まじかる☆アンティーク =Little stone=(21) 投稿者:ARM(1475) 投稿日:11月29日(水)22時17分
○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)他(苦笑)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオ他のネタバレを含んでおります。
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【承前】

「「…………」」

 健太郎とスフィーは、健太郎が手にする魔鏡の力によって頭の中に止めどなく流れ込んでくる、不思議な記憶に圧倒されていた。
 これが、〈災禍〉を生み出した根源であるコトは、二人とも直ぐに理解した。
 スフィーは涙を溜めて歯を噛みしめていた。その横で健太郎は、憮然とした面もちで黙り込んでいた。

「…………何でだよ」

 それは、呻くような健太郎の声であった。スフィーは健太郎の様子に気付いて、健太郎のほうへ向いた。

「…………何でこんなものを見せるんだよ…………俺は――――――!」

 そこまで言って健太郎は声を詰まらせた。いや、胸の中にわだかまっていた想いを一気に吐き出す為に、深呼吸をした為であった。

「――――俺は、あんたの哀しみは判っているんだよ。だから、――――これ以上の不幸は、もう沢山だ!」

 健太郎は怒鳴った。そして、ゆっくりと起きあがり、スフィーの許へ歩き出した。

「……けんたろ!来ないで!今の〈災禍〉は、あたしにも止めるコトが――」

 スフィーは必死に〈災禍〉を押さえる魔法――恐らく結界魔法であろう、それを行使していたが、精神力はとうに尽きかけ、ギリギリの所で保っていたのだ。このまま健太郎をこの場に居させたら、健太郎の命も危うい状況であったが、しかしスフィーには〈災禍〉を押さえるのが精一杯で、どうするコトもできなかった。
 そして、魔力も限界にあった。生命エネルギーをマナと融合させて魔力に変換し、行使する、スフィーたちグエンディーナの魔法使いは、〈災禍〉の呪いによって生命エネルギーとマナの使用領域を逆転させられてしまった為に、一度に大量の魔力を行使すると代謝機能を狂わせ、身体的変化つまり幼児化してしまうようになっしまったのだが、単純に大人から赤子になってしまうわけではない。普通なら、生命エネルギーの消費によって老化の促進されるところを、〈災禍〉の呪いはそのエントロピーを逆転させてしまっただけで、実際には命を消費させているのに代わりはない。若返るために命を消費していると考えれば判るだろうか。そして魔力に変換できる生命エネルギーにも質が要求される。つまり限界はあるのだ。
 さらに、スフィーの父親の思念を取り込んで、〈災禍〉は進化を遂げ、唯一の弱点であった、〈災禍〉を組成する呪文の句読点が無くなってしまった。スフィーはそれ以外の弱点が思い付かず、ただひたすら残りの魔力で結界を張り、〈災禍〉の暴走を辛うじて押さえているのである。もっともそれすら、ほんの僅かな延命に過ぎない。
 人類の破滅は、もはや決定されているも同然であった。
 たった一人の、人間の愚かさを呪った魔法使いの哀しみがもたらした、終焉。
 だが、スフィーさえ諦めたそれを、今だ諦めていない者が居た。
 スフィーの背後に立ち、〈災禍〉に向けて魔法を行使しているその手を包み取った健太郎は、その一人であった。

「けんたろ――」
「――――諦めるなよ、スフィー。――俺は――――絶対、あいつを止めるっ!」

(ここでOP「Little stone」が流れると思いねぇ)
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   まじかる☆アンティーク

    = Little stone =

         第21話 「…………俺の命を使え」

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「けんたろ――でも――もう、どうするコトも――」
「落ち着け、スフィー」

 狼狽するスフィーに、健太郎は落ち着きをはらって言った。

「魔法使いが暴走させたものとは言え、――人間が生み出したものだ。絶対、弱点はある」
「…………」
「一人で考えるより、二人で考えてみよう。客観した時に見える真実だっていくらでもあるんだから。スフィー。お前、どうやってこいつを封じようと考えていたんだ?」

 この危機に、まったく冷静でいる健太郎にスフィーは戸惑ったが、健太郎の言うコトにも一理あったので頷いた。

「……もともとこれは、呪文で出来ているの。だから、今はこんなふうにぐるぐる回っているけど、呪文の最後、つまり句読点がどこかに存在する。それこそがこの魔力体の最も組成の薄い部分であり、構造的弱点(クランプルポイント)。……本来それは、虚像反転によってひっくり返ったモノだから、句読点は実は呪文の本来の最初の句でもあるのよ。――魔法使い一人分の魔力で封滅するには、本来の魔力の導入部であるそこに指向性法術を送り込めばいい。元々はそこから魔力が流れるのだから、うまく送り込めれば後は勝手に指向性魔力を受け止め、再び虚像反転を起こして正常化される。――そう思ったんだけど、いつの間にか〈災禍〉は、その句読点を消したか見えなくしたか、恐らく同じ呪文句を重ねてどこが句読点になるのか判らなくしてしまったようなの」
「最後の文章を、その前にあった同じ文章と重ねて、隠してしまったってワケか。その呪文句って、どれくらいあるんだ?」
「ざっと、2万2561件」
「…………そりゃ、諦めるわな」

 思わず健太郎は仰いだ。

「――でも、なら、全部片っ端から当たってみるか」
「駄目――」

 スフィーは忌々しそうに頭を振った。

「同時に討てば何とかなっても、それを行うあたしの魔力が絶対的に足りない――今だって――」

 言われてみれば、スフィーの顔面は蒼白していた。それを見て健太郎はようやく、スフィーが自らの命を削って現状維持に務めているコトに気付いた。

「――スフィー!?」
「駄目――今はもうこれしか」

 そう言ってスフィーは力なく微笑んだ。

「……けんたろ」
「スフィー……?」
「……あたし…………諦めてたんだ…………もう、逢えないかと」
「弱気になるなよ……くそっ」

 健太郎は必死に現状を打破する手段を模索するが、佳い知恵は全く浮かばなかった。

「……でも、逢えてよかった。…………ゴメンね、役立たずで」
「諦めるなって言ったろ……」
「…………あたし、こんな姿じゃなければ、けんたろとHくらい出来たんだけど……あたしのことを思い出せないでいるけんたろが怖かったから……無茶なコト言って嫌われたく……無かったから…………!」

 スフィーはポロポロと泣きながら済まなそうに言った。
 いつもは勝ち気なコトを言っているが、内心、健太郎を想う気持ちで心が潰されていた所もあったのだろう。健太郎もそれとなく判っていたが、肝心なコトを思い出せないばかりに、それが逆にスフィーを余計に追い詰めてしまう結果となっていたのだ。
 もっと早く想い出せていれば、スフィーもこんな幼い容姿のままで居る必要も苦労も無かっただろうに。そう思うと健太郎は心の中で自分を罵った。

「……なら、これが終わったら、……帰ったらHするか?」
「…………バカ」

 スフィーは半べそ掻きながら笑った。

「大丈夫さ。必ず帰れるさ――――」

 そしてそれは衝動となり、健太郎はスフィーの両手を後ろから掴ませた。

「けんたろ――――?」
「…………スフィー」

 健太郎の心は、スフィーの身体を力一杯抱きしめているつもりだった。そうしなかったのは、この華奢な姿が、強く抱きしめた瞬間壊れてしまいそうだったからだった。

 どうして健太郎はそう言ったのか判らなかった。
 ただ、それが自分たちに残された最後の手段であると、本能的に察した為かも知れない。生命は滅びを甘受するコトはない。ましてや、愛する者を護りたい一心でいる場合は。

「…………俺の命を使え」
「……え?」
「魔法使いが生命エネルギーとマナを融合させて魔力に変えて使うというのだから、俺の生命エネルギーだって使えるだろう?――同じ人間なんだから」
「そ、そんな――」
「出来ないはずはない」

 そう言って健太郎は、右腕を軽く振って、手首にはまっている腕輪を、カシャ、と鳴らした。

「……この腕輪で、俺にお前の魔力を送り込めるのなら、その逆だって――俺の中の生命エネルギーを魔力に換えるコトだって出来るハズだ」
「で、でも…………」
「迷うなっ!――」

 怯えるようにいうスフィーに、健太郎は怒鳴ってみせた。
 そして、スフィーの腕から手を離し、今度はスフィーの身体を後ろから抱きしめた。

「…………大丈夫だ。俺は死なない」

 健太郎はスフィーを宥めるように優しく言ってみせた。

「――死んでたまるか。言ったろ、結婚してやるって」

 苦笑混じりに言う健太郎に、スフィーは笑っているとも困っているとも取れる複雑そうな表情を浮かべた。

「……バカ」
「……バカで結構さ…………そんな男に惚れてくれたお前を……好きでいられるから」

 健太郎の落ち着いた態度は、何もかも覚悟していた為であった。初めから、スフィーを護るためなら、命など――。

「…………でも、ヤダ」
「へ?」
「…………あたし、もう、けんたろを死なせる目に遭わせたくない!」
「…………」
「――子供の頃、けんたろを殺しちゃったのはあたしの所為なのよ!あたしのわがままが、あたしのヒステリーが――、もう、あんな嫌な思いは――」

 スフィーはそう言って狼狽える。
 だが、そんなスフィーの手を、健太郎は優しく包み取った。
 そして、微笑んだ。

「…………大丈夫」

 健太郎がそう言った刹那であった。
 突然、健太郎の身体が光り始めたのである。

「な、何――――」

 突然の不思議な現象に、唖然とするスフィーだったが、しかし直ぐにその発光の正体を理解した。

「――魔力――健太郎から魔力が――――?!」

 理解したが、理解出来なかった。――健太郎が魔力を放つなどと!
 有り得ないコトではなかった。スフィーはかつて2度、健太郎の命を救うために、健太郎の身体に魔力をそそぎ込んだコトがあった。
 1度目は10歳の時、そして2度目は成長して再会した時。
 それが、健太郎の身体を、魔法使いのように魔力に対する耐性や適応力を与えてしまったのであろう。思えば、この洞窟内には、〈災禍〉によって世界中の低級マナが集められて、高濃度の低級マナが凝縮されている状態にある。高濃度とは言え、即時、死、というコトにはならないが、それでも吐き気や悪寒など身体に悪影響を及ぼすハズである。にもかかわらず、健太郎は依然と、体調の不調を訴える様子さえない。もはや健太郎が魔力に対する耐性を持っているコトは明白であった。
 そして、魔法使いでなければ叶わぬ、魔力の精製。これで、魔法の呪文を覚えれば、健太郎も立派な魔法使いである。
 だからこそ、スフィーは戸惑った。
 ――ここまで健太郎を変えてしまったのは、自分の所為だ、と。のし掛かるような重い後悔が、スフィーの心を昏くした。
 そして、スフィーすら予想し得なかったコトを、健太郎は成し遂げてしまった。

「魔力が――入ってくる――」

 そう。スフィーは、自分の腕輪から流れ込んでくる膨大な魔力に気付いたのである。気付いた時には、スフィーの身体は年相応の美しい美女に戻っていた。

「けんたろ――」

 健太郎は、無意識のうちに、魔力のコントロール方法さえ出来るようになっていた。スフィーは健太郎のその素質にただただ唖然とするばかりであった。
 だが、そのコントロールを完全には制御出来ていなかった。健太郎の顔は見る見る青ざめ、息も荒くなってきたのである。生命力が急激に低下している為であった。

「駄目!もう止めてっ!」
「止めて……って、言われたって……なぁ」

 そう言って健太郎はスフィの背中にぐったりと倒れ込んだ。

「……止め方……知らねぇし…………ははは」

 健太郎は苦笑するが、笑って済む事態でないのは判っていた。判っているが、もはや健太郎にはどうにもならないコトであった。

「けんたろ!――けんた――けんたろ!」

 スフィーは〈災禍〉を結界魔法で押さえる姿勢を崩すワケにはいかず、必死に声を掛けてみせた。だが健太郎は、スフィーの両手をしっかり取ったまま、蒼白している顔をスフィーの髪の中に沈めてぐったりとしたままだった。

「ヤダ――このままじゃ――けんたろが――けんたろが死んじゃう!――――」

 動揺しつつ、スフィーは現状を打破する道を模索した。
 そして、結論は実に明快で、即座に出た。

「――健太郎が生命力をすべて魔力に変えてしまう前に、もらった魔力で、一刻も早く〈災禍〉を封じる!」

 〈災禍〉を組成する呪文の句読点に相当する箇所は、2万2561。そのすべてに、〈災禍〉という狂った呪文を修復する、指向性法術を打ち込むしかなかった。そしてそれは一刻も早く行わなければ、健太郎は自分の生命力をすべて魔力に変換させてしまうだろう。
 正直、スフィーは受け取った魔力だけですべて打ち込める自信はなかった。出来るだけ、力を押さえ、多く分散させる。その方法しかなかった。スフィーは結界の魔法を解き、即座に指向性法術の高速詠唱を始めた。

「――いっけぇっ!!」

 スフィーは絶叫しながら、指向性法術の魔力が籠もった両手を〈災禍〉に突き出した。するとそこから、夥しい数の細い光線が発射され、次々と〈災禍〉に撃ち込まれていった。

「――足りない――ギリギリ――3つ――3つ足んなかった――――」

 スフィーは、放った魔法の数を把握していた。しかしそれは必要とする数より3つ少なかった。
 だが、2万2561分の3。失敗は約7520分の1の確率。余程運が悪くない限り、失敗するハズはなかった。
 だが――。

「…………そ…………そんな…………」

 魔力を使い果たし、また子供の姿に戻ったスフィーは、背中に倒れ込んでいる健太郎の身体の重みを感じつつ、その場にへたり込んでしまった。
 〈災禍〉に撃ち込まれた、2万2558本の指向性法術は、あろう事かすべて標的の句読点を外してしまったのだ。あまりの運のなさに、スフィーは精神的ショックから激しい脱力感に見舞われていた。
 果たして運ばかりであろうか。〈災禍〉に込められた憎しみは、愛や奇跡さえも通じぬ深いモノなのであるのか。あまりにも強大な敵であった。

「……ゴメン…………けんたろ…………」

 圧倒的な力に打ちのめされ、焦燥しきった顔をするスフィーは、ガックリとして身じろぎしない健太郎に呼びかけるように言った。

「…………やっぱり、あたし、いつもけんたろの迷惑ばかりかけている…………」
「……んな……コト…………ねぇ」

 意外にもまだ、健太郎には意識はあった。

「けんたろ……!」
「…………やるだけのコトはやった…………誰も責めは……しないさ」
「だって……だって…………!」

 スフィーは振り返り、健太郎の身体に抱きついて泣き始めた。もはや打つ手もないスフィーには、健太郎に詫びるしかなかった。

「……気にするな」

 健太郎はスフィーの頭を撫でて慰めたかったが、生命力の低下しているその身体では動かすコトすらままならなかった。
 そんな健太郎を見て、スフィーは胸が詰まる思いだった。健太郎の優しさが、今のスフィーにはこの上ない救いだった。
 向こう側では、〈災禍〉が結界魔法から解かれて再び巨大化し始めていた。もう誰にも止めるコトは出来ないだろう。
 そんな最期の一瞬に、健太郎の傍にいられる。スフィーは満足だった。

「……けんたろ。…………愛しているよ」

 健太郎は声も出せないほど衰弱していたが、何とか、ふっ、と微笑んでみせた。俺も、と。
 そんな時だった。

「……そこ。いつまでも悲劇のカップルしていない」

 突然聞こえてきた声に、スフィーは驚いて声のしたほうへ振り向いた。
 そこには、――広間の入り口には、見覚えのない、緑色の長い髪を冠した、青い服を着た少女と、そしてリアンを背負っているボロボロ姿のクラナッフが立っていたのである。

「諦めたら負けだから――生きているうちは、いくらでも勝つチャンスはあるっ!勝負はまだまだこれからよっ!」

 健太郎に良く似た口調で不敵に笑う少女、あいが、健太郎の従妹でそして羅法使いであるコトをスフィーはまだその時は知らなかった。

          つづく

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