめり込む。
「…………この天然デマメーカーめ。まさか人の知らないところでそんなデマ流してじゃないだろうなぁ?」
「ええっ!違ったのっ!?」
「…………壬早樹。さっきの驚き方と辻褄があわんのだが」
「はっはっはっ〜〜♪」
「……もぅ、壬早樹ちゃん!」
ようやく呆れ顔の都把沙が壬早樹を叱った。都把沙には全く頭が上がらないらしく、壬早樹は叱られて、ごめーん、とお茶目そうに笑いながら頭を下げた。
「……まったく、志保を二人同時に相手にしているようで疲れる……」
「ご、ごめんね、藤田くん」
「い、いや、都把沙ちゃんは悪くないって。悪いのは」
「「あたし(ボク)らデース♪」」
怖ず怖ずと謝る都把沙を宥めようとする浩之だったが、全く気にせず能天気に笑う志保と壬早樹を見て、浩之はちょっぴり殺意を抱いた。
「……まぁ、それはそーと」
溜息混じりに言う浩之は、二人を相手にする気力を萎えさせた本当の理由に関心が移っていた。
それは、都把沙が教室から持ってきた、テーブルの上に広げられた大きな風呂敷包みであった。都把沙は丁度その風呂敷包みを開けようとしていたところであった。
「早く、早く」
壬早樹はその中身を知っているようである。しかし志保も、そして浩之も何となく予想は付いていた。
実際は、その予想を遥かに上回るモノであった。
「五段重ねの……って、おせち料理じゃあるまいし(汗)」
「壬早樹ちゃんと私の分もあるんです」
と言って都把沙は、ご馳走が詰まった五段重ねのお重を、テーブル狭しとばかり、開いた風呂敷包みの上に広げた。
「都把沙ちゃんが朝早起きして作ったんだよ〜〜♪」
「そ、そうなの?」
訊く浩之は、まだこのボリュームに圧倒されていた。
都把沙は、はい、と顔を赤らめて恥ずかしげに頷いた。
「手作りと言っても、これは一人で作るのは大変な気が……」
「うん。うちにはお抱えのコックさんがいるから、手伝ってもらったんだ〜〜♪」
「………………はい?」
「あれ、ヒロ、知らなかったの?」
四段目に詰まっていた俵結びを摘もうとしていた志保が、浩之の反応を不思議がった。
「弥澄家っていえば、あの来栖川先輩の家と同じく、この学校に援助金出してくれる名門じゃない」
「いや〜〜うちは来栖川先輩ん家とこよりは格が下だけど〜〜」
「……ふぅん」
弥澄家のコトを聞かされても浩之に動じる様子はなかった。
志保はそんな浩之の様子が少し詰まらなかったらしく、少し不満げに、
「……あんたってつくづくマイペースねぇ。弥澄家って医療機器関係の企業を経営している名門で、その傘下のヤズミメディカルは国内ではシェア一位、世界でも屈指のトップメーカーなのよ。この間だって、警察に初めて登用されたサイボーグの婦警が使用していた、固体高分子型燃料電池で動作する、脳波誘導式AIチップ型の人工四肢の市販化を発表してさ、その衝撃たるや、来栖川のあのメイドロボット並みに凄かっただから」
「ふぅん」
「ふぅん、ってあんた…………」
「だってさ、学校通って俺らと一緒に勉強している分には、そんなコト関係ねーし」
そう言って浩之は、都把沙の方を見た。
「いい?」
と、浩之は俵結びを指していた。志保の話を聞いても空腹が埋めるワケではない。
都把沙は浩之にいきなり聞かれ、はっ、と驚くが、躊躇いがちに、そして顔をまた一層赤らめて頷いた。
「じゃあ、いっただきまーす」
そう言って浩之は俵結びを摘み、一口でぱくり。俵結びは浩之には一口サイズであった。
「……ん〜〜、塩加減が何とも絶妙――美味しいよ、都把沙ちゃん」
「あ、俵結びはボクの仕事〜〜♪」
陽気に言う壬早樹の言葉を背中に浴びせられた浩之は驚いてお結びを喉に詰まらせた。
「あ、藤田くんっ!」
驚いた都把沙が、用意していた携帯型魔法瓶から耐熱プラスチック製のコップにお茶を注ぎ、咽せている浩之に手渡した。浩之はそれを一気に呷り、詰まった米粒を一気に胃に流し込んだ。
「――あ〜〜っ、驚いた…………いきなり何ゆぅか?」
「だって〜〜本当のコトだし」
「……本当?」
浩之が怪訝そうな顔で都把沙に訊く。
「……はい。でも、二段目のハンバーグやソテーは私が作りました」
それを聞くと、浩之は、くぅぅっ、と叫んで仰ぎ、
「いやー、都把沙ちゃんが俺のために苦労してくれたなんて、男冥利に尽きるねぇ」
「でも、お結びはボクの仕事〜〜♪」
「お結びくらい俺だって出来る――」
と能天気な壬早樹に嫌味を言おうとした浩之だったが、何か思うところがあるのか、急に黙り込み、そして志保のほうを向いた。
「……時に志保さん。チミ、料理作ったコトある?」
「……何よ。そりゃあ、あるわよ、実習とかで」
「……不断は?」
「………………」
「…………お結びくらいはあるだろう?」
「…………あっはっはっ〜〜(汗)」
志保は思わず笑って誤魔化した。痛いところを突かれたのか、少し冷や汗さえ掻いている。
「……と言うコトは、だ。――このお弁当は、都把沙ちゃんばかりでなく壬早樹の苦労も込められている、と言うコトか」
浩之は広げられている豪華なお重を不思議そうに見回した。
「食べないの?」
不意に、壬早樹が浩之に訊いた。
「?」
「二段目。都把沙ちゃんの手料理」
「あ――ああ、折角だから頂きます」
戸惑いつつ、浩之は都把沙の方を向いて微笑みながら頭を下げた。
そんな浩之を見て、都把沙は照れて俯く。
「……ハシ、用意していますから」
「あ、ゴメン」
「んー、男の子なんだから手づかみで行こうよぉ」
と、壬早樹は特製ソースがたっぷりとかかっているハンバーグを摘んで口の中に放り込んだ。
「……壬早樹ちゃん、はしたないよ」
「だってぇ、都把沙ちゃんの作るハンバーグって美味いし〜〜♪」
壬早樹はハンバーグを美味しそうに咀嚼しながら言う。都把沙は呆れ顔をするが、仕方ないなぁ、と小声で言うと、都把沙や浩之たちに用意していた割り箸を手渡した。
「「「それじゃあ、あらためて――いっただきまーす」」」
浩之と志保そして壬早樹が声を揃えて言う。都把沙の声も一応揃っていたのだが、小声過ぎてしまった。
「……はむはむ……うんうん、美味いよらこのハンバーグ」
「お抱えの、鍋島さんってコックさんが元フランス料理店のオーナーシェフやっててね、時々都把沙ちゃん、料理教わっていたんだ。うちのママが、料理は女性のたしなみだって子供の頃から」
「志保、判ってっか、料理は女性のたしなみだってさ」
「あたし今日、耳、日曜」
「古ぅ〜〜〜〜(笑)」
浩之と志保のそんなやりとりを見て、都把沙はくすくす笑っていた。あるいは、自分の手掛けた料理を美味しく食べてくれているそんな姿が嬉しかったのかも知れない。
一方、都把沙と同じ顔をする壬早樹は、そんな妹とは違い、全く食べる方に徹していた。ぱくぱくと食べる姿は、とても名門のお嬢様とは思えない姿である――いや、跡取りなのだが、如何せん、食べるのに夢中でいる姿でさえ、とても男には見えない。
そんな時、隣りに座っていた浩之が、壬早樹の名をさりげなく呼んだ。
「……壬早樹」
「?」
「…………俵結びも美味かったぞ」
「――――――」
「…………?」
志保は浩之が何を言ったのか良く聞こえなかったので、向かいに座る壬早樹が急に顔を赤らめて恥ずかしげに俯いたその姿を、とても不思議がった。
つづく