「滴。=しずく。=」 投稿者:ARM(1475) 投稿日:1月22日(月)17時56分
○この創作小説は『ToHeart』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。
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 ある冬の日、来栖川電工から、ユーザー登録されている自社のメイドロボに、ある画期的な追加装備を無料サービスとして施される計画が発表された。

「食事機能?」
「はい!」

 とマルチは嬉しそうに答えた。

「この間の定期メンテナンスで、先行してわたしとセリオさんに装備されたんです。なんでも摂取した食物を分解し、そこで生じる発熱で電力エネルギーに変換する画期的な合成酵素が開発されて、それを組み込んでくれたんです。もっとも、大した量は摂取できないのですが、充電以外でも、予備電源の電力を確保できるようになったのです」
「ふぅん」

 マルチたちと下校していた浩之は、その話を聞いて感心したふうに言う。言われてみれば以前、近年のゴミ処分問題に画期的な解決方法が開発されたというニュースに聞き覚えがあるコトを思い出した。
 そして、なるほど、と浩之は思った。食は文化である。不思議と、人間に限らず、モノを食うばかりでなく、その姿を見て嫌悪感を抱くモノは皆無だ。そしてその心理は三大欲求に共通するものである。生命の基本的本能に則る三大欲求は、作られた理性で嫌悪するコトはあっても、本能で否定できるコトなど出来ないのだ。
 そして本能で訴えるモノには、人間は実に弱いのである。食事もできるメイドロボなら、その姿に心情的な好感が働き、ユーザーも単なる家電製品としてではなく、家族の一人としてマルチたちメイドロボットを扱ってくれるようになるだろうと、浩之は期待した。

「分解酵素の仲間か。有機物を分解する酵素は自然界にいくらでもあるけど、メイドロボの電力供給に充分なエネルギーが得られる人工的なモノが開発されたのか。なるほど、それがメイドロボの胃液に当たるモノなんだな。でもそれ、外部に漏れたら大変なコトになる気が……」
「その点は大丈夫です」

 と、マルチの隣にいたセリオが相変わらず感情のない声で応えた。

「酵素が分泌される、いわゆる私たちに装備された胃にあたる機関は三重構造になっており、中間隔壁と外殻隔壁をスライドさせるコトで外部漏泄を防いでおります。もっとも、この酵素は胃の中で2種類の酵素を合成させるコトで初めて機能するようになっており、合成後も常温下では26秒で無力化しますので、ご心配は無用です」
「あと、化学反応による味覚センサーも付いたんです!タダ、食事するだけじゃ芸がないから、って。でもそのおかげで、食事によって“家庭の味”が学習出来るようになりましたから、ますます皆さまのお役に立てるようになったんです!わたし、食事って生まれた時からの念願でしたから、凄く嬉しいんです!」
「ふぅん……そっか、そりゃあ、めでたいな。そうだ、折角だから何か食っていくか?」
「買い食いは学生のマナーに反しますが……」
「んな堅いコトゆわねーの。そんなんだから堅いってゆわれるんだよ、セリオは」
「確かにわたしのボディに使われているフレームはハイチタン合金を採用されていますが……」
「…………」

 浩之は、セリオがマジで呆けているのかプログラムで呆けたのか、非常に迷った。

「……とにかく、帰宅まで時間あるんだろう?おごってやるよ。この間この先に、美味い店見つけたんだ。そば屋だけど」
「え?いいんですか?」
「気にするなぃ。俺とおめーらの仲じゃないか」
「ありがとうこざいますっ!セリオさん、お呼ばれしましょう」
「……ありがとうございます」

 躊躇いかそれとも別の何かか、そんなコトが気になるような間でセリオはお辞儀した。


「……日本そば屋でさぁ。ここのカレーうどんがうめーんだ」

 浩之オススメのそば屋に寄り道したマルチとセリオは、浩之の座ったテーブルに向かい合わせに座った。

「……カレーうどん?何ですかそれは?」
「なんだい、セリオ、カレーうどん知らないのか?」
「インプットされておりません」
「……へ?」

 セリオの奇妙な返答に浩之は戸惑った。

「……マルチは知っているだろう?」
「……ごめんなさい、わたしも知りません」
「嘘?だって、おめーら、料理が出来るようにプログラムされているんだろう?マルチはともかく、セリオはサテライトシステムでカレーうどんのレシピエントをダウンロード出来るんじゃないのか?」
「試してみます…………………………検索中……………………………………検索中……………………………………検索中……………………………………検索中……………………………………検索中……………………………………検索中……………………………………検索中……………………………………検索中……………………………………検索中………………………………検索中……………………………………検索中…………………………検索中…………………………………………検索中………………………………………………検索中………………検索中……………………………………検索中……………………………………検索中……………………………………検索中……………………………………検索中………………………………………検索中……………………………………検索中……………………………検索中……………………………………検索中……………………検索中……………………………………検索中……………………検索中……………………………………検索中……………………検索中……………………………………検索中……………………検索中……………………………………検索中……………………検索中……………………………………検索中……………………検索中……………………………………検索中……………………検索中……………………………………検索中……………………検索中……………………………………検索中……………………検索中……………………………………検索中……………………検索中……………………………………検索中………………………………………検索中……………………………………検索中……………………検索中……………………………………検索中……………………〜〜、該当する単語のデータは見当たりませんでした」
「……嘘ぉ?」

 セリオの、余りにも長い検索の、しかも意外な結果に、浩之は瞠って唖然とした。
 そんな時、丁度注文していたカレーうどんが浩之たちのテーブルに運ばれてきた。

「ほら、これがカレーうどんだ」
「わぁ、素うどんにカレーが掛かっていますね」
「これが?…………カレールーに和風そばの鰹ダシのスープを混ぜた、比較的単純な調理品ですね」
「だろう?でもなんでこれがデーターベースに無いんだ?」
「……変ですね」

 マルチが不思議そうに首を傾げた。

「どうしてこんな簡単なモノがデータベースに無いのでしょう?」
「考えられるコトは、意図的に削除された可能性があります」
「うーん…………、ま、いいや。とにかく食ってみな。人間の味蕾を存分楽しめよ」
「はい」
「では、いただきまーす♪」

 マルチとセリオは手を合わせ、食事の前のお辞儀。今どき珍しいと思いつつ、これらのプログラムはおそらくあの長瀬主任だろう、と浩之は思った。

「カレーうどんは汁が飛ぶから注意しな」
「はい――」

 そう答えたセリオが、割り箸でカレーが乗ったうどんをすすったその時、ぴとっ、とその頬に黄色い点がこびり付いた。
 すると、セリオの動きがピタリ、と止まった。続いて、それに呼応するようにマルチの身体もピタリ、と停止した。まるで二人して電源が切れて停止してしまったようであった。

「…………あれ?どうした、マルチ、セリオ?」

 不思議がる浩之は、目の前のマルチとセリオの顔をのぞき込んだ。
 よく見ると、二人の口元は僅かだが動いていた。少なくともエネルギー切れを起こしたためではなく、まだ活動中であるコトは確かであった。

「……なんだよ、黙り込んで?まさか猫舌でした、なんてオチじゃないだろうな?ほら、冷めないうちに食えよ」

 と言って浩之も割り箸を割り、湯気の立ち上る美味そうなカレーうどんを食べようとした時であった。
 いきなりマルチとセリオが立ち上がり、奇声を上げ始めたのである。突然のコトに浩之は呆気にとられ、声も出せずにいた。終いには二人して、カレーうどんが入っている椀を持ち上げ、床に叩き付けて、げしげし、と踏みつけたのである。

「「抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺!抹殺ぅっ!!」」
「な、なんだぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ?!」


「あ、長瀬主任、今日は盛りそばですか?」
「こう寒い時期に食うモンじゃないね」

 と馬面の惚けた主任は、茶色の線をすすりながら部下に答えた。

「そういや、この間マルチたちのメンテ中、美味そうなの食べていましたよね?」
「ああ、カレーうどん?来栖川のお嬢さんが友達に教えてもらった店だっていうから、出前でとってみて、凄く美味かったけど」
「何処なんです、そのそば屋?見てて、凄く美味そうだったんで、今度とってみようかと」
「いやー、やめといたほうがイイよ」
「?何でです?」

 すると長瀬主任は、着ている白衣を指し、

「カレーうどんはサラリーマンや我々のようなホワイトカラー泣かせだから」
「あ――ああ、汁」
「食い終わったら胸の辺り、黄色い染みだらけで大変だよ?とにかく白い服着ている人間には鬼門だね、あれは。あれホント、ムカツクね」
「ははは。研究室に沢山転がっている防磁防塵用紙エプロンでも着けて食いますよ。……あ、エプロンと言えば、マルチたちは白いアンダーウェアスーツ(したぎ)着けてましたよね。あれ、ナノマシン技術を用いた高性能防塵フィルター機能も付いているから、汚すと洗うのが大変なんですよねぇ」
「化学洗浄でしかクリーニング出来ないから、極力汚すなって教えといたけどな」
「教えた?」
「ああ。プログラムで組んどいた。汁モノは危険だからって、汁の飛びやすい食い物はリストアップして警戒させるようにした」
「そうですか…………あ、でも、不断は服を着ているから意味無いんじゃ?」
「あ」
「…………主任。マジで忘れていましてね(笑)」
「はっはっはっ。善哉善哉」

 長瀬主任は笑って誤魔化したが、彼はもう一つ、重大なコトを忘れていた。
 それは、問題の警戒プログラムを、メイドロボの基本動作領域のモジュールとして組み込んでいたコトであった。
 基本動作領域。それは、SF作家アイザック・アシモフが提唱した、「ロボット三原則」に則り構築された論理回路でもある。
 すなわち、第1項「ロボットは、人間に危害を加えてはならない」
 すなわち、第2項「ロボットは、人間の命令に従わなければならない」
 すなわち、第3項「ロボットは、前項2つに反しない限り、自分の身を守らなければならない」
 来栖川のメイドロボのAIは、その性質上、三原則を厳守するよう徹底され、場合によってはAIを封鎖してまで自律緊急回避行動をとるようプログラミングされていた。


「「汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がっ!汁がぁっ!」」
「おちつけ、おめーらぁっ!(汗)」


「まぁ、あいつらもバカじゃないから、カレーうどんみたいな汁の飛ぶヤツを食べるようなコトがあったら自律判断によって警戒するさ。その為のロボット大原則第3項だし」
「そうですね。あ、主任、その盛りそば、そば湯も付いているんですか?」
「ああ。サービス良いよ、このそば屋」


「…………まったく」

 綾香は、浩之とこの間来たそば屋に顔を出すと、そこでマルチとセリオが大暴れしている状況に出くわした。付き添っていたセバスと協力してマルチたちの暴走を力づくで封じると、システム緊急リセットをかけて正気を取り戻し、店の被害は充分すぎるくらいの額の即金で弁済した。そして、歩道の上でしゅん、と正座して反省しているマルチたちを見下ろすと、呆れたふうに溜息を吐いた。

「…………なんでこーなったのよ?」
「……原因不明です。AIの基本動作領域が制御系モジュールを一時的に封鎖してしまったまでは確認できるのですが、何分、三原則回路の強い干渉があったようで、わたしのメモリーログ外で、原因となった領域で管理しているデータベースがごっそり削除されていました……」
「つまり、キレて憶えていないってワケね。――浩之?」
「訊くなよ。こっちが訊きたいくらいだよ。あとで長瀬のおっさん、とっちめといてくれ」
「それはぬかりなく――まったく、あのタワケめ」

 セバスは苦虫を噛み潰したような顔で(もっとも平生からそんな顔をしているのであまり区別は付かないが)頷いた。

「……浩之さん、綾香さん、本当、申し訳ありませんでした、あうううっ(汗)」
「マルチたちの所為じゃないって。プログラムのバグみたいなモンだろ?」
「本当はあってはならないコトなのですが…………誠に申し訳ありません」

 セリオはすっかり落ち込んでいた。そのAIは“バグ”という単語に対して顕著なまでの嫌悪感を抱くようになっているらしく、バグによる暴走で周囲に迷惑をかけたコトが、優秀なセリオのAIに論理的ダメージを与えてしまったらしい。いわゆる、マルチがよくする、失敗して落ち込んでいる、と言うヤツである。

「浩之、とりあえずこの件はうちできっちり調べるから、ハッキリするまで内密に……ね?」
「わかってるって。…………それより二人とも、折角のうまいカレーうどんが台無しになっちまったな」
「はい……」
「カレーうどん?」
「はい、綾香様。藤田さんがご馳走してくださったのですが、このような有り様で……」
「食事かぁ。――そうだ、浩之!」
「?」
「口止め料代わりに――実は向かいの、ほら、あの赤い看板の焼き肉屋。学校の同級生たちでさ、あすこの肉が美味い、って評判でね」
「綾香お嬢様……ちょっと買い食いは……」
「いーじゃない、セバス!あなたも食べて行きましょうよ――浩之、おごるから」
「焼き肉と聞いちゃあ、育ち盛りに遠慮なんて無理ってモンよ。それにマルチやセリオがちゃんと焼き肉喰えるかどうか見届けたいし」
「けってー♪さぁ、レッツ、ゴー♪」


「長瀬。昨日は焼き肉ごちそうさま〜〜♪」
「おう、新城。今日は遅番だったっけ?もらったタダ券で恐縮だが、喜んで貰えて恐縮だ」
「あすこの焼き肉、やたらと脂が散って大変だったよなぁ。食べ終わったら、かけていた紙エプロンがもう、ぐしゃぐしゃ。カレーうどんなんか比じゃないくらいに――」


「汁がっ!汁がっ!汁がぁっ!」
「抹殺!抹殺!抹殺ぅっ!!」
「おおお、おちつけ、おめーらぁっ!(汗)――――あ、ガスボンベが――――あ――――」

              終わり。

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