まじ狩る☆ハンティング Second Stage(2) 投稿者:ARM(けだもの属性) 投稿日:1月16日(火)22時52分
○この創作小説は『痕』および『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しています。
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【承前】

 まず最初に、アフロヘアな柏木千鶴を想像して欲しい。
 大概、一発で吹き出すのは、柏木千鶴を知っている者。千鶴の横に座っている柏木初音と耕一は必死に笑いを堪えている。唯一の例外は楓であったが、よく見ると口元がピクピク動いている。そういうキャラを必死に維持しなければならない苦労が実に忍ばれる。
 そして、済まなそうにして萎縮しているのは、柏木千鶴という女性を知らない者というより、シャギーで綺麗な黒髪を魔法の電撃でチリチリにしてしまった人間。千鶴と向かい合っているスフィーは、苦笑している健太郎の横で反省していた。

「……この間の旅行の時と言い、本当、申し訳ありません」

 スフィーの良く出来た妹、リアンは、スフィーの暴走を深く詫びた。

「いえいえ、いいんですよ」

 千鶴は笑いながら言って見せた。本心はまだ煮えくり返っていたが、妹たちの手前、大人を演じる必要があった。相変わらずの偽善者ぶりである。

「ところで、今日はいったい何のご用で?」

 ある意味、この場に居る者達の中では部外者である健太郎は、千鶴に本題を訊いた。

「あ、そうでしたね。ええ、実は、江藤結花さんのコトで――」


 千鶴たちが上京してきたその日、喫茶店「HONEY−BEE」ではちょっとした騒動が起きていた。

「……結花。いい加減、出てこないか」

 結花の父親である江藤泰久は、自宅の、一人娘の結花の自室の扉の前に立って困っていた。

「リアンが健太郎くんのところに行ってて、人手が足らんのだ。いい加減――」
「やだ」

 部屋の奥から、結花の返答が聞こえた。それはいつもの陽気なそれとは違い、とても重々しく、ウンザリとしたような言い回しであった。
 そしてそれを、泰久と結花は朝から幾度も繰り返していた。流石に、そろそろランチタイムの時間が始まり、リアンが戻ってくるまで待ってはいられなかった。

「結花。お前なぁ、いったいどうしたんだって」
「――だから!絶対、今日は、――もう、外には出ないっ!!」

 ついには怒鳴り声。泰久は肩を竦めるしかなかった。
 そんな時だった。店のほうから、ドアベルが鳴る音が聞こえてきた。


 それは、健太郎とスフィーたちが、柏木家ご一行を引き連れ、「HONEY−BEE」のドアを開いた為であった。

「しかし、梓さんと結花が赤ん坊の時に入れ替わった、って話は、結花さんのお父さんのタチの悪いジョークだったんでしょう?」
「でもね」

 スフィーの言葉に、千鶴は肩に掛けていたハンドバッグから卓上カレンダーを取り出し、「まじかる☆アンティーク」のマニュアル表紙イラストが描かれている11月の面を開いて見せた。それは、Leafがファンクラブ用に用意した2001年カレンダーで、そこにはLeafキャラの誕生日が記載されている、ファン垂涎のカレンダーであった。

「ほら、ここ。――11月24日、結花さんの誕生日の日。ビンボーちゃんこと雛山理緒さんの誕生日が記載されて、結花さんの誕生日が記載されていないでしょ?仮にも、ヒロインの一人。隠れキャラ如きに誕生日の記載が阻まれているなんて、ちょっと考えにくいでしょう?新作の『誰彼』のキャラでさえ載っているというのに。――だからっ!」

 そう力説した千鶴は、今度は8月、「こみっくパーティー」のボックスアートが描かれている面を開いて、その表面を、ポンポン、と叩いて見せた。

「ここにある、8月30日――うちの梓の誕生日!これが結花さんの本当の誕生日なんですよ!――すなわちそれは、結花さんが本物の柏木梓であるという証っ!」
「……千鶴さん、それ飛躍過ぎ」

 勝ち誇ったように力説する千鶴の後ろで、ちりちりになった千鶴の髪をブラシで梳いて伸ばしていた耕一が、やれやれ、と頭を抱えていた。その隣にいる楓は、憮然とした顔で肩を竦めていた。

「もう、お姉ちゃん……そんなコトゆうから、梓お姉ちゃん、怒って家出するんだよ」

 楓の隣にいた初音が、苦笑いしながら言った。

「いいんですっ!あんな、乳のデカイ女なんて、柏木の女だなんて認められないっ!貧乳こそが柏木の由緒正しい血筋の証っ!是が非でも結花さん、いえ本物の梓を、今度こそ我が家に引き取りますっ!」
「…………だって」
「訊くな、俺に」

 スフィーに訊かれ、健太郎は頭を抱えた。

「……ともかく、これは結花に直接断ってもらわないと収まりがつかないようだ。――あれ?ランチタイムなのに、おじさんも結花も居ない?」
「変ですねぇ?朝出る時は、おじさま、仕込みされていたんですが……ちょっとみてきます」
「おう、頼むリアン」

 リアンは店の奥に行こうとカウンターの横にある通用口の扉へ向かった。
 すると、その扉が開き、奥から困ったふうな顔をする泰久が現れた。

「……おや、リアン」
「あ、おじさま。店は?」
「丁度よかった。結花が愚図ってて出てこないんだ。済まないが今日のランチタイムはリアンに頑張って――おう、健太郎くん」
「おじさん、こんにちは」
「おう。すまんな、立て込んでて……えーと、あなたたちは」
「あ、初めまして――以前、電話でお話だけはしたコトがありましたよね。柏木千鶴です」
「――ああ、隆山温泉の!あの時はお騒がせしました」

 途端に、まるで水飲み鳥のように、千鶴と泰久はペコペコとお辞儀し合う。

「いやぁ、一度お逢いしてみたかったんです。噂の美人会長、声から想像した以上にお美しい方でした」
「あら、いやですわ……ほほほ」
「……お世辞でしょう」

 ぼそり、と楓が呟く。次の瞬間、千鶴の見えない拳が楓を見舞うが、勝手知ったる姉の攻撃、さっ、と素早い動きでそれをかわした。
 拳を避けられ、米噛みに血管が浮かぶ千鶴。楓も次の攻撃に備えて構えた。
 だが、二人の注意は、互いに向けられるコトはなかった。

「これは――」

 たちまち唖然とする耕一と初音。千鶴と楓が気付いたそれを、二人とも判っていた。
 それは、泰久が出てきた扉の奥から感じられた。

「どうしたの?」

 健太郎は、妙に殺気立つ柏木家ご一行の様子に気付き、不思議そうに訊いた。

「……けんたろ。あんた、何も感じないの?」
「へ?」
「おじさま……退いて下さい」

 スフィーばかりか、不断から温厚なリアンも珍しく険しそうな顔をするので、泰久は不安がり、言われたとおりに扉の前から退いた。

「来ます――」

 楓がそういって唇を噛んだ。
 まもなくその扉の奥から、柏木家ご一行とスフィー姉妹らを著しく警戒させた存在が現れた。

「結花」

 健太郎は、扉の奥から現れた幼なじみを見て、安心したふうに言った。

「おい、お前も早く出て来いよ。なんか、家のほうに変なのが居るようだぞ」
「違う――」

 千鶴が頭を横に振った。

「結花さんです――」
「いや、だから、結花だって――」

 戸惑う健太郎に、今度は耕一が頭を横に振った。

「彼女――変だ」
「いや、確かに変な女ですよ、はっはっはっ」

 健太郎はそういって笑い、場を和ませようとするが、誰一人として結花を睨んだまま笑わず、摩擦係数ゼロの如く思いっきり滑っていた。

「そういう、変、じゃなくって――様子が」
「様子?」

 言われて、健太郎は結花を見た。
 何故か結花は、扉から顔を出しているだけで、出てこようとはしなかった。

「……おい、結花。何、畏まっているんだよ?あ、そうか、柏木さんたちが来たから、警戒でもしているのか?」
「宮田さん、そこから離れて!」

 思わず千鶴が叫んだ。
 へ?と健太郎がきょとんとしたその時だった。
 咆吼。
 それは、人類が万物の霊長と驕るそれを一切否定する、最強の生物の叫びであった。
 そしてそれを、健太郎の幼なじみである、一介の喫茶店の看板娘するとは。健太郎と泰久は、余りの恐怖に腰が抜け、その場にへたり込んでしまった。
 次の瞬間、結花が顔を出していた扉の周りの壁が粉砕され、その奥から、結花の顔をした巨大な生物が飛び出してきた。
 その巨大な生物の正体を瞬時に理解したのは、柏木家の面々だった。
 それは、結花ではない。
 結花の顔をした――

「「「「――鬼っ!?」」」」

 よもやの鬼の出現。千鶴と楓そして初音は、柏木一族の遺伝子に刻まれた鬼神の情報を全身に送って瞬時に鬼化を果たし、その場から飛び退いた。彼女たちの中心にいた耕一は、へたり込んでいる健太郎と既に気死していた泰久を抱き抱えて飛び退いた。

「これは――」

 唖然とする千鶴の前に、信じがたい存在がいた。

「女のエルクゥが――男と同じ鬼神化するなんて――――」

 代謝能力を超絶的に活性化させ、常人のそれを凌駕した大量かつ高速度の細胞分裂を果たして完成する、巨大な二足歩行獣化は、柏木一族の女には、いや、エルクゥには決して有り得ない現象であった。

「まさか、結花さん――本当は男?」
「……おいおい」

 千鶴のボケに、気を失いかけていた健太郎が突っ込んだ。不断から日課のようにスフィーやリアンのボケにツッコミ続けた男の哀しい習性であった。

「ともかくっ!」

 健太郎たちを店の外に避難させた耕一が、鬼化した結花を睨んで言った。

「彼女を押さえる!」

 そう言うと、今度は耕一が鬼神化を果たした。見る見るうちに巨大な獣に変身する耕一を間近に見て、健太郎も気死寸前であった。

「「待った!」」

 結花を包囲し、押さえ込もうとした耕一たちを、千鶴たちと同時に飛び退いていたスフィーとリアンが止めた。

「結花は、あたしたちが止めてみせます!」
「しかし――」
「柏木さんたちが止めたら、それこそこの商店街が、隆山の二の舞になります!」

 必死に言うリアンは、「隆山温泉・炎の一週間」事件を思い出し、慄然としていた。あの、空を裂き、大地を砕き、海を割った壮絶な闘いは、自衛隊や米軍の介入をもってしても終わる事はなかった。大火力兵器ではなく徒手空拳のみで隆山市一帯を壊滅に追い込んだあの闘いを、スフィーとリアン、そして助っ人の長瀬源之介が元に戻すのに半月も費やしたあの事件は、スフィーとリアンは生涯忘れることはないだろう。

「でも、どうやって?」
「まーかせてっ!結花の弱点は分かっているんだから!」
「……まさか、ネコ寄せドラと魔法の鈴使って猫リアンやるんじゃないだろうな?」
「誰がそんな、火に油を注ぐような真似を。けんたろは黙ってみてなさい!行くわよ、リアン!」
「はい、スフィー姉さん!」

 頷くリアンは、スフィーと並んで立った。

「結花の弱点、って……幼なじみの俺も聞いたコト無いぞ」

 興味津々の健太郎は、包囲する千鶴たちに牽制しつつ、今にも飛びかからんとしている鬼結花を睨むスフィーとリアンの出方を見守った。

「それでは」

 スフィーが両手を上げた。魔法攻撃か、と健太郎は思った。

「お手を拝借」

 リアンが言った。オテヲハイシャク、という魔法か、と健太郎は思い、直ぐに、その聞き覚えのある単語に、はぁ?と当惑した。

「パパンがパン!」
「パパンがパン!」
「パパンがパン!」
「パパンがパン!」
「パパンがパン!」
「パパンがパン!」

「………………」

 唖然とする一同。手拍子を続けるスフィーとリアンのその軽快なリズムの正体を、健太郎は直ぐに気付いた。

「…………あ、『クックロビン音頭』」
「パパンがパン!」
「パパンがパン!」

 まさしく。しかしそれは一向にイントロのみで、続く「誰が殺した〜〜♪」を、二人とも口にしない。JASRACが煩いからその先を唄わないのであろうか。
 否。それで、充分だった。

「うが――――――っ!!やめてっ!恥ずかしいぃっ!!」

 先ほどまで獣の咆吼ばかりしていた結花が、初めて人語を口にしたのである。そればかりか、見る見るうちに結花の鬼神化した身体が萎み始め、ついにはすっぽんぽんの結花が道路で四つん這いになった。

「いやぁぁぁぁぁっっっっ!!!“パンパンパン!”はやめてっ!恥ずかしいぃぃぃぃッ!!」

 生まれたままの姿で赤面する結花は身を縮め、道路の上で激しくのたうち回った。
 いったい何事かと唖然とする千鶴たちの後ろで、“弱点”をいつの間にか作っていた張本人たる健太郎が、少し顔を赤くして咳払いをした。恐らく、結花を“食っちゃった”時のコトを思い出しているのだろう。
 果たして、結花の鬼神化は解かれたが、何で鬼神化したより、どうしてそれで解けたのか、千鶴たちは非常に不思議がった。
 それ以上に、どうしてスフィーとリアンが「結花の弱点」を知っているのか、非常に不思議だが、それは大宇宙のささやかな謎と言うコトで。

               つづく

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