東鳩王マルマイマー 最終章〈FINAL〉・序章(その3) 投稿者:ARM(1475) 投稿日:2月2日(金)00時27分
【ご注意】この創作小説は『ToHeart』『雫』『痕』『こみっくパーティ』『WHITE ALBUM』『DR2ナイト雀鬼』『フィルスノーン〜光と刻〜』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを片っ端から使用し、サンライズ作品『勇者王ガオガイガー』のパロディを行っております…って逆か(^_^;Leaf作品のネタバレも含みますのでご注意。
MMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMMM
【承前】

「……藤田浩之にまかせっきりか」
「彼なら、マルチを幸せにしてやれる」
「本当にそう思っているのか?」

 柳川が訊くと、耕一は振り返って戸惑った。

「……お前も知っているのだろう?藤田浩之の正体を」
「…………お前も知っているのか?」
「知っていなければ、あいつの高校時代に監視役など引き受けはしない」

 そう応えると柳川は瓦礫の山から飛び降り、耕一の傍に着地した。

「――ヤツの存在は諸刃だ。人類にとってリスクが高い」
「その為のダリエリであろうが」
「鷹橋か――ありゃ、駄目だ」
「駄目、って……」
「あれは抜け殻だ」
「――――?」
「第一、ヤツはマルチを快く思っていない。――いや、THライドを持つメイドロを敵視さえしている」
「何故?」

 すると柳川は、懐から一枚の写真を取り出し、耕一に突き出した。既に夜も更け、EI−27戦で周囲に灯りは無いが、鬼神の血はそんな暗闇さえもものともせず、写真に写るそれを確かめるコトが出来た。

「……誰だ?」
「お前は知らないだろうが、幕僚にいた黙示という士官だ。エクストラヨークがこの世界に帰還してきた事件の際、新都庁で死亡した」
「それがどういう……?」
「この黙示という男は、自分の所有するメイドロボに内蔵されているTHライドを暴走させた。その中に死んだ恋人の魂が収められていた。黙示は彼女を甦らせたが、結局二人とも死亡したのだ」
「そんなコトが……」
「そして、黙示の親友が、鷹橋だった」
「――――」

 困惑する耕一を見て、柳川は夜空を仰いだ。

「…………親友を狂わせた存在を、許せないらしい。――といっても、それは俺が奴の身辺調査を行っての推測だがな。恨んでこそあれ、まだ行動に出ていない。あるいは割り切ったのかも知れないな」
「……憎しみは、そんな簡単には晴れないさ」

 耕一は唾棄するように言う。
 耕一が苛立つ理由を、柳川は痛い程良く判っていた。

「――まだ俺が憎いか?」
「――――」

 耕一の顔がみるみるうちに呆ける。

 千鶴を殺したのは、誰か。

「だが、今のお前では俺は殺せないぞ」
「……試してやろうか」

 瞬時に、二人の周りの大気が凝縮する。まるでこの二人の鬼神の末裔の殺気に萎縮したかのように、周囲の気温がゆっくりと下がり始めた。春などまだ遠い2月の空気は肌を凍てつかせるが、この二人が放つ殺気は、魂さえも凍てつきかねないものであった。
 最初に動いたのは耕一だった。反動も予備動作もなく跳び上がり、頭上から柳川を襲った。
 同時に、柳川の身体が僅かに前進する。しかし柳川自身の動きではない。耕一の急速な移動に、耕一を取り巻く大気はついていけず、ぽっかりと人型の真空をもたらした。常人ならば急速な空気の移動に引き込まれてバランスを失ってしまうところであったが、踏ん張れたのは柳川ならではである。
 そればかりか、柳川は飛来し襲いかかる耕一の振り下ろした右拳を右腕で易々と受け止めてみせた。

「遅い」
「ヌカせっ!」

 すかさず耕一は、柳川の右腕に右拳を押しつけたまま、身を丸め、その反動を利用して回し蹴りを放った。
 それを柳川は左腕で受け止めようとするが、流石に同じ鬼神の末裔が放つ蹴りを受け止めきれるものではなく、そのまま吹き飛ばされた。
 しかし柳川はとんぼを切り、悠然と着地して見せた。

「軽い」
「GHa!」

 激高する耕一の方向は既に人のそれではなく、よく見ると耕一自身も鬼神化していたではないか。明らかに耕一の感情が暴走している証拠である。

「……怒りに我を忘れたか」

 そんな耕一を見て、柳川は哀しそうに言った。
 耕一が突進する。完全な鬼神化ではなく、その背丈は成人男性のままであったが、両腕、両脚は異様に膨れ上がり、胸部も肥大していた。鍛え上げられたボディビルダーを想起する体躯である。もっともボディビルダーは「見せる筋肉」であり、「使う筋肉」とは質が違う。トレーニングで筋肉を発達させたとは言えども、必ずしもボディビルダーがスポーツ選手を凌駕するわけではない。むしろ“無駄に発達した”筋肉ではスポーツ選手に及ぶべくもない。
 しかし、今の耕一に、鬼神化した彼にそれを当てはめるコトは無意味である。何故なら今の耕一は“人ならぬモノ”であったからだ。
 大地を蹴り突進する、その歩音はまったく無く――まるで空を踏むように、耕一は柳川に向かって突進する。
 正確には、全てを置き去りにしていただけであった。耕一の動きは音速を超えていた。進撃の音は後から追って来ていた。無論、常人には体験出来ない視覚の世界である。柳川の目のみが、その音速の動きを見極められたのだ。
 だからこそ、柳川は冷静に対処出来た。掴みかかってくる耕一の腕を逆に掴み取り、それを引いて水平に反転した。それはまさしく一本背追いの動きであった。それを完成させるには後、垂直の回転を要する。つまり引いた耕一の身体を反動で持ち上げ、地面に叩き付けるコトである。
 余りにも完璧すぎるその背負い投げに耕一は逆らえず、柳川に瓦礫の山に叩き付けられてしまった。更に柳川は掴んでいるその腕をねじり、体重をかけてその場で押さえ込んでしまったのだ。

「俺を殺すだと?――今の貴様に、そんなコトが出来るモノかっ!」

 柳川は身を傾け、獣のように唸る耕一の耳元に怒鳴りつけた。

「――あの時のお前ならいざ知らず――護るべきモノを捨てている貴様に、何が出来るかっ!」
「!?」

 その叱咤に、耕一の身体が、ビクッ、と震えた。

「――今のお前に――俺は負けない――負けるわけがないっ!」

 柳川のその叱咤以後には、暫しの静寂が訪れた。
 耕一の身体は、いつの間にかも元の姿に戻っていた。

「……済まない」

 耕一は俯いたまま、小声でそう言った。柳川はその声が聞こえていて、直ぐに押さえ込んでいる手を離してやった。柳川が離れても耕一は俯せになったままであった。

「…………梓たちに感謝してやるんだな。今、マルチは梓と楓にも大事にされている。実の娘、いや、妹のように可愛がってくれている」

 柳川は格闘で乱れたスーツを整えると、そう言って、はん、と鼻を鳴らした。

「…………二人とも、元気なんだな?」
「気になるなら、偶には会いに行ってやれ。このバカが」

 そう言うと柳川はその場から去ろうとした。耕一は相変わらず俯せのまま、黙って柳川を送った。
 今の柳川は、あの時の柳川ではない。耕一は、今更ながら痛感した。
 そしてその強さこそが、かつて暴走する柳川を倒した自分自身の力だったのではないのか。耕一は、何か大切なコトを思い出した気がしてならなかった。
 今の柳川は、一人ではない。
 かつての自分もそうであったハズだった。
 それを捨てざるを得なかったのは、耕一の父の所為であった。
 父を、諸悪の根元たる実の父を、この手にかける覚悟をした時、耕一は人の親であるコトを――父であるコトを放棄した。
 やがて果たさねばならぬ父殺しの業を背負うために。

「…………出来るのか?俺に?」

 耕一はゆっくりと起き上がった。顔を上げられなかったのは、その薄汚れた顔からは、泣いていた証を伺い見るコトは出来なかった。涙など、等に枯れ果てているのかも知れない。
 夜空の先に、月があった。耕一は今までその存在を忘れていたコトに気付いた。
 かつてあの夜に見た月と、それは同じなのかと――

 同時刻。
 保科智子は、先ほどまで幼なじみである鷹橋龍二と共に、神楽坂にあるイタリアレストランで一緒に食事を摂っていて、店から出てきた頃であった。

「ご馳走さん、リュウ兄ぃ。こんなところに美味い店があったなんてね」
「昔からの行きつけだからな」
「この近くだっけ。リュウ兄ぃン家」
「ああ」

 鷹橋は頷いた。

「そういや、おばさんたちは?」
「ひとり暮らしだ」
「そう――――」

 智子は、鷹橋とこんなに会話したのは、鷹橋がMMMに配属されて以来初めてであった。
 近寄りがたい印象があった。再会してからずうっと感じていた、何者も寄せ付けぬ威圧感が、智子に鷹橋との距離をもたらしていたのだが、それとは別に、作戦参謀として、MMMが国連の組織として再編成する仕事に追われていた所為もあった。
 それが今日、現場から帰還してくるなり、鷹橋がやって来て夕食を誘ってきたのだ。突然のコトに智子は戸惑うが、結局、首を縦に振ってしまった。
 今更ながら、幼なじみとのデートに、智子は少し照れを感じていた。
 相手が初恋の相手だったから尚更。

「……ところで」
「――えっ?」

 急に訊かれて、智子ははっ、とした。

「何、考えていたんだ?」
「い、色々と――か、神楽坂って坂のきつい場所で――ほ、ほら、あすこに入稿帰りの腐れヲタクのARMが歩いているし」
「?」

 戸惑う鷹橋。彼は智子が狼狽する理由には気付いていないようであった。

「……なぁ、トモ」
「へ?」
「まだ、時間大丈夫か?」
「?」
「……うち、来ないか?」

 途端に智子の頭が真っ白になる。先ほどから智子が予想していたパターンであった。

「いや、その、明日――――」

 智子は顔を赤くしておろおろしながら、やがて、はぁ、と溜息を吐いて俯き、

「……明日のマルヒトマルマルから24時間待機当番なンよ。これからメインオーダールームに逆戻り」
「あ、そうだったのか……。悪いな、遅くまでつき合わせて。それだったらそうと言ってくれれば、着替え取りに戻る時間を作って――」
「い、いいんよ。本部にも下着ぐらい置いてあるし」
「そぉか……」
「ぷっ」
「?」

 急に智子が吹き出したので、鷹橋は不思議がった。

「……だって、リュウ兄ぃ、久しぶりに神戸訛りしたから」
「そうか?――東京が長かったから、もう忘れてしまったと思ってたが」
「そう?ウチも結構こっちの暮らしが長いけど変わらへんよ?」
「そうか……」

 ふと、感心したふうに鷹橋は呟いた。
 その響きが、智子にはどこか寂しそうに聞こえてならなかった。

 ――昔は、こんな寂しい顔をする男ではなかった。再会した智子の第一印象は、まるで別人のような彼への戸惑いであった。
 そして、何もかも置き去りにされてしまいそうな、そんな――

「……トモ?」

 智子と並んで歩道を歩いていた鷹橋は、急に智子に手を掴まれて驚いた。

「リュウ兄ぃ…………」

 自分を見る智子の目の何と不安なものか。鷹橋は戸惑わずにはいられなかった。

「……リュウ兄ぃは…………リュウ兄ぃよね?」
「?何だい、その質問は?」
「ううん。何でもあらへん。――この辺でええよ。この先に大江戸線の駅があるから」

 智子は窪地になっている十字路に着くとそう言って、鷹橋から手を離した。

「じゃあ、今夜はありがとな」
「ああ。またな」

 鷹橋が手を振ると、地下鉄の駅へ向かって進む智子も振り返り、手を振った。
 やがて智子の姿が見えなくなると、鷹橋はやれやれ、と肩を竦めて見せた。智子を誘いそびれて悔しそうな、と言うより、まるで手の余る妹につき合って疲れた兄のような顔をして。
 その顔が豹変した。

「…………俺は、変わりすぎた。…………もう、戻れないところまで」

 哀しそうな顔であった。

「……だから、この結末は俺の手で着けなければならない。………………俺が俺であり続ける為に」

 そう言って鷹橋は夜空を仰いだ。
 そこには、耕一が見つめているものと同じ月があった。

 愛する男の全てを受け入れて、満足な顔で眠るあかりの前髪を、浩之は優しく梳いた。そしてホテルの窓の外に見える、闇を穿つ青白き真円が何故か気になり、それを見つめた。

 柏木家代々の家庭の味を伝える大騒動に少し疲れたマルチと梓そして楓は、一息吐いて窓の外に拡がる月夜を見た。

 潮風混じりの夜風を背中に受けながら、豊洲方面へ歩いていた柳川は、かつて自分を失っていた頃に見上げたものと同じ色が頭上に拡がっているような気がして、見上げるコトが出来なかった。
 その寂しげな背に、車のフロントライトの光が注がれた。

「…………裕也さん」

 か細い声が続いてその背に届いた。聞き覚えのあるその声に振り向いた柳川は、どこか安心したふうな顔をしていた。

「柳川殿、乗って行かれるか?」

 運転席から、セバス長瀬が呼びかけた。

「済まんな。有り難く乗せてもらおうか」

 柳川は苦笑しながら応えた。その笑顔が、今の耕一との強さの差なのだ。


 そして、来栖川京香は、ベッドからゆっくりと起き上がり、テラスから皆と同じように月夜を見上げていた。

「…………お身体のほうは宜しいのですか?」

 京香は、灯りのついていない自室の暗がりから聞こえてきた声に気付いた。京香には聞き覚えのある声であった。京香が驚かなかったのはそればかりではなく、はじめからその人物が部屋の中にいたコトを知っていたような自然さがあった。

「……久しぶりですね、サン・ジェルマン伯爵」

 京香は振り返らなかった。暗がりの中には、漆黒のマントを羽織った男が佇んでいた。その顔は暗がりの所為で良くは見えなかったが、左頬に見える傷と、銀色に光る両目は異形の主を思わせるものだった。

「……あなたも息災――と言えないのが哀しいかな」
「わかりますか?」
「保って――あと一週間」
「……だいたいそうだと思っていました」

 京香は、自身の死期を悟っていた。

「しかし、あなたが死ぬだけであって、“来栖川京香”は滅びはしない」
「いえ――」

 京香は背を向けたまま首を横に振った。

「――これが最後です。人は変わりつつあります」
「……藤田浩之ですか」
「それと生機融合体――エヴォリューダー・マルチ」
「共に、人を極めた結果、と言うワケか。――果たして人類種と人類原種、どちらが残るか。――〈人類原種来迎〉の日は近い」
「……アキュエリ殿から聞かされてました」
「ほう」

 サン・ジェルマン伯爵は感心したふうに言った。

「あの鬼神の王子は、既にあなたとも会われていたか」
「ええ。〈人類原種来迎〉はもうじきだと。それまでに……」
「ええ。それまでに、次郎衛門は〈鬼界昇華〉を果たすでしょう。その為に彼はオリジナルTHライドを31基全て――覚醒させたのだから」

 To be continude Vol.24

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