まじかる☆アンティーク =Little stone=(18) 投稿者:ARM(1475) 投稿日:11月23日(木)00時48分
○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)他(苦笑)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオ他のネタバレを含んでおります。
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【承前】

 初めて会ったのは9歳の夏。
 初めて――実際は忘れてしまっただけなのかもしれないが、覚えている限りでは初めて、父方の田舎で過ごした夏のある日だった。
 祖父の来客と言うコトで、異邦の親子がやってきた。
 不思議と気品溢れる二人だった。特に、娘のほうは異様にボリュームのある、見たこともないピンク色の長い髪をした、可愛い娘であった。
 もっとも、大人しそうに見えたのは、その父親の視界に居る間だけで、父親から離れた時、その娘がトンでもないわがままな本性を露わにするのは時間の問題だった。

 あたし、オウジョさまなのよ。

 その時は何を寝言言っているのかと思った。――思いつつ、澄まし顔のそれは、絵本に出てくるようなお姫さまに確かに見えた。
 ありがちなわがままぶりも、お約束のように。
 でも、こちらも男の意地があった。――いや、ガキの意地だった。
 誰がゆうことなんか聞いてやるモノか。
 案の定、娘はヘソ曲げた。
 しかし、それを親に言いつけることはしなかった。それなりにプライドがあるようだ。その点はガキの自分でも感心したモノだ。
 いがみ合っていたはずなのに。
 三日もしないうちに、笑いながら山道を一緒に駆け回る間柄になるとは思いもしなかった。
 わがままに見えたのは、娘の下手な自立心の仕業だった。どこかの金持ちか――あるいは、本当にどこかの国のお姫さまなのかもしれない。今まで自分の言ったコトに対して周りの者が逆らった試しが無かったのだろう。そしてそのコトにある種の不満を抱いていて、自分に反発してくれる――対等に接してくれる「存在」を求めていたのだ。
 その「初めて」が、俺だった。
 その「初めて」が、直ぐに淡い「始めての感情」に育ったのは、一種の奇跡だと思う。
 嫌いじゃなかった。――いや、本当は、初めて見たときから、そうだったのかもしれない……。

 夏の終わり、娘は故郷に帰るコトになった。遠い、遠い所にある国らしい。
 娘は泣いた。

 けんたろも、いっしょにくる!

 娘が駄々をこねた。泣きわめきもした。
 挙げ句、帰らないと言いだした。
 困った俺は、娘を宥めようと連れだした。

 だって、けんたろとヤクソクしたモン!あたしをオヨメさんにしてくれるって!

 いつ、そんな約束をしたのか、正直覚えていなかった。うっかり言ってしまったものか、あるいは、帰りたくない一心でついた、娘の子供心の嘘なのかもしれない。
 でも、子供心ながらに、俺にはそれが娘の本心だとは判った。だからとても嬉しかった。
 戸惑いつつ、――正直、俺も娘と別れたくなかった。宥める、というのは本心ではなかったのかも知れない。――連れ出したかったのだろう。

 何が原因で、どこでどうこじれてしまったのか、もう思い出せなかった。
 何となくだが、娘の親に俺が説得されてしまったのだと言うコトは覚えていた。あの父親の辛そうな顔が、途切れ途切れの記憶の中で妙に鮮明であった。それほど印象に残ったのか、気の毒と思ったのだろう。子供心に詫びたのかも知れない。
 そんな俺に失望し、感情が制御できず、娘が本来持つ「力」が暴走したその影響だろう。

 俺は、娘の暴走した「力」に弾き飛ばされ、死んでしまった。

 すべてを思いだしたのは、俺が大人になってからだ。
 久しぶりに――あの事件があって以来、初めて訪れた父方の田舎を目の当たりにした時、俺はすべてを思いだした。

 その娘が、あのスフィーだったと言うコトを。――――


「――スフィー」

 健太郎の視線の果てに、ボロボロになって仰向けに倒れている、少女の姿をしたスフィーがあった。
 生気のない顔は、天井を見つめていた。
 そして遠くからも、その薄い胸の上下運動は感じられないのは判った。
 明らかに死の神が、健太郎が愛した女性を支配していた。

「――――スぅフィィィぃぃぃぃぃぃっっっっ!!?」

 蒼白する健太郎は、倒れているスフィーの許へ駆け寄った。周りに居るはずであろう〈災禍〉の存在など眼中になかった。
 無事、スフィーの許にたどり着いた健太郎は、まったく力の抜けたスフィーを抱き起こした。

「スフィッ、スフィッ、スフィッ、スフィッ、スフィッ!起きろよっ!俺だ、健太郎だっ!」

 健太郎はスフィーの身体を揺すって起こそうとするが、目を開けた生気のない白い顔をする少女は何も応えようとしなかった。

「――おい、何悪い冗談やってんだよ…………俺が来たんだ、もう心配するな……俺がお前を守ってやるから…………お嫁さんにしてって言ったんだろ?――――してやるから――――結婚してやるから、起きろよっ!」

 健太郎はボロボロと泣きながら訴えるが、永遠の世界の籍に列記した愛する女性は、頑なにそれを拒み続けていた。

(ここでOP「Little stone」が流れると思いねぇ)
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   まじかる☆アンティーク

    = Little stone =

         第18話 「まだ…………方法はあるよ」

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 もはや手遅れなのかも知れない。
 〈災禍〉は世界中から低級マナを集め、その力を揺るぎないモノにしていた。
 余りにも強大な力を備えてしまった〈災禍〉に、魔法使いのなつみ親子は仕方ないとしても、高位の精霊であるましろ姉妹までもが破れてしまった現実は、暗然たる終焉を証明してしまったのかもしれない。

「…………くうっ」

 ボロボロになっていたましろの妹が弱々しく身を起こし、力尽きて倒れているましろとなつみ親子を見た。三人とも辛うじてだが、しかし虫の息であった。
 広間一杯に、倒れているましろたちを見下ろしている〈災禍〉の分身は、自分たちの身体を乗っ取ろうとはせず、純粋に敵対する存在の排除・殲滅を目的としていた。それだけに、次第に増幅していく魔力は徹底した暴力と化し、力尽き倒れていったましろたちに容赦なく攻撃を続けた。勝負はとうに決していた。

「……これまで……ですか」

 ましろも顔を少し上げて呻くように言った。

「……不甲斐ない…………これほど圧倒的とは…………健太郎殿に合わせる顔が……」
「……闘いながら感じていました…………奴らは次第に力が……増幅されていたみたいです……」

 ましろの口惜しい声が聞こえていたらしく、なつみの母親が応えた。

「恐らく……〈災禍〉の力が活発化し……低級マナがここに集中し始めているのでしょう…………もっと早く……立ち向かっていれば……」
「……まだ…………よ!」

 そう言って、気力を振り絞って立ち上がったのはなつみだった。

「なつみ…………」
「まだ…………方法はあるよ」

 そういってなつみは、驚く母親の顔を見た。


 何もかもがつまらない日常。
 父を亡くし、暫く父の母親つまり祖母と暮らしていたが、高校二年の時、祖母と死別し、商業高校で教師を勤めている叔父夫婦の許で暮らすコトになった。

 なつみにはそれは、都合が良かった。

 訳の分からない、奇妙な現象。
 ――もう一人の自分が出現し、10年来の親友だった娘の彼氏を拐かした。
 それが原因で、親友は彼氏と別れ、そして自分も親友と仲違いしてしまった。

 周囲の奇異の目。

 とにかくその視線に晒されるコトが煩わしかった。
 だから、叔父夫婦の元で暮らすコトに抵抗はなかった。

 本当は忘れたかったのかも知れない。

 亡くした母を語る父との想い出があるあの街のすべてを。

 五月雨堂を見つけたのは偶然だった。
 しかし、それは運命だったのかも知れない。
 グエンディーナの王女が居候していた、あの不思議な力に満ち溢れていた店は、出会うべくして出会った、約束の地だった。
 色々なコトがあった。色々なコトを知った。自分が魔法使いの血を受け継いでいるコト。その血がもたらす魔力を制御できなかったために、奇妙な現象を引き起こしてしまったという真実。
 お父さんは空言を言っていたのではないコト。
 そして、お母さんがまだ生きていたコトを。

 教えてくれたのは、あの二人。
 先約が居たので居場所にはなってくれなかったけど、お節介だけど優しい店長さん。
 その店長さんを居場所にしていた、不思議な魔法使いの女の子。
 素敵な二人。

 あの二人が居たから、私は――今の幸せな私は居るのだ。


「――なつみ」

 なつみの母親は、なつみが何をしようとしているのか判った。
 禁呪。
 そしてそれは、なつみが誰に学んだわけでもなく、すべてを拒絶する感情が造り出した偶然の産物であった。

「――駄目ッ!〈イン・ザ・ワールド〉を使ってはっ!」

 〈イン・ザ・ワールド〉。魔力によって造り出す、異世界。
 施法自体には魔力はそう使わない。しかしそれを維持する力は、施行者の魔力ばかりか生命エネルギーさえも一気に消費し尽くす為、グエンディーナでは禁呪とされている。
 かつてなつみはそれを無意識に施行し、健太郎を死の危険にされしてしまったことがあった。以来、なつみはその禁呪が発動しないよう注意していた。
 それをここで使用する。かつて健太郎を取り込んだように、〈イン・ザ・ワールド〉は特定の対象物をその異世界に取り込むコトが可能なのであった。
 なつみは、〈災禍〉の分身をそれに選んだ。今度は自分の意志で。

「なつみ――――」

 おかあさん。――ごめんね。

 なつみは母親に目でそう言った。
 次の瞬間、なつみが倒れると同時に、あれほど沢山、自分たちを包囲していた〈災禍〉の分身が消滅したのを見て、なつみの母親は取り返しのつかない結果となったコトに慟哭した。

 リアンとクラナッフも、次第に強力になっていく〈災禍〉の分身に包囲されていた。
 初めは善戦し、一時は制圧できたモノと思っていたが、突然〈災禍〉の分身たちは勢いよく増殖し始め、自分たちの攻撃魔法を受けても平気になり始めたのをみて、クラナッフは事態の深刻さを覚った。

「まさか――〈災禍〉は完全に発動してしまったのか?!」
「このままでは――クラナッフ!」

 クラナッフは攻撃で受けたダメージで先ほどから地面にへたり込んだままであった。辛うじてリアンが二人の周囲に張った結界魔法が、〈災禍〉の分身の攻撃を防いでいるが、この勢いでは敗られるのは時間の問題であろう。
 退く以外、道はない。
 しかし、退路はなかった。全方位を覆い尽くす〈災禍〉の分身から、どう逃走すればよいのか。
 リアンをこの場に残したのは、今更ながら失策であった。クラナッフは感情に任せた自らの判断の愚かさを後悔した。

「……クラナッフ」

 結界を張っているリアンが、戸惑っているクラナッフのほうを見て力なく微笑んだ。

「……ここに残ったのは私の判断です。あなたの所為ではないわ」

 見透かされていた。――驚いたが、不思議とは思わなかった。今まで自分を見てくれていた大人しいお姫さまのコトだ、こちらの心中など手に取るように判るのだろう。クラナッフは何となく気恥ずかしい気がした。
 そして、悔しがった。愛する女一人助けられない自分の非力さを、クラナッフは心の中で何度も罵った。

「――リム」

 クラナッフは悔しそうにリアンを見た。

「――済まない」

 詫びるクラナッフに、しかしリアンは微笑んで首を横に振った。

 いいの。あなたと一緒なら。リアンの目はそう言っていた。

 次の瞬間、結界魔法が〈災禍〉の分身のパワーに圧倒され、ついにうち破られた。〈災禍〉の分身は、飢えた獣が獲物に襲いかかるような勢いで、観念した二人を飲み込んでいった。


 孤軍奮闘していたあいも、遂に力尽きて仰向けになって倒れた。正直、起き上がる気力さえなかった。
 その上空では、〈霊糸〉で斬り残した〈災禍〉の分身が、倒れているあいの様子を伺うように滞空していた。あいの手先からは既に〈霊糸〉の閃きは失われていた。〈霊糸〉はあいの生命エネルギーで造り出されるモノである。すなわち、あいも限界にあった。
 とにかく、斬っても斬っても〈災禍〉の分身は一向に減らなかった。そればかりか、ついには〈霊糸〉で斬るコトが出来なくなり、次々とあいの身体を魔力で直接攻撃するようになったのである。
 あいは死を覚悟していた。
 その一方で、まだ生を諦めていなかった。
 まだ、手はいくつかあった。
 その一つは、あいを伝説の羅法使いと言わしめる究極羅法〈聖封魂(ピュグマリナー)〉がある。魂の無い物体に、術者の魂の一部を分け与えるコトで命を与える術なのである。命を創り出す術はある種、神に匹敵する力であり、事実、それは生涯一度きりしか使えない。しかしそれが出来れば、あいは凄まじいパワーを持った〈守護者〉を手に入れるコトが可能なのである。しかしそれを躊躇わせている理由は、生憎この場には、それを施法するに値する物体が無かったからであった。。
 それ以外の方法で、確実にこの敵を葬り去る方法だと――

「〈聖魂破〉――あたしの命と引き替えに、こいつらを粉々にするコトが出来るわね。…………もっとも、〈聖封魂〉で一時、魂を他の所に仕舞っておかないと、ただの犬死にだけど――」

 あいは気力を振り絞って起き上がった

「――世界とあたしの命一つ。引き替えるのには充分かな」

 不思議と恐怖心はなかった。これも運命だったのであろう。あいはそう解釈した。
 あいの動きに反応して、〈災禍〉の分身たちが一斉に襲いかかってきた。瞬く間に〈災禍〉の分身はあいに襲いかかり、今度こそあいを仕留めるであろう。
 それでもあいが最期の術をしかけるのには充分な時間であった。


 〈災禍〉は意志を持っていない。――ハズだった。
 だが、目の前で、死に絶えた少女の亡骸を抱きしめている若者の姿を見ていると、どこかやるせない“何か”が去来していた。――自我もないのに?
 どこかで見た光景。
 ――忘れてはならない記憶。
 ――自我など無い、呪文の集合体に過ぎない自分が、何を覚えているのと言うのだ?
 とても理解出来なかった。――呪文の集合体が理解出来るハズもない。
 そのうち、若者から奇妙な声が聞こえてきた。

 笑い声。

 愛する者を失ってついに心が果てたか。〈災禍〉はそれを哀れに思った――呪文の集合体に過ぎない自分が、何を哀れむというのか?

 若者は顔を上げて大笑いしていた。
 だがその顔から、狂気が一片も伺えないコトを、〈災禍〉は理解、いや気付いていなかった。
 そのうち、若者は笑いをやめて、〈災禍〉を睨み付けた。
 不敵な笑みを浮かべて。

「――勝負は、これからだっ!」

          つづく

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