まじかる☆アンティーク =Little stone=(23) 投稿者:ARM(1475) 投稿日:12月6日(水)00時07分
○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)他(苦笑)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオ他のネタバレを含んでおります。
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【承前】

「――スフィー!後ろっ!」

 え?とスフィーは振り返った。
 そこには――〈災禍〉が消え去った暗闇に、青白い光の粒子が集まりつつあった。
 やがてその光の粒子は、人間の形を創り出した。
 それは実体を持った光る人間だった。
 法衣を纏ったその主は、一瞬、グエンディーナ王に見えたが、よく見れば彼に似ている人物であった。
 何より――桁違いの魔力に、スフィーとクラナッフの肌は泡立っていた。

『………………おのれ…………よくも邪魔を…………』

 不快を露わにした憎悪の声だった。法衣姿の人物は、スフィーとクラナッフを睨みつけて、そう言い放った。

「まさか――――」

 スフィーは、法衣姿の人物をようやく思い出した。王宮の書物に描かれていた肖像画で見た、伝説の――

「あなたは――――初代グエンディーナ王の実兄、法師ルベルクか!?」

 法衣姿の人物――初代グエンディーナ王の実兄にして稀代の魔法使い。――そして、人間たちの愚行に、愛する女性を奪われ、復讐を誓っていた男は、スフィーたちを睨めるように見ると、腕を振りかぶってからスフィーたちに掌を翳した。
 するとそこから凄まじい高密度の魔力が放射され、そのまま衝撃波となってスフィーたちを吹き飛ばしてしまった。

「「うわぁっ!!」」

 スフィーとクラナッフは、10メートル以上も離れていた壁に叩き付けられ、なおかつ、その衝撃波が二人の周囲にまで影響を及ぼし、二人の身体を中心に壁に巨大なクレーターを成した。

「が…………がぉ……ぐふっ」

 スフィーもクラナッフも、不意を突かれた攻撃に魔法で防御する暇もなく、壁に叩き付けられて脳震とうを起こしかけていた。辛うじて意識があったのはしかし身体の至る所に激痛を覚えていた所為である。骨の二、三本は折れてしまったかも知れない。
 もはや抵抗するだけの気力もない二人に一瞥をくれたルベルクは、ゆっくりと辺りを見回し、出口のほうへ進み始めた。

「……いけない……このままじゃ…………ルベルクを外に……」

 スフィーは激痛を堪え、めり込んでいる壁から身を起こそうとした。すると不意に胸の辺りに鈍い痛みを感じ、思わず呻いた。

「……肋骨……やっちゃったかしら……クラナッフ……無事?」
「……何……とか、な…………くぅ……パワーが桁違いだ…………」
「……まずい……もう魔力も残っていない……治癒魔法も…………」

 既に二人とも、〈災禍〉を封滅するために全力を使い果たし、例えルベルクの攻撃を受けていなくとも闘えるコトは不可能であった。
 悪夢はまだ、終わろうとしていなかった。それも、最後になってとびきりの悪夢が、人類に遂に牙を剥いたのである。もはや誰にも止めるコトが――――

「…………待て」

 その声に、ルベルクは驚いた様子もなく、しかし振り返ってみせた。

「…………それ以上は……行かせない…………!」
「けんたろ――」

 思わずスフィーは唖然となった。スフィーに生命エネルギーを渡して力尽きていた健太郎が、〈八咫鏡〉を抱き抱えながら立ち上がり、ルベルクを呼び止めていたのだ。
 しかし健太郎は、前述のように生命力を使い果たし、フラフラと立っていられるのも不思議なくらいであった。

「……ルベルクさん…………もう……止めるんだ」

 蚊の鳴くような、しかしギリギリ聞こえる小さな声で健太郎はルベルクを止めようとした。
 彼に、復讐をさせないために。

(ここでOP「Little stone」が流れると思いねぇ)
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   まじかる☆アンティーク

    = Little stone =

         第23話 「……ねぇ。…………私がルベルクを好きになったの、何故だか、わかる?」

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『……愚か者が』

 ルベルクは、健太郎のほうへ手を翳し、スフィーたちを吹き飛ばしたように魔力衝撃波を放とうとした。
 ところが、健太郎が手にしている〈八咫鏡〉を見て、むぅ、と唸るとその手を下ろした。

「……何故、攻撃を止めた?」

 クラナッフはルベルクの挙動を不思議がった。
 一方、攻撃を受けるハズだった健太郎は、そんなルベルクの様子など察するコトなく、――既に立ち上がった時点で意識が朦朧としており、気力で立っているのが精一杯であった――〈八咫鏡〉をゆっくりとルベルクに向けた。
 ルベルクが〈八咫鏡〉を見て手を下ろしたのは、そこから魔力を感じたためである。それが一種の魔法防壁を持っているモノと考えたのだ。しかし、健太郎の様子と、余裕で〈八咫鏡〉から感じられる魔力を分析し、防御効果など皆無であるコトを知ると、再び健太郎に掌を向けた。

「いけない……けんたろは……あたしに生命力を渡しているから……あんな攻撃を喰らったら死んじゃう――――やめてっ!」

 スフィーは痛みを忘れ、声を張り上げて叫んだ。
 しかしルベルクはそんなスフィーの必死の制止を無視し、掌に魔力を溜めた。衝撃波で一気に健太郎を吹き飛ばすつもりらしい。
 ルベルクの魔法施行速度は、スフィーたちさえも足元にも及ばぬ速さであった。ルベルクほどの高位魔法使いとなると、魔法の行使は息をする程度のものなのかも知れない。
 ついにルベルクの掌から魔力衝撃波が発射された。健太郎の命も風前の灯火に――

『――――何?』

 ルベルクが眉をしかめたのは、健太郎めがけて発射した魔力衝撃波が、突然その前に立ち塞がった人物によってレジストされた為であった。

「リアン!」
「……リアン?」

 健太郎を魔法障壁で守ったのは、先ほどまで倒れていたリアンであった。そしてリアンをよく見れば、その四肢に光る糸らしきものが見えていた。

「……あいさんが……運んでくれました……」

 息も絶え絶えに言うリアンもまた、既に限界にあった。すんでの所で、向こう側でまだ意識のあったあいに、〈霊糸〉で力尽きている自分の身体を運んでもらったのだ。
 だが、全ての衝撃波をレジスト仕切った後、リアンはその場に倒れた。向こう側に倒れているあいも遂に意識を失っていた。

「……もう……魔法障壁を張るだけの魔力も……体力も…………」

 リアンは辛そうな顔でそういうと、また気絶してしまった。
 今、この場で立っているのは、健太郎のみ。しかし健太郎ですら、今にも倒れそうであった。

『……その男…………人間だな?』

 ルベルクは、健太郎を見て何故か不思議そうに言った。

『魔法使いともあろう者が、何故にこのような愚か者を庇おうとするとは………愚かな。人間を守るために命を賭けるとは…………』

 ルベルクが吐き捨てるように言うと、スフィーは歯噛みし、叫んだ。

「――――法師ルベルク!もう、あなたの復讐は、意味はないのですよ!」
『……意味?』

 ルベルクはスフィーを睨んだ。
 スフィーは少し怯んだが、息を呑んで気負った。

「……もう、今の人間界には、あなたを哀しませた愚行を起こす者たちは居ないのです。あなたが復讐しても、あなたから大切な人を奪った人間も、我々魔法使いを苦しめる人間たちも――――もう居ないのです」
『……それは承知している』
「では――」
『……しかし、その末裔たちは居る』
「――――」

 思わずスフィーは仰いだ。

『……先人たちの罪を、末裔が償うのは義務だ』
「勝手なコト……言うな」

 思わず健太郎は反論するが、それを口にした途端、膝をついてしまった。

「けんたろ――」

 驚くスフィーだが、それが瞬時の攻撃ではなく、健太郎が力尽きて倒れただけと知るとほっとした。だがそれは、健太郎が限界であるコトを告げるものでもあった。これ以上、健太郎をこのままにしておくと最悪、死んでしまうかも知れない。そう思うとスフィーは焦りを隠せなかった。

「――お願い――――お願いですから――――もう止めて――――けんたろが――健太郎が死んじゃう!」

 スフィーは全身の痛みを忘れて泣き叫び、哀願した。これ以上、大切な人を奪われたくなかったのだ。
 そんなスフィーを見て、クラナッフは何とかめり込んでいる壁から出ようとするが、どうやら両足と右肩が骨折しているらしく、全く動かせなかった。

「せめて魔力があれば――健太郎!逃げろっ!」

 どうにもならない歯がゆさが、クラナッフを突き動かした。
 そんな必死のクラナッフを見て、健太郎は照れくさそうに、しかし力なく笑った。あいつ、無理しちゃって、と。
 不思議と、心は落ち着いていた。最悪を覚悟しているのかもしれない、と健太郎は思った。
 あれだけ酷いコトをしたんだ。恨まれて当然だと。――無関係なハズの罪を甘んじて受け入れるつもりはなかったが、この魔法使いの怒りを静めるためなら、仕方ないな、と当然のように思ったのだ。
 後悔はあった。このまま死んではスフィーを幸せにしてやれない。それだけが悔しかった。

「……もっとも……ここでみんなお終いかもしれないしな…………………………………………なぁ、スフィー」

 健太郎は間延びした声でスフィーを呼んだ。

「……けんたろ…………?」

 スフィーはしゃくりながら応えた。
 泣き顔でくしゃくしゃになっているスフィーを見て、健太郎は思わず苦笑した。

「…………悪ぃ。…………お前を幸せにしてやれそうにない」
「何…………いってんのよ…………!」

 そんな健太郎の言葉に、何故かスフィーは可笑しくなった。

「諦めないってゆったじゃ……ないの…………バカ…………」
「……ははは」

 笑っているスフィーを見て、健太郎も何故か可笑しくなった。
 やがて二人の笑い声は高まり、大声で笑い始めた。
 そんな二人を見て、クラナッフは戸惑ったが、二人が絶望の余り狂ってしまったとは思わなかった。こんな幸せそうに、嬉しそうに笑う姿を見て、そう思えるほうがおかしい。
 二人が笑う理由。――心が通じ合っている二人だけにしか判らぬ符丁。そんなものがスフィーと健太郎の間にあるのだろう。クラナッフは少しうらやましかった。
 そしてクラナッフもその笑い声に忘れていたが、ルベルクも、笑い続けるスフィーたちを見て、呆然としていた。

『…………』

 呆れていると言うより、何か戸惑っているようであった。ルベルクも、二人が絶望の余り狂笑しているようには見えなかったのだ。
 彼もまた、クラナッフ同様に、笑い続ける二人がとても幸せそうに見えたのだ。
 ――何故だ、とルベルクは思った。何故、こんなふうに笑えるのか、と。

 そう思った瞬間だった。

 ルベルクの脳裏を、何かが掠めた。
 ――いや、それは実際に、ルベルクの視界に出現していた。

『…………フレイ』

 唖然とするルベルクであったが、かつて愛し合った娘のその姿は、ルベルクにしか見えていなかった。
 それはルベルクの中に残留していた記憶がもたらした幻視なのかもしれない。
 幸せそうに笑う健太郎とスフィーの姿を見て、ルベルクはフレイとの想い出を蘇らせたのだろう。
 ――幸せなひととき。
 ――あの時の自分は、こんなふうに笑っていたハズだった。

 ルベルクは、健太郎とスフィーの笑顔を見回した。そして、この二人がかつての自分とフレイの関係に似ているコトに気付いた。
 ――人間と、魔法使い。


(…………でも、同じ人間なんでしょう?)

 フレイはルベルクを受け入れた時、ルベルクの腕の中でそう言った。

(……魔法使いがみんな悪いなら、私も悪人ね。――だって父様、いつも私の料理が魔法を使ったみたいに美味しい、っていってくれるのよ)

 フレイは、ルベルクから自分が魔法使いだと告げられても、目を丸めただけで笑った。あるいは信じていないのかも知れない。いや、その通りだと理解しても、フレイならきっとルベルクを恐れはしないだろう。

(……ねぇ。…………私がルベルクを好きになったの、何故だか、わかる?)

 訊かれてルベルクが戸惑うと、フレイは意地悪そうな笑顔を浮かべてみせた。

(……ルベルクの笑顔を見たから。…………だって。ルベルクの笑顔、って、とても幸せそうに見えたから――――)


 ルベルクは突然、その場で眩んだ。

「……何?」

 最初にルベルクの様子に気付いたのはクラナッフであった。肉体はとうに失われ、残留思念と魔力が融合した、いわゆる魔力生命体であるルベルクが、いったいどうして眩んだのか。クラナッフは酷く戸惑った。
 やがてその姿が、酷く哀しげに見えてならなかった。そのうちそんなルベルクに気付いたスフィーと健太郎は、笑いをやめ、いつしか呻いている――いや、慟哭しているルベルクの姿に戸惑った。
 スフィーたちには、ルベルクを苦しませているモノの正体を知らずにいた。そのきっかけが、自分たちの笑顔であるコトなど、知る由もない。

『――――――っ!』

 遂にルベルクは仰ぎ、声にならない悲鳴を上げた。

「…………どうしたの?」

 スフィーがそう言った瞬間、ルベルクの身体がその輪郭を失い、黄金色の光球になった。

「魔力体――自我を喪失して維持できなくなったの――あっ!?」

 唖然とするスフィーは、魔力体の魔力が急速に高まっているコトに気付いた。
 そしてその魔力体から聞こえる、ある呪文の詠唱を――。

「――これは――〈核撃〉?!」
「間違いない――このまま――魔力が膨れ上がったら、〈災禍〉の被害どころじゃない!この地球そのものを爆炎で飲み込んでしまうかもしれない――!」

 ルベルクはフレイとの想い出を思い出した結果、自我が維持出来なくなって自身の魔力を暴走させてしまったのだろう。それが、禁呪のひとつ、そしてルベルクが最も得意とする、絶対爆炎を全方位にもたらす最強最悪の最高位攻撃系魔法を加速させる原因となってしまおうとは。今にも力が解放されんとしていたのだ。――世界の破滅は目前か。

「でも、どうすれば――――けんたろ!?」

 戸惑うスフィーを驚かせたのは、その魔力体に向かって健太郎が進み出したのを見たためであった。

「…………止める…………止めて……みせる」
「駄目ッ!けんたろ、それに近寄っちゃ――――――」

 スフィーが悲鳴を上げた時、既に健太郎が差し伸ばした右手は、膨れ上がる魔力体の外縁に届いていた――――。

          次回、最終回につづく

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