まじかる☆アンティーク =Little stone=(19) 投稿者:ARM(1475) 投稿日:11月23日(木)23時35分
○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)他(苦笑)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオ他のネタバレを含んでおります。
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【承前】

 〈災禍〉は意志を持っていない。――ハズだった。
 だが、目の前で、死に絶えた少女の亡骸を抱きしめている若者の姿を見ていると、どこかやるせない“何か”が去来していた。――自我もないのに?
 どこかで見た光景。
 ――忘れてはならない記憶。
 ――自我など無い、呪文の集合体に過ぎない自分が、何を覚えているのと言うのだ?
 とても理解出来なかった。――呪文の集合体が理解出来るハズもない。
 そのうち、若者から奇妙な声が聞こえてきた。

「……そっか……そうか…………ははは、ははは」

 愛する者を失ってついに心が果てたか。〈災禍〉はそれを哀れに思った――呪文の集合体に過ぎない自分が、何を哀れむというのか?

 若者は顔を上げて大笑いしていた。
 だがその顔から、狂気が一片も伺えないコトを、〈災禍〉は理解、いや気付いていなかった。
 そのうち、若者は笑いをやめて、〈災禍〉を睨み付けた。
 不敵な笑みを浮かべて。


 健太郎は、右手の腕輪に感じる熱さを疑問に感じていた。
 何故、こうも熱いのだろう。スフィーはもう居ないのに、まるでこの腕輪からスフィーの温もりを感じる。――まるでまだ生きているように。

 ――――?

 絶望感に支配されていた健太郎は、そこに淡い希望を感じた。――いや、信じた。
 一瞬。一瞬だが、見えたのだ。
 その腕輪から伸びる、赤いあの糸を。――スフィーと繋がっているあの赤い糸と。
 どういうワケか、赤い糸は、抱き抱えているスフィーの亡骸には繋がっておらず、右の方へまっすぐ伸びていた。
 まるでそこに、もう一人、居るように。

 ――――――

 幻聴かと思った。自分の名を、舌足らずな口調で呼ぶ声。
 懐かしい――聞き慣れているハズのその声がどうしてこう懐かしく感じるのだろうか。

 ああ。あれは――あの夏の日の声なんだ。

 13年経っても、その声は変わっていない。姿も、理不尽な呪いによって、そのままであった。

 ――けんたろっ!

 もう一度、健太郎の耳に聞こえた、スフィーの怒鳴り声。朝寝坊してしまった時、微睡みの中で聞いた怒鳴り声。今の声はそれと同じであった。
 ――同じ?

 直感だった。確証も無かった。
 でも、健太郎には、それで充分だった。その可能性はあったからだ。

 〈災禍〉は欺く力を持っている。――

「――勝負は、これからだっ!」

(ここでOP「Little stone」が流れると思いねぇ)
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   まじかる☆アンティーク

    = Little stone =

         第19話 「スフィー。お前が大切だからだ」

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 私は、五月雨堂にいた。
 隣には、自分の居場所になってくれた、ちょっとお節介だけど優しい、若い骨董品店の店長さん。
 向こうには、若い二人の仕事を、温かく見守ってくれている、私のお父さんとお母さんが並んでいた。店の奥では、息子たちに店を任せてくつろいでいる店長さんのご両親もいる。
 常連の中には、グエンディーナの王女姉妹も居た。とても恩義を感じる人たち。
 近所の、店長さんの幼なじみで料理の上手いお姉さんは、今日も遊びに来てくれた。
 ……肝心な誰かを忘れているな気がするけど、まあいいや。
 ここが、私の幸せな世界なんだから。


 たとえその五月雨堂の周囲を、低級マナの供給が絶たれて力尽きかけている〈災禍〉の分身たちが、最期の隙を狙って滞空していようとも。
 〈災禍〉の分身たちも、この世界の終焉が迫りつつあるコトを直感していた。
 抜け出す方法は無かった。施行者の意識が内側に向いたままである以上、その意志無くして外界に脱出など出来なかった。
 だから〈災禍〉の分身は、最後の力を振り絞り、なつみの意識を乗っ取ろうとしていた。
 あと少し。――あと少し、弱まってから。
 なつみがこの世界で実現させた「夢」は、なつみが生み出したモノであろうか。それとも〈災禍〉の分身がなつみの意識を侵している為であろうか。
 いづれにせよ、これ以上なつみに勝算はなかった。それなりにパワーを保有している〈災禍〉の分身は、ただ封じ込めただけでは、弱まらせるコトは出来ても倒せるコトは叶わなかった。
 ついに〈災禍〉の分身は動き出した。――


「……誰?」

 なつみは、店の前に立つ、不思議な人物の存在に気付いた。

「…………誰?」

 何も応えない問題の人物に、なつみは不安そうにもう一度訊いた。

「……まったく」

 ようやく、問題の人物は口を開いた。苦笑していた。

「……〈イン・ザ・ワールド〉は危険だから施法してはならないと注意したでしょうが。お母さんを泣かせるような悪い娘では、一人前のグエンディーナの魔法使いは落第ですよ」

 問題の人物は、光が散りそうな銀色の髪を揺すらせ、呆れたように笑っていた。
 そこでようやくなつみは思いだした。既になつみの周囲からは五月雨堂は消え、辺り一面には、あれほど居た〈災禍〉の分身たちがすべて消え失せていた。
 夢を見ていたようであった。――ささやかな憧れを、小さな切ない想いを孕んだ夢を。
 そして、肝心な誰かを。――


 それは、あいにとって最後の賭けであった。
 以前、五月雨堂を襲ったリアンとクラナッフは、〈災禍〉が創り出した疑似生命体である魔力体を植え付けられて操られていたが、あいが〈霊糸〉でそれを射し貫いて斃していた。
 あいはそのコトを思い出していた。

 地面に大の字になってへたばっていたあいの周囲には、あれほど居た〈災禍〉の分身の群れは消え去っていた。
 その唯一の名残は、あいの右人差し指から針のように伸びている一本の〈霊糸〉の先に刺さっていた、黒い芋虫を思わせるあの魔力体であった。あいが伸びをすると、魔力体は呼応するように粉々に散った。

「……〈聖魂破〉を使うまでもない。……一か八かだったけど、分裂するってコトに目を付けて正解だったわね……やっぱり、本体が居たか」

 あいは、〈災禍〉の分身が、分裂によって増えるコトに注目していた。本体から分裂したのならともかく、本体から離れている分身自身が分裂して増殖するコトに、ある種の違和感を感じていた。
 それは、リアンたちを操っていた時、魔力体を使っていたコトである。あれは〈災禍〉が魔力で創った疑似生命体だが、恐らく低級マナだけを精製したくらいでは作り出せないだろう。しかし〈災禍〉自身は低級マナを集める禁呪――高位魔法である。〈災禍〉の本体の一部を使って創り出す方法なら可能であろう。低級マナを制御するためには、ある程度本体の干渉を必要とするハズである。
 あいはそこに賭けてみた。つまり、本体から離れて行動する場合、〈災禍〉の分身たちにも、本体の代わりとも言うべき存在が居るハズだ、と。
 あいは〈災禍〉の分身と闘っている最中、〈霊糸〉で斬り分けながら、〈災禍〉の分身の動きと、魔力の流れを追っていた。健太郎と別れた時点で、既にあいはその作戦を思い付いていたのだ。〈災禍〉が世界中の低級マナをこの地に集めている以上、敵の力はそれに比例して強まっていくのは予想済みであった。恐らく、残してきたリアンたちの援護は望めないと思い、嘘を言って健太郎を先に進めたのである。
 正直、あいは勝算は無いと思った。しかし、僅かでも可能性があるのなら、それに賭けてみる。あいはそれを悪あがきだ、と自嘲するが、生き足掻くコトこそが生きとし生けるものすべての権利であり使命であるとも考えていた。
 〈聖封魂〉の羅法使いは、命そのものを操る能力者である。生きるコトの価値と重さを知るあいは、安易に死と引き替えに勝利を得るコトを選ぶほど愚かではなかった。

「……あと少しでも、本体を見切るコトが遅れたら、マヂでヤバかったぁ……もうくたくたぁ……健太郎さん、もちっと休んでから行くね」
「では、我々が先に行こう」
「――――?」

 驚いたあいが、声の聞こえた方へ顔を向けると、広間の入り口からリアンを背負っているクラナッフを見つけた。

「クラナッフさん!リアン王女!」
「なんだい、その死人を見ているような目は……」

 クラナッフは意地悪そうに微笑んだ。その顔の横では、リアンが、すーすー、と寝息を立てて眠っていた。

「……よかったぁ。無事だったんだ」
「結界魔法を破られた時、リアンが無我夢中で攻撃魔法を放って、それが効いたらしい」
「へぇ。……もしかすると、分身の中にいた本体にそれが命中したのかも」
「本体?」
「ええ。あたしもそれでよーやく斃せた……って、あれ?」

 そこであいはようやく、リアンの身体が縮まっているコトに気付いた。不断から幼い容貌なので直ぐには気付かなかったが、スフィー同様に10歳くらいの姿になっていた。

「……縮んでる」
「魔力の押さえ方はアトワリアより巧い方だったんだがな。――無我夢中だったようだ」

 クラナッフは横目で、背負っているリアンの寝顔を見て微笑んだ。

「――ん〜〜、まさに愛の力ってヤツですか(笑)」
「そういうクサイ言い方は勘弁してくれよ」
「照れちゃってまぁ」

 相手が一国の王国直属親衛隊隊長であろうと、冷やかしにはおかまいなしのあいであった。

「相手は今はちっちゃいコですからね、寝ている隙に変なコトしちゃ駄目ですよ」
「キミねぇ……(汗)」
「それはそれとして、――お願い」

 そういってあいはクラナッフに右手を差し出した。

「……ヘトヘトなの。自分で歩くけど、…………身体起こすの手伝ってくださるかしら」
「……ふふ。御意、勇者殿」

 クラナッフは、あの強敵にたった一人で立ち向かいそして斃した、小さな勇者に敬意を払って利き腕の右手を差し出し、泥と血にまみれているか細いその手を優しく掴んだ。


 健太郎は、目を瞑った。
 所詮、今の視界はすべてまやかしである。
 どこかに。――どこかに、居る。
 もっとも、目を瞑ったところで、目視以外でそれを見つける術など無い。武道の達人の中には、気配で相手の動きを掴める者が居るが、それなりの修練を積んだ者でなければ無理なコトである。生来の素質が可能にする場合ものもあるが、生憎、健太郎にはその二つのどちらも備えていない平凡な人間であった。
 なのに健太郎は試みた。
 確信はないが――きっと判る、と。

(……声は聞こえるんだ…………聞こえたんだ…………きっと……きっと、どこかに…………)

 耳を澄ます。――恐らく、聴覚さえも騙されているだろう。無駄だと判っていても、健太郎は耳を澄まし続けた。

 ――――

(…………聞こえる……まだ……微かに…………僅かに――――?)

 必死に耳に神経を集中していた、そんな時だった。

「……あれ?」

 ふと、健太郎は、担いでいたディバックがいつの間にか光っているコトに気付いた。
 健太郎はゆっくりとスフィーの亡骸を地面に寝かせ、ディバックを前に持ってきて開き、中を覗いた。

「これは――」

 発光物の正体は、あの魔鏡であった。健太郎はてっきり、〈命の雫〉という水晶が光っているものと期待したが、これは正直意外だった。

「……どうしてこれが七色に光っているんだ――――?!」

 取り出した光り輝く魔鏡を両手で掴み、不思議そうに覗き込んだ一瞬、健太郎の顔が閃き、次の瞬間、ある方向を見た。
 健太郎の視線には、何もない空間だった。
 だが、健太郎が手にする魔鏡には――発光によってうっすらと生じている薄い光の膜がまるで鏡面となり、健太郎が呆気にとられてみている空間の方向を偶然映していた。
 そこに、有り得ないモノが映っていたから。

「――そこか、スフィッ!」

 健太郎がその名を口にした瞬間、手にしていた魔鏡が爆発したように光り、世界を白色に塗り替えてしまった。――しかし、一瞬。
 次には世界は元に戻っていた。
 ――いや、世界は変わっていた。

「――スフィッ!?」

 死んでいたハズのスフィーは、先ほど見つめていた場所で、球体となってとぐろを巻いていた黒い帯状の奇怪な物体に向かって何らかの魔法を行使していた。

「――良かった……!幻惑が解けたのね!」
「あ、ああ……ふぅ」

 健太郎はようやくスフィーの無事を確かめると、気が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。

「――健太郎」

 スフィーは黒い物体――それが〈災禍〉の本体であるコトは健太郎も直ぐに見当がついた。――を睨み付けたまま、健太郎に訊いた。

「……なんで……こんな危険なところに…………?」
「――バカヤロウ!お前一人頑張らせるわけにはいかないんだよっ!あいちゃんもリアンもクラナッフも後からやってくる!――みんなで――みんなで斃すんだ!」
「無理言わないで……!」

 スフィーは困ったふうに言った。

「健太郎が来たって役になんか――」
「そんなん、承知だ。――それでも来た」
「……え?」
「スフィー。お前が大切だからだ」

 静寂。いや、健太郎の言葉に、〈災禍〉を押さえて苦悶していたスフィーが呆気にとられたからだった。
 呆気にとられていたスフィーのまなじりに光るものが見えたが、まだ幻覚の世界から解放されたばかりで広間の明るさに慣れていない健太郎にはよく見えていなかった。
 そして、スフィーが押さえていた〈災禍〉の動きに、奇妙な反応があったコトなど知る由もなかった。
 ――まるでその健太郎の言葉に驚いたかのように、一瞬、動きが止まっていた。

「それに俺だってバカじゃない。これを持ってきた」

 そう言って健太郎は、手にしていた魔鏡をスフィーのほうに差し向けた。

「羅法使いの長老から借りてきた道具だ。他にも――――」

 その時だった。まだ光を帯びていた魔鏡が、またもや爆発したように光り輝いたのであった。

「「これは――――」」

 世界が途切れた。
 スフィーと健太郎は、何が起こったのか判らなかった。
 ただ、全身の感覚を喪失し、意識だけが存在するような不思議な気分に見舞われていた。

 二人の視界には、見覚えのない田園風景が広がっていた。
 そしてそこに、一人の見知らぬ若者の姿があった。

          つづく

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