○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)他(苦笑)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオ他のネタバレを含んでおります。
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【承前】
時は15世紀中期。――――
欧州に住む魔法使いたちにとって、その時期は、昏い受難の日々と、そして新たな時代を迎える為の大切な準備の期間であった。
魔女狩り。
当時、欧州で様々な疫病や飢饉が猛威を揮っており、多くの人命を奪ばわれたコトによって生産力が低下し、各国に著しい経済的ダメージを与えた。
しかし当時の医学や文化では、疫病の発生のメカニズムや対処法など判るハズもなく、また、当時の権力の殆どが教会に集中していたコトもあり、人々はその原因を、偏見と思い込みから捏造ししまった。
――魔女の仕業だ、と。
何を根拠に、裁かれてしまった人々を魔女扱いしたのか。根拠など無い。
――疑わしきは、罰する。
疑心暗鬼が、そして一部の者の利潤追求が、暴走する集団ヒステリーが、20万人も命を奪うコトとなった。その所業が、後世の人々から何と愚かな行為だろう、と誹られるコトなど、誰も考えなかった。
実在した魔法使いたちは、この集団ヒステリーに対し、脅威を感じていた。
しかし彼らは賢明であった。一部の権力者が生み出した妄想や妄言を信じず、自身が見聞きした理こそを真理とする彼らは、争いを望まなかった。
各国の魔法使いたちのリーダーは、人々の暴走を憂いつつ、しかしそれを止める術を知らなかった。だから彼らは、争いの道以外の方法を模索した。
そのうち、英国の女賢、マーリンが、古代の文献の中から大胆な提案を申し出た。
――創世しよう。
神の所業を、魔法使いが果たすというのか。それを聞いた魔法使いたちは思わず笑った。
但し、続いて語られた話を聴いているうち、今まで笑っていた魔法使いたちの中からいつしか笑い声が途絶えていた。
それを可能とする力が存在するという話を。
マーリンが証拠として差し出した古代の文献、「ヤーケ抄」。紀元前に、北欧に住むある賢者が、ある地方に口伝として残されていた伝承を纏めたものであるが、そこに、北欧神話として伝えられている「ミミルの泉」の伝説の真実が隠されていた。
ミミルの泉。北欧神話で知られる隻眼の神、オーディンが、知恵を獲得するために、ヨツンヘイムに伸びた宇宙樹の許に湧き出ている、太古の知識が秘蔵されているというミミルの泉の水を飲むために、自らの片目を担保として差し出したとされている。
だが、そのミミルの泉とは、本当は超古代文明人が残したロストテクノロジーによる天文学的規模のデータベースマシンであり、ある超エネルギー結晶体によってそれは制御されていたというのである。
それを聞いた魔法使いたちは、途方もない話だが、確実な話であると言うコトは直ぐに理解した。
その超エネルギー結晶体が、魔法使いたちの間でも知られていた幻の鉱物、〈賢者の星〉であると示唆されていた為であった。魔法使いたちは口伝で〈賢者の星〉の力は伝わっており、史上幾つか、それによってなされた奇跡の事実を知っていたのである。
〈賢者の星〉さえあれば、もう一つの世界が、魔法使いたちが安心して住める世界が作り出せる。魔法使いたちは躊躇わず、行動に出た。
魔法使いのルベルクは、同じ魔法使いの弟、クリベルとともに、ノルウェーの北西の地で〈賢者の星〉を探す旅をしていた。
二人の師である女賢マーリンは、二人に「ヤーケ抄」が見つかった遺跡の周辺を捜索するよう、命令したのである。少なくとも手懸かりはあると踏んだのであろう。当時はマーリンをして、グリーンランドの地下に超古代文明の遺跡があるコトを知らなかった。
ルベルクは師から与えられたこの使命に対し、余り乗り気ではなかった。
――教会?奴らの所業を野放しにしておくのか?
――奴らは、神の教えなど信じちゃいない。奴らの本当の信仰対象は、権力だからな。権力は神か?権力を信奉する者は、雷の正体を知っているのか?どうして火が燃えるのか知っているのか?どうして雨が降るのか知っているのか?この世界がどんな形をしているか知っているのか?
――我々にとって、奴らは野蛮人なのだ。なのに何故、そんな奴らの言いなりにならねば――――
「……ルベルク」
ルベルクは、耳元で聞こえた女の声で、はっ、と驚くように目覚めた。
声の聞こえた方へ目を向けると、そこには先ほどまで愛し合っていた少女の裸体と、不安げな顔が、薪火の灯りに照らされていた。
「……うなされていたみたいだったけど」
「……済まない」
ルベルクは心配してくれている少女の頭を撫でて力なく微笑んだ。
(ここでOP「Little stone」が流れると思いねぇ)
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まじかる☆アンティーク
= Little stone =
第20話 「…………だが俺は、お前たちと違って――許せない」
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フレイ。弟と共に、「ヤーケ抄」が見付かった遺跡の近くにある村の娘。
銀髪碧眼、降り積もったばかりの白雪のようなきめ細やかな白い肌の主。女神像を思わせる綺麗な肢体と美貌。そして自然を愛し、村人たちからも慕われていた、実に美しい娘であった。
医師、としてこの地を訪れたルベルクは、偶然この娘と知り合った。
村の近くを流れる川で、飲み水を補給していたルベルクは、同じように水を汲みに来たフレイと出会った。
ルベルクは最近知ったばかりであったが、フレイの父親は、当時の欧州で屈指の鍛冶屋として知られていた。フレイの父親が作る剣は逸品で、国内外問わず珍重されていた。
父親の仕事を手伝っていたフレイは、毎日のように森の奥まで、火傷や手の荒れに効く薬草を取りに行ったりしていたのだが、丁度森の奥に問題の遺跡があり、ルベルクと顔を合わせる機会が多かった。
そうして幾度か話をしているうちに、ルベルクはいつしかフレイに惹かれている自分に気付いた。
そしてフレイもまた、――ルベルクと初めて会ったその時から。
ついに今夜、ルベルクはフレイを自宅に招き、結婚を申し出て、二人はようやく結ばれたのであった。
そんな幸せの中で、ルベルクは自分の本来の使命と、忌まわしい現実を夢の中で急に思い出してしまい、一抹の不安を感じてしまった。
自らの使命。
――今、弟のクリベルが、先週、ルベルクが遺跡の奥深くで見つけたある文献を調べており、一両日中に内容が判明すると言っていた。
「……後は私が調べておきますよ。今までルベルク兄さんにお手を煩わせてもらっていたのですから、今夜はゆっくりと……ね?」
フレイが訪れる前にそう言って離れに向かったクリベルの笑顔が、ルベルクには少し照れくさかった。
実の弟ながら、佳く出来た男だとルベルクは思っていた。魔法の腕も兄の自分よりも上で、ルベルクも事実上マーリンの一番弟子だと思い、誇らしげに感じていた。
生来、身体の弱いクリベルが〈賢者の星〉探索に同行するなど無理な話と思っていた。事実、フレイの村に医師として滞在するコトになったのも、本来ならば秘密裏に探索しなければならないところを、クリベルが長旅の疲れから遂に体調を崩したという、やむを得ない事情からであった。
当時の北欧地方は黒死病(ペスト)の猛威がようやく鎮火した頃であった。
この山間辺りでは、疫病の蔓延によって久しく医師は今まで不在の状態であった。その為、医療技術――特に魔法の研究によって大きく進歩していた治療技術を心得ていたルベルクは、村の人々からも快く迎えられていた。
――ある男を除いて。
ルベルクたちが居を構える屋敷を、遠くから見ていた男が居た。
男は、フレイの父親の弟子で若い鍛冶職人であった。
そして、男はフレイに心を寄せていた。
それが、よそ者の男に遂に寝取られたコトを――フレイがこの屋敷に入って行くまでその後をついていたのだ。今で言うストーカー的な行動をとるこの男の心の中には、愛情が醜い憎悪に変わりつつあった。
ルベルクは、愛するフレイを引き寄せて抱きしめ、この地に医師として骨を埋める決意をした。
――あと少し。せめて、見つけたあの文献を解くまでは、魔法使いでいよう、と。
翌日、ルベルクは、フレイの父親の許を訪れ、改めてフレイな求婚したコトを告げてその許諾の意志を伺った。。
フレイの父親は、職人気質の旧い男であったが、娘の幸せを何より考える男だった。フレイの母親は、フレイを生んで直ぐに逝去した為、父親はフレイを佳い男の許に嫁がせたいと思っていた。
ルベルクは、人格もその仕事も、申し分ない男だった。しかしフレイの父親は、この流れ者に対して今ひとつ――勘のレベルで信用出来ないと感じていた。
何かを隠している。そう思えてならなかったのだ。
悩んだ末、フレイの父親は二人の結婚を承諾した。
フレイの笑顔。一抹の不安はあるが、フレイをここまで幸せそうに微笑ませられる男なら、きっとフレイを幸せにしてくれるだろう。
フレイの父親の勘は、半分当たっていた。
ルベルクがその素性を偽っていたコト。
しかし、フレイを不幸にする存在は、ルベルクでは無かった。
――はい。この目で……あの女がホウキに跨って空を飛んでいく姿を!
――父親は有名な剣鍛冶でありますが、娘は――いえ、恐らくは、父親もその素性を隠しているのでしょう!あの家には怪しげな薬草や毒草が一杯あります。……私は怖ろしい、あんな家で修行をしていたなんて――早く、一刻も早く――――
すべてを――偽りの有り得ないすべてを村の教会で告白したフレイの父親の弟子は、了承して奥へ消えていく神父の背を見ながら、快感にも似た高鳴りに興奮していた。
ルベルクにフレイとの結婚を許したその夜、フレイの父親は、ルベルクが帰宅した後、フレイに、今まで大切にしまっていた母親のウェディングドレスを差し出した。
それは、フレイの母親が父親との結婚式で纏ったものであった。
純白の、見事な仕事の衣装であった。特に、胸元に付いてある、濃緑色の見たコトもない宝石が、フレイの心を暫し奪った。――――
「兄さん、判りました!これを!」
そういってクリベルが、ルベルクに差し出したのは例の文献の1ページであった。
「〈賢者の星〉は、間違いなくこの地方に在ったようです。祭事で使われていたらしく、その司祭の一族が大切に保管していたと!」
「ほう」
感心したふうに言うルベルクだったが、内心、踊っていた。
これで、みんなが――フレイを幸せにしてやれる、と。
「――それで、何だけど」
「?」
綺麗なウェディングドレスは、フレイの母親の実家に代々伝わる法衣に手を入れたものであった。山を越えた隣村の人間であったフレイの母親は、祭事を司る司祭の家の出身で、とうに司祭としての仕事は廃業していたそうである。胸に付いてある宝石は、その祭事で使用されたもので、家宝だった、とフレイの父親は妻から聞いていた。
「隣村?」
「うん。そこに問題の司祭の一族が住んでいるらしい。……で」
「……ああ、判った。俺が見に――」
「いや……」
「?」
「……僕も見に行きたいんだ。〈賢者の星〉を。…………ダメ?」
ルベルクは少し戸惑い、果たして首を縦に振った。
兄弟は善は急げとばかり、その夜のうちに隣村へと向かった。
片道、二日の行程であった。隣村に着いたルベルクたちは、もう20年も昔にこの村が廃村になっていたコトを知った。
思わず仰ぐルベルクだが、クリベルは諦めなかった。
「手懸かりはきっとあるハズだから。――フレイさんのためにも」
弟にはすっかりお見通しだったらしい。ルベルクは苦笑しつつ、ああ、と頷いた。
結局、村に戻れたのは、隣村に向かってから一週間後だった。
得られた手懸かりは、その司祭の人間が、フレイのいる村へ引っ越して行ったと言うコト。灯台もと暗しとは良く言ったものだ、と二人は呆れつつ、急いで村に戻った。ルベルクは家の前に隣村へ行く、とフレイ宛てに文を残していたが、直接言えなかったコトを少し後悔していた。
「…………あれ?村のほうが明るい」
夕映えの中、ようやく山道から村を見るコトが出来た時、クリベルはあるコトに気付いた。
「――――燃えている――火事だ」
そしてルベルクは、あるコトに気付いた。
「――――あれは――――フレイの家」
それを知った時、ルベルクはクリベルを置いて駆け出した。
無我夢中で村に着いた時、ルベルクは事態を知った。
フレイとフレイの父親が、密告から魔女狩りの対象になったコトを。
一度でも疑われれば、助かる道がないのが魔女狩りであった。
そして、まさに今、村の広場に用意された火あぶりの処刑台に、フレイが無実の罪で焼き殺されようとしていた。
ルベルクは絶叫した。人混みを分けながらフレイの名を叫ぶルベルクがようやく処刑台の手前までたどり着いた時、既にフレイの身体は炎の中に消えていた。
ルベルクの横に、いつの間にかフレイの父親の弟子がいた。
――あの淫売、とうとう死んだぜ。
――親父は教会に抵抗して殺されたぜ。
――魔女なんざ人間じゃ無ぇからな、いくらでも拷問にかけてやったさ。――へへっ、審問官様にお願いして俺も混ぜてもらったがな、それなりに楽しませてもらったぜ。処女でないのが残念だったが、泣きながらお前の名を叫んでいるあいつの膣に何度でも何度でもブチまけ――――
嘲笑う弟子の身体は、次の瞬間、爆ぜ散った。
続いて、フレイの身を飲み込んでいた炎が、瞬時に消えた。
驚く民衆たちの前で、ルベルクはゆっくりと立ち上がり、彼らを睨んだ。
――本気で、フレイを魔女と思ったのか、お前たち?
――疑いもしなかったのか?あの優しい娘を、あの立派な父親を擁護する者は一人としていなかったのか?
――騙されていると思わなかったのか?
――魔法使いが、人間ではない、だと?
――ああ、そうさ。
――魔法使いは、お前ら野蛮人たちがいう“人間”とは違う、“にんげん”さ。
――だから、容赦などしない。
人口100人ほどの、小さな山村。
子供も、老人も、教会が呼び寄せた異端審問官たちも。
一瞬にして、ルベルクが放った攻撃系の最高位法術〈核撃〉によって、分子レベルにまで容赦なく燃やし尽くされ、消滅した。
ようやく村――の跡に着いたクリベルは、異世界にて原子核融合のエネルギーを発生させ、一千度を超える熱と衝撃波を指定領域に放出する究極の攻撃魔法で、その威力から事実上禁呪とされていた〈核撃〉を行使した兄を咎めようとしたが、その背に、背筋が凍り付くような憎悪と、そして例えようのない哀しみを見つけてすべてを理解し、沈黙するしかなかった。
その究極の破壊をしても、フレイの家の跡に残されていた、〈賢者の星〉の結界に護られていたウェディングドレスを破壊するコトは叶わなかった。ルベルクとクリベルは、フレイの家があった地面に埋もれるように在ったそれを見て、探していたものがそこにあったコトを知ると、途方もない脱力感に見舞われた。
そしてようやく、ルベルクは膝を落とし、天を仰いで大声で哭いた。
マーリンの許に戻ったルベルクとクリベルによってもたらされた〈賢者の星〉。それは見事に、魔法使いたちが安心して暮らせる世界を創成するコトを成功させた。
魔法使いたちは荒れるこの世界を放棄し、次々と新世界を目指して行った。
マーリンはこの世界に遺ると言った。それが自分の使命だから、と。クリベルは師の意志に従った。
ルベルクもこの世界に遺ると言った。しかしクリベルは納得しなかった。
この世界には辛い思い出ばかりしかないから、と。
(このままこの世界に残しては、きっと兄は――。)
結局、マーリンの説得もあり、ルベルクもクリベルと共に新たな世界へ旅立つコトにした。
「…………だが俺は、お前たちと違って――許せない」
それが、新世界――後にグエンディーナと名付けられる世界に到着したクリベルが聞いた、ルベルクの最後の言葉であった。到着してまもなく、ルベルクは仲間たちの元から独り離れ、グエンディーナの都から遠く離れた山中に居を構えて、運命の日まで魔法の実験に明け暮れるコトとなった。
「「…………」」
健太郎とスフィーは、健太郎が手にする魔鏡の力によって頭の中に止めどなく流れ込んでくる、不思議な記憶に圧倒されていた。
これが、〈災禍〉を生み出した根源であるコトは、二人とも直ぐに理解した。
スフィーは涙を溜めて歯を噛みしめていた。その横で健太郎は、憮然とした面もちで黙り込んでいた。
「…………何でだよ」
それは、呻くような健太郎の声であった。スフィーは健太郎の様子に気付いて、健太郎のほうへ向いた。
「…………何でこんなものを見せるんだよ…………俺は――――――!」
そこまで言って健太郎は声を詰まらせた。いや、胸の中にわだかまっていた想いを一気に吐き出す為に、深呼吸をした為であった。
「――――俺は、あんたの哀しみは判っているんだよ。だから、――――これ以上の不幸は、もう沢山だ!」
つづく