○この創作小説は『まじかる☆アンティーク』(Leaf製品)の世界及びキャラクターを使用しており、スフィーシナリオ他のネタバレを含んでおります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【承前】
その洞窟の先には、巨大な地下空洞があった。規模にしてドーム球場ぐらいの大きさか。過去の富士山の噴火によって生じた風穴か、あるいは地下水が溜まっていた地下湖が水を失って出来た物だろうか。
その中央に、どこかの王様を思わせる風貌の男が、天井をじっと見つめていた。
辺りを、静寂が支配するその世界に、声が灯った。
「――ここにいらっしゃったのですね」
地下空洞の入り口に現れたのは、10歳の姿をしたスフィーであった。
「……来たか、スフィー」
男は、突然現れたスフィーのほうをみて、どこか寂しげな顔で言った。どうやらスフィーとは面識があるらしい。
そのスフィーは、ワンピースのポケットから取り出した〈賢者の星〉の欠片を翳すや、みるみるうちに本来の成人の姿に戻っていった。
「……〈賢者の星〉を見つけました。これがあれは……!」
「そうとも」
男は頷いた。
「――それで全てが終わる――いや、終わりにしなければならない」
「はい」
スフィーは沈痛そうな顔で頷いた。
「…………これでお終いにしましょう。お父様」
始まりは、遥か昔、彼の地に追いやられた魔法使いの中に、酷く人間たちを恨んだ男がいたコトだった。
復讐心に燃えるその男は、同様に高い魔力を誇る弟の制止を振り切り、ある魔法の実験を行った。しかしその実験は失敗に終わり、実験に使われた魔法は暴走を始めた。
後に、〈災禍〉と呼ばれるようになった暴走魔法は、男の弟が中心になり、ついには封印に成功した。しかしその代償として、魔法使いたちは低級マナの呪いに苦しむコトとなった。
やがて魔法使いたちは、その封印で活躍した男の弟を王に据え、その世界は平和な時を重ねるコトとなった。
その一方で、弟は、封印が精一杯だった〈災禍〉を確実に封滅して、掛けられてしまった呪いを解く為に、元の世界にあるハズの〈賢者の星〉を探し出す使命を自らに枷せた。事情を知った彼の師は、禁断魔法としていた次元超越の魔法を解放し、王となった弟子に協力を誓った。
やがてその使命は弟の末裔たちに受け継がれ、今に至っていた。
現代の王は、娘と、娘が惚れた男のために、ある魔導具の開発を行い、それを成功させた。
腕輪型の魔力安定器具。元々は、健太郎の中に混ざってしまったスフィーの魔力を安定させる為の魔導具であったが、その開発の最中に偶然見つけた、マナの指向性制御法術に、王は着目した。
その制御方法は、かつて〈災禍〉を生み出す結果となった禁断魔法と同系列の法術で、拡散する性質を持つマナを電気のように一定方向へ流して保持させる力を持っていた。〈災禍〉は癌細胞のように他の魔法を吸収し、爆発的に拡がる性質を持っていたが、それは自身が他の魔法に対する抵抗力を持たず、堅持する力さえなく吸収するばかりであるコトを露呈していた。
つまり、〈災禍〉を構成する魔法を浸食する性質の魔法さえあれば、〈災禍〉はそこから爆発的に構造変化を起こし、変質出来る可能性があると言うコトであった。現在、癌治療において、遺伝子に作用する凶悪なウイルスを無力化して利用し、癌細胞治療に用いる研究が行われているが、そのシステムに良く似た対抗策である。僥倖にもグエンディーナ王が見つけた指向性魔法は、あらゆるマナに対して有効的な効力を発し、〈災禍〉を構成する低級マナも例外ではなかった。その魔法を利用し、〈災禍〉本来の姿であるアポトーシス性質を刺激して自滅を図れるのでは、と、グエンディーナ王は考えたのだ。
これなら、〈賢者の星〉無くして〈災禍〉を封滅出来るかも知れない、と。
王は焦っていたのかも知れない。
一向に見付からぬ〈賢者の星〉。
平穏な世界を影で支配する呪い。
王は、実験に失敗した。
スフィーは父王の亡骸を前に、膝を落とした。
大好きなお父様。
尊敬する師。
そして、民衆に慕われ、初代王の再来とまで呼ばれた偉大なる父王。
その最期が、〈災禍〉の仕業だと知った時、スフィーは哀しみよりも怒りを選んだ。
〈災禍〉を滅ぼす唯一の力、〈賢者の星〉を探し出すために、健太郎たちが居る世界へ向かおうとした。その探索に、リアンと、親衛隊長のクラナッフが同行するコトを申し出た。
だが、〈災禍〉はそれを狙っていたのだ。
誰かが、次元を超越する機会を。
「……そんな」
クラナッフとリアンを逃がしたスフィーは、目の前に現れた〈災禍〉を見て愕然とした。
〈災禍〉はスフィーに取り憑こうとして失敗し、スフィーを逃してしまった。その代わり、分身に追わせていたリアンとクラナッフに取り憑くコトに成功すると、その二人にスフィーを追跡せるコトにして、自身はこの富士山地底にある地下空洞に居座った。
そこから、世界に呪いを発し始めたのである。グエンディーナに掛けた、低級マナの呪いを。
(ここでOP「Little stone」が流れると思いねぇ)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
まじかる☆アンティーク
= Little stone =
第15話 「――見つけた!」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「……不甲斐ない」
男は――スフィーの父親であるグエンディーナ王は、憤りを押さえているような顔で呟いた。
「そんなコトはありません。あなたはあたしの師として、グエンディーナの偉大なる王として――父として、今も尊敬しています。…………だから」
スフィーはそこまで言って、悔しそうな顔をして唇を噛んだ。
「…………だから…………そんなに自分を責めないで下さい」
肩を震わせて悔しそうに言うスフィーを見て、今まで厳しい顔をしていたグエンディーナ王は、ゆっくりと穏やかな顔になって微笑んだ。
「……相変わらずだな、リム」
「お父様……!」
スフィーはそんな父親の笑顔を見ていたたまれなくなり、ポロポロと泣き出し始めた。
「泣くな、リム。…………これは我らが一族の宿命。しかしお前なら、その宿命に終止符を打ってくれるだろう」
「そんな…………!」
「いや、我には判る。…………魔法使いであってもそれを快く受け入れてくれる健太郎くんたちのような人々がいる今の時代こそ、旧き因縁を絶つべきなのだ。スフィーよ、お前たちが、魔法使いたちの新たな時代を築くのだ」
「…………はい」
父王の優しい言葉に、スフィーは涙を拭って微笑んで見せた。
健太郎の仲を赦してくれた父親。
健太郎の命を救ってくれた偉大なる師。
そして、常に民のコトを深く重んじる、素晴らしき王。
そんな彼を、スフィーは――――
「…………!」
スフィーは、突然蹲った父を見て、はっ、と我に返った。
蹲り、戦慄いて苦しむ様に、スフィーは駆け寄って支えたかった。それを躊躇わせているのは、そんな父の反応の理由を知っていたから、近寄れなかったのだ。
「リムよ――――」
突然、グエンディーナ王は顔を上げてスフィーを凄まじい形相で睨んだ。
「奴に取り込まれた我の意志では、暴走をこれ以上押さえるコトは限界だ――父として、師として、――王として命ずる、――――我を――――我を止めよっ!!」
グエンディーナ王は絶叫した。
そして、一瞬にして、その姿は巨大な黒い影となり――本当の姿である〈災禍〉となって、地下空洞一杯に拡がった。
* * * * * *
決して世界の人々には知られるコトはないであろう、人類の命運を掛けた闘いに望んだ以上、迫り来る敵との闘いは避けるコトは出来ない。
健太郎たちが洞窟を進んで最初に抜けた洞窟の広間で遭遇したものは、恐るべき数の〈災禍〉の分身であった。
「健太郎さん!ここは私たちが引き付けます!」
そう言って飛び出したのは、なつみ親子と精霊姉妹であった。
「なつみちゃん、ましろさん!」
「後はあたしたちに任せて、先へ!」
なつみが健太郎たちを庇うように〈災禍〉の分身の群れに立ちはだかった。そして隣にいる母親と一緒に、呪文の詠唱を始め、手の先から無数の光の矢を放った。
「なつみ、攻撃魔法は急いで教えましたが、その調子ですよ」
「お母さんから教わっている魔法が、まさかこんなふうに役に立つなんてね」
「油断召されるな、お二人。――召還!」
精霊姉妹が両手を拡げると、その頭上から巨大な光球が無数に出現した。
「地の霊、火の霊、水の霊、風の霊――往くがよい!」
ましろの号令とともに、光球たちは一斉に〈災禍〉の群れに飛びかかり、それを次々と打ち抜き倒していく。四大元素の精霊を配下にするあたり、ましろたちはかなり格の高い精霊なのだと、見守っていたあいは感嘆した。
「ああいう人が守護につく五月雨堂って、本当はトンでもない所なのかも。――健太郎さん、行こう」
「で、でも」
「宮田健太郎。我々はアトワリアの援軍なのだ。一刻も早く向かわなければならない」
「しかし――」
「大丈夫です、健太郎さん」
攻撃を続けながら、なつみの母親が応えた。
「こんな連中、直ぐに倒すから――健太郎さんは急いでスフィーさんの許へっ!」
なつみも攻撃を続けながら言って見せた。
「急ぎましょう、健太郎さん」
戸惑う健太郎に、リアンが言った。
「皆さんの力を信じましょう」
「……あ、ああ」
健太郎は不安を感じつつ、ようやく奥へ進む決心が着いた。そしてなつみたちに後を任せて、あいたちと一緒に奥へ駆け出していった。
暫く奥へ駆けた後、四人は追っ手がないコトを確かめて、また歩き出した。一気に駆け抜けたいのはやまやまだが、どこに敵が潜んでいるか判らないからである。
「……リアンさんの言うコトなら素直になるのね」
「お、おい」
あいが意地悪そうに言うと健太郎は思わず苦笑した。
すると健太郎は、先を進むクラナッフが横目で自分を睨み付けているコトに気付いた。何だよ、と思いつつ、直ぐに前を向いてしまったものだから、健太郎はとても不思議がった。
「……何だよあいつ」
「嫉妬してんのかも」
「何だよ、あいちゃん、気付いていたの」
「いやぁ、モテモテですねぇ」
「ちーがぅだろうが(笑)」
そんな健太郎とあいのやりとりを見て、リアンは走りつつ吹き出した。
「まるで仲の良い兄妹ですね」
「ホント、出来の悪い弟にはやっとられませんわ」
「おいコラ(笑)――ところでさ、リアン」
「?」
「……スフィー、無茶してなきゃいいが」
見る見るうちに不安そうになる健太郎に、リアンは微笑んで頷いた。
「大丈夫ですよ。姉さんは、ああ見えてもしっかりしていますから」
「しっかり、ねぇ。……うっかりしている時のほうが多いような気が」
「そんなコトないですよ。姉さん、ああ見えても魔法学校じゃ首席ですから――あ、危ない」
健太郎は思わず転けそうになったが、ギリギリ踏みとどまった。
「……しゅせきぃ?それってクラナッフのコトじゃ」
「同率一位だった」
クラナッフが前を向いたまま応えた。
「実際はアトワリアのほうが上だった。だが師事していたのが国王であった為、自ら辞退したのだ」
「父は……近年の魔法使いの中でもトップクラスに入る実力者でした。しかし姉さんは、その父さえも瞠るほどの魔法使いの素質を備えていました。妹の私が言うのも何ですが、天才、と言っても過言ではありません」
リアンは照れくさそうに言った。素直なリアンが言う話に誇張など無いコトは常々判っている健太郎だが、ことスフィーの話となると正直に頷いて良いものか迷ってしまった。何せ今までの騒動の大半はスフィーの魔法絡みばかりだったので、健太郎の中での魔法使いとしてのスフィーはイマイチな存在であった。
そんな健太郎の評価など、〈災禍〉を前にしているスフィーの雄姿を見れば一気に変わってしまうだろう。
〈災禍〉を前にスフィーは魔法のシールドを張ると、顔の正面に〈災禍〉を構成するマナの構造表示を呪式に変化させる光のウィンドウを起こしていた。それを通して見る〈災禍〉は、まるで文字で人型を描いたような姿をしていた。いや、これこそ低級マナの自滅呪文そのものである〈災禍〉の本来の姿なのだ。
空中に存在するルーン文字の羅列は、平行に二列に分かれて連なっていた。そしてその捻れ具合は、さながら遺伝子の構造図を想起させる物であった。
「……狂った遺伝子か。…………それに、マナに指向性を与える魔法を送り込んで正常化を図るなんて、さながらこちらの世界の遺伝子治療みたいね」
医学と魔法の違いこそあれ、根本的には同じ“治療”である。スフィーはグエンディーナ王が試みて失敗した新しい法術をもう一度試みようとしているのだ。
スフィーは父王が〈災禍〉を滅ぼそうとして逆に殺されてしまったコトを知った時、その辺りの事情を生き残った側近たちから聞かされていた。ただし、余りにも画期的な方法故に、側近たちもその法術の仕組みを詳しくは知らなかった。
それをスフィーは、その僅かな状況から、法術の仕組みを理解し、実行しようとしているのである。まさに天才魔法使いと呼ばれるに相応しい素質の持ち主である
但し、その天才をしても、代え難い事実があった。
医学と違い、この法術を行使した場合、患者は確実に死に至る。
そう。スフィーは〈災禍〉に取り込まれた父の想念体を同時に破壊してしまうコトを理解していたのだ。
理解しているからこそ、敢えて独りで望んだのだ。父殺しの業を背負うのは自分一人で充分だと。
そして、この法術が必ずしも成功するとも限らないコト、更に成功したとしても、施行者が無事で済むかどうかも、スフィーですら判らないのだ。
「……無事で済めば儲けもの。…………でも、もういい。けんたろがあたしのコト想いだしてくれたし――愛している、ってちゃんと言えたし」
スフィーはそう呟いて、ふっ、と微笑んだ。覚悟の笑みであった。
「――後は、〈災禍〉のクランブルポイント(構造的弱点)を見極め、そこに指向性法術を送り込むだけ。……不完全な〈賢者の星〉と圧倒的な差がある魔力のハンデを補い、勝利するにはそれしかない――――!」
スフィーの狙いは、〈災禍〉を構築するルーン文字の中で、最も組成の薄い点であった。ルーン文字の羅列で構成される〈災禍〉の身体は、完全に埋め尽くされているわけではない。元々はそれは一次元的システム、つまり一列になっているものである。その終点でありルーンが途切れている句読点こそが、〈災禍〉のクランブルポイントなのである。スフィーは〈災禍〉の中から、その句読点を見つけ出そうと必死になっていたのだ。
次第に巨大化し、スフィーの張っているシールドを浸食し始めた〈災禍〉を睨み付けていたスフィーは、やがてその闇のような身体のある一点に注目した。
「――見つけた!」
つづく