○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)他(苦笑)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオ他のネタバレを含んでおります。
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【承前】
「……ゴメン…………けんたろ…………」
圧倒的な力に打ちのめされ、焦燥しきった顔をするスフィーは、ガックリとして身じろぎしない健太郎に呼びかけるように言った。
「…………やっぱり、あたし、いつもけんたろの迷惑ばかりかけている…………」
「……んな……コト…………ねぇ」
意外にもまだ、健太郎には意識はあった。
「けんたろ……!」
「…………やるだけのコトはやった…………誰も責めは……しないさ」
「だって……だって…………!」
スフィーは振り返り、健太郎の身体に抱きついて泣き始めた。もはや打つ手もないスフィーには、健太郎に詫びるしかなかった。
「……気にするな」
健太郎はスフィーの頭を撫でて慰めたかったが、生命力の低下しているその身体では動かすコトすらままならなかった。だがスフィーは、そんな健太郎の想いを理解し、微笑んでみせた。
二人の目前では、〈災禍〉がスフィーの結界魔法から解かれて、再び増殖し巨大化し始めていた。呪文の集合体である〈災禍〉は、まるで蛇玉のように無数の黒く長い身体をぐるぐるとうねらせ、蠢いて、最期の一瞬へ目指していた。
もはや誰にも止めるコトは出来ないだろう。スフィーと健太郎はそう思った。
そんな最期の一瞬に、健太郎の傍にいられる。スフィーは満足だった。
「……けんたろ。…………愛しているよ」
健太郎は声も出せないほど衰弱していたが、何とか、ふっ、と微笑んでみせた。俺も、と。
――その時だった。
「……そこ。いつまでも悲劇のカップルしていない」
突然聞こえてきた声に、スフィーは驚いて声のしたほうへ振り向いた。
そこには、――広間の入り口には、見覚えのない、緑色の長い髪を冠した、青い服を着た少女、羅法使いのあいと、そしてボロボロの姿でリアンを背負っているクラナッフが立っていたのである。
「諦めたら負けだから――生きているうちは、いくらでも勝つチャンスはあるっ!勝負はまだまだこれからよっ!」
(ここでOP「Little stone」が流れると思いねぇ)
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まじかる☆アンティーク
= Little stone =
第22話 「…………お帰りなさい。“あたし”」
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「あなたは…………?」
「……彼女は、例のあいちゃんだ……」
あいのコトを知らないスフィーに、虫の息の健太郎が応えた。
「……ああ、そうか。……彼女は俺の従妹の、羅法使いの娘だ。強力な助っ人だ」
「羅法使いの…………」
「アトワリア!」
〈災禍〉の本体を見て少し圧倒されていたクラナッフが、ようやく我に返ってスフィーに呼びかけた。
「〈災禍〉を押さえられたのか?!」
「……あ。――いえ、駄目!…………あと三つ」
「三つ?」
「あと三つ――〈災禍〉を、暴走している禁呪を正常化させる為には、クランプルポイントに指向性法術を送り込んで、本来の魔力の流れに戻すしかないの。……だけど、あと三つ……あたしの魔力が足りなくって、撃ち残して……」
「そうか」
頷いたクラナッフは、背負っていたリアンを入り口の所で降ろしてから、〈災禍〉を凝視した。
「――成る程。やつの表面に、アトワリアの魔力を感じる。――残りはどこだ?!」
「多分、中央。――カムアの法術の四の句、知っているでしょ?その最初の句が、〈災禍〉のクランブルポイントよ!」
「カムア――成る程、低級マナを制御する法術系の最もスタンダートなヤツか」
「四の句が幾つもあるんだけど、ヤツは句読点を同じ文字に重ねて隠しているの!だからあたしはその全てに魔法を叩き込んだんだけど、魔力が足りなくって三つ、撃ち残して……」
「わかった。――動いているが、その三つ、見当は付いた」
スフィーの説明を聞きながら、クラナッフは〈災禍〉の本体から問題の文字を見つけていたらしい。
「流石、首席――やれる?」
「正直、もう魔力はない。――三つ撃ち込んだら、俺も子供になってしまうな」
そういってクラナッフは、ふっ、と笑った。そんな友人の顔を見て、スフィーは安心した。
「一発勝負だ――しかし、こう蠢いていると」
「なら、あたしが動きを封じる」
そういってあいは〈霊糸〉を網のように変化させて〈災禍〉に放った。澱んだ空気の中を奔った命の網は、ぐるぐる回っていた〈災禍〉の動きを見事止めて見せた。
「クラナッフさん――あたしも限界だってコト忘れないでね」
よくみれば、あいの足腰はがたがたと震えていた。あいの使う羅法は生命力をそのままパワーにする法術である。今までの闘いのダメージが、あいに体力の限界を告げていた。正直、ここまで来られたのは、あいのその若さに見合わぬ精神力の強さのお陰であった。
無論、言われるまでもなくクラナッフは判っていた。だから、覚悟した。失敗は許されない、と。
クラナッフは精神を集中し、残された魔力を高め凝縮した。
「――全ての――グエンディーナの人々の――この世界の人々の運命を、この一撃に――――食らえッ!」
クラナッフが叫ぶと、その手から3本の光の矢が放たれた。狙いは、スフィーが撃ち洩らした、残りのクランブルポイント候補三つ。
人類の運命を賭けた三本の魔力は、低級マナが立ちこめた空間を穿ち、遂に目標の三箇所を撃ち抜いた。
「「「やったっ!」」」
命中したのを見て、スフィーたちは声を上げて喜んだ。
――だが。
「…………何故?何故、止まらない?」
クラナッフが撃ち込んだクランブルポイントは、スフィーが狙っていたモノで相違なかった。にもかかわらず、〈災禍〉はその活動を停止せず、巨大化し続けているのである。
「そんな――アトワリアっ!?」
「わかんない…………理屈は合っているのに…………何で――」
魔力を使い果たし、少年の姿になってしまったクラナッフが戸惑いながら聞くが、スフィーは青ざめた顔で、増殖を続ける〈災禍〉を見つめていた。
――ふと、脳裏を過ぎる絶望。スフィーはがっくりと項垂れた。
「……勝てない…………これだけ多くの……犠牲を払っても…………勝てないの……?」
スフィーはゆっくりと顔を上げ、辺りを見た。少年の姿になったクラナッフは地面に俯せになって喘ぎ、あいは〈霊糸〉のパワーを遂に使い果たし、仰向けになって倒れ、喘いでいた。もうこの場にいる誰一人として、これ以上闘える力が無いのは火を見るより明らかであった。
打つ手は尽きた。――スフィーはたまらず、健太郎のほうを見た。
健太郎は力尽き、気絶していた。
――けんたろ。ごめん。もう、誰も助からない。
スフィーは眠っている健太郎の頬に手を当て、その温もりを感じ取っていた。
あと僅かで、みんな死ぬ。健太郎が最期の苦しみを知らずに逝けるコトだけが、今のスフィーにとって唯一残された安心であった。
スフィーはゆっくりと健太郎の顔に近づき、キスしようとした。このまま、健太郎の温もりを知りながら逝きたいと――
その時だった。
スフィーは、健太郎の身体から、奇妙な魔力を感じ取った。驚いたスフィーは健太郎の身体を見回し、やがてあるモノをじっと見つめた。
「………………何?これ?!」
スフィーの顔を硬直させたのは、魔鏡に映っていた――普通の鏡と違って映るハズのないそれに、〈災禍〉の姿が映っていたのである。
だが、スフィーはそれに驚いたワケではなかった。
「…………まさか…………これは?!」
スフィーの視線は、ある一点に釘付けになっていた。
スフィーは、その魔鏡が、健太郎に〈災禍〉が仕掛けた幻惑のワナを見破る力を与えたコトを知らない。
「――〈八咫鏡(やたのかがみ)〉」
羅法使いの里から、凄まじい低級マナが集まっていく霊峰・富士山のほうを見つめていた長老ユンは、険しそうな顔をしてそう呟いた。
「古来より真実を映し出す伝説の魔鏡……健太郎よ、それがお主を呼んだ意味が判っているか?」
「――そうだ。けんたろは、〈災禍〉の幻惑を破ってあたしを見つけた。もしかすると、この魔鏡は――」
驚いた顔のままでスフィーは〈災禍〉のほうへ振り返った。
その目で見た〈災禍〉には、魔鏡に正反対に映っていたものの中にあったあるモノが存在していなかった。
それを確かめたスフィーは、再び魔鏡を覗き込んだ。
そして、再度確かめ、確信した。
魔鏡の中に映る〈災禍〉の本体に、ある一点、直視では存在しない光点を。
「――――そうか。あたしもクラナッフも、――〈災禍〉の幻惑に惑わされていたんだ――――!」
スフィーは、魔鏡の中にある光点こそが、〈災禍〉のクランブルポイントであるコトを確信した。何故、それがこのように光って見えるのかは判らなかったが、それが〈災禍〉を斃す必殺の箇所だというコトははっきりと判った。
だが、それまでであった。
「…………判ったとしても…………今更、判ったとしても――――」
そう。今更クランブルポイントが判っても、そこを撃つだけの魔力は、スフィーもクラナッフもリアンも無いのだ。
全ては、遅すぎた。今更、希望に気付いたところで、スフィーには無意味なコトであった。再びスフィーを、絶望が昏き淵に叩き落とした。
――ハズだった。
何故かスフィーの視線は、いつの間にか健太郎が抱えていたディバックに注がれていた。
スフィーは、先ほど感じた奇妙な魔力が、〈八咫鏡〉から発せられているモノでないコトに気付いていた。偶々、視界に〈八咫鏡〉に映る本物の〈災禍〉のクランブルポイントに気付いただけであって、そこに奇妙な魔力の源を見つけたワケではなかったのだ。
やがてスフィーは、その魔力の“奇妙さ”の理由に気付いた。
――懐かしい。
スフィーはそう思った時、急いで健太郎のディバックを開き、その中にあるハズの魔力の源を探した。
それは直ぐに見付かった。スフィーはゆっくりとディバックから、健太郎が〈八咫鏡〉とともに、羅法の蔵から持ち出した、もう一つのアイテム。
それを、スフィーは知っていた。
知っていて当然であった。
〈命の雫〉。
(はい。――姉さんから聞いていました。……姉さんの素敵な想い出の欠片を)
かつてスフィーは、健太郎を自分の魔力の暴走で死なせてしまったコトがあった。
スフィーの父親であるグエンディーナ王は、健太郎を蘇らせるため、娘の身体から、娘の生命エネルギーの一部を取り出し、結晶化させた。
それは、死んだ健太郎の体内に入れるコトで蘇生させ、生命力を安定させる力を備えた回復系魔法の産物であった。健太郎の生命力がある程度まで回復出来れば、もはや異物に過ぎないそれを取り出し、元の持ち主であるスフィーの体内に戻すだけなのだが、健太郎が回復した頃にはグエンディーナ王は、既にスフィーとともにグエンディーナに帰還していた後だった。
スフィーの生命エネルギーを受けた健太郎は、その影響で健太郎の生命エネルギーがスフィーに近い性質を持ってしまった為である。もし二人が接触してしまったら、どちらか強い生命エネルギーを持つ方に――スフィーに再生した生命エネルギーが吸い込まれてしまい、今度こそ健太郎は死んでしまうだろう。それを避けるべく、二人を引き離したのであった。
羅法使いの長老ユンは、再び元の持ち主が、この世界に帰ってくるコトを知っていた。だからそれを羅法の蔵に保管して、その時が訪れたら返すつもりであった。
それが今、この時であった。
スフィーは、ゆっくりと、この世界に遺してきた“もう一人の自分”を両手で掴み取った。
それに触れた瞬間、スフィーは〈命の雫〉から流れ込んでくる波動を感じ取った。
――懐かしい、夏の想い出。
――生涯忘れえない、記憶。
そして――〈命の雫〉は砕け散った。
「…………お帰りなさい。“あたし”」
ふっ、と微笑むスフィーの身体は、〈命の雫〉から取り戻した、子供の頃に健太郎の命を救うべく分かたれた自分の生命エネルギーによって、瞬時に大人の姿に戻っていた。
スフィーはゆっくりと立ち上がり、そして〈災禍〉のほうへ悠然と振り返った。
「――――この奇跡。――全ての、あたしが愛した人たちの為に――」
スフィーは両腕をゆっくりと上げ、その掌の間に魔力を集めた。そしてゆっくりと腕を広げ、魔力で弓と矢を作り上げた。
狙いはただ一つ。
〈八咫鏡〉が導きし、真実の一点を。
「お父様――」
スフィーは〈災禍〉を狙って魔法の弓矢を構えた姿勢で瞑った。
――脳裏に過ぎる、夏の日の想い出。
父の優しい笑顔が、スフィーには遠く感じた。
――スフィー。
「――――お父様」
スフィーの頬を、一滴の涙が伝い落ちた。
同時に、スフィーは弓を一気に引いた。
――ここを、撃て。
「さようなら――――――ありがとうございました――――――愛していますっ!!」
そう叫んで、スフィーは目を見開いた。
「一発必中――――!」
番えた魔力の矢に、指向性法術の魔力が込められ、黄金の光を放ち始めた。
「――――マジカル・シュートッ!!」
一喝と共に、スフィーは魔力の矢を放った。
黄金の一線が、澱んだ世界を開き、黒き魔力を撃ち抜いた。――今度こそ。
刹那、スフィーはその中に、グエンディーナ王の――優しい父親の笑顔を見ていた。
世界の全てが、光り輝いた。
「……これは」
クラナッフは、突然の閃光に眩んだが、直ぐ、自分の身体が元の青年の姿に戻っているコトに気付いた。辺りを見回すと、洞窟の入り口に置いていたリアンも、元の姿に戻っていた。
次に、スフィーのほうを見た。
年相応の姿でいるスフィーの手からは、魔力で作った弓は消えていた。
そして、広間一杯に拡がりつつあった〈災禍〉の本体は、消滅していた。スフィーがクランブルポイントから撃ち込んだ指向性法術によって、暴走で本来の流れを狂わされていた魔力が、正常な方向からそそぎ込まれた魔力を受けて連鎖反応的に鏡像反転を起こし、正常化――低級マナと対消滅する本来の魔法に戻ったのだ。
果たして、富士山一帯に集まっていた低級マナは、正常化された〈災禍〉によって全て消滅し、そして連鎖反応的に世界中にまん延し、人々を死の危機に陥れていた低級マナを体内から消滅させた。
「――熱が下がっている!」
死闘が繰り広げられた富士から遠く離れた街の救急病院で、みどりとその娘の雅を治療していた医師は、諦めかけていた所で突然の好転に唖然としていた。この親子ばかりか、他の原因不明の病気によって倒れていた人々が次々と回復し始めたコトに、彼らを治療し、見守っていた人々は、驚きと奇跡に対する感動を訴えたが、救世主たちの存在を知る由もなかった。
グエンディーナの人々を永く苦しめていた呪いを解き放ち、そして今、この世界を破滅に導かんとしていた力を消滅させた救世主は、焦燥しきった顔で立ちつくしていた。その姿は、どう見ても勝者には見えなかった。
「……アトワリア」
クラナッフは、ふらつきながらもスフィーの傍に歩み寄っていった。声を掛けたが、スフィーは何も応えようとはしなかった。
そんなスフィーの横顔を見て、クラナッフは、スフィーが何を哀しんでいるのか理解した。
「……やはり、ヤツに王も……」
「?!」
スフィーは驚いてクラナッフのほうを振り向いた。
「……やはりそうか。どうしてリアンや俺を置いて一人で立ち向かおうとしたか、色々考えてみた。……王も取り込まれていたのか」
「このコトは、リアンには……」
「判っている。黙って――――?!」
クラナッフがそう応えた時であった。クラナッフはスフィーを見て思わず瞠った。
いや、クラナッフはスフィーを見て驚いているわけではない。
「――スフィー!後ろっ!」
え?とスフィーは振り返った。
そこには――〈災禍〉が消え去った暗闇に、青白い光の粒子が集まりつつあった。
やがてその光の粒子は、人間の形を創り出した。
それは実体を持った光る人間だった。法衣を纏ったその主は、一瞬、グエンディーナ王に見えたが、よく見れば彼に似ている人物であった。
『………………おのれ…………よくも邪魔を…………』
不快を露わにした憎悪の声だった。法衣姿の人物は、スフィーとクラナッフを睨みつけて、そう言い放った。
「まさか――――」
スフィーは、法衣姿の人物をようやく思い出した。王宮の書物に描かれていた肖像画で見た、伝説の――
「あなたは――――初代グエンディーナ王の実兄、法師ルベルクか!?」
つづく